第77話 天才が絡み合う
文字数 3,248文字
分署の再建が最優先課題となった本署では捜査会議が行われていた。
そこに特別捜査班が合流、ジャスティンとコトリーも参加している。
殺人事件解決が難航になりそうなところに新たな展開。
火災は想定外の出来事で最重要容疑者トムの不可解な動きを察知した直後の出来事だった。
後手に回っている。
詳報を聞いた際のジャスティンの激昂ぶりは場の空気を一変させた。
「何をしでかすかと思えば……、あの小僧……」
「ジャスティン……、決め付けはよくない」
「分かっているが状況的にはあいつらしかいない!」
ふたりは足早に旧式に向かう。
興奮が覚めやらず、特別捜査班のウィッシュに目配せをしてジャスティンは旧式の鍵を投げた。
後部座席に滑り込んだジャスティンを追って、コトリーも恰幅を押し込む。
そして「トムが買い込んだ量ではあの爆発は起こりえない」と言った。
トムがホームセンターなどで購入したものは灯油缶に化学肥料などだがそのいずれもが応用すればという程度のもの。
灯油缶3缶程度の熱量で分署を火の海にすることは難しい。
いくら分署の老朽化が進んだ廃屋と呼ばれてもコンクリート素材の壁が溶けるほどの高温を出すのは難しく思えた。
「どこかから持ち込んだんだろうな」
ジャスティンは苦虫を噛み潰したような表情で爪を噛む。
「火の手が一気に上がるように導線を張って、それぞれの場所で派手に炎が上がるように演出したんだろう。調べによれば天井を這うように延焼が広がっていてその導火線を伝うように一気に火が広がっていたそうだ」
「その細工は2階だけだったようだな」
「ああ、あれだけの惨事で1階部分での死因はほとんどが逃げ遅れによる一酸化炭素中毒。二階に関しては損傷が酷い遺体があったから火元の武器庫で誘発した可能性は高い。おそらく犯人たちもそれを狙って、かつ燃え広がるように細工をしたという線が濃厚だ」
「どんな理由があるのだ?」
「何かを消したかったのでは?」
「何を? 電脳操作室のデータは常時バックアップを済ませてあってデータの被害は皆無だ。麻薬捜査課にアナログの資料があるぐらいだぞ。武器を奪おうとした?」
「おそらくは廃棄品の隠滅ではないだろうか……」
「廃棄品?」
「これまでに横流しされていたという噂の……」
「なるほど、それは可能性があるな。あの事件の唯一の手がかりってことか……」
「慣例と癒着がなくなって久しいが今でも何かしらの繋がりを持とうとしていたのかも。現に……」
「カーヴォンスか?」ジャスティンが眉をひそめる。
「そうだ。本署、分署にかなりの数の人間を潜入させている。不審には思わない転職でも背景にジョセフがいるとなると……」
「ふふ……、今日の君はやけに回転が速いな」
「いえいえ、相手の都合を最優先させると誰にでも行き着く結論だよ」
「ふふ……、まあいい。でも、現署長が一掃した怨恨もあるんだろうな。今までの利権が吹っ飛んだしその立役者も死んだ。まあ、死んでなくても状況的に武器庫での誘発事故なんてのが発表されたら失脚は当然だからな」
「そうかも知れん。それでも、我々の頭の中のストーリーにしか過ぎませんが……」
「ああ、そうだ。頭が痛いよ」
ジャスティンは背もたれに体を委ねながら宙を眺めている。
コトリーはジャスティンが冷静さを取り戻したのを確認すると話し始めた。
「この一連の動きについてジムが興味深いことを話していた」
「ほう、それは面白そうだな」ジャスティンの目つきに鋭さが加わる。
「マイナスをイーヴンにすることが利益になるって言っていた」
「なるほど……、何かを得るためではなく、失った何かを取り戻すってことか」
「ええ……、ジムはおそらく発明と事件の関連の中で何かを感じている。それでそう言う発言になっていた。また彼は一連の事件がある強い思想によって作られているとも言っていた。もしそうだとしたら、おそろしく計画的かつクレバーだと感じる」
「その辺はジムと話してみないと何とも言えないが、一見何の繋がりのないものに彼は繋がりを感じているということか?」
「そうだ。もっともあいつはあの女絡みでの心配をしていたようで、あの発明ってやらのカラクリにもある種の思想を感じているようではあるが……」
「それについては言及しようがない」
「ああ、でもあの発明は人間をきちんと理解した者でないと作れないと言っていた。確かコンプレックスのある者同士を補完させあうとかなんとか……。心理学的な意味合いだろうか、ねぇ……」
「それも何とも……。ただジムの足りないものを埋めるのがあの女であって、あの女に足りないものを埋めるのがジムだって感じているんだろう。こればかりは当人同士でないと分からん感覚だろう」
「そうなんですがね。でも、あいつ……」
「どうした?」
「いえ、この出会いが意図されたものであるならば、結果も意図されたものだろうかとかなんとか難しいことを言っていた」
「出会いと結果に意図がある?」ジャスティンの回転を超えた発言に戸惑いを見せた。
「そう言うことだろう」
「それを言うなら、ある結果を出したくてそれに適合する相手を探しているというほうが自然だがな。意図が介在するなら」
「それって、もしESCがあの発明を作ってたとしたら、エディナに必要な男を探すために作ってその適合者がジムだったってことなのか?」
「そこまでは言わないがな。その仮説が正しいとすれば可能性はゼロじゃない」
「そんなことが可能で?」
「可能かどうかは未来が知っている。それに人と人の出会いなんてそんなものさ。誰かにとっての心の穴埋めを誰かがする。そんな心理は自然で、意地悪な言い方をすれば自分の欲求を満たすために自分の欠片を探しているってことだよ」
「なんだか学の深い世界になってきたな。俺にはついていけないよ」
「そうか? 単純に言えば精神的に優位に立ちたいという欲を埋めるためにそう言った状況になる相手を求めるってことだよ」
「もっとわかりやすく言ってくれよ」コトリーの嘆きにジャスティンの口元が緩んだ。
「まああれだな、やたら世話のかかる男が好きな女っているだろ。最近は逆も多いが。世話をしている自分が精神的に優位性を持っていて関係を支配していると思ってるだろう? そう言うことだ。だが、それは裏を返せば世話を焼かせるって行為で相手を束縛しているっていう優位性を持つんだが、それぞれがキレイにハマっている。パズルのピースみたいなものさ。コンプレックス同士の融合……。相互依存」
ジャスティンはそう言うと何かがひらめいたのか、途端に無口になってブツブツと言い始めた。
コトリーはいつもの癖だなと思いながら、話しながら頭の整理をつけていくジャスティンの本領発揮とほくそ笑む。
この仕草は誰かに似ているな。
コトリーはふとジムのことを思い出した。
「そうか、ジムが言いたいのはコレか。なるほどな、一貫した思想とはそういうことだ。あいつはやっぱり交通課で一生を終える器ではないわ!」
ジャスティンが嬉しそうに小躍りする。
そして、「急げ! 早くジムと話がしたい」とウィッシュに告げた。
「向こうに着いたら答えを教えてくれよ」
コトリーもそう言うと目深に帽子を被りなおしてシートのリクライニングを倒した。
ウィッシュが嬉しそうにバックミラーを覗き込んでアクセルを踏み込んだ。
旧式は一路、仮設分署へと疾走していった。
*****
人が作り出すものには癖がある。
その癖は自分の過去が作り上げた背景に他ならない。
疾走する旧式を眺めながら老人は呟く。
おや、思った以上に回転が速い。始末をつけねば火事になる、と。
(第78話につづく)
そこに特別捜査班が合流、ジャスティンとコトリーも参加している。
殺人事件解決が難航になりそうなところに新たな展開。
火災は想定外の出来事で最重要容疑者トムの不可解な動きを察知した直後の出来事だった。
後手に回っている。
詳報を聞いた際のジャスティンの激昂ぶりは場の空気を一変させた。
「何をしでかすかと思えば……、あの小僧……」
「ジャスティン……、決め付けはよくない」
「分かっているが状況的にはあいつらしかいない!」
ふたりは足早に旧式に向かう。
興奮が覚めやらず、特別捜査班のウィッシュに目配せをしてジャスティンは旧式の鍵を投げた。
後部座席に滑り込んだジャスティンを追って、コトリーも恰幅を押し込む。
そして「トムが買い込んだ量ではあの爆発は起こりえない」と言った。
トムがホームセンターなどで購入したものは灯油缶に化学肥料などだがそのいずれもが応用すればという程度のもの。
灯油缶3缶程度の熱量で分署を火の海にすることは難しい。
いくら分署の老朽化が進んだ廃屋と呼ばれてもコンクリート素材の壁が溶けるほどの高温を出すのは難しく思えた。
「どこかから持ち込んだんだろうな」
ジャスティンは苦虫を噛み潰したような表情で爪を噛む。
「火の手が一気に上がるように導線を張って、それぞれの場所で派手に炎が上がるように演出したんだろう。調べによれば天井を這うように延焼が広がっていてその導火線を伝うように一気に火が広がっていたそうだ」
「その細工は2階だけだったようだな」
「ああ、あれだけの惨事で1階部分での死因はほとんどが逃げ遅れによる一酸化炭素中毒。二階に関しては損傷が酷い遺体があったから火元の武器庫で誘発した可能性は高い。おそらく犯人たちもそれを狙って、かつ燃え広がるように細工をしたという線が濃厚だ」
「どんな理由があるのだ?」
「何かを消したかったのでは?」
「何を? 電脳操作室のデータは常時バックアップを済ませてあってデータの被害は皆無だ。麻薬捜査課にアナログの資料があるぐらいだぞ。武器を奪おうとした?」
「おそらくは廃棄品の隠滅ではないだろうか……」
「廃棄品?」
「これまでに横流しされていたという噂の……」
「なるほど、それは可能性があるな。あの事件の唯一の手がかりってことか……」
「慣例と癒着がなくなって久しいが今でも何かしらの繋がりを持とうとしていたのかも。現に……」
「カーヴォンスか?」ジャスティンが眉をひそめる。
「そうだ。本署、分署にかなりの数の人間を潜入させている。不審には思わない転職でも背景にジョセフがいるとなると……」
「ふふ……、今日の君はやけに回転が速いな」
「いえいえ、相手の都合を最優先させると誰にでも行き着く結論だよ」
「ふふ……、まあいい。でも、現署長が一掃した怨恨もあるんだろうな。今までの利権が吹っ飛んだしその立役者も死んだ。まあ、死んでなくても状況的に武器庫での誘発事故なんてのが発表されたら失脚は当然だからな」
「そうかも知れん。それでも、我々の頭の中のストーリーにしか過ぎませんが……」
「ああ、そうだ。頭が痛いよ」
ジャスティンは背もたれに体を委ねながら宙を眺めている。
コトリーはジャスティンが冷静さを取り戻したのを確認すると話し始めた。
「この一連の動きについてジムが興味深いことを話していた」
「ほう、それは面白そうだな」ジャスティンの目つきに鋭さが加わる。
「マイナスをイーヴンにすることが利益になるって言っていた」
「なるほど……、何かを得るためではなく、失った何かを取り戻すってことか」
「ええ……、ジムはおそらく発明と事件の関連の中で何かを感じている。それでそう言う発言になっていた。また彼は一連の事件がある強い思想によって作られているとも言っていた。もしそうだとしたら、おそろしく計画的かつクレバーだと感じる」
「その辺はジムと話してみないと何とも言えないが、一見何の繋がりのないものに彼は繋がりを感じているということか?」
「そうだ。もっともあいつはあの女絡みでの心配をしていたようで、あの発明ってやらのカラクリにもある種の思想を感じているようではあるが……」
「それについては言及しようがない」
「ああ、でもあの発明は人間をきちんと理解した者でないと作れないと言っていた。確かコンプレックスのある者同士を補完させあうとかなんとか……。心理学的な意味合いだろうか、ねぇ……」
「それも何とも……。ただジムの足りないものを埋めるのがあの女であって、あの女に足りないものを埋めるのがジムだって感じているんだろう。こればかりは当人同士でないと分からん感覚だろう」
「そうなんですがね。でも、あいつ……」
「どうした?」
「いえ、この出会いが意図されたものであるならば、結果も意図されたものだろうかとかなんとか難しいことを言っていた」
「出会いと結果に意図がある?」ジャスティンの回転を超えた発言に戸惑いを見せた。
「そう言うことだろう」
「それを言うなら、ある結果を出したくてそれに適合する相手を探しているというほうが自然だがな。意図が介在するなら」
「それって、もしESCがあの発明を作ってたとしたら、エディナに必要な男を探すために作ってその適合者がジムだったってことなのか?」
「そこまでは言わないがな。その仮説が正しいとすれば可能性はゼロじゃない」
「そんなことが可能で?」
「可能かどうかは未来が知っている。それに人と人の出会いなんてそんなものさ。誰かにとっての心の穴埋めを誰かがする。そんな心理は自然で、意地悪な言い方をすれば自分の欲求を満たすために自分の欠片を探しているってことだよ」
「なんだか学の深い世界になってきたな。俺にはついていけないよ」
「そうか? 単純に言えば精神的に優位に立ちたいという欲を埋めるためにそう言った状況になる相手を求めるってことだよ」
「もっとわかりやすく言ってくれよ」コトリーの嘆きにジャスティンの口元が緩んだ。
「まああれだな、やたら世話のかかる男が好きな女っているだろ。最近は逆も多いが。世話をしている自分が精神的に優位性を持っていて関係を支配していると思ってるだろう? そう言うことだ。だが、それは裏を返せば世話を焼かせるって行為で相手を束縛しているっていう優位性を持つんだが、それぞれがキレイにハマっている。パズルのピースみたいなものさ。コンプレックス同士の融合……。相互依存」
ジャスティンはそう言うと何かがひらめいたのか、途端に無口になってブツブツと言い始めた。
コトリーはいつもの癖だなと思いながら、話しながら頭の整理をつけていくジャスティンの本領発揮とほくそ笑む。
この仕草は誰かに似ているな。
コトリーはふとジムのことを思い出した。
「そうか、ジムが言いたいのはコレか。なるほどな、一貫した思想とはそういうことだ。あいつはやっぱり交通課で一生を終える器ではないわ!」
ジャスティンが嬉しそうに小躍りする。
そして、「急げ! 早くジムと話がしたい」とウィッシュに告げた。
「向こうに着いたら答えを教えてくれよ」
コトリーもそう言うと目深に帽子を被りなおしてシートのリクライニングを倒した。
ウィッシュが嬉しそうにバックミラーを覗き込んでアクセルを踏み込んだ。
旧式は一路、仮設分署へと疾走していった。
*****
人が作り出すものには癖がある。
その癖は自分の過去が作り上げた背景に他ならない。
疾走する旧式を眺めながら老人は呟く。
おや、思った以上に回転が速い。始末をつけねば火事になる、と。
(第78話につづく)