第43話 希望は何度も闇を連れてくる

文字数 1,625文字

 エントランスを潜り抜け、ふたりは白銀の現実へと還ってきた。
 落ち着きを取り戻したふたりは夢で訪れたカフェに行こうと意気投合する。
 夢の続きをあの場所から。
 ふたりにとっては意味のある場所だ。

 時刻は21時前。
 今から行っても開いているかさえもわからない。
 それでもふたりはあの場所に行きたかった。

 歩道にうっすらと雪が積もっていた。
 パウダースノーのざらつきが革靴に沁みる。
 ヒールの轍も辿々しく刻まれていった。


 正面玄関前には数多くのタクシーを待つ群がいた。
 傘に隠れた欲望を淡雪が装飾する。
 ふたりは群の最後を探すように雪絨毯の上を歩いていった。

 その時だった。
 目の前にひとりの男が立ちはだかった。
 気づけば後ろからも複数の男が近づいてくる。
 ジムは身構えエディナは彼に身を寄せて縮こまった。

「エディナ様」野太く威圧的な声が正面の男から聞こえた。「お迎えに上がりました」

 男はそう言うと片腕を伸ばし、黒塗りの高級車を指差した。

「いらないわ、ジョセフ」ジムの陰からエディナが答える。

 間髪を入れず「そう言う訳にはいきません」とジョセフは強い口調で言った。

「今日はひとりにしておいて」

「お父上からの申しつけでございます」

「つけてきたの?」エディナは身を乗り出してジョセフを睨んだ。

「……」ジョセフは答えず、頑なに乗車を促し続ける。

 複数の男たちも距離を縮め、ジムは拳を深く握りしめた。

 父の依頼で娘を迎えにきたようだがこの雰囲気は尋常じゃない。

「嫌がっているじゃないか」ジムはふたりの間に割って入り言った。

「ゴードン様、申し訳ありませんが」ジョセフはジムを制し、冷徹な視線を投げかける。

「どうして、私の名前を知っている?」ジムは睨み返し低い声で尋ねた。

「それにはお答えできません」

 ふたりの間に一触即発の険悪なムードが流れる。
 獣の恫喝。
 多勢で無勢だとしてもジムは引く気はなかった。
 だがエディナが頑なに彼の誘導を拒む理由が気になる。
 なぜだろう?

「エディナの自由を奪うな!」精一杯の強がりが雪空に響いた。

 ジョセフは顔色ひとつ変えずにジムを真っ直ぐに見つめた。
 厳格な意志と威圧。
 隠しきれない殺意が迸ろうとしている。

「エディナ様、よろしいですね?」ジョセフはジムから視線を逸らしてエディナに迫った。

 エディナは張りつめた空気の中、観念したように「わかったわ」と答えた。
 ジョセフは彼女の手をゆっくりと引いて黒塗りへと誘う。
 そして後部座席に乗り込もうとした瞬間、エディナは振り返ってジムを見つめた。

「私……」

 言葉を遮るように黒塗りのドアは閉まった。
 無情な金属音が雪空に響いていく。
 ガラス越しのエディナが何かを訴えていた。
 ジムは縋るように車に寄り添うがジョセフが割って入り彼を制止した。

 再び険悪な雰囲気が漂う中、ジョセフは穏やかに「今夜だけはご勘弁ください」と言った。
 そして、胸元から名刺を取り出してジムに手渡す。
 ジョセフは深く頭を下げた後、助手席に乗り込んだ。

 ジムは名刺を握りしめ、走り去る黒塗りを呆然と眺めた。
 白煙を上げながら濡れた車道を行く黒塗りはタクシーの群を追い越して闇に消えていく。

 ジムは呆然と行く先を見つめるしかなかった。
 彼女の姿が見えなくなっても、ずっと黒塗りのランプを追いかけていた。
 灯火が完全に消え去ったとき、ふと我に返って渡された名刺に目をやる。
 そこには「ESCメディアカンパニー」の文字が威厳を放っていた。

*****

 謎は解き明かされる快感にその身を委ねている。
 積み重なる事実は窮屈さの中に空虚な思いを宿す。
 走り去る黒塗りの中で老人は呟く。
 自由の正体は限りなく束縛に近い、と。

(第44話につづく)
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