マンション管理のてびき
文字数 893文字
管理人としてこのマンションに派遣されて、三日目のこと。
業務規定どおりに共用通路の清掃をしていると、背後から「こんにちは」と声をかけられた。か細くて消え入りそうな、儚げな女性の声だ。
「あ、ああ……こんにちは」
あわてて声を返しふりむくと、階段をくだってゆく女の子の背中が見えた。
一瞬のことなので顔は見えなかったが、黒くて長い髪と真っ白なワンピースが印象的な、どこか浮世離れした神秘的な後姿だった。
さらにつぎの日、また掃除中に「こんにちは」と背後から声をかけられる。
「ああ、こんにちは」
ふりむくと、やはり前日とおなじ女の子だった。ただ少し違ったのは、声をかけられたフロアがひとつ下になったことと、女の子のワンピースにぽつん、と、赤いワンポイントの染め柄が増えたことだった。なにか花模様でもあしらってあるのだろうか?
――そんな話を肴に派遣会社の同僚と酒を飲んでいると、
「そういやあのマンション、何年か前に飛び降り自殺があったよな。女の子の」
と、冷やかすような同僚の声。
「まさか、そんなこと……」と私はとりあえず否定したが、その日からだんだん下のフロアに出現するようになった女の子の声と、日ましに増えてゆくワンピースの赤いシミに、私の恐怖心は澱 のようにつもってゆくばかりだった。
そして本日の清掃は、とうとう一階フロアまで達してしまった。
むろん今日はまだ、女の子から声をかけられてはいない。
すると頭上の階段から、コツ、コツコツ、コツン、と、ギクシャクしたヒールの音がうつろに響いてくる。
もうくだる階段がない以上、女の子は上のフロアからやってくるのだ。
そのワンピースには、どれだけ赤いシミが増えているのだろう? ひしゃげたように歪 なこの足音の理由は、いったいなんだというのか?
なにより、初めて対面することになる女の子のその顔は――。
想像した私の背中を、つぅっとつめたく嫌な汗がひとすじ伝わって落ちていった。
#ホラーポエム
業務規定どおりに共用通路の清掃をしていると、背後から「こんにちは」と声をかけられた。か細くて消え入りそうな、儚げな女性の声だ。
「あ、ああ……こんにちは」
あわてて声を返しふりむくと、階段をくだってゆく女の子の背中が見えた。
一瞬のことなので顔は見えなかったが、黒くて長い髪と真っ白なワンピースが印象的な、どこか浮世離れした神秘的な後姿だった。
さらにつぎの日、また掃除中に「こんにちは」と背後から声をかけられる。
「ああ、こんにちは」
ふりむくと、やはり前日とおなじ女の子だった。ただ少し違ったのは、声をかけられたフロアがひとつ下になったことと、女の子のワンピースにぽつん、と、赤いワンポイントの染め柄が増えたことだった。なにか花模様でもあしらってあるのだろうか?
――そんな話を肴に派遣会社の同僚と酒を飲んでいると、
「そういやあのマンション、何年か前に飛び降り自殺があったよな。女の子の」
と、冷やかすような同僚の声。
「まさか、そんなこと……」と私はとりあえず否定したが、その日からだんだん下のフロアに出現するようになった女の子の声と、日ましに増えてゆくワンピースの赤いシミに、私の恐怖心は
そして本日の清掃は、とうとう一階フロアまで達してしまった。
むろん今日はまだ、女の子から声をかけられてはいない。
すると頭上の階段から、コツ、コツコツ、コツン、と、ギクシャクしたヒールの音がうつろに響いてくる。
もうくだる階段がない以上、女の子は上のフロアからやってくるのだ。
そのワンピースには、どれだけ赤いシミが増えているのだろう? ひしゃげたように
なにより、初めて対面することになる女の子のその顔は――。
想像した私の背中を、つぅっとつめたく嫌な汗がひとすじ伝わって落ちていった。
#ホラーポエム