第80話 遠ざかるスタートライン
文字数 1,937文字
その後、警察の迅速な処理で中央幹線のひと区間が通行止めになった。
交差点に仰々しいバリケードが敷かれ、合流するすべての道には警察官が配備される。
火の勢いは衰えず、トレーラーの積み荷が不明とあって、近づくに近づけない状況が疑念を上積みしていく。
その封鎖が解かれたのは消防が到着してから3時間が経過した正午過ぎのことだった。
トレーラーに乗員がいないことを確認した後一斉に放水が始まる。
水量の多さと、延焼の限度が比較的早い段階で消火作業を終わらせた。
先日の分署火災で疲れ切った隊員たちは連日の出動に辟易する。
隣町の事故でも規模の大きさから出動せざるを得ない。
これまでの平和な町はどこへ行ってしまったのだろう。
鎮火後、間もなく現場検証が始まった。
泥水と埃にまみれた現場を踏みしめていくと、トレーラー3台の他に「何か」が発見された。
ひしゃげて潰れた鉄の塊だった。
原型がほとんど分からず、炎の中心で溶解にも似た爛れ方をしている。
黒く焦げて塗装や外観がわかりづらかったが、前方と思われる激しく潰れたところから遺体らしきものが発見されて現場は騒然となった。
鉄枠の隙間から手を伸ばしているようにも見える。
そしてそれが警察官と分かるのにそれほど時間は掛からなかった。
現着警察官から本部に走る報告。
何度も聞き返されるが、震える声で眼前の悲劇を伝えていた。
そして懸命な捜索の中でナンバープレートらしき鉄の板を見つける。
煤けて、もげたように曲がっている鉄板の煤を払うと、それは見覚えのあるプレートだった。
すぐさま番号を元に照会が始まる。
ほどなくトムとレイが運転していた警察用車両と判明し、遺体がどちらかのものである可能性が高くなった。
この車両の移動ルートと目的は瞬時に共有され、それぞれに報告が入る。
到着予定時刻を過ぎても連絡が取れなかった本署別館ではその一報に誰もが言葉を失ったと言う。
そしてその報を聞きつけたジャスティンもまたその場で立ち尽くした。
悪い方へと想像は膨らんでいく。
限度の見えない敵の覚悟に背筋が凍る。
ジャスティンはすぐさまコトリーに連絡を入れ、現場に向かうように指示を入れた。
ジャスティンは署長室に出向いて報告を済ますと足早に旧式で現場へと向かう。
「どうだい?」
「見ての通りだ」先に到着していたコトリーは降伏の仕草でため息をついた。
「あいつらと証明できるものは?」
「今のところ腕章とプレートかな。あとは検視次第だが状況的には間違いないだろう」
「トレーラーは無人か?」
「ああ。それと、バイクが3台、現場から走り去ったのを目撃した人がいる」
「そうか……」
「全身黒いジャケットにフルフェイスだったそうだ。現場は大炎上で爆発を恐れて逃げる車で溢れかえった。道路脇にいた人の証言では我先にと歩道や対向車線関係なく車が走り去ったらしい」
「賢明な判断だ」ジャスティンは現場の煤を踏みにじりながら「これで潰えてしまったな」と寂しそうに呟いた。
コトリーは「ええ」と言って帽子を目深に被り直す。
「ここまでするとはな」ジャスティンは葉巻を取り出して深く吸い込んだ。
「影すら踏ませてもらえなかったな」
「掴んだと思ったが、幻になってしまった」遠くを眺めるジャスティンは「らしく」ない。
「どうする?」
「何を?」
「カーヴォンス出身を片っ端から挙げるか?」
「はは……、それはいいアイデアだが無駄に終わるだろうね。それにこの事件の容疑がかかりそうな奴は今のところいない。言いがかりも甚だしいだろうね」
「そうだな。でも怒りが収まらんよ」
「冷静になれよ、コトリー」ジャスティンはそう言うとコトリーの肩を叩いて現場を去る。
「どこへ?」
「本署に戻るよ。また一から綻びを探さねばならんからな」
「そうか……。わかった。現場検証が済んだら報告書を送るよ」
「ああ、頼むよ」
旧式が走り去っていく。
コトリーはそれを一瞥してから泥を踏みしめて鉄の塊を見下ろした。
重要書類ごと容疑者2人も始末した。
計画的だとすればかなり狡猾な手際の良さだ。
おそらくはこの3台のトレーラーからも手がかりは出ないだろう。
感心にも似た溜息が結んだコトリーの口元から零れていった。
*****
結末から読み解く小説に面白さはない。
リアルと併走する事実は小説の妙を超えていく。
ハイウェイを走る黒塗りの中で老人は呟く。
事実を笑えるのは現在を過去にした未来の自分だけだ、と。
(第81話につづく)
交差点に仰々しいバリケードが敷かれ、合流するすべての道には警察官が配備される。
火の勢いは衰えず、トレーラーの積み荷が不明とあって、近づくに近づけない状況が疑念を上積みしていく。
その封鎖が解かれたのは消防が到着してから3時間が経過した正午過ぎのことだった。
トレーラーに乗員がいないことを確認した後一斉に放水が始まる。
水量の多さと、延焼の限度が比較的早い段階で消火作業を終わらせた。
先日の分署火災で疲れ切った隊員たちは連日の出動に辟易する。
隣町の事故でも規模の大きさから出動せざるを得ない。
これまでの平和な町はどこへ行ってしまったのだろう。
鎮火後、間もなく現場検証が始まった。
泥水と埃にまみれた現場を踏みしめていくと、トレーラー3台の他に「何か」が発見された。
ひしゃげて潰れた鉄の塊だった。
原型がほとんど分からず、炎の中心で溶解にも似た爛れ方をしている。
黒く焦げて塗装や外観がわかりづらかったが、前方と思われる激しく潰れたところから遺体らしきものが発見されて現場は騒然となった。
鉄枠の隙間から手を伸ばしているようにも見える。
そしてそれが警察官と分かるのにそれほど時間は掛からなかった。
現着警察官から本部に走る報告。
何度も聞き返されるが、震える声で眼前の悲劇を伝えていた。
そして懸命な捜索の中でナンバープレートらしき鉄の板を見つける。
煤けて、もげたように曲がっている鉄板の煤を払うと、それは見覚えのあるプレートだった。
すぐさま番号を元に照会が始まる。
ほどなくトムとレイが運転していた警察用車両と判明し、遺体がどちらかのものである可能性が高くなった。
この車両の移動ルートと目的は瞬時に共有され、それぞれに報告が入る。
到着予定時刻を過ぎても連絡が取れなかった本署別館ではその一報に誰もが言葉を失ったと言う。
そしてその報を聞きつけたジャスティンもまたその場で立ち尽くした。
悪い方へと想像は膨らんでいく。
限度の見えない敵の覚悟に背筋が凍る。
ジャスティンはすぐさまコトリーに連絡を入れ、現場に向かうように指示を入れた。
ジャスティンは署長室に出向いて報告を済ますと足早に旧式で現場へと向かう。
「どうだい?」
「見ての通りだ」先に到着していたコトリーは降伏の仕草でため息をついた。
「あいつらと証明できるものは?」
「今のところ腕章とプレートかな。あとは検視次第だが状況的には間違いないだろう」
「トレーラーは無人か?」
「ああ。それと、バイクが3台、現場から走り去ったのを目撃した人がいる」
「そうか……」
「全身黒いジャケットにフルフェイスだったそうだ。現場は大炎上で爆発を恐れて逃げる車で溢れかえった。道路脇にいた人の証言では我先にと歩道や対向車線関係なく車が走り去ったらしい」
「賢明な判断だ」ジャスティンは現場の煤を踏みにじりながら「これで潰えてしまったな」と寂しそうに呟いた。
コトリーは「ええ」と言って帽子を目深に被り直す。
「ここまでするとはな」ジャスティンは葉巻を取り出して深く吸い込んだ。
「影すら踏ませてもらえなかったな」
「掴んだと思ったが、幻になってしまった」遠くを眺めるジャスティンは「らしく」ない。
「どうする?」
「何を?」
「カーヴォンス出身を片っ端から挙げるか?」
「はは……、それはいいアイデアだが無駄に終わるだろうね。それにこの事件の容疑がかかりそうな奴は今のところいない。言いがかりも甚だしいだろうね」
「そうだな。でも怒りが収まらんよ」
「冷静になれよ、コトリー」ジャスティンはそう言うとコトリーの肩を叩いて現場を去る。
「どこへ?」
「本署に戻るよ。また一から綻びを探さねばならんからな」
「そうか……。わかった。現場検証が済んだら報告書を送るよ」
「ああ、頼むよ」
旧式が走り去っていく。
コトリーはそれを一瞥してから泥を踏みしめて鉄の塊を見下ろした。
重要書類ごと容疑者2人も始末した。
計画的だとすればかなり狡猾な手際の良さだ。
おそらくはこの3台のトレーラーからも手がかりは出ないだろう。
感心にも似た溜息が結んだコトリーの口元から零れていった。
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結末から読み解く小説に面白さはない。
リアルと併走する事実は小説の妙を超えていく。
ハイウェイを走る黒塗りの中で老人は呟く。
事実を笑えるのは現在を過去にした未来の自分だけだ、と。
(第81話につづく)