第46話 暗雲を嗤う天才

文字数 986文字

 新たな事実を得た旧式は濡れた街道を疾走する。
 水飛沫を跳ね飛ばし雑草を容赦なく踏み潰す。
 ジャスティンはジムから得た情報を今すぐにでも精査したかった。
 タブレットで調べられる情報には限界がある。
 本署のメインサーバー、各部署総動員であらゆる角度から検証を始めたかった。

 現場で得た情報はジャスティンの妄想をさらに膨らませる。
 想像以上の規模、参加者の顔ぶれ、それに娘とジョセフの関わり。
 それが鍵となるのか、暴走となるのかはまだ分からない。
 だが今夜の旧式は心の浮揚に応えるように轍を刻んでいる。

「あのジョセフという男に見覚えはないか?」ジャスティンの呟きにコトリーは眉を潜める。

「どうだろう」記憶を辿りながら野太い声を漏らす。

「女はESCメディアカンパニーの社長の娘だ。これは間違いない。あの気の強い美人を見間違えるはずがない」

「そうか? 俺は初見だが……」

「まあ、分署が取り扱う事件に出てくるはずもないさ」

「事件? だと」

「そうさ。あの女は結構奔放でな」ジャスティンは含みを持たせる。
 コトリーは何となく言いたいことがわかり敢えて口を噤んだ。

「それにジョセフとか言う奴も……」ジャスティンはそう呟いてあの男との遭遇の記憶を辿った。

「あの男も初見だが……。そんなに有名な男か?」

「ある筋ではね。だがESCと関わるような男ではないはず。あの男が絡むとなるとちょっと厄介だな」

「危険ってことか?」

「危険なんてものじゃないよ」

 コトリーはやけに嬉しそうに話すジャスティンが怖くなってくる。
 彼の饒舌は事件が思わぬ深みに嵌る兆候だ。
 そしてその深みを楽しむ異質。
 幾度となくともに迷宮を歩いたコトリーだけにわかるゲージ。
 コトリーは深くため息をついてシートに体を染み込ませた。


 間もなく旧式が本署に到着する。
 クリスマスの喧噪とは無縁の威厳が雪空の下に鎮座していた。
 コトリーは本署が放つ不気味な存在感に寒気がする。
 そして、ジャスティンがこの事件に関わる意味をようやく理解し始めていた。

*****

 吹きゆく風は意志を持つ。
 その意志は暖を奪い熱を冷ましていく。
 風の行方を睨みながら老人が囁く。
 大いなる意志は小さな結束をもてあそぶものだ、と。

(第47話につづく)
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