第47話 掌においでと悪魔は囁いている
文字数 2,298文字
私服が群をなして、本署の中央廊下の往来を引き裂いた。
先陣を切るジャスティンの無言の恫喝
声を失った署員たちはその空気に圧倒されていた。
廊下の先にある署長室。
ジャスティンは扉の前の制服に一礼をして中に入った。
そして、奥のテーブル席の呑気な談笑を遮るように堂々とソファに座った。
コトリーもジャスティンの隣に続き、ふたりの気迫が市警察本部長と署長の痴話話を喉元に送り返す。
「本部長、ただいま戻りました」
「おう、ジャスティンご苦労。収穫はあったようだな」署長が声を震わせている。
「いえ、ようやくぼんやりと影が見えてきたばかりでございます」
「ふふ……、相変わらず自信に満ちた謙虚さよ。」
「ありがとうございます」
ジャスティンはテーブルのモニターとタブレットを無線で繋げ操作を始める。
やがてひとつのフォルダが画面上に現れ、ジャスティンはそれを展開させた。
フォルダ内にはミュージアムホールで私服が撮った写真がずらっと並んでいる。
「スライド方式で流します」ジャスティンはそう言ってタブレットを操作した。
本部長と署長の目つきが変わっていく。
ジムとエディナの邂逅、ジョセフの登場と去りゆく車のナンバーまでがまるで映画のワンシーンのように流れていく。
「ちょっと戻してくれ」本部長が手を差し出した。
ジャスティンは含み笑いを見せながら思惑のショットで停止させる。
「ジョセフ・ゴールドマンじゃないか」本部長が体を乗り出して声を荒げた。
「いかにも……」ジャスティンはそう言って別のフォルダを展開させた。
ジョセフの名刺の隠し撮りだ。
おそらくはジャスティンが手にしたところを私服に撮らせたものだろうか。
遠距離のショットは補正され名刺の文字が読み取れるほど鮮明だった。
「ほう……、興味深いな」本部長は唸るように食い入って見つめた。
ジャスティンは満足そうに本部長の表情を眺め、狂気に満ちた笑顔を浮かべた。
コトリーは無言のまま血の気が引く悪寒に耐えている。
「ジョセフが絡んでいるとなるとあの事件と繋がりがあっても不思議ではないな。方法も巧妙に細工できる」
「でしょうね。ますます深まったと見て良いかと」
「ああ、だが動機がわからん」本部長は一通り写真を見た後に吐き捨てるように言った。
「問題はそこですね。ESCが何らかの形であの発明に関与しているのは間違いない。被害者はその発明の体験者。ESCはジョセフと繋がりがあるどころか今や社長の運転手として雇われている。おそらくはボディガードとしてでしょう。裏社会から突然消えたと噂があったがこんな形で再会するとは夢にも思いませんでしたよ」
ジャスティンが饒舌に語る。
それぞれのピースが少しずつ意志ある形にはまっていくようだ。
饒舌は尚も続く。
「あの発明とやらには何の違法性もない。むしろ新しい事業展開のモニターを無償で行っている気もする。だが不思議なのは娘や警察官、元社員までもが選ばれていると言う点だ。ここに何らかの意図がある。どこまでが必然で、どこまでが偶然なのか」
「それはどういう意味で?」ようやくコトリーが目覚める。
急な展開とジャスティンの言葉の意図が不明瞭すぎて理解が追いつかない。
「ふふ……。理由はわからんが娘が選ばれたのは必然だろう。婿選びか何かかも。もっとも監視下に置きたかったのかもしれんが」
「娘を監視下に?」
「あの娘、実はとんでもないお転婆でね。裕福な家庭のせいかやりたい放題。ハイスクールから大学時代に色々と勲章……、失礼沢山のお節介を焼いている。親の顔と、まあ……、ここでは大きな声では言えませんが……」
ジャスティンは意味ありげに署長をチラッと見た。
署長は罰の悪そうな顔を地面に向けて黙り込む。
どうやら蒸し返されたくない過去にふれられそうで沈黙を決め込んだようだ。
「まあ、あの娘が殺しに絡んでなければの話ですが……」
「なんだと?」コトリーが声を荒げる。
ジャスティンは彼を無視して署長に迫った。「これまでの些細な勲章は見逃せてもさすがに殺しが絡んでくるとなると話は別ですよ。例え……」
「ジャスティン、それ以上は」
「ふふ……、まあやめておきましょう。これ以上は」
署長の背中に妙な汗が滴り、本部長は目元を尖らせた。
本部長は署長の肩を軽く叩いて、「ジャスティン、言いたいことはわかるが、逸るなよ」と助け舟を出す。
強張った顔に汗が滴り、「後で聞こうか」と言う本部長の呟きで瓦解する。
腰砕けになった署長がジャスティンを睨みつける。
だがジャスティンは意に介さず飄々と笑顔を返した。
「ふふ……」ジャスティンはさらに不適な笑みを浮かべながら、「ここまで踏み込めたのは大きな収穫。だが敵の牙城は果てしなく高い」と表情を正した。
いつになく慎重な表情で画面に視線を戻すジャスティン。
そしてジョセフを捉えたいくつかの写真を拡大させる。
その中の一枚に不敵に笑みを浮かべてこちらを見つめるジョセフがいた。
ファインダー越しに刺さる視線。
その鋭利は我々の存在を軽んじている。
コトリーはジャスティンらが畏れる意味を少しずつ理解し始めていた。
*****
透けて見える。壁があろうとも。
守られ続けた視線たちよ、裸になった気分はどうだ。
街下を見下ろすとある個室で老人は呟く。
闇よりも光に紛れるほうが見失いやすい、と。
(第48話につづく)
先陣を切るジャスティンの無言の恫喝
声を失った署員たちはその空気に圧倒されていた。
廊下の先にある署長室。
ジャスティンは扉の前の制服に一礼をして中に入った。
そして、奥のテーブル席の呑気な談笑を遮るように堂々とソファに座った。
コトリーもジャスティンの隣に続き、ふたりの気迫が市警察本部長と署長の痴話話を喉元に送り返す。
「本部長、ただいま戻りました」
「おう、ジャスティンご苦労。収穫はあったようだな」署長が声を震わせている。
「いえ、ようやくぼんやりと影が見えてきたばかりでございます」
「ふふ……、相変わらず自信に満ちた謙虚さよ。」
「ありがとうございます」
ジャスティンはテーブルのモニターとタブレットを無線で繋げ操作を始める。
やがてひとつのフォルダが画面上に現れ、ジャスティンはそれを展開させた。
フォルダ内にはミュージアムホールで私服が撮った写真がずらっと並んでいる。
「スライド方式で流します」ジャスティンはそう言ってタブレットを操作した。
本部長と署長の目つきが変わっていく。
ジムとエディナの邂逅、ジョセフの登場と去りゆく車のナンバーまでがまるで映画のワンシーンのように流れていく。
「ちょっと戻してくれ」本部長が手を差し出した。
ジャスティンは含み笑いを見せながら思惑のショットで停止させる。
「ジョセフ・ゴールドマンじゃないか」本部長が体を乗り出して声を荒げた。
「いかにも……」ジャスティンはそう言って別のフォルダを展開させた。
ジョセフの名刺の隠し撮りだ。
おそらくはジャスティンが手にしたところを私服に撮らせたものだろうか。
遠距離のショットは補正され名刺の文字が読み取れるほど鮮明だった。
「ほう……、興味深いな」本部長は唸るように食い入って見つめた。
ジャスティンは満足そうに本部長の表情を眺め、狂気に満ちた笑顔を浮かべた。
コトリーは無言のまま血の気が引く悪寒に耐えている。
「ジョセフが絡んでいるとなるとあの事件と繋がりがあっても不思議ではないな。方法も巧妙に細工できる」
「でしょうね。ますます深まったと見て良いかと」
「ああ、だが動機がわからん」本部長は一通り写真を見た後に吐き捨てるように言った。
「問題はそこですね。ESCが何らかの形であの発明に関与しているのは間違いない。被害者はその発明の体験者。ESCはジョセフと繋がりがあるどころか今や社長の運転手として雇われている。おそらくはボディガードとしてでしょう。裏社会から突然消えたと噂があったがこんな形で再会するとは夢にも思いませんでしたよ」
ジャスティンが饒舌に語る。
それぞれのピースが少しずつ意志ある形にはまっていくようだ。
饒舌は尚も続く。
「あの発明とやらには何の違法性もない。むしろ新しい事業展開のモニターを無償で行っている気もする。だが不思議なのは娘や警察官、元社員までもが選ばれていると言う点だ。ここに何らかの意図がある。どこまでが必然で、どこまでが偶然なのか」
「それはどういう意味で?」ようやくコトリーが目覚める。
急な展開とジャスティンの言葉の意図が不明瞭すぎて理解が追いつかない。
「ふふ……。理由はわからんが娘が選ばれたのは必然だろう。婿選びか何かかも。もっとも監視下に置きたかったのかもしれんが」
「娘を監視下に?」
「あの娘、実はとんでもないお転婆でね。裕福な家庭のせいかやりたい放題。ハイスクールから大学時代に色々と勲章……、失礼沢山のお節介を焼いている。親の顔と、まあ……、ここでは大きな声では言えませんが……」
ジャスティンは意味ありげに署長をチラッと見た。
署長は罰の悪そうな顔を地面に向けて黙り込む。
どうやら蒸し返されたくない過去にふれられそうで沈黙を決め込んだようだ。
「まあ、あの娘が殺しに絡んでなければの話ですが……」
「なんだと?」コトリーが声を荒げる。
ジャスティンは彼を無視して署長に迫った。「これまでの些細な勲章は見逃せてもさすがに殺しが絡んでくるとなると話は別ですよ。例え……」
「ジャスティン、それ以上は」
「ふふ……、まあやめておきましょう。これ以上は」
署長の背中に妙な汗が滴り、本部長は目元を尖らせた。
本部長は署長の肩を軽く叩いて、「ジャスティン、言いたいことはわかるが、逸るなよ」と助け舟を出す。
強張った顔に汗が滴り、「後で聞こうか」と言う本部長の呟きで瓦解する。
腰砕けになった署長がジャスティンを睨みつける。
だがジャスティンは意に介さず飄々と笑顔を返した。
「ふふ……」ジャスティンはさらに不適な笑みを浮かべながら、「ここまで踏み込めたのは大きな収穫。だが敵の牙城は果てしなく高い」と表情を正した。
いつになく慎重な表情で画面に視線を戻すジャスティン。
そしてジョセフを捉えたいくつかの写真を拡大させる。
その中の一枚に不敵に笑みを浮かべてこちらを見つめるジョセフがいた。
ファインダー越しに刺さる視線。
その鋭利は我々の存在を軽んじている。
コトリーはジャスティンらが畏れる意味を少しずつ理解し始めていた。
*****
透けて見える。壁があろうとも。
守られ続けた視線たちよ、裸になった気分はどうだ。
街下を見下ろすとある個室で老人は呟く。
闇よりも光に紛れるほうが見失いやすい、と。
(第48話につづく)