第15話 銃痕が連れてきた悪夢

文字数 1,604文字

 エディナを貫いた号砲は路地裏で放たれた現実の銃声だった。
 邸宅の同エリア、距離にしてわずか百メートルほど離れた場所で事件は起こった。

 記憶の奥底に埋もれるほど久方の銃声。
 かつて十数年前に起きたマフィアの抗争以来のことだった。

 薬莢の傍らにひとりの男が倒れている。
 ビジネスマンだろうか。
 高級そうな黒のスーツにジャケット、手首のブランドが存在感を示していた。

 額を貫いた銃弾はレンガ造りのアパートの壁に消えている。
 銃痕を取り巻く黒の飛沫は壁に弾け地面を目指し流れていく。
 男は俯せのまま沈黙を守っていた。

 レンガ路をサイレンが支配する。
 普段は速度超過を追いかける瞬間的なものだが今日はあらゆる通りを音が染めていく。

 路地裏の入り口にサイレンの垣ができあがると制服の男が方々に散らばった。
 茶褐色のコートのふくよかな男が白い手袋でタクトを振る。
 彼らはその声に身を踊らせ、一画は素早く見事に封鎖されていった。
 コートの男はゆるやかに目つきを尖らせて死体の元へと歩いていく。

「ご苦労様です、コトリー刑事。手遅れですね」と制服の若い男。

 コトリーは無言で頷くと死体の顔を確認してその場を立ち去った。
 近くの制服を何人か集めて指示を出し、コトリーは覆面の後部座席に乗り込む。
「久しぶりですね」と運転手の声は弾んでいた。

「トム、不謹慎だよ。気持ちはわかるがね」

「失礼しました。それにしてもこの街で殺人とは……。強盗でしょうか?」

「さあな。だがロレックスは無事だ。物盗りの線は薄そうだが……」

 トムはバックミラーでコトリーの顔色を窺う。
 気難しさを崩さない恰幅は彼の視線に気づきながらも捜査資料に目を通した。

「でも、かなりの至近距離だったな。見たか?」

「ええ、まるで額につきつけてズドン! ってな感じで……」

「抵抗しそうなもんだがなぁ……」

 熟考に入ったのを見計らうとトムはおしゃべりをやめた。
 
 コトリーは古めかしいメモ帳を取り出し資料からいくつかの文言を抜粋する。
 そして今見聞きしたことを添えていく。
 トムはコトリーの過去を思い出して口を真一文字に噤んだ。

 被害者や現場の特徴、違和感の有無。
 時折、眉間を摘む仕草を見せては喧噪から隔てられた車内で筆を走らせた。
 ひと通りの思考が抽出された頃、無線がノイズを連れてきた。

「分署より、コトリー刑事へ」

 コトリーの視線がスピーカーに向いた。「つなげ」
 割れそうなノイズが車内に響きわたる。

「どうした?」

「被害者の身元が割れました」

「そうか、詳細はタブレットに送信してくれ」

「わかりました。それと……」

「どうした?」

「銃弾ですが……、その……、薬莢から……」

「はっきり言え!」

「あ、はい……。我々が所持している型と同じものです」

「なに?」

 急にコトリーの表情が険しくなり、トムも思わず後ろを振り返る。
 血色の濃い顔色が硬直し瞬間的に多くの可能性が脳裏を過ぎってくる。

「まさか……」

「それはないと思いますが……」

 ふたりは暫し沈黙の時を迎えた。
 お互いに言い出せない言葉を飲み込んだままだ。
 同じ型だからと言って警察の所有物が使われたとは限らない。
 都合のよい想像が頭を巡ってはまた同じくらい都合の悪い想像も巡る。

 警官が犯人?
 もしくは銃を奪われた警官がいる?

 とてつもなく厄介な方向に向かう予感。
 コトリーは襟を正し、タブレットのデータ更新を待った。

*****

 落ち葉の表は冬を刻み綻びながら舞い落ちる。
 裏は摩擦と傷に耐え土に環える時を待つ。
 鳴り響くサイレンを見下ろして老人は呟く。
 おやおや、欲望の渦が久々に目を覚ましたようだ、と。

(第16話につづく)
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