第20話 妄想は聖夜で現実にとって変わる

文字数 1,775文字

 漆黒の玄関先にたどり着いたエディナは灯りをたぐって火を灯す。
 そして屋外の紅色のポストに差し込まれた大きめの封筒を見つけると力強くそれを引き抜いた。

 差出人不明のエディナ宛の封筒。
 少し厚めで堅め何かが入っている。

 好奇心が心拍を上げ妄想が膨らむ。
 エディナは逸る気持ちを抑えながら部屋まで駆け上がった。
 足音が弾けて闇に消えていく。

 エディナは部屋に入ってあたりを見回して鍵を掛けた。
 両親のベッドルームは沈黙のまま。
 誘惑の笑みを零して邪推な令嬢は未知を弄んでいる。

 切っ先が滑るように封筒を展開し、子供心に還る好奇が垂涎で忙しない。
 中に入っていたのは便箋と一枚のCDだった。
 白いディスクに『エディナ様へ』とだけ書かれている。
 
 便箋の内容は案内状とこのCDに対する注意書のようだった。
 エディナは文字の並びだけを攫ってCDをパソコンにセットした。
 スリープから目覚めたパソコンはカタカタと読み込みを始める。
 エディナは身を乗り出して食い入るように画面を眺めた。

 やがて読み込みが激しくなると画面の四分の一ほどのウインドウが出てきた。
 メッセージが展開されるものの意味は不明瞭なことだらけだった。
 エディナは少し眉間に皺を寄せたあと、「どういうことかしら」と呟いた。

 メッセージが表示されたままCDは沈黙に還る。
 メニュー画面から再読み込みを始めても何の反応もなかった。

「これだけ?」

 仕方なくエディナはメッセージの意図を探り始める。
 画面からキーワードを拾っては付箋にメモをしたためた。
 
『2133 53 ミュージアムホール』

 エディナはすぐさまWebで『ミュージアムホール』を検索する。
 外観の写真と連絡先、口コミが展開された。
 施設のリンクを踏んで公式サイトを見る。
 講演プログラムから察するにクラシックコンサートを行う中規模のホールのようだった。

 公式トップページには格調の高そうな外観写真とタクトを揮る指揮者、オーケストラの写真が添付されている。
 ホールのアドレスや電話番号、施設設備を調べてもそれらしい数字は見つからない。
 講演のスケジュールリストには販売サイトへのリンクがあるもののほとんどが「SOLD OUT」で飛べないものばかりだ。

 エディナは胸を躍らせスケジュールナンバーを指でなぞった。
 週末のコンサートは「2125」、目当てのナンバーを求めてスクロールを急ぐ。
 そして『コンサートNo.2133 モーツァルトと過ごす聖夜』というイヴに行われるコンサートを見つけた。
 日時は『12月24日 20:00 開演』だった。

「ここで逢えるのかしら?」

 舞い上がる気持ちを抑えきれずに思わず立ち上がる。
 椅子が仰け反るように倒れて無慈悲にフローリングに転がった。

「この53は座席番号ね。席は用意されているのかしら」

『SOLD OUT』は用意済みと解釈するしかない。
 ミュージアムホールに入るためにこの封筒がチケット代わりにでもなると言うのだろうか。
 エディナは仕方なくもう一度便箋に目を通す。
 すると便箋の裏に何かが印刷されているのが透けて見えた。

「コピー?」

 エディナは便箋裏返して詳細を確認する。
 チケットというよりはウェブ申し込み完了の画面のコピーのようだった。
 便箋の最後の一行にも『この便箋の裏面がチケットの代わりになりますので、当日ご持参くださいませ』と書かれてある。
 エディナは思わず涙が出そうなほど大声で笑い出した。
 節操の無さと浮かれ具合は羞恥の極みだ。

「ダメねぇ……、私。ふふふ……」

 エディナはソファに身を投げ便箋の裏面をじっと見つめた。

「ここに行けばジムに会えるのかしら」

 そう呟いて便箋をテーブルに置いた。
 そして瞼を閉じて暗闇の世界に身を投じた。
 脳裏に映るのはジムの面影。
 自己都合の勝手な妄想は現実と虚構の境界を取り払おうとしていた。

*****

 夢うつつ、ほら、夢うつつ。
 予兆は側に、きっかけは傍に。
 ミュージアムホールのエントランスで老人は呟く。
 希望の源泉はこれまでの行いに委ねられる、と。

(第21話につづく)
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