第45話 古城に舞う絢爛たる美術

文字数 1,859文字

 エディナを乗せた黒塗りは湖畔にある古城ホテルの玄関先で轍を刻んだ。
 車を預けた後、ドアマンに導かれるままに格調高い絨毯の上を行くジョセフたち。
 エディナは怒りを露わにし、それを訝しがり口元を隠す貴婦人らの談笑を切り裂いていく。

 エディナは醜い好奇心に構う事なく、鋭い目元を崩さぬまま貴賓室の奥に消えていく。
 そして再び姿を現したとき、怪訝は嫉妬にまみれた感嘆に豹変した。

 用意された白いレースのドレスに身を任せ、露出された白い肌は絢爛たる美術の荘厳たる住処になる。
 主役が来た。
 一際目立つその容姿は嫉妬と羨望から言葉を奪い、狼どもの欲望を刺激する。

 ジョセフはエディナの手を引き大広間のパーティ会場へと向かった。
 その談笑の奥に一層の人だかりが見えて来た。
 その中心にいるのは父だ。
 角界の著名な顔ぶれに愛嬌を振りまく姿は醜い。
「相変わらず外面だけは」エディナはこぼれそうな本音を押し殺す。
 ジョセフは父の元に彼女を届けると一礼をして会場から去っていった。


「ちょっと強引じゃなくて」エディナは父の耳たぶを引き言葉を投げる。
 父はそのじゃれあいを無視して場の流れに身を委ねていた。
 エディナは仕方なく空気を読んで、それ以上の悪態は控えることにした。

 ここは父の会社・ESCメディアカンパニーが主催するクリスマスパーティーの会場だ。
 数年前までは地味に開催していたが、昨年からはこの古城ホテルを借り切って盛大に行われている。
 人脈の交換の場、それと下世話な品評会にも似た男どもの狩場でもあった。

 エディナは小さな規模で行われていた初期のパーティは嫌いではなかった。
 親しい人も限られていて身内だけで行うパーティ。
 だが昨年からはこのホテルに会場を移し、下品な思想が蔓延り始める。
 興味のない業界人が一気に増え、親から得た財を自慢するプライドだけが高い男どもの巣窟と化す。
 軽やかな好青年を演出しながらさりげない自慢を吹聴する会話には虫酸が走る。
 お互いの表面を誉めあってそれが一体何になるというのだろう。

 エディナの男嫌いは父の悩みの種でもあった。
 姉が自分の思い通りの人生を歩んだという勘違いが妹のエディナを執拗に狙う。
 ただただ不快。
 その気持ちを知らず、良かれと思って良縁を演出する。
 透けて見える欲望に品格などない。
 この古城に移った昨年から父との間にあった溝はさらに深まってしまった。

「どうしてあそこが分かったの? 発信器でもつけた?」

 馴れ合いが落ち着きを見せた頃、エディナは矢継ぎ早の嘆きをぶつける。
 父は眉ひとつ動かさずに嘆きを流していく。
 
「エディナ、よしなさい!」若い男に目を休めていた母が小言を聞きつけて割って来た。
 今度はエディナが眉一つ動かさずに雰囲気に乗じて愛想を振りまく。
 母は呆れ気味に肩を落とし大きなため息を吐いた。

「家に帰ってからにしなさい。今はね……」

「わかってるわよ!」母親の呆れを遮断してエディナは声を荒げた。

 母はエディナの歪んだ顔を見てそれ以上の言葉を噤む。
 そして瞬時に営業スマイルに切り替えるエディナを見て距離を取り始めた。
 雰囲気が柔和になって会場に紛れてくる。
 エディナの容貌に男が流れては去り、引き寄せては返し始めた。
 
「ジム……」エディナは心の中で何度も叫んだ。

 モブですらない雄の群に心など動くはずもない。
 嘘と自分を受け入れて、そして自分を見つけてくれた人。
 彼以上の男はいない。
 鉄壁の想いは中身のない男どもを遮断し、流れる笑顔の奥に哀愁が漂っていた。

 母はそんなエディナの表裏を眺めて想いを馳せる。
 この鉄壁を打ち砕き、さらに頑丈にさせたのはどんな男なのだろうか。
 これまでのエディナの恋愛遍歴を思い返しながら、おそらくはこれまでに会ったことのないタイプなのだろうと推測する。
 危ない橋ではなかろうか。
 良からぬ男に振り回されないで。
 それが母の本懐だった。

 音楽が一層華やかになり、ゲストシンガーが高らかに美声を空にかざす。
 エディナは仮初の笑顔でラヴソングのリリックを追い始めていた。

*****

 古城はいくつもの時代を眺めてきた。
 愛の名の下に無数の命が星になった。
 曇った眼鏡を丁寧に拭きながら老人は呟く。
 時代が動くとき、いつも些細な軋轢が存在している、と。

(第46話につづく)
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