第65話 雄弁と嘘

文字数 2,406文字

 コトリーとの密談を終えたジムはタブレットで捜査員一覧を閲覧した。
 コトリーの言う「トムの経歴」がとても気になったからだ。
 同期入社のトム。
 だがお互いの過去を詮索するようなことはなかった。


 ジムは大学進学を辞めてポリスアカデミーの試験を受けた。
 理由は父を追いかけようと思ったから。
 だが在学中に父は殉職、母は退学を迫ったが意志は揺るがなかった。
 使命感に燃えたというよりは遺伝子がその道を歩ませたと今でも思っている。
 
 アカデミーでトレーニングを受けたあと、ジムは分署・交通課に配属された。
 トムと出会いは配属発表の時、初対面でも関係なく色んな同僚に話しかけていたのを見た時だ。

 同じ分署勤務で交通課。
 管理区画が違ったためあまり同じチームにはならなかった。
 最近になってチームの編成や異動などでペアを組むことが増えた。
 だが彼の噂は嫌でも耳に入る。
 話半分に聞いていたが、「被害者」になるとその見識は何処かへ消えていた。

「噂以上だな」

 寡黙であまり喋らないジムは彼のペースに巻き込まれる。
 聞き上手が奏功し苦には感じなかったが、休まず話すトムを見てその源泉を理解できずにいた。

 お互いに出世にはまだ無縁の年頃。
 だがトムは喋りとおだてるのが上手なのか上役にとても気に入られていた。
 事あるごとに運転手として呼ばれ、若いなりにも人脈を築くのは早かった。

 ジムは対称的に寡黙に業務に取り組み続けた。
 派手なことも起こさない代わりに目立った勲章も受け取らない。
 皆勤賞が風景のような男だが信頼は厚かった。
 時折、父を重ねられている感じはしたが過度な期待も同情もなかったので気は楽だった。


 ジムのタブレットにトムの経歴がダウンロードされる。
 このことが彼に知れたらこれまでの関係は破綻するかも知れない。
 直接聞けばトムは何かを答えるだろう。
 だがそれを真実として受け止められる自信がなかった。

 ジムは通常のインターネットのページを表示させた裏でダウンロードを行いながら周囲を警戒する。
 時折階段の踊り場を眺めたが人影はなかった。

 しばらくしてダウンロード完了のポップアイコンが踊る。
 そしておそるおそるページを読んでいく。
 学歴、職歴から前科に至るまで事細かな項目がある。
 前科欄が空白だったことにほっと胸を撫でおろす。
 好き好んで同僚の前科など知りたくもないものだ。

 ジムは一通り読み込んでコトリーの言葉を思い返す。
 普通に見える経歴、このどこに違和感があるというのだろう。
 違いは社会人からポリスアカデミーに入っているぐらいだ。
 前職を持つ警察官など珍しくもない。

「警備会社なのか……」そう呟いて微かな違和感が募った。
 見覚えのある言葉が視界に入ってくる。

「カーヴォンス警備? どこかで……」

 ジムは熟考しながらタブレットの画面を一旦オフにして再度周りを見回した。
 これ以上ここで何かを調べるのはやめよう。
 何となく嫌な予感がして、タブレットの電源を落とした。
 そして「カーヴォンス警備」という言葉を小言のように唱えながら記憶を辿った。

「どうした?」不意に誰かの声がジムの頭を貫いた。
 いつの間にかトムが後ろに立っていた。
 後退する気配と湧き上がる冷感に声が震えてくる。

「ああ、いや……。ちょっと考え事を」

「最近、ちょっと変だぞ。疲れてるのか?」

「えっ? そうか?」

「前に署長室に呼ばれてたろ。そこで何か言われたのか?」

「えっ? いや、特には……」

「そうか。まあ、あの事件が起こってからみんな様子が変だもんな。偉いさんも本署から来るしでも情報は全然よこさないし……」

「……」

「でも、目撃者もいなければ薬莢ひとつしか手がかりはない。あの日あの音を聞いた人は何人かいたらしいけど」

「ああ、そうだな」

「だろ? それなのに本署の動きだけはやけに忙しない」

 ジムはトムに合わせてそれとない会話を繋いだ。
 言葉が重なるごとに少しずつ緊張は解けてくる。

「トム、おまえコトリーさんの運転手やってるんだろ。何か聞いたりしてないのかよ。あの本署の偉いさんも乗せたことあるんだろ?」

「あるよ。でも偉いさんは目も合わせないし、コトリーさんも最近はブスっとしてダンマリだよ。これまであんなに神経質だったことはなかったのに」

「そりゃあ、久々の大事件だからな。笑っている場合じゃないだろう」

 不自然な会話になってはいけない、とジムは言葉ひとつひとつに集中する。
 平静を装いながらいつものように喋ろうと意識する。
 会話の内容は頭に入ってこないがやり過ごすしかなかった。

「まあ正直お手上げだろうな。これだけ時間が経てば新しい情報なんて入るわけがない。今ある情報を元に何かを見つけるしかないだろうね」

 ジムは自信に満ちたトムの言葉に違和感を感じた。
 そして推測する。
 もし彼が犯人ならば、と。
 眼孔が鋭くなり、無意識に凝視する。
 するとそれに気づいたのか「どうした?」とトムが怪訝な顔をした。

「いや、なんでも……。最近、目が悪くなったのかな。パソコンばかり見てるから」咄嗟の嘘。
 それにも関わらず「ビジネス街にいいメガネ屋があるぜ」とトムは笑った。

「そうか、今度の巡回のときに教えてくれよ」

 ジムはそう言い残して辿々しくコーヒーメーカーに向かった。
 トムはその背中を見つめた後、何やら小言を言いながらデスクへと戻っていった。

*****

 疑念の種が発芽する。
 その瞬間に純粋は影を潜める。
 アベニューの陽気な闊歩を眺めながら老人は呟く。
 波紋は幾重にもなって純粋を弄ぶようだ、と。

(第66話へつづく)
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