第2話 その女、エディナ

文字数 1,850文字

 夕方のテラスにひとりの女がいた。
 夕日が長い影をつくり時折吹く風がその影をゆらす。
 影がゆれるはずもないのだが彼女にはそう思えて仕方なかった。

 女はきらびやかな宝石を胸に輝かせて石造りのテラスで物思いに耽る。
 その横顔は切なく日常が疲れで満ちていることを教えてくれる。

「どうして、私の回りにはロクな男がいないの?」

 嘆きを持つ女の名はエディナ。
 父がインターネット事業でで財を築き、裕福な生活を謳歌している。
 娘に甘かった父、何でも望みを叶えてきた。

 たったひとつの望みをのぞいて。

 エディナの悩みは裕福ゆえの悩みだ。
 近寄る男には見え透いた意図が隠れている。
 彼女はそれに敏感でどんな男とも関係が発展することはなかった。

 いつになればと思いながら彼女はもう三十を過ぎていた。
 外に出会いはなくたまに父の会社のパーティで出会うくらい。
 格式の高そうな男はプライドと財力にしか自慢はなくエディナはそんな男どもに興味はなかった。

 ある日エディナの元に一通の封筒がきた。
 差出人不明のあやしい封筒だがつくりは高級感を漂わせている。

 彼女は不審がりながらも封を解く。
 ただ時間を消費していくだけの人生にふと湧いた衝動、それに身を委ねてもいいかもと思った。
 中には便箋とマイクロカードが入っている。

「かわったセールスね」

 エディナは便箋を一通り読み終えると躊躇うこともなくマイクロカードをパソコンにセットする。
 危険な誘いかも知れないが彼女にとっては心躍る日常からの脱出。

 これまでに起きた様々な問題は彼女の知らないところで父が処理し続けてきた。
 そんな背景も知らずに無鉄砲さは速度を増している。

 エディナがマイクロカードをパソコンで開けると画面が一瞬で真っ黒になった。
 これから何が起こるのだろう。
 開いた瞳に禍々しい光が浮かんでくる。

「そう言えば手紙には未来が見られると書いてあったわね」

 父親が見つけてきた男と暮らすだけの未来。
 結局は敷かれたレールに乗らざるを得ない。姉がそうであったように。
 エディナの歯軋りが機会音に混じっていく。


 マイクロカードを読み込む機械音がしばらく鳴ったあとようやく画面に光が戻ってきた。
 画面の中央に執事のような黒ずくめの、片方だけの眼鏡をかけた白髭の老人が立っていた。

 じっとエディナを見つめていた老人は突然「ようこそ」と声をかけて深々とお辞儀をした。
 エディナはつられて軽く頷きそのまま画面をじっと見続けた。

「あなたは選ばれました。この新しい発明の住人として。あなたの未来がこれからもっと輝くように努めてまいります」

 老人は淡々と話し始める。
 機械のような声は抑揚を失ってもスピーカーを揺らしている。
 エディナはその言葉にあやしさを感じながらこれから何が起きるのかという興奮に支配されていた。

「この後、エディナ様の登録を行います。そして登録後一週間以内にこの発明に接続できる道具をお送りいたします」

 その言葉の後老人は消えて画面が切り替わり登録フォームが表示された。

 エディナは画面の指示に従って自分の情報を登録していく。
 名前や年収、性格などあらゆる個人情報の登録を要求している。

 資産欄もあり細かな情報開示が求められる。
 エディナはふと怖くなり、また金目当ての男が寄ってきても困ると思って年収や財産については嘘の登録することにした。
 見せてくれる未来がまったく違っても困るがそれでも裕福であることを登録するのも怖い。
 金額を実際よりは少な目にそれでもごく一般よりは高めに設定し登録ボタンを押した。

「嘘はございませんか?」

 エディナは「嘘」という言葉にドキっとした。
 それでも構わずにそのまま「YES」のボタンを押す。

 すると「お疲れさまでした。道具が届くのをお待ちください」と老人の声が響いてもとのパソコンの画面に戻った。

 その後何度マイクロカードを抜き差ししてもパソコンには認識はされなかった。
 エディナはマイクロカードを封筒に戻して机の引き出しに無造作に投げ入れた。

*****

 夕闇が風を遮り、冷気の動きを遮断する。
 翼をもがれた冷気たちは逃げ場を探して闇に潜る。
 白髭を揺らした老人が不気味な笑みを浮かべている。
 無造作の中で、赤いランプが一瞬弾けて消えた。


(第3話に続く)
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