第82話 行くあてのない鳥は羽を休められない
文字数 4,492文字
トムとレイが幹線道路を疾走していた頃、ジムは分署の会議に参加していた。
慌ただしい申し送りがメインで後は顔合わせのようなもの。
少し広めのオフィスを無理矢理パーテーションで仕切り、それぞれの区画にチームは押し込められた。
今後の方針や最重要課題についての共有、それだけの時間だ。
ジムは今後のスケジュールを確認する。
明日からフェルナンデスと一緒に巡回勤務になっていた。
今日の午後は待機任務のようだ。
非番とは違って完全な休みではないが緊急召集に応じられるなら行動は自由。
ジムは一気に気が抜けたように大きくため息をついた。
近くの椅子に座り込んで、「さて、どうしようか」と物思いに耽る。
遊びに行ける雰囲気でもないし、きっと何をしても楽しめないだろう。
かと言って、半日は掛かる家族の元へ往復するのには骨が折れる。
みんなはどうするのかとスケジュール表を眺めているとフェルナンデスも同じ待機任務だった。
「おっ! 今日は待機か? 酒は飲めねえなあ」
何やら緊張感のない声が聞こえ、フェルナンデスだと確認すると心にモヤが漂う。
あの軽さと一緒に過ごすのはキツい。
できるだけ距離を取りたいと思った。
会議が終わり召集が解かれる。
体をほぐしていると、女性警官がジムに声を掛けた。
見知らぬ顔だ。
彼女は手書きのメモをジムに手渡し、「火災の日に男性紳士から渡してほしいと受け取ったものです」と言った。
ジムは呆気に取られながら心当たりを思い浮かべる。
あの火災の最中にわざわざ言伝を頼みに来るような物好きは記憶の中にはなかった。
「名乗りはしなかったのかな」ジムはそう呟きながら折り畳まれたメモを開く。
そこには達筆な筆記体で「ジムへ。エディナは今、セントラル病院に入院している。スタッカート」と書かれていた。
「スタッカート?」
馴染みのない名前だったが、それよりも内容が気になる。
エディナが入院している?
何か大きな病気でも抱えていたのだろうか。
それとも急病を患ったのだろうか。
記憶の中のエディナは病気とは無縁に思えた。
「午後の予定が埋まったな。出向くとするか」
ジムはそう呟くとメモを大事に財布に締まってスマホでセントラル病院を検索する。
ビジネス街近郊にある大きな病院であの火災で多くの被害者が運ばれた病院であることを思い出した。
基幹の総合病院でもありこの町の医療を支えている。
そんな大きな病院に入院していることがジムに一抹の不安を与えていた。
午後2時になって待機任務に入ったジムは手土産に悩みながら街の百貨店にいた。
何が原因で入院しているのかわからなくて何を持っていくべきか悩む。
病気なのか怪我なのかもわからない。
日持ちしそうなスイーツなら無難だろうか。
ジムが病院に着いたのは午後3時を回った頃。
総合受付の待合にはほとんど人がいなかった。
あまり病院に縁のないジムでも午前のロビーが戦場だということは何となく知っていた。
母の愚痴を思い出して笑いそうになる。
無人に近いエントランスだったが、どことなく不穏な空気が漂っている感じがした。
気のせいかと付近を見渡すと、けたたましいサイレンを鳴らした救急車が奥のフロアーに次々と到着していた。
「事故でもあったのかな」
ジムはタブレットとスマホを確認する。
緊急召集はまだ掛かっていない。
大したことではないのかもしれない。
ジムは気を取り直して病院受付に声を掛けた。
「エディナ・ヴァンガードという女性が入院していると伺いましたが……」
すると受付嬢は内線をコールした後、「申し訳ございませんが、ただいま面会謝絶となっております」と答えた。
「面会謝絶? そんなに具合が悪いのですか?」
「申し訳ございません。それにはお答えしかねます」
困惑する受付の表情にジムはこれ以上無理を言うのをやめた。
「そうですか……。では、伝言と手土産を渡したいのですがそれも難しいでしょうか?」
「少々お待ちください」
ジムは心の中で広がっていく不安を抑え込んで冷静に対処した。
ここで暴れたって会えるわけじゃない。
とにかく連絡先を記したメモを渡せられれば彼女の都合に合わせてあげられるはずだ。
「6階のナースステーションまで行っていただいても構わないとのことです。そこで看護師にお渡しください」
「わかりました。ありがとうございます」ジムは深々と頭を下げる。
受付嬢は手招きでエレベーターを案内すると、ジムはまた深々と頭を下げてエレベーターに向かった。
いったいどんな病気がエディナを襲っているのだろうか。
おそらく上に行っても教えてはくれないだろう。
どうしたものか……。
でも来たことを知ってくれれば次には会えるかも知れない。
ジムは前向きに物事を捉えようと懸命になる。
悲壮的な考えは捨ててしまえと躍起になっていた。
エレベーターを降りるとすぐ正面にナースステーションがあった。
そこにも同じ制服を着た受付嬢らしき女性がいる。
「先ほど問い合わせいただいた……」
「ああ、ヴァンガード様の面会の方ですね。あいにく……」
「承知してます。できればこれと、ああ、何か書くものはありませんか? 手紙を添えたい」
ジムは手土産の袋をカウンターに置いた。
「ああ、ちょっとお待ちください」
受付嬢は席を外してコピー機から数枚の用紙を取り出して持ってきた。
「これでもよろしいですか?」
「ありがとうございます。まさか面会できないとは思いもしなかったので……」
ジムはそう言うとカウンターを借りて、スタッカートと言う男性から聞いて来院したこと、連絡先などを書いた。
他にも何かを書こうとしたが何も思い浮かばない。
不甲斐ない。
そんな自分が悲しくなってくる。
とりあえずは「お体を大切に」と無難な言葉で締めくくった。
そしてそれを二つ折りにして手土産と一緒に受付嬢に渡した。
「これでお願いします。中身はお菓子です」
「承りました」
「お願いします」
ジムはそう言うと再びエレベーターに乗って下に向かった。
せっかく来たのにと思いながらも、状況がそうなら仕方ないと諦めた。
それでもあの火災の日にわざわざスタッカートなる人物が言伝に来たことは気掛かりだった。
それだけ性急だったにも関わらず面会できないことも不可解だ。
ジムは仕切り直しを余儀なくされながらも、得体の知れない何かに背筋が寒くなった。
「この名前には聞き覚えがあるのだが……」
ジムの呟きがエレベーター内に響いた。
だが、彼のことを考えることよりも心はエディナの容態と急な展開に翻弄されている。
疲れも溜まり、ジムはぼおっと減っていく階数表示を眺めていた。
そして、午後のひとときが空白になったことに途方に暮れていた。
1階に降りるとまた慌ただしく救急車が入ってきていた。
この短い時間に2台目だ。
救急病院だからか、と思いながらも一緒にパトカーが追従してきたのに違和感を覚える。
明らかに何かがおかしい。
ジムは顔見知りがいれば事情を聞こうと思い救急室の方に向かった。
数人の警察官が部屋の前で集まって話をしていた。
汗だくで、顔は煤で汚れたように黒ずんでいる。
明らかに何かが起きているようだ。
その中に見慣れた顔があった。
「分署交通課ジム・ゴードンです」ジムはその輪の中に入っていく。
別分署の警官隊、その中にポリスアカデミー時代の旧友スミスがいた。
「おお、ジム。久しぶりだな」
「スミスじゃないか、どうした、こんなところで」
「幹線道路でトレーラー同士の事故があってな。その件でここに来ている」
「事故? その割には結構な格好だぞ」ジムの指摘に気づいてスミスは顔を拭う。
「ああ、壮絶な現場さ。トレーラー3台とトラック、併せて4台がハイウェイパーキングの手前で炎上中だ」
「炎上? ガソリンでも運んでいたのか?」
「それはわからない。それに、まだ未確認情報なんだが……」
スミスはジムの耳元に手をやって小声で話し始めた。
「トラックは警察の移送用のものらしい」
「なに?」
「静かに!」
「ああ、すまん」
「今ようやく人を車から運び出してここに搬入したところだ。確認するだけだがね」
「誰かわかるか?」
「今のところは不明だ。何しろ原型が分からないほどに潰されていてね。警察用車両だとわかるのにも時間が掛かった。あとはどこの署のものか……」
その時スミスの無線が鳴った。
「失礼。ああ、そうだ。何? そうか……、わかった」
スミスの表情がみるみる硬直し、しきりにジムの顔色を窺っている。
ジムは慌てて緊急通信が入っていないかを確認した。
まだ着信はない。
「ジム、大変だよ」
「どうした……」
「言いにくいのだが……」
「言え! 気にするな!」
ジムの語気が荒ぶって、スミスは観念したように話し出した。
「ジム、君のところから本署に向けて機密文書を移送するトラックが出発したそうだ。その車両の可能性が高いとの報告が入ったよ。それと……」
「交通課の誰かが犠牲ってことだな」
「ああ」
「誰だ?」
「トム・マクヴィスとレイ・ヒューストンの2名だ」
「トムとレイ?」
「お気の毒だが……」
ジムは落胆と同時に、不可解な事故で命を失ったのがその二人であることに物凄い違和感を覚えた。
これは事故に見せかけた殺人ではなかろうか。
現場も見ずにジムは想像を巡らす。
「どこだ?」
「何が?」
「事故現場だよ。行ってくる」
「行って何をする?」
ジムはその問いには答えずに辺りを見回す。
スミスは同僚が運ばれてきているのに、と思いながらも彼の形相に恐れを為した。
「5キロほど先のハイウェイの入り口だ」
「わかった」
ジムはそう言い残すとロータリーに向けて走り出す。
「あいつのところで何が起きてるんだ?」
「分からんよ。署が燃えたと思ったら今度は移送車両だ。意味が分からんよ」
残された者たちが口々に言い合った。
そんな中、スミスはじっとジムの背中を見つめていた。
同僚の死も確かめずに現場にいく理由とは何か?
不可解な事件が続く中、疲弊した警官隊はその場に崩れるように座り込む。
また1台、回転灯が病院に色を与えていく。
スミスは同僚の肩を叩き士気を促した。
*****
摩天楼が炎に揺れる。
龍のごとく天を目指し地上の全てを焼き尽くす。
悲壮に駆ける若者を眺めて老人は呟く。
心が逸るほどにその血は真実を求めているようだ、と。
(第83話につづく)
慌ただしい申し送りがメインで後は顔合わせのようなもの。
少し広めのオフィスを無理矢理パーテーションで仕切り、それぞれの区画にチームは押し込められた。
今後の方針や最重要課題についての共有、それだけの時間だ。
ジムは今後のスケジュールを確認する。
明日からフェルナンデスと一緒に巡回勤務になっていた。
今日の午後は待機任務のようだ。
非番とは違って完全な休みではないが緊急召集に応じられるなら行動は自由。
ジムは一気に気が抜けたように大きくため息をついた。
近くの椅子に座り込んで、「さて、どうしようか」と物思いに耽る。
遊びに行ける雰囲気でもないし、きっと何をしても楽しめないだろう。
かと言って、半日は掛かる家族の元へ往復するのには骨が折れる。
みんなはどうするのかとスケジュール表を眺めているとフェルナンデスも同じ待機任務だった。
「おっ! 今日は待機か? 酒は飲めねえなあ」
何やら緊張感のない声が聞こえ、フェルナンデスだと確認すると心にモヤが漂う。
あの軽さと一緒に過ごすのはキツい。
できるだけ距離を取りたいと思った。
会議が終わり召集が解かれる。
体をほぐしていると、女性警官がジムに声を掛けた。
見知らぬ顔だ。
彼女は手書きのメモをジムに手渡し、「火災の日に男性紳士から渡してほしいと受け取ったものです」と言った。
ジムは呆気に取られながら心当たりを思い浮かべる。
あの火災の最中にわざわざ言伝を頼みに来るような物好きは記憶の中にはなかった。
「名乗りはしなかったのかな」ジムはそう呟きながら折り畳まれたメモを開く。
そこには達筆な筆記体で「ジムへ。エディナは今、セントラル病院に入院している。スタッカート」と書かれていた。
「スタッカート?」
馴染みのない名前だったが、それよりも内容が気になる。
エディナが入院している?
何か大きな病気でも抱えていたのだろうか。
それとも急病を患ったのだろうか。
記憶の中のエディナは病気とは無縁に思えた。
「午後の予定が埋まったな。出向くとするか」
ジムはそう呟くとメモを大事に財布に締まってスマホでセントラル病院を検索する。
ビジネス街近郊にある大きな病院であの火災で多くの被害者が運ばれた病院であることを思い出した。
基幹の総合病院でもありこの町の医療を支えている。
そんな大きな病院に入院していることがジムに一抹の不安を与えていた。
午後2時になって待機任務に入ったジムは手土産に悩みながら街の百貨店にいた。
何が原因で入院しているのかわからなくて何を持っていくべきか悩む。
病気なのか怪我なのかもわからない。
日持ちしそうなスイーツなら無難だろうか。
ジムが病院に着いたのは午後3時を回った頃。
総合受付の待合にはほとんど人がいなかった。
あまり病院に縁のないジムでも午前のロビーが戦場だということは何となく知っていた。
母の愚痴を思い出して笑いそうになる。
無人に近いエントランスだったが、どことなく不穏な空気が漂っている感じがした。
気のせいかと付近を見渡すと、けたたましいサイレンを鳴らした救急車が奥のフロアーに次々と到着していた。
「事故でもあったのかな」
ジムはタブレットとスマホを確認する。
緊急召集はまだ掛かっていない。
大したことではないのかもしれない。
ジムは気を取り直して病院受付に声を掛けた。
「エディナ・ヴァンガードという女性が入院していると伺いましたが……」
すると受付嬢は内線をコールした後、「申し訳ございませんが、ただいま面会謝絶となっております」と答えた。
「面会謝絶? そんなに具合が悪いのですか?」
「申し訳ございません。それにはお答えしかねます」
困惑する受付の表情にジムはこれ以上無理を言うのをやめた。
「そうですか……。では、伝言と手土産を渡したいのですがそれも難しいでしょうか?」
「少々お待ちください」
ジムは心の中で広がっていく不安を抑え込んで冷静に対処した。
ここで暴れたって会えるわけじゃない。
とにかく連絡先を記したメモを渡せられれば彼女の都合に合わせてあげられるはずだ。
「6階のナースステーションまで行っていただいても構わないとのことです。そこで看護師にお渡しください」
「わかりました。ありがとうございます」ジムは深々と頭を下げる。
受付嬢は手招きでエレベーターを案内すると、ジムはまた深々と頭を下げてエレベーターに向かった。
いったいどんな病気がエディナを襲っているのだろうか。
おそらく上に行っても教えてはくれないだろう。
どうしたものか……。
でも来たことを知ってくれれば次には会えるかも知れない。
ジムは前向きに物事を捉えようと懸命になる。
悲壮的な考えは捨ててしまえと躍起になっていた。
エレベーターを降りるとすぐ正面にナースステーションがあった。
そこにも同じ制服を着た受付嬢らしき女性がいる。
「先ほど問い合わせいただいた……」
「ああ、ヴァンガード様の面会の方ですね。あいにく……」
「承知してます。できればこれと、ああ、何か書くものはありませんか? 手紙を添えたい」
ジムは手土産の袋をカウンターに置いた。
「ああ、ちょっとお待ちください」
受付嬢は席を外してコピー機から数枚の用紙を取り出して持ってきた。
「これでもよろしいですか?」
「ありがとうございます。まさか面会できないとは思いもしなかったので……」
ジムはそう言うとカウンターを借りて、スタッカートと言う男性から聞いて来院したこと、連絡先などを書いた。
他にも何かを書こうとしたが何も思い浮かばない。
不甲斐ない。
そんな自分が悲しくなってくる。
とりあえずは「お体を大切に」と無難な言葉で締めくくった。
そしてそれを二つ折りにして手土産と一緒に受付嬢に渡した。
「これでお願いします。中身はお菓子です」
「承りました」
「お願いします」
ジムはそう言うと再びエレベーターに乗って下に向かった。
せっかく来たのにと思いながらも、状況がそうなら仕方ないと諦めた。
それでもあの火災の日にわざわざスタッカートなる人物が言伝に来たことは気掛かりだった。
それだけ性急だったにも関わらず面会できないことも不可解だ。
ジムは仕切り直しを余儀なくされながらも、得体の知れない何かに背筋が寒くなった。
「この名前には聞き覚えがあるのだが……」
ジムの呟きがエレベーター内に響いた。
だが、彼のことを考えることよりも心はエディナの容態と急な展開に翻弄されている。
疲れも溜まり、ジムはぼおっと減っていく階数表示を眺めていた。
そして、午後のひとときが空白になったことに途方に暮れていた。
1階に降りるとまた慌ただしく救急車が入ってきていた。
この短い時間に2台目だ。
救急病院だからか、と思いながらも一緒にパトカーが追従してきたのに違和感を覚える。
明らかに何かがおかしい。
ジムは顔見知りがいれば事情を聞こうと思い救急室の方に向かった。
数人の警察官が部屋の前で集まって話をしていた。
汗だくで、顔は煤で汚れたように黒ずんでいる。
明らかに何かが起きているようだ。
その中に見慣れた顔があった。
「分署交通課ジム・ゴードンです」ジムはその輪の中に入っていく。
別分署の警官隊、その中にポリスアカデミー時代の旧友スミスがいた。
「おお、ジム。久しぶりだな」
「スミスじゃないか、どうした、こんなところで」
「幹線道路でトレーラー同士の事故があってな。その件でここに来ている」
「事故? その割には結構な格好だぞ」ジムの指摘に気づいてスミスは顔を拭う。
「ああ、壮絶な現場さ。トレーラー3台とトラック、併せて4台がハイウェイパーキングの手前で炎上中だ」
「炎上? ガソリンでも運んでいたのか?」
「それはわからない。それに、まだ未確認情報なんだが……」
スミスはジムの耳元に手をやって小声で話し始めた。
「トラックは警察の移送用のものらしい」
「なに?」
「静かに!」
「ああ、すまん」
「今ようやく人を車から運び出してここに搬入したところだ。確認するだけだがね」
「誰かわかるか?」
「今のところは不明だ。何しろ原型が分からないほどに潰されていてね。警察用車両だとわかるのにも時間が掛かった。あとはどこの署のものか……」
その時スミスの無線が鳴った。
「失礼。ああ、そうだ。何? そうか……、わかった」
スミスの表情がみるみる硬直し、しきりにジムの顔色を窺っている。
ジムは慌てて緊急通信が入っていないかを確認した。
まだ着信はない。
「ジム、大変だよ」
「どうした……」
「言いにくいのだが……」
「言え! 気にするな!」
ジムの語気が荒ぶって、スミスは観念したように話し出した。
「ジム、君のところから本署に向けて機密文書を移送するトラックが出発したそうだ。その車両の可能性が高いとの報告が入ったよ。それと……」
「交通課の誰かが犠牲ってことだな」
「ああ」
「誰だ?」
「トム・マクヴィスとレイ・ヒューストンの2名だ」
「トムとレイ?」
「お気の毒だが……」
ジムは落胆と同時に、不可解な事故で命を失ったのがその二人であることに物凄い違和感を覚えた。
これは事故に見せかけた殺人ではなかろうか。
現場も見ずにジムは想像を巡らす。
「どこだ?」
「何が?」
「事故現場だよ。行ってくる」
「行って何をする?」
ジムはその問いには答えずに辺りを見回す。
スミスは同僚が運ばれてきているのに、と思いながらも彼の形相に恐れを為した。
「5キロほど先のハイウェイの入り口だ」
「わかった」
ジムはそう言い残すとロータリーに向けて走り出す。
「あいつのところで何が起きてるんだ?」
「分からんよ。署が燃えたと思ったら今度は移送車両だ。意味が分からんよ」
残された者たちが口々に言い合った。
そんな中、スミスはじっとジムの背中を見つめていた。
同僚の死も確かめずに現場にいく理由とは何か?
不可解な事件が続く中、疲弊した警官隊はその場に崩れるように座り込む。
また1台、回転灯が病院に色を与えていく。
スミスは同僚の肩を叩き士気を促した。
*****
摩天楼が炎に揺れる。
龍のごとく天を目指し地上の全てを焼き尽くす。
悲壮に駆ける若者を眺めて老人は呟く。
心が逸るほどにその血は真実を求めているようだ、と。
(第83話につづく)