第28話 無垢の経歴に悪意が忍び寄る

文字数 1,412文字

 コトリーとジャスティンの元に科学捜査研究所からメールが届いた。
 ジムの物証を届けてから僅か半日の突貫だった。
「貫徹で調べ上げた。現地で説明する」ロズウィン所長の嘆き節が踊っている。

 昨日の雪はすっかりと溶け、イヴを控えた街はつかの間の太陽に照らされている。
 イルミネーションの電飾は沈黙、羽を休めた孔雀の吐息が聞こえる。
 太陽の祝福、街の往来も賑やかでいつも以上に活気付いて見えた。

「どう思う?」唐突にジャスティンが訊いた。

「なにがです?」意図の読めない問いにコトリーの返しも投げやりだ。

「組織は黒かね?」

「何とも言えんよ」

 業を煮やしたジャスティンの直球をコトリーは軽やかに交わす。
 ジャスティンは直感的に組織の関与を疑い、コトリーは半信半疑の海を泳いでいる。
 直感の正体を掴めずにいるジャスティンの違和感。
 こう言う時の彼の直感は大抵正しいのだが、それを裏付ける「何か」にはまだたどり着けない。

 コトリーは物証提供があっても繋がりが見つかる可能性は低いと感じていた。
 実際のところジムは何らかの招待を受けているがそれ自体に違法性はゼロだ。
 彼の身に危険が迫っていると言った兆しもない。

 今回の事件でジャスティンが一番懸念しているのはジムが警察官であること、それを知りながらコンタクトをしてきていると言う疑念である。
 相手の女性の正体も不明で組織のスパイの可能性もある。
 完璧なまでに姿を隠し足跡すら見えない。
 それでいてわざとヒントを残しているかのような余裕。
 これは警察組織への挑戦なのだろうか。

「秘密裏に行った調査だが……」ジャスティンはコトリーに封書を手渡した。
 A4サイズの茶封筒、中に入っていたのはジムに対する調査報告書だった。

「まさか彼が?」

「いや、疑っている訳じゃないのだが……」

 ジャスティンの憶測。
 それはジムがヘッドセットを介して催眠暗示を受け、組織にとって危険な人物を殺しているのではということだった。
 彼ならば署に保管している拳銃や銃弾を手に入れることは可能だ。
 
「署内で銃器の盗難等はなかったと聞くが……」

「押収されたモノは? あるいは外勤で良からぬ筋と絡んでいる可能性は?」

「そこまではなんとも……」

「もっとも可能性が高いのは道具もすべて用意してそれを回収するというやりかただろうがね」

「そうだとしてもあれほどの平静を装うだろうか?」

「暗示で覚えていないとしたら?」

「まさか……」ジャスティンの弾丸はコトリーの胸を貫く。

 コトリーはしばらくジムの資料を眺めて「彼の人間性を調べ上げて利用する可能性がある?」と呟いた。

 ジャスティンは口元を緩めて「可能性だがね」とだけ答えた。

 コトリーはようやくジャスティンの憶測に追いつき自身の口元も緩ませた。

「ロズウィンは何かを掴んだかな?」

「さあね」

 会話が途切れる頃、科学捜査研究所の案内板が手招きを始める。
 科学捜査はどんな答えを出したのか。
 閉じられた扉の鍵は見つかったのだろうか。
 ふたりは憶測を胸に研究所のドアを開けた。

*****

 甘い果実は狙われやすい。
 傷ついた果実も狙われやすい。
 疾走する旧式を眺めながら老人は呟く。
 素養は溢れる。そして、嫉妬も溢れる、と。

(第29話につづく)
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