第23話 懸念が雪に埋もれる前に
文字数 2,189文字
コトリーとジャスティンは旧式に乗り込み情報が集まる本署に向かった。
そこにはジャスティンの指名で召集された特別捜査班の根城があった。
時折、旧式の車載内線が唸りを上げ逐一の報が舞い込む。
流れてくる情報のほとんどが例の封筒絡みのものであった。
「新しい発明って何だろうなあ?」車窓を眺めながらコトリーが呟いた。
「さあな。それよりもどんな未来を見せようとしてるのかが気になる」
「未来を嘆く奴は腐るほどいるからな。今よりマシなら天国だよ」
この街が誰にとっても理想の街ではないことぐらいは承知だ。
人類の歴史の中で誰にでも優しかった時代なんて存在しない。
「それにしても文面を見る限りはその発明が彼の手元にありそうなものだが……」
コトリーは二通目の便箋のコピーを眺めて言った。
「だろうな。回収したのか、あるいは。それと気になるの点がある」
「気になる点?」
「そうだ。無くなったのがいつかってことだ。2通目の消印は11月15日。死んだのが17日。開封してから死亡まで48時間程度しかない」
「使ったあとに返送したってことは?」
「それならば2通目の手紙にそれらしいことが書いてあってもおかしくないはずだが……。手紙の文言を見るからに道具の使い方にまで言及しているしかなり具体的だ。返却必要ならその方法まで書いてそうなものだ」
「そりゃそうだが、内容物のすべてがわからない段階だ。返信用の封筒が入っていてもおかしくはないぞ」
「そうだな……」
ジャスティンの長考にコトリーは口を噤む。
だが沈黙に耐えかねた呟きが響いてしまう。「それにしても他に何が入っていたんだろう?」
ジャスティンは嬉々として「ある程度の推測は可能だよ、コトリー。ここを読め」と便箋の中程辺りを指差して見せた。
そこには「装着した後認証される」「パソコンの電源は入れたままで」と書かれてある。
「装着、認証、電源は入れたままという言葉を考えるとパソコンと通信する何かだろうな。世の中に既にあるものなら無線LAN経由で繋がるヘッドホンの類だろう。装着という言葉にピッタリだ」
「なるほど……」
「1通目の封筒のプラスチック片はおそらくは記憶媒体のケースかそのものだと見ている。ほら、マイクロカードを入れる小さなケースがあるだろ。出した時に傷が入ったのかも知れない。そして2通目には1通目よりも大きな物が入っていた可能性が高い。ヘッドホンが認証しあう……。そうだな、ルーターか何かの類かも知れん。この読みはアリだろう?」
「ジャスティン……、凄いな……」
「なあに素直に読んだだけだよ」
ジャスティンの閃きにコトリーの想像力が追いついてくる。
同じものを見ているのにこの発想の差はなんなのだろう。
「問題はその道具とやらが見つからないことだ」ジャスティンから笑みが消える。
「そうだな。返送したか、回収したかでも意味合いも変わってくる」
「ああ……。だが、回収の線が濃厚だろう。何らかのトラブルが起こって回収せざるを得なくなった」
「そこまで考えるか?」
「勘だよ。ただの勘」
ジャスティンは現場の写真を眺め、そして被害者の状態を思い浮かべた。
「そう言えば死体から何かを奪った形跡はないんだったな」
「ああ……」
「気になるところがあるのか?」
「短期間すぎるんだよ。発明の客あるいはモニター相手に1日、2日で殺す理由が思い当たらない」
「そうだな……」
「となると最初から殺す目的だった?」
「えっ? そりゃ突飛な。情報が漏れるのを恐れるとしても……」
コトリーは飛躍しすぎるジャスティンの思考に引きずられる想像を抑え込もうと必死になる。
ミスリードは捜査初動にとっては致命的だからだ。
「まあ、もう少し調べてからにしよう。あんまり思考だけが歩きすぎると良からぬ道に迷う」コトリーはやや低めの声で呟いた。
「そうだな。それを聞けて安心だよ」
「わざと、か?」
「久々すぎて鈍ってるんじゃないかと思ってね」
「相変わらずだな……」
「ふふ、別に構わんよ。君の箍が外れてくれないと仕事にならないからね」
「冗談を。獣みたいに言わんでくれ」
ふたりは昔を懐かしむ。
数々の事件解決を思い出すと口元も緩んでくる。
コトリーの直感と洞察力、ジャスティンの発想力とロジック。
まだ色褪せるには早すぎる。
旧式は乾いた空気を切り裂いていく。
灰色の空から純白がひらひらと舞い降りてボンネットに口づけをした。
本格的な冬が訪れた合図だ。
路肩の街人が空を見上げている。
舞い降りた粉は瞬く間に滲んで消えていく。
まだ染めあげるほどに街は馴染んでいない。
ふたりは車窓の白の放物線を眺めながら誓いを立てた。
白がすべてが消す前に終わらせよう。
車窓に弾ける雪はふたりの眼光に溶けていく。
街灯の物売りは空を嘆きながらかじかむ手のひらを袖に隠していた。
*****
放物線が折り重なり闇を作り出す。
闇は嵐の音を掻き消して沈黙の夜を演出する。
てのひらで溶ける雪を見て老人は呟く。
ほほほ、敏感すぎる彼らはどこで道を見誤るだろうか、と。
(第24話につづく)
そこにはジャスティンの指名で召集された特別捜査班の根城があった。
時折、旧式の車載内線が唸りを上げ逐一の報が舞い込む。
流れてくる情報のほとんどが例の封筒絡みのものであった。
「新しい発明って何だろうなあ?」車窓を眺めながらコトリーが呟いた。
「さあな。それよりもどんな未来を見せようとしてるのかが気になる」
「未来を嘆く奴は腐るほどいるからな。今よりマシなら天国だよ」
この街が誰にとっても理想の街ではないことぐらいは承知だ。
人類の歴史の中で誰にでも優しかった時代なんて存在しない。
「それにしても文面を見る限りはその発明が彼の手元にありそうなものだが……」
コトリーは二通目の便箋のコピーを眺めて言った。
「だろうな。回収したのか、あるいは。それと気になるの点がある」
「気になる点?」
「そうだ。無くなったのがいつかってことだ。2通目の消印は11月15日。死んだのが17日。開封してから死亡まで48時間程度しかない」
「使ったあとに返送したってことは?」
「それならば2通目の手紙にそれらしいことが書いてあってもおかしくないはずだが……。手紙の文言を見るからに道具の使い方にまで言及しているしかなり具体的だ。返却必要ならその方法まで書いてそうなものだ」
「そりゃそうだが、内容物のすべてがわからない段階だ。返信用の封筒が入っていてもおかしくはないぞ」
「そうだな……」
ジャスティンの長考にコトリーは口を噤む。
だが沈黙に耐えかねた呟きが響いてしまう。「それにしても他に何が入っていたんだろう?」
ジャスティンは嬉々として「ある程度の推測は可能だよ、コトリー。ここを読め」と便箋の中程辺りを指差して見せた。
そこには「装着した後認証される」「パソコンの電源は入れたままで」と書かれてある。
「装着、認証、電源は入れたままという言葉を考えるとパソコンと通信する何かだろうな。世の中に既にあるものなら無線LAN経由で繋がるヘッドホンの類だろう。装着という言葉にピッタリだ」
「なるほど……」
「1通目の封筒のプラスチック片はおそらくは記憶媒体のケースかそのものだと見ている。ほら、マイクロカードを入れる小さなケースがあるだろ。出した時に傷が入ったのかも知れない。そして2通目には1通目よりも大きな物が入っていた可能性が高い。ヘッドホンが認証しあう……。そうだな、ルーターか何かの類かも知れん。この読みはアリだろう?」
「ジャスティン……、凄いな……」
「なあに素直に読んだだけだよ」
ジャスティンの閃きにコトリーの想像力が追いついてくる。
同じものを見ているのにこの発想の差はなんなのだろう。
「問題はその道具とやらが見つからないことだ」ジャスティンから笑みが消える。
「そうだな。返送したか、回収したかでも意味合いも変わってくる」
「ああ……。だが、回収の線が濃厚だろう。何らかのトラブルが起こって回収せざるを得なくなった」
「そこまで考えるか?」
「勘だよ。ただの勘」
ジャスティンは現場の写真を眺め、そして被害者の状態を思い浮かべた。
「そう言えば死体から何かを奪った形跡はないんだったな」
「ああ……」
「気になるところがあるのか?」
「短期間すぎるんだよ。発明の客あるいはモニター相手に1日、2日で殺す理由が思い当たらない」
「そうだな……」
「となると最初から殺す目的だった?」
「えっ? そりゃ突飛な。情報が漏れるのを恐れるとしても……」
コトリーは飛躍しすぎるジャスティンの思考に引きずられる想像を抑え込もうと必死になる。
ミスリードは捜査初動にとっては致命的だからだ。
「まあ、もう少し調べてからにしよう。あんまり思考だけが歩きすぎると良からぬ道に迷う」コトリーはやや低めの声で呟いた。
「そうだな。それを聞けて安心だよ」
「わざと、か?」
「久々すぎて鈍ってるんじゃないかと思ってね」
「相変わらずだな……」
「ふふ、別に構わんよ。君の箍が外れてくれないと仕事にならないからね」
「冗談を。獣みたいに言わんでくれ」
ふたりは昔を懐かしむ。
数々の事件解決を思い出すと口元も緩んでくる。
コトリーの直感と洞察力、ジャスティンの発想力とロジック。
まだ色褪せるには早すぎる。
旧式は乾いた空気を切り裂いていく。
灰色の空から純白がひらひらと舞い降りてボンネットに口づけをした。
本格的な冬が訪れた合図だ。
路肩の街人が空を見上げている。
舞い降りた粉は瞬く間に滲んで消えていく。
まだ染めあげるほどに街は馴染んでいない。
ふたりは車窓の白の放物線を眺めながら誓いを立てた。
白がすべてが消す前に終わらせよう。
車窓に弾ける雪はふたりの眼光に溶けていく。
街灯の物売りは空を嘆きながらかじかむ手のひらを袖に隠していた。
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放物線が折り重なり闇を作り出す。
闇は嵐の音を掻き消して沈黙の夜を演出する。
てのひらで溶ける雪を見て老人は呟く。
ほほほ、敏感すぎる彼らはどこで道を見誤るだろうか、と。
(第24話につづく)