第91話 行き詰まる感覚の中で
文字数 2,027文字
一週間が過ぎた頃、エディナの傷はかなり癒えてきた。
頬の痛みもほとんどなくなって、代わりにゴツゴツと何かが固まっているのを感じる。
足の痛みは全快ではないが松葉杖を使って歩くまでに回復していた。
エディナは時折外の空気を吸いに出る。
包帯姿で人前に出ることに抵抗があったがここでは皆が同じような傷人。
はじめは廊下を散策しながら、慣れてくるにつれて行動範囲が広がっていった。
入院患者が動けるスペースは限られていたが、敷地内なら問題はなく中庭の芽吹く緑に囲まれることは心の癒しになっていた。
あの誤発信以来、スマホを操作してもアドレスページの先には進めなかった。
きっかけが欲しい。
そう思っていても良い考えは浮かばない。
思えばミュージアムホールでの別れが最後。
父が引き裂いた関係をどのようにして繋ぎ合わせればいいのだろう。
一方のジムは特別捜査班に合流してから一週間が過ぎていた。
この間はずっとミュージアムホールのプリントアウト画像の照合に明け暮れていた。
数人で取り掛かってはいるものの、およそ200人にものぼる人間の照合は手間が掛かる。
作業としては顔認識ソフトで取り込んでデータベースと照合していくだけ。
画像認証ソフトの助けを借りて粗い画像を鮮明にする。
前科データーベース、免許登録にヒットしなければ何もわからない。
最終的にはその画像データを検索サイトに放り込むしかなかった。
単純な作業に眠気がしたが、捜査員がヒットしたときにアラームが鳴って目が醒める。
ジャスティンに見せると首を振るだけで、それ以上の詮索は無用だった。
ジムたちは息を抜くために交代で屋上に出た。
裏路地には同僚がいて、何かを詮索されるのも面倒だった。
季節がら屋上への出入りは少なく、精神的にもリフレッシュできた。
気分転換目的だったがエアコンとパソコンの熱が籠もる会議室の空気は嫌いだった。
外は寒いが空気は軽い。
その軽さが心を楽にしてくれそうな気がしていた。
「そう言えば一週間になるか……」
ジムは財布にしまったメモを見て思い出す。
そろそろ面会謝絶が解かれていてもいい頃合いだろうか。
電話して聞いてみるのもいいが味気ない気がする。
「明日は久しぶりの休みだから」と気まぐれな自問自答を繰り返していた。
ジムは画像照合の際にスタッカートのデータも洗っていた。
ヴィンセンツ・スタッカートと言う名前の男性はもうすぐ60近くになる男で前科及び逮捕歴はおろか駐車違反すら無い一般市民だった。
ウェブ検索をすると金融会社のホームページに辿り着いた。
どうやら金融会社の社長のようで相当な資産家だ。
会社の簡単な略歴によると彼は創業メンバーの一人で、会社が大きくなった15年ほど前から取締役に就任していた。
その頃は金融ショックの真っ只中で前任の退陣を引き継いでのものと想像された。
ジャスティンの命令で彼を調べたメンバーによれば彼は数年前に離婚している。
子どもはいるがとっくの昔に親元を巣立っている。
齢還暦に近いというのに火遊びに明け暮れていたようでそれが妻の怒りを買ったようだった。
エディナやESCとの関係などは以前不明のまま。
ネットに転がっている信憑性のないゴシップに耳を貸している暇はない。
そして、スタッカートの同伴の女性に関してはまったくと言っていいほどデータもなくお手上げの状態だった。
免許登録もしておらず写真データが存在しない。
身元に関しては何も分からないままだ。
ウェブ上での写真検索に掛けて見ても同一人物と思われる画像データはなかった。
自分の画像をアップロードする女性ではないようで存在はまったくの謎だった。
ジムは事件のキーワードになりそうなふたりと会ってはいるがそれはほんの一瞬の邂逅に過ぎない。
関わりを持ったという感覚もない。
スタッカートとエディナが顔見知りという程度の認識で同伴の女性とは会話すら交わしていない。
詰まるところ、この一週間での成果はほぼゼロに等しかった。
「明日、病院に行ってみよう」
ジムは大きく空気を吸い込んで体を浄化する。
そして勢いよく部屋に戻るとラストスパートとばかりに作業を速めていく。
もし明日エディナに会えて、そしてタイミングが許せばスタッカートという男のことについても聞いてみよう。
きっかけは彼の方から用意してくれたのだから。
ジムは4人が映っている階上の写真に思いを馳せる。
彼女の横顔をそっと撫でて、そしてまた作業に戻っていった。
*****
謎解きは時に知性の蓄積を問う。
またある時は発想の転換に挑む。
芽吹く緑を愛でながら老人は呟く。
思考を支配しているのは環境に他ならない、と。
(第92話につづく)
頬の痛みもほとんどなくなって、代わりにゴツゴツと何かが固まっているのを感じる。
足の痛みは全快ではないが松葉杖を使って歩くまでに回復していた。
エディナは時折外の空気を吸いに出る。
包帯姿で人前に出ることに抵抗があったがここでは皆が同じような傷人。
はじめは廊下を散策しながら、慣れてくるにつれて行動範囲が広がっていった。
入院患者が動けるスペースは限られていたが、敷地内なら問題はなく中庭の芽吹く緑に囲まれることは心の癒しになっていた。
あの誤発信以来、スマホを操作してもアドレスページの先には進めなかった。
きっかけが欲しい。
そう思っていても良い考えは浮かばない。
思えばミュージアムホールでの別れが最後。
父が引き裂いた関係をどのようにして繋ぎ合わせればいいのだろう。
一方のジムは特別捜査班に合流してから一週間が過ぎていた。
この間はずっとミュージアムホールのプリントアウト画像の照合に明け暮れていた。
数人で取り掛かってはいるものの、およそ200人にものぼる人間の照合は手間が掛かる。
作業としては顔認識ソフトで取り込んでデータベースと照合していくだけ。
画像認証ソフトの助けを借りて粗い画像を鮮明にする。
前科データーベース、免許登録にヒットしなければ何もわからない。
最終的にはその画像データを検索サイトに放り込むしかなかった。
単純な作業に眠気がしたが、捜査員がヒットしたときにアラームが鳴って目が醒める。
ジャスティンに見せると首を振るだけで、それ以上の詮索は無用だった。
ジムたちは息を抜くために交代で屋上に出た。
裏路地には同僚がいて、何かを詮索されるのも面倒だった。
季節がら屋上への出入りは少なく、精神的にもリフレッシュできた。
気分転換目的だったがエアコンとパソコンの熱が籠もる会議室の空気は嫌いだった。
外は寒いが空気は軽い。
その軽さが心を楽にしてくれそうな気がしていた。
「そう言えば一週間になるか……」
ジムは財布にしまったメモを見て思い出す。
そろそろ面会謝絶が解かれていてもいい頃合いだろうか。
電話して聞いてみるのもいいが味気ない気がする。
「明日は久しぶりの休みだから」と気まぐれな自問自答を繰り返していた。
ジムは画像照合の際にスタッカートのデータも洗っていた。
ヴィンセンツ・スタッカートと言う名前の男性はもうすぐ60近くになる男で前科及び逮捕歴はおろか駐車違反すら無い一般市民だった。
ウェブ検索をすると金融会社のホームページに辿り着いた。
どうやら金融会社の社長のようで相当な資産家だ。
会社の簡単な略歴によると彼は創業メンバーの一人で、会社が大きくなった15年ほど前から取締役に就任していた。
その頃は金融ショックの真っ只中で前任の退陣を引き継いでのものと想像された。
ジャスティンの命令で彼を調べたメンバーによれば彼は数年前に離婚している。
子どもはいるがとっくの昔に親元を巣立っている。
齢還暦に近いというのに火遊びに明け暮れていたようでそれが妻の怒りを買ったようだった。
エディナやESCとの関係などは以前不明のまま。
ネットに転がっている信憑性のないゴシップに耳を貸している暇はない。
そして、スタッカートの同伴の女性に関してはまったくと言っていいほどデータもなくお手上げの状態だった。
免許登録もしておらず写真データが存在しない。
身元に関しては何も分からないままだ。
ウェブ上での写真検索に掛けて見ても同一人物と思われる画像データはなかった。
自分の画像をアップロードする女性ではないようで存在はまったくの謎だった。
ジムは事件のキーワードになりそうなふたりと会ってはいるがそれはほんの一瞬の邂逅に過ぎない。
関わりを持ったという感覚もない。
スタッカートとエディナが顔見知りという程度の認識で同伴の女性とは会話すら交わしていない。
詰まるところ、この一週間での成果はほぼゼロに等しかった。
「明日、病院に行ってみよう」
ジムは大きく空気を吸い込んで体を浄化する。
そして勢いよく部屋に戻るとラストスパートとばかりに作業を速めていく。
もし明日エディナに会えて、そしてタイミングが許せばスタッカートという男のことについても聞いてみよう。
きっかけは彼の方から用意してくれたのだから。
ジムは4人が映っている階上の写真に思いを馳せる。
彼女の横顔をそっと撫でて、そしてまた作業に戻っていった。
*****
謎解きは時に知性の蓄積を問う。
またある時は発想の転換に挑む。
芽吹く緑を愛でながら老人は呟く。
思考を支配しているのは環境に他ならない、と。
(第92話につづく)