第1話 その男、ジム

文字数 1,512文字

 闇夜にひとり嘆く男がいた。
 まっすぐな性格で正義感の強い男。名前をジムと言う。

 彼の嘆きは自分のふがいなさへの嘆きだ。
 三十歳を間近に控えていると言うのにいまだに殻を破れないでいる。
 幼少からの積み重ねか、はたまた先天的なものか。

 ジムの悩みはひとつ。
 それは女性と話すことが苦手だということだ。

 そんな悩みで嘆きを、とからかってはいけない。
 彼は小さい頃かずっとあがり症で、特に女性を目の前にすると何も言えなくなってしまう。
 そのためか運命的な出会いがあろうなかろうが彼の想いが叶ったことはなかった。

「おれの何が悪いというのだろう」

 ジムは矛先をいつも自分に向ける。
 そしてふがいなさの悪循環に彼は囚われ続けていた。


 ある日、ジムの元に一通の手紙がきた。
 高級そうな封筒で少し重みも感じる。差出人は書かれていない。

「こんなネット社会の中でダイレクトメールとは珍しい」

 ジムは丁寧に封を解く。
 中身は一通の便箋と透明ケースに入った小さなマイクロカードだった。
 ジムは徐ろに便箋を広げる。

 中身は何かのセールスの案内のようだ。
「新しい道具を発明したからそのモニターに選ばれた」という胡散臭いものだ。

 このセールストークを信じるならば道具は未来を見せてくれるということらしい。
 まことにバカバカしい話だと思い、ジムはその便箋とマイクロカードを机の上に放り投げた。

 便箋はすきま風にゆらめきながら封筒の重さではためく。
 街灯のわずかな光だけがそれらの存在を刻み付けていた。


 次の日ジムはいつものように仕事に出掛けた。
 彼の仕事は街の治安を守る警察官だ。
 この街の分署交通課に所属し、主立った仕事はパトカーや徒歩による巡回、交通整理など。
 たまに内勤でそれらの報告書の作成や整理に明け暮れている。

 ジムが守る街はのんびりとした日常を送る金融街の外れ。
 21世紀も過去の言葉になりつつあり、ほとんどのことが家でできるインターネット社会だ。
 外出する用事は減り、誰もが整備されたネット社会で事が足りた。

 そんな社会が進むにつれて外での犯罪は激減していく。
 凶悪犯罪も質を変え、己の体を活かして市民を守ることはほとんどなくなった。
 貧困層もベーシックインカムで居場所を与えられ無茶をするものも少ない。

 そして治安の保持はインターネットなどの電脳的なものに特化していて分署の電脳捜査課が多忙を極めていた。

 だがジムはその方面には疎かった。
 向き不向きというのもあるだろうが、彼には小手先で何かをすることよりも体を動かして人の為に何かをすることを選んだ。
 でもそんな仕事は日々減っていく。
 持て余す時間も増えて、自分の存在価値の脆さにも悩むようになっていた。


 ジムの日常も大きく変わった。
 仕事場にたどり着くまでの間、分け隔てなく様々な人に声を掛けていく彼だったがずいぶんとそんな機会も減っていった。

 みんな家にこもってしまって、挨拶を交わす機会すらほとんどない。
 いつしか町から人の声が消えてしまうのではないだろうか。
 そうなった時自分に存在価値はあるのだろうか。

「未来を見れる……。どんな未来が待つというのか」

 ジムは時折手紙のことを思い出す。
 未来を見て何になるのか。
 でも、将来はとても不安だった。

*****

 朝日を遮る、眠りを忘れたカラス一羽。
 漆黒の闇の、その欠片、ひとつ。
 黒帽の老人が闇の中で呟く。
 光を恐れ嫌うものは、闇を広げて安息を得る、と。

(第2話へ続く)
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