第11話 切り離された欲望

文字数 1,027文字

 光の粒子が部屋の塵に影を与えた頃スマートフォンが振動を始めた。
 机の上でカタカタと小刻みに震え、その動きにいくつかの書類が鳴動し床にパラパラと落ちていく。
 刻みの主は泡沫の彼方、それは床の上にガタンと音を立てて落ちた。
 ケースの角が少し割れる。
 だが規則的な振動は命令を待ち続ける。

 クローゼットを打ち鳴らすその微かな音にジムは目を覚ました。
 ヘッドセットはいつの間にか外れ首元に絡まるように乱れていた。
 ジムは首の凝りをほぐすように鳴らして床に落ちたスマートフォンに手を伸ばす。
 振動が彼の手を拒むが容赦なく押さえつけて止めた。

 ジムはヘッドセットを嵌め直したがノイズだけが鼓膜を揺らすだけ。
 そしてシーツを弄って誰の温もりも存在しないことに落胆した。

 ジムは体を起こして筋肉を叫ばせる。
 キリキリと鳴く身体に血流が流れ込み、わずかな光の火照りがじんわりと肌を蘇らせていく。

 ジムは不在の隣を眺めながらエディナのことを思い出す。
 きれいな女性だった。
 思わず口元が緩み真夜中の甘美に想いを馳せる。
 発明が眉唾でも至福の夢を見ることができた。
 現実で続きがあると言われても正直なところ実感などあるはずもない。

「相思の出会いがありましたら」

 ジムはふと老人の言葉を思い出す。
 果たして彼らの発明は二人を認めたのだろうか。

 ジムはスクリーンセーバーに切り替わった画面を復活させて適当なキーを押す。
 初期画面に戻っただけでマイクロカードも無言のままだ。
 何度か差し直してみても全く反応はなかった。

「何かアクションはあるんだろうか?」

 ジムの自問に答えがあるはずもない。
 昨夜の出来事はやがて記憶から薄れていき無機質な日常に戻らざるを得ないのだろうか。
 寂しさと虚しさの中で一縷の希望にしがみつくしかないのだろうか。

 ジムは体を解しながらバスルームに向かう。
 汗まみれのシャツを脱ぎ捨ててダッシュボードに投げ入れまだ冷たいままのシャワーを浴びた。
 冷水に温もりが混じってもそれはジムを癒すことはできない。
 迸る情念が宿り、ジムはいまだに甘美の世界から逃れられずにいた。

*****
 
 自由と束縛の境目はないに等しい。
 心の角度は風見鶏の如く揺れ続けている。
 路地裏の螺旋階段を眺めて老人は呟く。
 夢から醒めねば現実の違和感には気づけない、と。

(第12話につづく)
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