第83話 休めない鳥は炎を求めていく
文字数 1,979文字
ジムは急ぎ足でその場を離れると病院前にあるタクシー乗り場へと向かった。
口煙草に新聞を広げてくつろぐ運転手を捕まえ、ハイウェイパーキングへ行けと告げる。
「そっち方面は規制されていて時間が掛かる」と渋るが、「それでもいい。裏道を教えるから」と言って発進させた。
裏路地縫う走るタクシー。
渋滞の幹線道路を避けるように目的地へと急ぐ。
少し遠回りして隣町から幹線道路へ抜けると、流れに任せたまま現場へと近づく。
建物の切間から煙が立ち上っているのが見えた。
まだ消火活動が続いているのだろうか。
「あそこに行くのですかい?」
「ああ、行けるところまででいいよ」
「そうですかい? ところで、あんた何者だよ」
「ほれ」ジムはそう言って身分証を出す。
運転手は無言で表情を変えた。
「ここが限界かと」
「そのようだな。ありがとう」
ジムはそう言って大きめの紙幣を渡すと、釣りも受け取らずに現場へと向かっていく。
パーキングブリッジを越えると中央分離帯越しに事故現場が見えた。
棲惨としていて、壮絶な炎がまだ上がっている。
フェンスをよじ登る。
網に足を掛けて身を乗り出すと、さらにはっきりと現場が見えた。
「トラックってどれだ?」
見えたのは燃えるトレーラー3台だけ。
そのうちの1台が道を塞ぐように停まっていた。
肝心の警察用車両が確認できない。
ジムはさらに目を細めると、追突したトレーラーの間に鉄の塊があるのを見つけた。
「まさか、あれか?」
遠目に見て、それはトラックと呼べる代物ではなかった。
小さくプレスされた鉄の塊。
どうやってできたのか想像もつかない。
「ただの追突事故で挟まれたにしては……」
ジムはもう少し間近で確認したかったが、管轄外のジムが現場に立ち入るのは難しい。
続報は分署に戻って掴むしかなかった。
ジムはフェンスを降りて元の道に戻る。
どうやって帰ろうかと考えていると、さっきのタクシーがまだ停まっていた。
「どうした? 足りなかったか?」
「旦那、帰りの分までいただいてますから」
ジムは緊張の糸が切れたのか笑い出した。
「おもしろいな。わかった。お願いするよ」
ジムはそう言ってタクシーに乗り込むと、仮設分署に行くように指示を出した。
運転手は気楽な返事を返して走り出す。
ジムが教えた裏道を悠々と走りながら一路仮設分署を目指していった。
仮設分署に着くと想像通りの慌ただしさで煮詰まっている。
私服姿のままの顔見知りが多く集まっていた。
ジムは着替えをすませるとそのままオフィスへと入っていく。
「フェルナンデス!」ジムはロビーにいたフェルナンデスに声を掛けた。
「ジム? どうした。今は待機任務のはずじゃ……」
「おまえもここにいるじゃないか」
「と言うことはおまえも事故を聞きつけたか?」
「事故じゃないよ、アレは」
「見てきたのか?」
「ああ、遠くからだがな。トレーラーに挟まれるように潰されて、それから激しく燃えていた。それから、レイとトムがセントラル病院に運ばれたそうだ」
「やけに詳しいな。仕事してたみたいじゃないか」
「偶然だよ。友人のお見舞いに病院に行ったら隣町の奴らに会ってさ。そこで少し訊いた」
「そうか……。それなら……」
「ああ、聞いている。だが、彼らがなぜ?」
「そこんところはよくわからん」
ジムは喧騒の中、熟考に入った。
計画的な何かを感じる。
足がつきそうになって殺された?
レイは巻き込まれたのか、それとも……。
ジムは拙い頭をフル回転させて考えるが一向に謎は解けそうもない。
「コトリーさんに聞いてみるか」ジムはそう呟いてコトリーにメールを送った。
すると間もなく「鋭意調査中だが、悪い予感は当たるものだ」と返ってきた。
「私は何をすればいいですか?」
「これから本署に出向くからまたメールをするよ。それに今は待機任務だろ。制服脱いで、帰ってゆっくりしてろ」
ジムはどこかで見ているのかよと思いながら、メールを見て笑みをこぼした。
ジムはスマホをズボンに放り込んで「ちょっと一服してくる」とフェルナンデスに言い残してその場を去った。
裏口に出て冷気を浴びる。
春の訪れが近いはずなのに太陽に忘れ去られた路地裏には寒さがまだ染み込んでいた。
裏口の階段に座って空を見上げる。
灰色の空に少しだけ青が混じっているように思えた。
*****
季節は人知れず移り変わる。
その声に耳を傾けても答えてはくれない。
喧噪に沸くロビーの片隅で老人は呟く。
季節の境目は人の心が季節を決めている、と。
(第84話につづく)
口煙草に新聞を広げてくつろぐ運転手を捕まえ、ハイウェイパーキングへ行けと告げる。
「そっち方面は規制されていて時間が掛かる」と渋るが、「それでもいい。裏道を教えるから」と言って発進させた。
裏路地縫う走るタクシー。
渋滞の幹線道路を避けるように目的地へと急ぐ。
少し遠回りして隣町から幹線道路へ抜けると、流れに任せたまま現場へと近づく。
建物の切間から煙が立ち上っているのが見えた。
まだ消火活動が続いているのだろうか。
「あそこに行くのですかい?」
「ああ、行けるところまででいいよ」
「そうですかい? ところで、あんた何者だよ」
「ほれ」ジムはそう言って身分証を出す。
運転手は無言で表情を変えた。
「ここが限界かと」
「そのようだな。ありがとう」
ジムはそう言って大きめの紙幣を渡すと、釣りも受け取らずに現場へと向かっていく。
パーキングブリッジを越えると中央分離帯越しに事故現場が見えた。
棲惨としていて、壮絶な炎がまだ上がっている。
フェンスをよじ登る。
網に足を掛けて身を乗り出すと、さらにはっきりと現場が見えた。
「トラックってどれだ?」
見えたのは燃えるトレーラー3台だけ。
そのうちの1台が道を塞ぐように停まっていた。
肝心の警察用車両が確認できない。
ジムはさらに目を細めると、追突したトレーラーの間に鉄の塊があるのを見つけた。
「まさか、あれか?」
遠目に見て、それはトラックと呼べる代物ではなかった。
小さくプレスされた鉄の塊。
どうやってできたのか想像もつかない。
「ただの追突事故で挟まれたにしては……」
ジムはもう少し間近で確認したかったが、管轄外のジムが現場に立ち入るのは難しい。
続報は分署に戻って掴むしかなかった。
ジムはフェンスを降りて元の道に戻る。
どうやって帰ろうかと考えていると、さっきのタクシーがまだ停まっていた。
「どうした? 足りなかったか?」
「旦那、帰りの分までいただいてますから」
ジムは緊張の糸が切れたのか笑い出した。
「おもしろいな。わかった。お願いするよ」
ジムはそう言ってタクシーに乗り込むと、仮設分署に行くように指示を出した。
運転手は気楽な返事を返して走り出す。
ジムが教えた裏道を悠々と走りながら一路仮設分署を目指していった。
仮設分署に着くと想像通りの慌ただしさで煮詰まっている。
私服姿のままの顔見知りが多く集まっていた。
ジムは着替えをすませるとそのままオフィスへと入っていく。
「フェルナンデス!」ジムはロビーにいたフェルナンデスに声を掛けた。
「ジム? どうした。今は待機任務のはずじゃ……」
「おまえもここにいるじゃないか」
「と言うことはおまえも事故を聞きつけたか?」
「事故じゃないよ、アレは」
「見てきたのか?」
「ああ、遠くからだがな。トレーラーに挟まれるように潰されて、それから激しく燃えていた。それから、レイとトムがセントラル病院に運ばれたそうだ」
「やけに詳しいな。仕事してたみたいじゃないか」
「偶然だよ。友人のお見舞いに病院に行ったら隣町の奴らに会ってさ。そこで少し訊いた」
「そうか……。それなら……」
「ああ、聞いている。だが、彼らがなぜ?」
「そこんところはよくわからん」
ジムは喧騒の中、熟考に入った。
計画的な何かを感じる。
足がつきそうになって殺された?
レイは巻き込まれたのか、それとも……。
ジムは拙い頭をフル回転させて考えるが一向に謎は解けそうもない。
「コトリーさんに聞いてみるか」ジムはそう呟いてコトリーにメールを送った。
すると間もなく「鋭意調査中だが、悪い予感は当たるものだ」と返ってきた。
「私は何をすればいいですか?」
「これから本署に出向くからまたメールをするよ。それに今は待機任務だろ。制服脱いで、帰ってゆっくりしてろ」
ジムはどこかで見ているのかよと思いながら、メールを見て笑みをこぼした。
ジムはスマホをズボンに放り込んで「ちょっと一服してくる」とフェルナンデスに言い残してその場を去った。
裏口に出て冷気を浴びる。
春の訪れが近いはずなのに太陽に忘れ去られた路地裏には寒さがまだ染み込んでいた。
裏口の階段に座って空を見上げる。
灰色の空に少しだけ青が混じっているように思えた。
*****
季節は人知れず移り変わる。
その声に耳を傾けても答えてはくれない。
喧噪に沸くロビーの片隅で老人は呟く。
季節の境目は人の心が季節を決めている、と。
(第84話につづく)