第44話 絶望を踏みしめて漢はただ前を向いた

文字数 1,330文字

 走り去る黒塗りを眺めていたのはジムだけではなかった。
 ジャスティンらも同じように顛末の証人になり立ち尽くす。
 目の前で恋人を奪われた気の毒さを思いながらも事情を聞く必要がある。
 ジャスティンは芝生に残った淡雪を踏みしめて、立ち尽くすジムの傍そっと寄り添った。

「何者だ?」低い声でジャスティンが尋ねる。
 ジムは無言のまま渡された名刺を差し出した。

「ほう、これは興味深い」

 ジャスティンは名刺を確認するとそれを胸ポケットに返しその場から立ち去る。
 去り際に「やけ酒ならつきあうが……」と語りかけるもジムは首を横に振った。

「そうか……」こう言う時の優しさとは考える時間を与える事だ。
 ジャスティンは身を引き、落ち着くまで様子を見ることに決めた。

 複数の私服がジャスティンに合流していく。
 はるか駐車場で旧式のランプが揺らめいた後、複数の車が去りゆく。


 ジムはジャンパーの乱れを正してふと眼下を眺めた。
 雪解けの水たまりに歪んだ自分の顔。
 掛ける言葉もない情けない表情だ。
 口を結んで背筋を張ったジムは口元の揺らぎの任せるままに思考を巡らせた。

 名刺はESCメディアカンパニーのものだった。
 ESCメディアカンパニーと言えばあの事件の被害者がかつて働いていた会社だ。
 ヴァンガード、捜査資料にあったESCメディアカンパニーのCEOと同じ名前だ。
 偶然ではあるまい。
 
 ジョセフと言っていたな。
 エディナが知る顔、あの男は父親の命令だと言っていた。
 もしかしたら彼女は社長の娘なのかも知れない。
 高貴で贅沢な着こなし、やや世間知らずな性格のルーツが垣間見える。

 あのふたりのやりとりを見るに今夜は父親の大事な用事をすっぽかして来たようだ。
 コンサート前に確保できなかったのは彼女が一枚上なのか、それとも……。
 だが裕福なはずのエディナが何故こんなあやしげな発明に参加してきたのかは謎のままだ。
 生活レベルの変わらない水準以上の男は腐るほどいるだろう。
 それに飽きた金持ちの気まぐれだろうか。
 スタッカートと名乗った男との会話では今日を怪しげだと知っていた。
 それよりも好奇心が勝ったようだったが……。

 それと、彼女の姿が違ったのはどう言うカラクリだろうか。
 登録に嘘を混ぜたようだが、どんな嘘が混じったらああなるのだろうか。
 完全には別人ではなく性格や雰囲気は変わらなかった。
 初めて見たときからどこかで会ったような感覚はあった。
 見た目だけは本人を想起させないほどに違っていた。

 ジムは幾つもの妄想に事実を重ねていく。
 何一つ答えを見出せないが混沌とした心身を整理しておきたかった。


 ジムはゆっくりとホールを後にする。
 希望に湧いた雑踏は絶望の滴で食い荒らされている。
 寂し気な背中を正して、ジムは真っ直ぐに前を見つめた。

*****
 
 ひとつひとつの欠片に意志が帯びている。
 その繋がりの妙に何かを感じなければならない。
 車窓から流れる淡雪を見上げて老人は呟く。
 事実が小説より奇なのは繋がりに狂気が宿るからだ、と。

(第45話につづく)
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