第90話 画面越しの再会

文字数 2,924文字

 ジムが運転する旧式は一路ミュージアムホールを目指した。
 見慣れた街道沿いを走って、10分もすれば敷地内に入る。
 ホールを中心に大きな公園が展開している。
 枯れ芝生の冷気の中でもちらほらとピクニックをしている家族が見える。

 ジムは慣れない高級車に戸惑いながら慎重に運転していた。
「多少ぶつけてもかまわん」と言うジャスティンの言葉は逆にプレッシャーになっている。
「旧式だから故障したら部品に困るんじゃないの?」という疑問が拭えない。
 車窓を楽しむ余裕などなく、ホールの敷地内に入ったことも気づかずにハンドルを握っていた。

「ここですね」

 ジムはハンドルを切って正面玄関につけた。
 停車すると警備員が駆け寄ってくる。
 ジャスティンは警察手帳を見せて「支配人に会いに来た。アポは取ってあるので確認してくれ」と言う。
 警備員は「お伺いしております」と笑顔で答えた。

 ジムは鍵を警備員に渡して車を降り、ジャスティンとコトリーの後を追っていく。

「それにしてもいつの間にアポイントメントなんて……」

 ジムはジャスティンの手際の良さに驚いていた。
 

 ホール正面に入ると見覚えのある絨毯のフロアーが一面に展開する。
 あの日はじっくりと見て回ることはなかったが、こんなにも豪華な造りだったのかと驚く。
 昼過ぎの公演の合間ともあってそれほどの混雑はなかった。

 ホールの内部は正面フロントから左右に分かれている。
 左側を見ると階段状になっていて、その先にはサブホールがあった。
 エディナと出会った場所だ。
 ジムがつい見とれていると、「こっちだぞ」とコトリーの声がする。
 我に返ってついていくとサブホールの真逆のところに関係者用の入り口があった。
 どうやらそこから入るようだ。

 入り口の先は細い廊下になっていて、豪華な飾りは一切ない無機質な通路だった。
 その先に鉄の扉が見えた。
 こんなところに支配人がいるのだろうか。
 ジムがそんなことを考えていると、鉄の扉が警備員によって開放された。
 中は何十ものモニターが所狭しと並んでいる。
 数人の警備員がモニターを見ながら無線で連絡を取り合っていた。

「ここはこのホールの警備室だよ」コトリーが呆気に取られているジムに釘を刺す。
 支配人室に行くものだと勘違いしていたジム。
 冷静に考えればここに来るのは必然だったと回転の悪さを恥じていた。

 しばらくして奥の方から老齢の紳士が現れた。
 ジャスティンとコトリーは会釈をして迎える。
 どうやら支配人のようだ。
 ジムもふたりに続いて深々と頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ああ、ジャスティン。君の勘は相変わらず鋭いな」

 支配人はジャスティンにあの日の日付が印刷されたロムを手渡した。

「ふふ……、展開が読めると気分がよい」

 ジャスティンはそう呟いて受け取ると、今度は支配人が奥の部屋へと三人を案内した。
 その部屋にもいくつかのモニターがあったが何も映っておらずそれを監視している者もいない。

「ここでこれを見たことは内緒にしておいてくれよ」

 支配人はそう言うとみんなをパイプ椅子に座らせる。
 そして、ジャスティンからロムを受け取ってパソコンのスロットに入れた。
 読み込み音とともにノイズだけの青い画面が展開する。
 そして、四分割された監視カメラの映像が映った。
 あの日のサブホールの入り口の映像だった。

「誰が誰だかわかりませんよ」思わずジムが呟く。
 すると、支配人はマウスを操作して左上の画面を全画面再生させてさらに拡大までしてみせた。
 何となく人相ぐらいはわかるだろうか。

「ここからはランダムで見ていくしかない。気になる顔があったら左クリックで画面を止められる。そこで右クリックをすると操作を指定できるからプリントアウトするといい」

 支配人はそう言うと立ち上がる。
 そして言い忘れたとばかりに振り返った。

「ああ、ジャスティン。無期限という訳にはいかないからな」

「わかってますよ。集中して明日までには終わらせます」

「うむ」支配人はニッコリと笑って部屋を後にする。
 部屋には部外者三人だけが残された。
 微妙な空気の中「完徹ですか?」とジムは訊く。
 すると、ジャスティンは意地悪な口調で「おや、用事があったかな?」と答えた。

「そう言うわけではないですが…」

「はは、心配するな。ここのカフェは料理も旨いからな」
 ピントのズレたジャスティンの言葉にジムは苦笑する。

「とにかく時間がない。手分けして画面を見て、気になるところで合図をしろ。そこをプリントアウトして署に戻ってからデータベースで照合する。あのサブホールに入ったと思われる全員を片っ端から調べるぞ」

「わかりました」

 ジムは画面を再スタートさせる。
 左上に日時が刻まれていて、どうやらコンサートが始まった時間だった。
 コンサート自体は90分の演目。
 外いるのは前演目の聴衆か、次演目を待っている人たちのどちらかだろう。

 ジムは何気なく画面の左端の柱の付近を拡大する。
 黒いコートの男がそこにいた。

「これ、ジャスティンさんですか」

「ああ、鮮明だな。それだけわかれば問題なかろう」

 ジャスティンは時間を進めるように指示をする。
 変な動きに感づけば映像を止めてプリントアウト、それを繰り返していく。
 そのうち聴衆がどっとサブホールから出てきた。
 コンサートが終わった時間だ。

「ここからはスローで、画面を分割するように拡大してプリントアウトしまくれ」
 ジャスティンの指示の通りに操作を繰り返す。
 指定された画面を拡大させて印刷。
 再び広域に戻して気になるところを探す。
 インクジェットがカタカタと悲鳴を上げていた。


 ある程度時間が経って人の流れ閑散とすると、サブホールの左側から一組のカップルが出てきた。
 ジムは咄嗟に自分たちだ、と思った。
 そして無意識の内にふたりを拡大していく。
 指示を無視した操作だったがジャスティンは黙ってその動きを追っていた。

 ふたりの会話が脳内で再生される。
 このときエディナは嘘の登録をしたことを告白していた。
 そして、スタッカートなる男も近づいてきて、彼女と喋っているシーンが映される。
 ジムはスタッカートの画像を拡大させる。
 すると、そこに一緒にいた女性の顔も映し出された。

「ジム、プリントアウトを」ジャスティンが低い声で言う。

 ジムは瞬間的に反応してボタンを押した。
 泣きやんでいたプリンターが再び悲鳴を上げる。
 ジムはその音がとても切なく感じ、画面に映ったエディナを愛でるように眺めていた。
 
*****

 記憶は欠片となって潜在意識を漂い続ける。
 欠片を繋ぎ合わせる要素は五感に他ならない。
 賑わい出すミュージアムホールを眺めながら老人は呟く。
 過去を体が覚えている。刻まれしものは容易に消せやしない、と。

(第91話につづく)
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