第30話 輝ける人生は輝ける場所に
文字数 1,688文字
コトリーとジャスティンは科学捜査研究所を後にした。
「続報はメールで。余程のことがない限りそれで事足りるだろう」とロズウィン。
その言葉を受けたジャスティンは科学捜査の限界を感じていた。
沈黙の大人がふたり、それぞれ取り止めのない景色をぼっと眺めている。
「どう思う?」ふいにジャスティンが訊いた。
「どうって?」
「いや、何を思っているのかと……」
「そうだな……。迷宮入りの予感が当たりそうだ」
「迷宮……か」
「我々に解けない謎はないって言いたいがな。だがこうも証拠がなければ正直お手上げだよ。せめて被害者の人間関係から何か出てくればと思ったがネットサービスの元従業員ぐらいしか情報がない。しかもプログラミングに長けているわけでもなく自社のサービスを広めるただの営業マンだったからな」
「怨恨の線も当たってみたが特に目立ったものはないと聞く。社内での評判も普通で人間関係も良好」
「会社自体がきな臭いことはないのか?」
「ないね。二、三年前に上場したばかりの新鋭だが事業内容は真っ当。急成長で最近CMをたくさん打っている」
「普及の影にはまだテレビの力は必要か」
「ま、不特定多数に同時にとなればまだまだテレビは強いよ。見ない人が増えたとは言ってもね」
コトリーはタブレットを開いて被害者情報を閲覧する。
情報は一元管理されていて日々新しい情報が整理され捜査員に配信されている。
事件情報から被害者概要を選択すると顔写真から学歴、職歴がズラっと並ぶ。
有名大学から急成長のベンチャー企業に就職、理由は不明ながら一身上の都合で三年ほどで転職。
被害者が死んだのは新しい職場に入ってからわずか一ヶ月後のことだ。
「この就職先に問題はなかったのかな?」ジャスティンは同じページを閲覧しながら尋ねた。
「労務関係の個人事務所だそうだ。でもちょっと風変わりなのが彼と同じように三人が同じところに再就職をしている。しかも辞める前に資格を取って斡旋されているようだ」
「労務事務所に斡旋?」
「聞くところによると人材整理の為に資格を取らせて斡旋しているそうだ。捜査でこの事務所に行ったときに元会社との関係などを聞かせてくれた人物がいてな。彼も同じ転職組で今の事務所は自分に合っていて助かったと言っていた」
「へぇ~、物好きな会社もあるもんだ」
「でも全員がそうとは限らずやはり解雇されるものもいるそうだ。適性がありそうな奴だけを見込んで息の掛かったところに送り込むという寸法さ。かと言って、労基関係での問題があるからということではない」
「適材適所か。だが自社のセクションに置かないところを見ると何らかの問題はある人間なんだろうか。あるいは戦略的に送り込んでいるとか」
「後者だろうな。私が話した元社員はとても問題児とは思えなかった。優秀な人材に思えたよ。プライベートはともかくとして。将来を見据えてひょっとしたら外部でその道のエキスパートを育てているのかも知れない。それでも出資先と言う関係性はないし、この事務所の方が設立は先だ」
「ふふ、面白いなコトリー。でもそこまでしたたかな企業の関係者がこんな事件に巻き込まれる由縁はあるかな?」
「どうだろう。今のところは皆目検討もつかない」
「そうだな。だが、このしたたかさと言うか、完璧主義的なにおいは事件に通じるものがある。その意図や目的はまったく見えないのだが……」
「なんとなく、言いたいことはわかるが……」
ふたりは沈黙の時間を過ごした。
ふと窓の外を見ると夜景に彩られた街はクリスマスの装飾に馴染んでいた。
ところどころでクリスマスマーケットの彩りと活気に満ちた笑顔が弾けている。
のどやかな街の笑顔の傍で苦悩に満ちたふたりは佇んでいた。
*****
装飾のライトがランダムに点滅する。
そのリズムの意味を知る由もない。
マーケットの人混みで老人は静かに笑う。
憶測を確信に変える術を彼らは持っているのだろうか、と。
(第31話につづく)
「続報はメールで。余程のことがない限りそれで事足りるだろう」とロズウィン。
その言葉を受けたジャスティンは科学捜査の限界を感じていた。
沈黙の大人がふたり、それぞれ取り止めのない景色をぼっと眺めている。
「どう思う?」ふいにジャスティンが訊いた。
「どうって?」
「いや、何を思っているのかと……」
「そうだな……。迷宮入りの予感が当たりそうだ」
「迷宮……か」
「我々に解けない謎はないって言いたいがな。だがこうも証拠がなければ正直お手上げだよ。せめて被害者の人間関係から何か出てくればと思ったがネットサービスの元従業員ぐらいしか情報がない。しかもプログラミングに長けているわけでもなく自社のサービスを広めるただの営業マンだったからな」
「怨恨の線も当たってみたが特に目立ったものはないと聞く。社内での評判も普通で人間関係も良好」
「会社自体がきな臭いことはないのか?」
「ないね。二、三年前に上場したばかりの新鋭だが事業内容は真っ当。急成長で最近CMをたくさん打っている」
「普及の影にはまだテレビの力は必要か」
「ま、不特定多数に同時にとなればまだまだテレビは強いよ。見ない人が増えたとは言ってもね」
コトリーはタブレットを開いて被害者情報を閲覧する。
情報は一元管理されていて日々新しい情報が整理され捜査員に配信されている。
事件情報から被害者概要を選択すると顔写真から学歴、職歴がズラっと並ぶ。
有名大学から急成長のベンチャー企業に就職、理由は不明ながら一身上の都合で三年ほどで転職。
被害者が死んだのは新しい職場に入ってからわずか一ヶ月後のことだ。
「この就職先に問題はなかったのかな?」ジャスティンは同じページを閲覧しながら尋ねた。
「労務関係の個人事務所だそうだ。でもちょっと風変わりなのが彼と同じように三人が同じところに再就職をしている。しかも辞める前に資格を取って斡旋されているようだ」
「労務事務所に斡旋?」
「聞くところによると人材整理の為に資格を取らせて斡旋しているそうだ。捜査でこの事務所に行ったときに元会社との関係などを聞かせてくれた人物がいてな。彼も同じ転職組で今の事務所は自分に合っていて助かったと言っていた」
「へぇ~、物好きな会社もあるもんだ」
「でも全員がそうとは限らずやはり解雇されるものもいるそうだ。適性がありそうな奴だけを見込んで息の掛かったところに送り込むという寸法さ。かと言って、労基関係での問題があるからということではない」
「適材適所か。だが自社のセクションに置かないところを見ると何らかの問題はある人間なんだろうか。あるいは戦略的に送り込んでいるとか」
「後者だろうな。私が話した元社員はとても問題児とは思えなかった。優秀な人材に思えたよ。プライベートはともかくとして。将来を見据えてひょっとしたら外部でその道のエキスパートを育てているのかも知れない。それでも出資先と言う関係性はないし、この事務所の方が設立は先だ」
「ふふ、面白いなコトリー。でもそこまでしたたかな企業の関係者がこんな事件に巻き込まれる由縁はあるかな?」
「どうだろう。今のところは皆目検討もつかない」
「そうだな。だが、このしたたかさと言うか、完璧主義的なにおいは事件に通じるものがある。その意図や目的はまったく見えないのだが……」
「なんとなく、言いたいことはわかるが……」
ふたりは沈黙の時間を過ごした。
ふと窓の外を見ると夜景に彩られた街はクリスマスの装飾に馴染んでいた。
ところどころでクリスマスマーケットの彩りと活気に満ちた笑顔が弾けている。
のどやかな街の笑顔の傍で苦悩に満ちたふたりは佇んでいた。
*****
装飾のライトがランダムに点滅する。
そのリズムの意味を知る由もない。
マーケットの人混みで老人は静かに笑う。
憶測を確信に変える術を彼らは持っているのだろうか、と。
(第31話につづく)