第21話 遺伝子は不謹慎な好奇心をくすぐる

文字数 1,711文字

 空っ風が街を襲う。
 歪んだ看板が風をいなし、緑の季節は記憶の彼方に消えている。

 空を覆う灰色に見慣れた頃、ジムの家の郵便受けがカランと鳴った。
 封筒は積もった先客の隙間に身を捩らせる。
 音に反応する人影はそこにはなかった。

 事件以来ほとんど部屋に戻れなかったジム。
 号砲の召集は署員全体の神経を高ぶらせた。

 ルーティンに明け暮れていた彼らを刺激したもの。
 それを欲してたとは口が裂けても言えない。
 だが、浮きだつ神経に「秩序を守るためだ」と言い聞かせても震えが止まるはずもなかった。

 日常は変化を嫌って彼らを怠惰の中に埋没させ続けた。
 志気の上がらない毎日。
 油断していた訳ではなかろうが臓腑を抉るように事件は起きた。
 
 衝動と動揺。

 ジムたちはルーティンを未来に追いやって地元での聞き込み捜査に駆り出されることになった。
 多忙を極めるが願ってもない職務。
 住民の視線も色めき、ジムたちの言葉にも変化を生まれる。

 不安混じりの瞳、その奥底に興味が湧いて見えた人々の貌。
 不謹慎な好奇心は誰もを魅了した。


 郵便受けは隙間を埋め尽くし主人の帰りを待っている。
 はみ出した広告が風に靡きながら時折身を任せてどこかへ飛んでいく。

 事件から数日後、ジムはようやく帰途にたどり着いた。
 聞き込み捜査で疲弊したあと、ずっと同僚の寮に転がり込んでいたからだ。

 署に隣接している寮は新人たちの寝床、旧知の寮長も変わらず健在だった。
 余った食事を拝借するかわりに寮長の暇つぶしにつきあう。
 話題はいつも事件のことだった。
 ふたりの会話に他の署員たちも参戦し、本会議よりも有益な情報が飛び交っていた。

 ジムがドアに鍵を差し込んだとき、眼下に溢れる郵便物が目を眩ませた。
 ショルダーバックをソファに投げ大きめのバケツを物置から担ぎ出す。
 流れ込む郵便物をかき集め、大半がダイレクトメールかチラシ広告にうんざりとする。

 仕分けしながらゴミ袋に放り込んでいると、その中に妙な存在感の封筒があった。
 差出人不明の例の封筒だ。
 ジムは怪訝な表情を見せる。
 そして、一瞬の戸惑いのあと、記憶を遡るように老人の声とエディナの顔を思い出した。

「そう言えば……」

 ジムは封筒をパソコンデスクの上に置いて残りの郵便物を仕分ける。
 請求書の束だけが残りさらに目眩がひどくなった。

 ジムは溜息をついてパソコンデスクに座った。
 無意識にパソコンの電源を入れると差しっ放しのマイクロカードが点滅を始める。

 起動の間に封筒を開けてみる。
 中にはCDと便箋が入っていた。
 マイクロカードを抜き、トレイを開けてCDを差し込む。
 認識音をよそにジムは便箋を読み始めた。

「どこかへ招待してくれるようだな。丁寧に予約完了画面のコピーまである」

 ジムは少し乗り気ではなかった。
 事件のことで頭がいっぱいで恋愛やエディナのことは頭の片隅に追いやっていた。
 夢が何かをもたらすはずもない、とお伽話を否定する自分がいたのも事実だ。
 
「続きがあるとは思わなかったが……」

 ジムは手帳で日時を確認する。
 指定のイヴは休日で図ったかのように非番だった。
 手帳に予定を書き込んで便箋を挟んだ。

 この日までに事件が解決することを願いたい。
 だが、状況は芳しくない。

 交換した情報に有益な手掛かりなどはなく、上から降りてくる情報に真新しさも衝撃もない。
 路地裏の人目につかないところとは言え、銃声が轟いた場所で怪しい人影すら見つからないとは……。
 ジムは苛立ちと同時に難題に挑む自分に酔いつつあった。

 胸の躍動を抑える必要はあるだろうか。
 その鼓動の正体は遺伝子に刻まれた伝承だろう。
 ジムはホコリひとつない遺影を手に取り口を結んだ。

*****

 きっかけは奥底に眠る衝動を突き起こす。
 枯れ葉は熱を避け安息を求めて彷徨う。
 とある路地裏の土埃の中で老人は囁く。
 心のベクトルは本能の熱に反応する、と。

(第22話につづく)
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