第40話 熱気に隠れた狡猾が哭いている

文字数 1,591文字

 ジャスティンたちは民間人を装いながら所定の配置についた。
 洒落た格好で何気ない徘徊を見せる。
 喧噪に紛れ、場の雰囲気に溶け込みながらも耳元のインカムを激しく点滅させた。

 ジムが参加するコンサートはキャンセルもなく満席。
 中に入ることは物理的に難しく、ロビーで出入りを観察することにした。
 コンサートが終われば聴衆は各々の思惑でロビーに出る。
 あの便箋の通りなら夢で会ったカップルが参加するはずだ。
 そして再会を果たすと言うのなら隣席に座るなど物理的な距離を縮めるはず。
 そうならばペアがロビーを埋め尽くす。
 その中で不自然な個人を探すことは容易だろう。
 運営側の人間がペアを装わなければの話だが。


 ジャスティンが配置に着いたのはコンサートが始まった頃だった。
 ジムを追尾していた私服から「もう中に入っています」と報告が入る。
「気づかれたか?」と訊くと、「おそらく大丈夫」と返事があった。
 ジャスティンは口元を緩ませて漏れ聞こえるモーツァルトに心を委ねた。


 コンサートが終わると聴衆がホールから溢れ出てくる。
 ゆうに百人以上はいる。
 華やかなドレスにタキシード。
 この日の為にとばかりに着飾った男女がたむろしていた。
 熱気に満ちた笑顔がそれぞれの夢を語っている。

 ジャスティンと私服たちは喧騒に紛れながら不自然な個人を探し出す。
 想像以上の人数に視線が散乱する。
 人だかりの波がホールから溢れてきてエントランスとロビーのほとんどを埋めて尽くして行った。

 数人のパーティーを装って監視するジャスティン。
 スーツの男性数人に婦人数人が混じるパーティーとして同化する。
 そんな中でジャスティンは壁を背に女捜査官越しに聴衆を見ていた。
 やがて彼らを飲み込むように人だかりは徐々にロビーを抜けてエントランスへ、勢いのままホールの外へと溢れ出した。
 
 その人だかりがが途切れた少し後、しばらくしてからジムが貴婦人の手を引いてホールの外に出てきた。
 ジャスティンは遠目でそれを確認すると、気づかれないように体を傾かせて横目でふたりを見た。

「あの女、どこかで……」

 ジャスティンの記憶に残る女。
 エディナを知るというのだろうか。
 目の前の女捜査官に小声で囁く。「ジムの隣の女に見覚えはないか?」
 その言葉に反応するように何気なく視界にエディナを滑らせた。
 ちょうどたどたどしいジムのエスコートで階段を降りてくるところだ。

「いえ……。いや……、でもどこかで」女捜査官の記憶にも残っていた。「職質をかけますか?」

「いや、それには及ばない」ジャスティンはそう言うとスマートフォンを操作する振りをしながら数枚の写真を撮った。
 すると被写体のふたりの元にひとりの男性が近づいてきた。

「あの男は? どこから来た?」

「左の脇の女性と一緒に奥から歩いてきたはず」捜査員の声が耳元を掠める。

「何を話しているんだ!」ジャスティンの苛立ちが募る。

「あの男にも見覚えがあります。でも……」女捜査官の呟き。

「犯罪者としての記憶ではないってことか?」ジャスティンは口元を隠して問いかける。

「はい……。芸能人? いや……」

「帰って分析するしかないか」

「そうですね」

 ジャスティンの視線の先でジムとエディナに話しかける男。
 恰幅の良い五十代くらいの紳士だ。
 ジムの笑顔は消え何やら硬直しているようにも見えた。
 ジャスティンはジムの表情から何かを掴み取ろうとシャッターを切り続けた。

*****

 邂逅の先に未来が見える。
 未来を起点とした過去は原因の蓄積にすぎない。
 意志ある目撃を眺めながら老人は呟く。
 さあ、迷え。偽りの余波は限りなく広がっている、と。

(第41話につづく)
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