第18話 嘴は残留思念を嗅ぎ分けるだろうか

文字数 1,043文字

 コトリーは再び現場に戻った。
 コートの襟が風に流され彼の髭面を叩いている。

 現場検証が終わり規制の解かれた路地裏にはいくつかの花束が寒さに晒されていた。
 この男にも花束を手向けるものがいるのだな。
 コトリーは被害者のプロファイルを思い出しながら眼前の花束を凝視していた。

 路地裏は陰気に満ち、所々舗装の禿げた剥き出しの砂にどこからか漏れてきた水が流れ込む。
 エアコンの室外機がうねりを上げて鳴り、通りの音をかき消していた。
 大通りから20メートルぐらいだろうか。
 コトリーは光のこぼれる通りを眺める。
 この距離なら誰かが何かをしていても気づかれまい。
 ただし……。

 コトリーには違和感があった。
 この場所で発砲があった。
 それがたとえ誰にも見られなくても周辺には数多の人が住んでいる。
 誰かが銃声を聞きつけ裏窓からここを覗く者もいるだろう。
 銃声も通りには響くはず。
 なのに未だ犯人らしき者の目撃談すらない。
 多くの証言は「銃声を聞きつけて現場を見ると男がひとりで倒れていた」というものだった。
 コトリーが写真と現場を重ねる。
 被害者は前のめりに横たわり何かを掴もうとするように大きく手を伸ばして果てている。
 路地に転がっていたのは薬莢だけでそれが唯一の手がかりだった。

 ピーッ……。
 タブレットの着信ランプが点灯する。
 メールの着信だった。
 コトリーは画面をタップして内容を確認するといつも以上に険しい顔をした。

「警察のものではないと言うのか?」

 メールの内容は『警察備品の拳銃や弾丸を調べたところ紛失は見られない』というものだった。
 少なくとも分署内に関しての報告ではあるが犯人への手がかりがまたひとつ消えたことに愕然とする。
 失態が消えた安堵感に胸を撫で下ろしながらも奥深い沼に足を踏み入れたような居心地の悪さは拭えない。

「迷宮に入りそうな予感がする」

 コトリーはそう言い残して現場から立ち去ろうとした。
 すると被害者の倒れていたあたりに一羽の烏が舞い降りてきた。
 血痕の匂いに導かれたのだろうか。
 コトリーは烏のついばみを横目に光の下へと歩みを急がせた。
*****

 烏が啄む微粒子に悪意の匂いが染み着いている。
 嘴はその正体を知るはずもなく有機体の欠片を探している。
 去りし無人の路地裏で老人はほくそ笑む。
 ほほほ、彼は迷宮のシグナルを聞き分けるようだ、と。

(第19話につづく)
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