第22話 忍び迫る足音は横顔に宿っている
文字数 2,708文字
翌日ジムが出勤すると署内は騒然としていた。
噂話が駆け巡る。「家宅捜索で何かが見つかった」と。
手掛かりだろうか?
興奮はジムの魂にも伝播し人波が攫う言葉に聞き耳を立てた。
「とにかく捜査会議で正式に発表する。それまで大人しく待て!」
署長の怒号は喧噪の不満を煽るだけ。
その傍らで捜査資料に目を通すジャスティンとコトリーが我関せずと沈黙を守っていた。
「コトリー、おまえからも言ってくれよ」
「放っときゃいんですよ」
コトリーは目も合わせずに資料に耽り時折ジャスティンと何かを確認しあっている。
それを横目で覗き込む滑稽に同伴の副署長が苦虫を噛み潰していた。
「で、その封筒の正体はわかったのかね?」
署長の問いは以前蚊帳の外、呆れかえって副署長に小言をぶつけるしかない。
「自分の部屋なのになあ」と駄々をぼやいても居場所はさらに小さくなるばかりだ。
完全無視のコトリーはジャスティンと頷き合って、「公表はここまでだな。これ以上は混乱を招くだろう」と申し合わせた。
「どうやって管理する?」
「認証IDで選別させよう」
「わかった」
コトリーは署長に目配せをして、「聞こえてなかったわけじゃないんですがね」と放った。
「わかってるよ、おまえの性格は。で?」
「被害者の部屋から差出人不明の封筒が見つかりましてね。大小合わせて二つ。中身は妙な便箋など。一度読んだ形跡がありますな」
「それは鍵に成りうるのか?」
「現段階では何とも……」
「便箋の中身は?」
「招待状と言いますかね。なんでも未来を見せてくれるとかなんとか……。そんな意味不明なことが書いてあります」
「なんだい、そりゃ」
呆れ顔の署長は身体をソファに投げ打って続きを待つ。
今度はジャスティンが口を開いた。
「この一通目の手紙は被害者が死亡するちょうど1週間前。そしてこっちが死亡日当日に届いている。開封されていたので彼はこの便箋を読んだ後に亡くなっているのでしょう。ただし……」
「どうした?」
「普通郵便ですからね。記録があるわけでもない。ここから辿るのは至難の業かと」
「もどかしいな」
「まあそれでも収穫はありましたよ。1通目の封筒には便箋の他に何かが入っていた形跡がありました。プラスチックの欠片が混入していたようです」
そう言ってジャスティンはその写真を署長に見せる。
「よく分からんな。手掛かりになるとは思えんが」
「でしょうね。でも何かのケースではないかと踏んでいますよ」
「ケース?」
「ええ、この封筒で普通郵便の料金で送ることができる重さは限られている。マイクロカードかCD、USBメモリと言ったところでしょう。便箋を補完する内容の映像あるいは……」
署長は固唾を飲んで聞き入った。
「だがその肝心の中身が不明。大きめの方には欠片は検出されず。でも封筒の折れ目などから1通目よりも大きな者が入っていたと推測されます。中身は見つかっていませんが。便箋にも差出人を特定するような文言もなく指紋すら検出されていない。ここまで手掛かりがないと逆に違和感が募りますがね」
ジャスティンは紅茶で喉を潤して便箋と写真を手渡した。
「まあ、ここから先は人海戦術ってやつで。同じものが他の誰かに送られていた可能性は否定できません。ただどこまでマスコミに公表するかが微妙なところでして……」
そう言ってジャスティンは署長に耳打ちをする。「規制できそうですかね?」
顔色が鈍った署長は「判断は難しいところだがワシの権限ではどうにもならんだろ」と返した。
「本部でも、まあ協議中ってとこでしてね」
「そうか……。まあ、怪文書の出元を探るのに多数の人員投入するのは滑稽な話。しかも、内容が内容だけになあ」
「でしょうね。殺人事件を追いかける為の人材を『こんな手紙知りません?』って聞き込みの為に配置する訳にもいかない。だが、科学捜査の観点では現時点で犯人に繋がるものがない。今は人海戦術で生の情報を当たるしかないでしょう。他にも同様のメッセージを受信した者がいるはずですから」
「その根拠は?」
「勘ですがね。この男にだけこんなものを送りつけてもとは思いますし……。単身赴任でこの街に来ていて遺体の確認も手間という背景。何かのセールスか宗教の類なのか。今のところはそう言ったトラブルが原因と言うのが自然な推論かと思われますが……」
「歯切れが悪いな」
「そう見えますか? ふふ……」
「その顔は何かを企んでいるようにしか見えないぞ」
「よしてくださいよ」
「まあ、ここから先は慎重に頼むよ」
情報が少なく進展もない中でどうしてこれだけ余裕を持つのだろう。
コトリーも同じように悠然と構えているのは不思議だ。
「何かの尻尾を掴みつつあるのかな?」
署長がチラリとコトリーを見る。
何食わぬ顔をしてとぼけ顔が憎らしい。
「まだ衰えてはいませんね、署長。と言うわけで、コトリー君を少しの間お借りしますよ」
「わかった。持って行け。でも、あそこでいきり立っている奴らにはどう説明すればいいんだ?」
「謎の手紙が見つかったことは報告してください。ただし、この件に関してのマスコミへの発表はまだ控えるということで」
「わかった。まさかとは思うが署員の元にも届いてるかな?」
「さあ……。でも、ありえますよ。まだ事件とは繋がってはいませんから」
「まだ、ねえ。でも、もしあいつらにも同じものが来ていたら報告が上がるだろう」
署長はそう言うと内線で「午後二時から捜査会議を始めるとみんなに伝えてくれ」と交換手に伝えた。
ほどなく館内放送が流れそれぞれがそのアナウンスを追って天井を眺める。
「じゃあ、行ってきますわ」
「どこへ?」
「心当たりへ」
ジャスティンはそう言うとフレーバーを飲み干して席を立つ。
コトリーも帽子を深く被り直してチラっと署長を見て合図を送った。
署長はそれを受け取るとネクタイを結び直す。
人混みを掻き分けて玄関へと向かうふたり。
ジムはデスクから彼らを眺めた。
事件に進展はあったのだろうか?
だがふたりの横顔に迸る何かは沈黙よりも雄弁だった。
*****
雪影に彷徨う魂に未来はあるだろうか。
雪に溶けるが本望か、土に還るが本望か。
空に還らぬ水溜まりを覗き込んで老人は呟く。
扉を嘆く魂よ。辿り着いた事実を喜ぶがいい、と。
(第23話へつづく)
噂話が駆け巡る。「家宅捜索で何かが見つかった」と。
手掛かりだろうか?
興奮はジムの魂にも伝播し人波が攫う言葉に聞き耳を立てた。
「とにかく捜査会議で正式に発表する。それまで大人しく待て!」
署長の怒号は喧噪の不満を煽るだけ。
その傍らで捜査資料に目を通すジャスティンとコトリーが我関せずと沈黙を守っていた。
「コトリー、おまえからも言ってくれよ」
「放っときゃいんですよ」
コトリーは目も合わせずに資料に耽り時折ジャスティンと何かを確認しあっている。
それを横目で覗き込む滑稽に同伴の副署長が苦虫を噛み潰していた。
「で、その封筒の正体はわかったのかね?」
署長の問いは以前蚊帳の外、呆れかえって副署長に小言をぶつけるしかない。
「自分の部屋なのになあ」と駄々をぼやいても居場所はさらに小さくなるばかりだ。
完全無視のコトリーはジャスティンと頷き合って、「公表はここまでだな。これ以上は混乱を招くだろう」と申し合わせた。
「どうやって管理する?」
「認証IDで選別させよう」
「わかった」
コトリーは署長に目配せをして、「聞こえてなかったわけじゃないんですがね」と放った。
「わかってるよ、おまえの性格は。で?」
「被害者の部屋から差出人不明の封筒が見つかりましてね。大小合わせて二つ。中身は妙な便箋など。一度読んだ形跡がありますな」
「それは鍵に成りうるのか?」
「現段階では何とも……」
「便箋の中身は?」
「招待状と言いますかね。なんでも未来を見せてくれるとかなんとか……。そんな意味不明なことが書いてあります」
「なんだい、そりゃ」
呆れ顔の署長は身体をソファに投げ打って続きを待つ。
今度はジャスティンが口を開いた。
「この一通目の手紙は被害者が死亡するちょうど1週間前。そしてこっちが死亡日当日に届いている。開封されていたので彼はこの便箋を読んだ後に亡くなっているのでしょう。ただし……」
「どうした?」
「普通郵便ですからね。記録があるわけでもない。ここから辿るのは至難の業かと」
「もどかしいな」
「まあそれでも収穫はありましたよ。1通目の封筒には便箋の他に何かが入っていた形跡がありました。プラスチックの欠片が混入していたようです」
そう言ってジャスティンはその写真を署長に見せる。
「よく分からんな。手掛かりになるとは思えんが」
「でしょうね。でも何かのケースではないかと踏んでいますよ」
「ケース?」
「ええ、この封筒で普通郵便の料金で送ることができる重さは限られている。マイクロカードかCD、USBメモリと言ったところでしょう。便箋を補完する内容の映像あるいは……」
署長は固唾を飲んで聞き入った。
「だがその肝心の中身が不明。大きめの方には欠片は検出されず。でも封筒の折れ目などから1通目よりも大きな者が入っていたと推測されます。中身は見つかっていませんが。便箋にも差出人を特定するような文言もなく指紋すら検出されていない。ここまで手掛かりがないと逆に違和感が募りますがね」
ジャスティンは紅茶で喉を潤して便箋と写真を手渡した。
「まあ、ここから先は人海戦術ってやつで。同じものが他の誰かに送られていた可能性は否定できません。ただどこまでマスコミに公表するかが微妙なところでして……」
そう言ってジャスティンは署長に耳打ちをする。「規制できそうですかね?」
顔色が鈍った署長は「判断は難しいところだがワシの権限ではどうにもならんだろ」と返した。
「本部でも、まあ協議中ってとこでしてね」
「そうか……。まあ、怪文書の出元を探るのに多数の人員投入するのは滑稽な話。しかも、内容が内容だけになあ」
「でしょうね。殺人事件を追いかける為の人材を『こんな手紙知りません?』って聞き込みの為に配置する訳にもいかない。だが、科学捜査の観点では現時点で犯人に繋がるものがない。今は人海戦術で生の情報を当たるしかないでしょう。他にも同様のメッセージを受信した者がいるはずですから」
「その根拠は?」
「勘ですがね。この男にだけこんなものを送りつけてもとは思いますし……。単身赴任でこの街に来ていて遺体の確認も手間という背景。何かのセールスか宗教の類なのか。今のところはそう言ったトラブルが原因と言うのが自然な推論かと思われますが……」
「歯切れが悪いな」
「そう見えますか? ふふ……」
「その顔は何かを企んでいるようにしか見えないぞ」
「よしてくださいよ」
「まあ、ここから先は慎重に頼むよ」
情報が少なく進展もない中でどうしてこれだけ余裕を持つのだろう。
コトリーも同じように悠然と構えているのは不思議だ。
「何かの尻尾を掴みつつあるのかな?」
署長がチラリとコトリーを見る。
何食わぬ顔をしてとぼけ顔が憎らしい。
「まだ衰えてはいませんね、署長。と言うわけで、コトリー君を少しの間お借りしますよ」
「わかった。持って行け。でも、あそこでいきり立っている奴らにはどう説明すればいいんだ?」
「謎の手紙が見つかったことは報告してください。ただし、この件に関してのマスコミへの発表はまだ控えるということで」
「わかった。まさかとは思うが署員の元にも届いてるかな?」
「さあ……。でも、ありえますよ。まだ事件とは繋がってはいませんから」
「まだ、ねえ。でも、もしあいつらにも同じものが来ていたら報告が上がるだろう」
署長はそう言うと内線で「午後二時から捜査会議を始めるとみんなに伝えてくれ」と交換手に伝えた。
ほどなく館内放送が流れそれぞれがそのアナウンスを追って天井を眺める。
「じゃあ、行ってきますわ」
「どこへ?」
「心当たりへ」
ジャスティンはそう言うとフレーバーを飲み干して席を立つ。
コトリーも帽子を深く被り直してチラっと署長を見て合図を送った。
署長はそれを受け取るとネクタイを結び直す。
人混みを掻き分けて玄関へと向かうふたり。
ジムはデスクから彼らを眺めた。
事件に進展はあったのだろうか?
だがふたりの横顔に迸る何かは沈黙よりも雄弁だった。
*****
雪影に彷徨う魂に未来はあるだろうか。
雪に溶けるが本望か、土に還るが本望か。
空に還らぬ水溜まりを覗き込んで老人は呟く。
扉を嘆く魂よ。辿り着いた事実を喜ぶがいい、と。
(第23話へつづく)