第66話 薄い繋がりは強靭なピアノ線だろうか?
文字数 2,271文字
トムはデスクに戻ると自分のタブレットとノートパソコンを持ってオフィスを離れた。
ジムはコーヒーをすすりながら慌ただしく出て行く彼を眺める。
この行動もコトリーたちの想定内なのだろうか。
トムの姿が消えたのを見計らって、ジムはデスクに戻った。
タブレットの電源を入れ直して閲覧履歴からさきほどのページを開く。
カーヴォンス警備のWEBサイトのリンクは貼られておらず、仕方なく検索エンジンに入力すると見覚えのあるホームページが表示された。
「これって……」
ジムは慌てて被害者の職歴を見つけ出す。
だがそこにはESCメディアカンパニーの文字があるだけだ。
「いや……、確か……」
ジムは拙い記憶をたぐり出す。
ESCの本社に出向いたことを思い出しながら、どこでそれを見たのかを探っていく。
自分の行動、周辺の地図、そして……。
「ああ、そうか……」
ジムはESC本社に入っていた警備がカーヴォンスだったことを思い出す。
あの場で検索したから見覚えがあるんだ。
「まさかこれだけで疑っている?」
ジムはコトリーの言う最重要の容疑者という言葉とその自信に満ちた表情を思い出す。
しかし、いくらなんでもESC本社に入っている警備の出身ってだけであそこまでは言い切らないはずだ。
カーヴォンス警備がESCだけを守っている訳ではない。
ありふれたセキュリティ会社であり警察を辞めてカーヴォンスに入る人間もその逆がいても何ら不思議ではない。
配属されてから十数年経つが、給与や待遇の不満、やりがいを求めて辞めていく同期はたくさんいた。
先輩諸氏並びに後輩にも同じような人間はたくさんいるし、警察の権限に憧れて刑事課に転属を希望した人間もたくさん見た。
特別視するようなことは何も思い当たらない。
「お? カーヴォンスがどうかした?」
不意に隣のデスクから声がした。
同僚のレイが声だった。
ジムは一瞬ビクっとしながらも「ああ、あの殺人事件の被害者の関係だよ」と濁した。
「えっ? なにそれ?」
「知らないのか? ほら、被害者、ESCの元社員だろ。そのESC本社の警備会社だよ」
「なんだよ、それ。それで関係とか言うなよ、紛らわしい」
「えっ? そうか?」
「そりゃそうだよ。カーヴォンスなんてどこにでも入ってるじゃんかよ。今じゃ自宅のセキュリティでもその名前見るぜ」
「そうなのか? そんなに有名か?」
「おまえも世間に疎いねぇ~。てか、おまえの家にはセキュリティ入れるほどの財産はねえか」
「あるわけないだろ、この薄給で」
「そりゃそうだ。言えてる」腹を抱えながらレイは自分のデスクに戻る。
そしてパーテーション越しに「カーヴォンスのことならトムに聞け」とだけ声が流れてきた。
「なんで?」と知らない素振りをすると「あいつ、カーヴォンス辞めてここに来たからな」と返事が返ってきた。
「それは有名な話なのか?」
「有名もなにも、あいつとペアを組むと勝手に喋るからな。おまえ今ペア組んでるんじゃん。聞いてないのか?」
「ああ、まだ聞いてないよ」
「そうか」その言葉とともにレイは席を立った。
トムとの付き合いはそれほど浅くはない。
それなのになぜ自分には黙っているのかが不思議でならなかった。
ますます違和感が募っていく。
誰にでも、何でも話すトムが自分には話さないこと。
それに意図があるのか無いのか。
だが、それを確かめるのは難しい。
ピピピ!
突然タブレットが鳴動する。
メール着信の合図だ。
LEDライトも薄い黄緑色に光り出す。
メールボックスを開けるとコトリーからだった。
「トムは今どこだ?」たった一行の節操のないメール。
「さっきまで喋っていましたが、私が調べ物をしているうちにどこかに行ったようです。今はここにいません」と返す。
すると間もなくジムのデスクの内線が鳴った。
慌てて受話器を取ると、「コトリー刑事からです」という交換の言葉と同時に電話が切り替わった。
「どうだ? 何か感じたか?」
「わかりません。私が疑心暗鬼になって、そう見えるだけかも知れませんが……」
「ふふ……、そんなもんさ。ところでここからが本題だが彼を調べていて妙な行動があったので知らせておく。こっちはその件も含めてこれから本署で会議がある」
「妙な行動?」
「そうだ。泳がせてはいるんだが……」
「あの部屋と関係があるんですか?」
「……」急にコトリーが黙り込む。
ジムは悟ったように「教えてもらえませんか」と訊いた。
「そうだな……。じゃあどこかで……、そうだなアベニューにあるテイクアウトの珈琲店まで来れるか?」
ジムは時計をチラっと見て「なんとか抜け出します」と答えた。
そして、「この電話ではダメなんですか?」と訊いた。
「ジム、君は本当に疎いな。少しは危機感を持て」その言葉を最後に電話は切れた。
「まさか……、盗聴? 警察の電話が?」
ジムは戦慄を覚える。
そしてオフィスを何気なく見渡した。
もう何を見ても、誰を見ても、すべてが怪しく思えた。
*****
疑心に蒔かれる種は発芽するまで正体を隠す。
発芽は闇に紛れながら影のようにつきまとう。
アベニューで安物の珈琲をすすりながら老人は呟く。
見えない影の正体に彼らは気づけるだろうか、と。
(第67話につづく)
ジムはコーヒーをすすりながら慌ただしく出て行く彼を眺める。
この行動もコトリーたちの想定内なのだろうか。
トムの姿が消えたのを見計らって、ジムはデスクに戻った。
タブレットの電源を入れ直して閲覧履歴からさきほどのページを開く。
カーヴォンス警備のWEBサイトのリンクは貼られておらず、仕方なく検索エンジンに入力すると見覚えのあるホームページが表示された。
「これって……」
ジムは慌てて被害者の職歴を見つけ出す。
だがそこにはESCメディアカンパニーの文字があるだけだ。
「いや……、確か……」
ジムは拙い記憶をたぐり出す。
ESCの本社に出向いたことを思い出しながら、どこでそれを見たのかを探っていく。
自分の行動、周辺の地図、そして……。
「ああ、そうか……」
ジムはESC本社に入っていた警備がカーヴォンスだったことを思い出す。
あの場で検索したから見覚えがあるんだ。
「まさかこれだけで疑っている?」
ジムはコトリーの言う最重要の容疑者という言葉とその自信に満ちた表情を思い出す。
しかし、いくらなんでもESC本社に入っている警備の出身ってだけであそこまでは言い切らないはずだ。
カーヴォンス警備がESCだけを守っている訳ではない。
ありふれたセキュリティ会社であり警察を辞めてカーヴォンスに入る人間もその逆がいても何ら不思議ではない。
配属されてから十数年経つが、給与や待遇の不満、やりがいを求めて辞めていく同期はたくさんいた。
先輩諸氏並びに後輩にも同じような人間はたくさんいるし、警察の権限に憧れて刑事課に転属を希望した人間もたくさん見た。
特別視するようなことは何も思い当たらない。
「お? カーヴォンスがどうかした?」
不意に隣のデスクから声がした。
同僚のレイが声だった。
ジムは一瞬ビクっとしながらも「ああ、あの殺人事件の被害者の関係だよ」と濁した。
「えっ? なにそれ?」
「知らないのか? ほら、被害者、ESCの元社員だろ。そのESC本社の警備会社だよ」
「なんだよ、それ。それで関係とか言うなよ、紛らわしい」
「えっ? そうか?」
「そりゃそうだよ。カーヴォンスなんてどこにでも入ってるじゃんかよ。今じゃ自宅のセキュリティでもその名前見るぜ」
「そうなのか? そんなに有名か?」
「おまえも世間に疎いねぇ~。てか、おまえの家にはセキュリティ入れるほどの財産はねえか」
「あるわけないだろ、この薄給で」
「そりゃそうだ。言えてる」腹を抱えながらレイは自分のデスクに戻る。
そしてパーテーション越しに「カーヴォンスのことならトムに聞け」とだけ声が流れてきた。
「なんで?」と知らない素振りをすると「あいつ、カーヴォンス辞めてここに来たからな」と返事が返ってきた。
「それは有名な話なのか?」
「有名もなにも、あいつとペアを組むと勝手に喋るからな。おまえ今ペア組んでるんじゃん。聞いてないのか?」
「ああ、まだ聞いてないよ」
「そうか」その言葉とともにレイは席を立った。
トムとの付き合いはそれほど浅くはない。
それなのになぜ自分には黙っているのかが不思議でならなかった。
ますます違和感が募っていく。
誰にでも、何でも話すトムが自分には話さないこと。
それに意図があるのか無いのか。
だが、それを確かめるのは難しい。
ピピピ!
突然タブレットが鳴動する。
メール着信の合図だ。
LEDライトも薄い黄緑色に光り出す。
メールボックスを開けるとコトリーからだった。
「トムは今どこだ?」たった一行の節操のないメール。
「さっきまで喋っていましたが、私が調べ物をしているうちにどこかに行ったようです。今はここにいません」と返す。
すると間もなくジムのデスクの内線が鳴った。
慌てて受話器を取ると、「コトリー刑事からです」という交換の言葉と同時に電話が切り替わった。
「どうだ? 何か感じたか?」
「わかりません。私が疑心暗鬼になって、そう見えるだけかも知れませんが……」
「ふふ……、そんなもんさ。ところでここからが本題だが彼を調べていて妙な行動があったので知らせておく。こっちはその件も含めてこれから本署で会議がある」
「妙な行動?」
「そうだ。泳がせてはいるんだが……」
「あの部屋と関係があるんですか?」
「……」急にコトリーが黙り込む。
ジムは悟ったように「教えてもらえませんか」と訊いた。
「そうだな……。じゃあどこかで……、そうだなアベニューにあるテイクアウトの珈琲店まで来れるか?」
ジムは時計をチラっと見て「なんとか抜け出します」と答えた。
そして、「この電話ではダメなんですか?」と訊いた。
「ジム、君は本当に疎いな。少しは危機感を持て」その言葉を最後に電話は切れた。
「まさか……、盗聴? 警察の電話が?」
ジムは戦慄を覚える。
そしてオフィスを何気なく見渡した。
もう何を見ても、誰を見ても、すべてが怪しく思えた。
*****
疑心に蒔かれる種は発芽するまで正体を隠す。
発芽は闇に紛れながら影のようにつきまとう。
アベニューで安物の珈琲をすすりながら老人は呟く。
見えない影の正体に彼らは気づけるだろうか、と。
(第67話につづく)