第29話 深層に眠る美女の面影
文字数 1,824文字
それぞれの憶測が交錯しそれが融和する頃、ふたりは科学捜査研究所に到着した。
ふたりはIDカードを認証させて入り、奥の所長室へと向かう。
そこではロズウィンがスタッフにゲキを飛ばしている最中だった。
「おお、ジャスティンにコトリー」ふたりに気づいてスタッフを解くロズウィン。
「博士も変わりないようで」ジャスティンは帽子を取って深々と礼を交わした。
コトリーも手袋を外し力強い握手を交わす。
三人は若い頃からの腐れ縁で数々の難事件を追った仲。
当時のロズウィンは鑑識課主任だったが数年前に新設された科学捜査班のボスに指名されるほどの敏腕だった。
「ところでどうです?」ジャスティンは上着も脱がぬままに聞く。
「あいかわらずだな」ロズウィンは分析資料とジムの私物をテーブルに広げた。
「結論から言うと前の被害者の封書同様に持ち主以外の指紋は検出されていない。郵便の捺印も偽造でそれぞれのポストに直接投函されている。郵便経由は偽装工作。仕分けした局員他の指紋は一切検出されていないからね。それと……」
ロズウィンはヘッドセットを指差して続けた。
「これはこのマイクロカードとデータ通信をしている。双方向ではなく一方通行。インターネットからマイクロカード経由でデータを転送する仕組みだ。ヘッドセットとのチャンネル探しに苦労したが接続までそう難しくはない。マイクロカード内に何かしら接続に関するソフトが入っていたかも知れんがそれらはキレイに削除されている。通信が終わると同時に消去されるプログラムだったのだろう。実に巧妙だな」
ジャスティンとコトリーは彼の説明を聞きながら唸るように腕を組んだ。
「個人的な感想としてはカラクリはそれほど大したことはない。むしろ転送された催眠を施すプログラムの方に興味があるね」
「どう言うカラクリだと思います?」コトリーが尋ねた。
「可能性が高いのは催眠誘導だろう。浅い眠りに誘導して映像を見せる。具体例がまだひとつしかないから被害者とジム君が同じ映像を見たのかすらわからないが……」
「それは個々の体験を誘発すると言うヤツですかね?」ジャステインがふたりに割って入った。
「その線が濃厚だろう。それぞれの深層にある映像を呼び起こして擬似的な関係を見せる」
「だとすればジムが会った女性はどこかで遭遇したことのある女性と言う可能性は高いな」
「かも知れないね。それを彼が覚えているかどうかは別の話だがね」
ジャスティンは長考に入り、潜在意識下に眠るジムの欲求を刺激しているのではと仮説を立てる。
未来を見せると言うのは選ばなかった未来の擬似体験なのかも知れない。
だがそうなるとジムの潜在意識にいる相手を招待していることになる。
現実的に可能とは到底思えないが……。
「組織的な関与と見て間違いないですかね?」ジャスティンはおもむろに尋ねた。
「個人でも可能だが便箋の謳い文句からは愉快犯ではないだろう。だが先走るのはよせ」
ジャスティンはハッとしてロズウィンの顔を見上げた。
「今、数々のサイバー事件の解析を依頼されるがその大半が個人の技量を駆使したものが多い。材料はネットで何でも買えるからな。マイクロカードだって市販のものを改造すればできるし、このヘッドセットもそこらへんのモノと構造は同じだ」
「そうですか……」
「君の思っていることは大体わかるぞ。長年のつきあいだからな。でも犯人像を決めつけてはいかん。そして誇大妄想すると見誤る。特に夢のプログラムの内容がわからないからそれ以上の詮索は難しい」
ロズウィンはそう言うと資料を配り始めた。
難しそうな数字の羅列で所々写真が貼付されている。
ふたりはそれに目を通しながらロズウィンの解説を聞いた。
概ねは説明通りで使われた周波数の詳細やヘッドセットの充電残量から推測される接続時間などだった。
ロズウィンは決してジャスティンのような浮き足立つ憶測はしない主義だ。
あくまでも目に見えるものだけを追求する。
それは偏りがちなジャスティンにとって良いブレーキになっていた。
*****
殺風景な街に冷たい風が舞う。
喧噪から逃れた風は生まれたばかりの風と戯れる。
鉄格子の電柱の影から老人はほくそ笑む。
冷静と情熱が融解せずに融合しあうのか、と。
(第30話につづく)
ふたりはIDカードを認証させて入り、奥の所長室へと向かう。
そこではロズウィンがスタッフにゲキを飛ばしている最中だった。
「おお、ジャスティンにコトリー」ふたりに気づいてスタッフを解くロズウィン。
「博士も変わりないようで」ジャスティンは帽子を取って深々と礼を交わした。
コトリーも手袋を外し力強い握手を交わす。
三人は若い頃からの腐れ縁で数々の難事件を追った仲。
当時のロズウィンは鑑識課主任だったが数年前に新設された科学捜査班のボスに指名されるほどの敏腕だった。
「ところでどうです?」ジャスティンは上着も脱がぬままに聞く。
「あいかわらずだな」ロズウィンは分析資料とジムの私物をテーブルに広げた。
「結論から言うと前の被害者の封書同様に持ち主以外の指紋は検出されていない。郵便の捺印も偽造でそれぞれのポストに直接投函されている。郵便経由は偽装工作。仕分けした局員他の指紋は一切検出されていないからね。それと……」
ロズウィンはヘッドセットを指差して続けた。
「これはこのマイクロカードとデータ通信をしている。双方向ではなく一方通行。インターネットからマイクロカード経由でデータを転送する仕組みだ。ヘッドセットとのチャンネル探しに苦労したが接続までそう難しくはない。マイクロカード内に何かしら接続に関するソフトが入っていたかも知れんがそれらはキレイに削除されている。通信が終わると同時に消去されるプログラムだったのだろう。実に巧妙だな」
ジャスティンとコトリーは彼の説明を聞きながら唸るように腕を組んだ。
「個人的な感想としてはカラクリはそれほど大したことはない。むしろ転送された催眠を施すプログラムの方に興味があるね」
「どう言うカラクリだと思います?」コトリーが尋ねた。
「可能性が高いのは催眠誘導だろう。浅い眠りに誘導して映像を見せる。具体例がまだひとつしかないから被害者とジム君が同じ映像を見たのかすらわからないが……」
「それは個々の体験を誘発すると言うヤツですかね?」ジャステインがふたりに割って入った。
「その線が濃厚だろう。それぞれの深層にある映像を呼び起こして擬似的な関係を見せる」
「だとすればジムが会った女性はどこかで遭遇したことのある女性と言う可能性は高いな」
「かも知れないね。それを彼が覚えているかどうかは別の話だがね」
ジャスティンは長考に入り、潜在意識下に眠るジムの欲求を刺激しているのではと仮説を立てる。
未来を見せると言うのは選ばなかった未来の擬似体験なのかも知れない。
だがそうなるとジムの潜在意識にいる相手を招待していることになる。
現実的に可能とは到底思えないが……。
「組織的な関与と見て間違いないですかね?」ジャスティンはおもむろに尋ねた。
「個人でも可能だが便箋の謳い文句からは愉快犯ではないだろう。だが先走るのはよせ」
ジャスティンはハッとしてロズウィンの顔を見上げた。
「今、数々のサイバー事件の解析を依頼されるがその大半が個人の技量を駆使したものが多い。材料はネットで何でも買えるからな。マイクロカードだって市販のものを改造すればできるし、このヘッドセットもそこらへんのモノと構造は同じだ」
「そうですか……」
「君の思っていることは大体わかるぞ。長年のつきあいだからな。でも犯人像を決めつけてはいかん。そして誇大妄想すると見誤る。特に夢のプログラムの内容がわからないからそれ以上の詮索は難しい」
ロズウィンはそう言うと資料を配り始めた。
難しそうな数字の羅列で所々写真が貼付されている。
ふたりはそれに目を通しながらロズウィンの解説を聞いた。
概ねは説明通りで使われた周波数の詳細やヘッドセットの充電残量から推測される接続時間などだった。
ロズウィンは決してジャスティンのような浮き足立つ憶測はしない主義だ。
あくまでも目に見えるものだけを追求する。
それは偏りがちなジャスティンにとって良いブレーキになっていた。
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殺風景な街に冷たい風が舞う。
喧噪から逃れた風は生まれたばかりの風と戯れる。
鉄格子の電柱の影から老人はほくそ笑む。
冷静と情熱が融解せずに融合しあうのか、と。
(第30話につづく)