第67話 無意識は常に正解をもがいている
文字数 4,498文字
その日の午後、待機任務だったジムは書類整理や管理を続けた。
仕事道具を持ち歩いて署内を移動しても誰も気に留めない。
ただし署外に出るのには許可が必要で理由を説明しなければならなかった。
敵味方かもわからない状況で誰にどう申告しようか。
時計を見ると、13時を過ぎていた。
早めに休憩を取った署員が戻ってきてそれに紛れることも可能だ。
休憩中の外出は禁じられているが人の流れの多い今ならとも思う。
「懲戒覚悟で忍んでみるか」
これまで何も起こさなかった男とは思えない行動。
いや、むしろ何も起こさなかったからこそ不審に思う者はいないはずだ。
いるとすればおそらくは「敵」なんだろう。
ジムはそんなことを考えながらジャケットとタブレットを持って立ち上がった。
「どこへ?」不意にレイが声を掛ける。
ジムは想定内だと言い聞かせながら、「ちょっと屋上で空気でも吸ってくるよ。データ整理は頭が疲れてかなわん」と言ってタブレットを翳すように見せた。
「おお、そうか。今日はその日か。まあ、頑張ってな」
レイはそう言うと気にも止めない様子でジムの腰をポンと叩いた。
ジムは笑顔を返して「午後の巡回はどこを中心に回るんだい?」と訊く。
「ああ、ビジネス街から田園地帯に抜けていく予定だ。どうかした?」
「いや、トムがさ。オススメのメガネ屋を紹介してくれるって言うからさ。アベニューのショッピングストリートにあるらしい」
「残念だな、そっちには行かないよ」
「そうか、じゃあ明日の巡回のときにトムにエスコートしてもらうよ」
ジムは何気ない会話を装いながら安全を確認する。
巡回ルートは事前に決められてはいるが、不穏な動きの予測は読めない。
ジムは胸を撫で下ろし、そのまま屋上に抜ける階段を目指した。
上の階に上がって、別のフロアに移動してから地上階に降り、そして裏口に歩いていく。
幾人かの職員に会釈をしながら、これから巡回に回るそぶりを見せていく。
裏の駐車場では午前の巡回車両のメンテナスで人がごった返していた。
ジムはその人混みに紛れるように発車行に消えていった。
吹きさらしの渦巻いた冷気が一気に襲ってくる。
ジムはジャケットの襟を立てて、そのまま指定された珈琲店へと向かった。
店に着くとコトリーは目立つテラス席にいた。
なんと景色に馴染んでいないことかと思いながらジムは先にレジに向かう。
コトリーはジムに気づかないふりをしながら横目で彼の動線を追った。
そして店内に入ったのを見計らって、飲みかけの珈琲を一気に飲み干して席を立った。
トレイやゴミを片づけながら店内のジムと視線を合わせるコトリー。
そして目配せをして自分の動線を追わせる。
その視線の先に店の裏口があった。
ジムは注文を急遽テイクアウトに変えてもらって店の裏手に回った。
「さすがに似合いませんね」
「ふふ……、良い目印にはなっただろう」
ジムは車に乗り込んで珈琲を渡した。
「気が利くな」
「いえ、なんとなく」
「ふふ、ジャスティンが言っていた言葉の意味がよくわかるよ」
「なんですか、それ」
「交通課には惜しいってことよ」
「それはありがたい言葉ですが給仕となんの関係が……。それに犯人探しは得意ではありませんし……」
「なあに得意な奴なんていないさ。適性があるかどうかだけの世界だ。君にはあると思うよ」
「そうですか……。よくわかりませんが……」
「ふふ……、いいさ気にするな。時が満ちればってやつさ」
「ありがとうございます。ところで?」
「ああ、そうだったな」
コトリーは珈琲を口に含ませて喉を温める。
そして咳払いをしながら続けた。
「実はトムが容疑者に上がったのはジャスティンの捜査というか勘によるものだ。その勘を元に裏付けしていくと面白いようにピースがはまってな」
「何ですか、その勘って……」
「はじめはそんなもんさ。勘と言うよりは違和感と言ったほうが聞こえはいいか。その違和感って奴が妙に面白くてな。切り口があいつらしいんだが……」
ジムは黙って相槌を打ちながら傾聴している。
コトリーは時折不敵な笑みを浮かべながら饒舌に身を任せていた。
「ここからが本題だが君は自分のタブレットをどのように使っている? それを気にしたことはあるかな?」
「えっ? いや……、必要な情報を収集するのに適度に使ってはいますが……。別に変なページを覗いたりとかは……」
「はは……、そんなことじゃないさ。まあそれも調べればわかるし見つかれば懲戒ものだが……。そうではなくて、普通の情報の閲覧についてなんだ」
「いまいち意味がわかえませんが……」
「例えばだが、君のデータだとESCのホームページの閲覧時間と回数が他の捜査員に比べて圧倒的に多い」
「えっ? そうなんですか?」
「無意識だとは思うけどね。そんな無意識下の操作の中にそれぞれの癖や特徴が見えてくる。そして、それを客観的に並べるとある特性が見えてくる。事件との距離感と言ってもいい。言葉は悪いが、事件への興味が強い者とそうでない者とでは閲覧内容が断然に違う。そして、一見犯人像からまったく関係ないはずのものに対しての執着が見えてくるんだ。君にとってはESC関連であるように、ある男にとっては被害者であったりと言った具合ににね」
コトリーは一通り話し終えると残った珈琲で喉を潤し続けた。
「トムの執着は他の捜査員とは明らかに偏っていた。とても君に近いんだ。君は事件の渦中にいるわけではないんだが、他の捜査員とは違って事件の背景に近い存在だ。わかりやすく言えば、被害者の元職場の社長の娘と親しい」
「どうしてそれを……」
「たどり着いたのさ。捜査の果てに。君がジョセフという男からもらった一枚の名刺が突きつけた真実だよ。客観的な事実は君から聴取を取れなくても得られるものだ。まあ、今の話には関連はないがね」
「エディナが……、彼女がESCの社長の娘だとして、それがこの捜査にどんな関わりがあると言うのです? まさか……」
「おいおい、話が飛躍しすぎだよ。想像力が豊かなのはわかるがね。まあ、君が無意識下でESCに執着をしている。その理由は説明できる。ではなぜトムはESCに執着すると思う? あの発明のことは捜査上でもトップシークレットだし、それに君が関わっていることも秘密だ。おそらくはジャスティンのチームが数人知っている程度のもので捜査員全員に公開はされていない」
「確かに」
「ならばなぜ彼はESCにこだわる必要がある? この事件とESCの繋がりは情報の中では被害者の元職場ということだけだ。ましてやESCを疑う余地など微塵もない」
「そうでしょうか?」
「おや、君はどうしてそう思う? まさか発明の中でESCのロゴマークでも見つけたか?」コトリーは意地悪に茶化して見せた。
「そう言うことではなくて……。なんて言えばいいんでしょうか」
ジムはうまく言葉を見つけきれずにいた。
コトリーはじっくりとジムの言葉を待つ。
「あの男、ジョセフでしたっけ? あの男がエディナをどこかに連れ去って、あの名刺から彼がESCの運転手ということはわかった。それでESCのことを調べようと本社も見に行ったりもした。ESCに対峙することで……、いや違うな……」
「ふふ……、君も我々のたどる道を追ってきたか」
「そう、ジョセフ。彼の存在がESCの関連を示しているように思えてならない」
「はは……、ご名答。だが、証拠はない。違和感ってやつだろ」
「そうです」
「彼はね、ジョセフ・ゴールドマンと言う。今でこそ大人しいんだが、彼は元……、いやひょっとしたら今もかも知れないが裏の世界の住人なんだ。本署なら詳しい奴も多いし、分署だと二階の例の部屋の連中は特に詳しい。ジャスティンは、『こんなところに潜んでいたとはと驚いた』と零していた。彼のこれまでの人生を考えると普通に運転手をしているなんてことは考えられないそうだ」
「まだ憶測の域も違和感の域も出ていませんよ」
「まあ聞け。彼がESCに出入りしていることを詳細に調べるとある警備会社の存在が浮かんできた」
「カーヴォンス警備ですね」
「そうだ。そのカーヴォンス警備をさらに詳細に調べるといろんなことがわかる。一流企業にどんどん進出していて、ビル警備はおろかボディガードも兼任している。今では子会社がホームセキュリティもしている。ただその広がり方が不思議でな」
「どういうことです?」
「多発しないんだよ」
「意味がよくわかりませんが……」
「そうだな。例えばこの珈琲店は他の都市にも展開されるチェーン店だ。企業が成長して、そして増えるときは複数の地域で同時に増えるだろ」
「ええ」
「だがカーヴォンスの取引先はそうではない。ひとつの取引先が決まるとかなりの歳月を経てからまたひとつ増えていく。そう言った業態もあるからそれ自体がおかしいとは思わない。経営感覚としては目先を追っていないという点においては優秀だし堅実だ。だが不思議なのは、カーヴォンス警備は常に上場前の企業に展開し、その後その企業が成長を遂げて上場すると言うケースが多発している。相当会社を見る目があるのか、あるいは人脈を得ての紹介なのか分からないがその精度は凄まじい」
ジムはコトリーの饒舌についていくのがやっとだった。
ESCの成長の影にカーヴォンス警備の力があるとでもいうのだろうか。
警備会社が経営コンサルタントでもしている?
拙い知識がジムの脳をかき混ぜていく。
「まあ人脈による紹介の線が濃厚だがな。金持ちには次に金持ちになる奴がわかるのかもしれない。そして、そこにカーヴォンスを紹介するとか、そんなところだろう。ただ問題なのはジョセフの経歴とのミスマッチなんだ」
「そのジョセフの過去は知りませんがそんなに無茶苦茶なことをする人物なのですか?」
「まあ、話すと切りがないからな。ウチの署でも彼が原因で何度かトップが替わっている」
「例の部屋関係ですか?」
「そう、由々しき癒着ってやつだよ」コトリーは話し疲れたのか内ポケットから煙草を取り出した。
「いいか?」
「どうぞ」
コトリーは窓も開けずに煙草に火をつける。
瞬く間に煙が充満したが、ふたりは気にも止めずに会話を続けた。
ふと気づけば格好の煙幕になっている。
漂う煙に意志はないはずだが、フロントガラスの煙幕が何かを描こうとしているように思えた。
*****
嗜好の灯火に意志などありはしない。
心模様が意味を見つけるだけだ。
カフェテラスで無人になった席を眺めながら老人は呟く。
絡まる糸が一本であるとは限らない、と。
(第68話につづく)
仕事道具を持ち歩いて署内を移動しても誰も気に留めない。
ただし署外に出るのには許可が必要で理由を説明しなければならなかった。
敵味方かもわからない状況で誰にどう申告しようか。
時計を見ると、13時を過ぎていた。
早めに休憩を取った署員が戻ってきてそれに紛れることも可能だ。
休憩中の外出は禁じられているが人の流れの多い今ならとも思う。
「懲戒覚悟で忍んでみるか」
これまで何も起こさなかった男とは思えない行動。
いや、むしろ何も起こさなかったからこそ不審に思う者はいないはずだ。
いるとすればおそらくは「敵」なんだろう。
ジムはそんなことを考えながらジャケットとタブレットを持って立ち上がった。
「どこへ?」不意にレイが声を掛ける。
ジムは想定内だと言い聞かせながら、「ちょっと屋上で空気でも吸ってくるよ。データ整理は頭が疲れてかなわん」と言ってタブレットを翳すように見せた。
「おお、そうか。今日はその日か。まあ、頑張ってな」
レイはそう言うと気にも止めない様子でジムの腰をポンと叩いた。
ジムは笑顔を返して「午後の巡回はどこを中心に回るんだい?」と訊く。
「ああ、ビジネス街から田園地帯に抜けていく予定だ。どうかした?」
「いや、トムがさ。オススメのメガネ屋を紹介してくれるって言うからさ。アベニューのショッピングストリートにあるらしい」
「残念だな、そっちには行かないよ」
「そうか、じゃあ明日の巡回のときにトムにエスコートしてもらうよ」
ジムは何気ない会話を装いながら安全を確認する。
巡回ルートは事前に決められてはいるが、不穏な動きの予測は読めない。
ジムは胸を撫で下ろし、そのまま屋上に抜ける階段を目指した。
上の階に上がって、別のフロアに移動してから地上階に降り、そして裏口に歩いていく。
幾人かの職員に会釈をしながら、これから巡回に回るそぶりを見せていく。
裏の駐車場では午前の巡回車両のメンテナスで人がごった返していた。
ジムはその人混みに紛れるように発車行に消えていった。
吹きさらしの渦巻いた冷気が一気に襲ってくる。
ジムはジャケットの襟を立てて、そのまま指定された珈琲店へと向かった。
店に着くとコトリーは目立つテラス席にいた。
なんと景色に馴染んでいないことかと思いながらジムは先にレジに向かう。
コトリーはジムに気づかないふりをしながら横目で彼の動線を追った。
そして店内に入ったのを見計らって、飲みかけの珈琲を一気に飲み干して席を立った。
トレイやゴミを片づけながら店内のジムと視線を合わせるコトリー。
そして目配せをして自分の動線を追わせる。
その視線の先に店の裏口があった。
ジムは注文を急遽テイクアウトに変えてもらって店の裏手に回った。
「さすがに似合いませんね」
「ふふ……、良い目印にはなっただろう」
ジムは車に乗り込んで珈琲を渡した。
「気が利くな」
「いえ、なんとなく」
「ふふ、ジャスティンが言っていた言葉の意味がよくわかるよ」
「なんですか、それ」
「交通課には惜しいってことよ」
「それはありがたい言葉ですが給仕となんの関係が……。それに犯人探しは得意ではありませんし……」
「なあに得意な奴なんていないさ。適性があるかどうかだけの世界だ。君にはあると思うよ」
「そうですか……。よくわかりませんが……」
「ふふ……、いいさ気にするな。時が満ちればってやつさ」
「ありがとうございます。ところで?」
「ああ、そうだったな」
コトリーは珈琲を口に含ませて喉を温める。
そして咳払いをしながら続けた。
「実はトムが容疑者に上がったのはジャスティンの捜査というか勘によるものだ。その勘を元に裏付けしていくと面白いようにピースがはまってな」
「何ですか、その勘って……」
「はじめはそんなもんさ。勘と言うよりは違和感と言ったほうが聞こえはいいか。その違和感って奴が妙に面白くてな。切り口があいつらしいんだが……」
ジムは黙って相槌を打ちながら傾聴している。
コトリーは時折不敵な笑みを浮かべながら饒舌に身を任せていた。
「ここからが本題だが君は自分のタブレットをどのように使っている? それを気にしたことはあるかな?」
「えっ? いや……、必要な情報を収集するのに適度に使ってはいますが……。別に変なページを覗いたりとかは……」
「はは……、そんなことじゃないさ。まあそれも調べればわかるし見つかれば懲戒ものだが……。そうではなくて、普通の情報の閲覧についてなんだ」
「いまいち意味がわかえませんが……」
「例えばだが、君のデータだとESCのホームページの閲覧時間と回数が他の捜査員に比べて圧倒的に多い」
「えっ? そうなんですか?」
「無意識だとは思うけどね。そんな無意識下の操作の中にそれぞれの癖や特徴が見えてくる。そして、それを客観的に並べるとある特性が見えてくる。事件との距離感と言ってもいい。言葉は悪いが、事件への興味が強い者とそうでない者とでは閲覧内容が断然に違う。そして、一見犯人像からまったく関係ないはずのものに対しての執着が見えてくるんだ。君にとってはESC関連であるように、ある男にとっては被害者であったりと言った具合ににね」
コトリーは一通り話し終えると残った珈琲で喉を潤し続けた。
「トムの執着は他の捜査員とは明らかに偏っていた。とても君に近いんだ。君は事件の渦中にいるわけではないんだが、他の捜査員とは違って事件の背景に近い存在だ。わかりやすく言えば、被害者の元職場の社長の娘と親しい」
「どうしてそれを……」
「たどり着いたのさ。捜査の果てに。君がジョセフという男からもらった一枚の名刺が突きつけた真実だよ。客観的な事実は君から聴取を取れなくても得られるものだ。まあ、今の話には関連はないがね」
「エディナが……、彼女がESCの社長の娘だとして、それがこの捜査にどんな関わりがあると言うのです? まさか……」
「おいおい、話が飛躍しすぎだよ。想像力が豊かなのはわかるがね。まあ、君が無意識下でESCに執着をしている。その理由は説明できる。ではなぜトムはESCに執着すると思う? あの発明のことは捜査上でもトップシークレットだし、それに君が関わっていることも秘密だ。おそらくはジャスティンのチームが数人知っている程度のもので捜査員全員に公開はされていない」
「確かに」
「ならばなぜ彼はESCにこだわる必要がある? この事件とESCの繋がりは情報の中では被害者の元職場ということだけだ。ましてやESCを疑う余地など微塵もない」
「そうでしょうか?」
「おや、君はどうしてそう思う? まさか発明の中でESCのロゴマークでも見つけたか?」コトリーは意地悪に茶化して見せた。
「そう言うことではなくて……。なんて言えばいいんでしょうか」
ジムはうまく言葉を見つけきれずにいた。
コトリーはじっくりとジムの言葉を待つ。
「あの男、ジョセフでしたっけ? あの男がエディナをどこかに連れ去って、あの名刺から彼がESCの運転手ということはわかった。それでESCのことを調べようと本社も見に行ったりもした。ESCに対峙することで……、いや違うな……」
「ふふ……、君も我々のたどる道を追ってきたか」
「そう、ジョセフ。彼の存在がESCの関連を示しているように思えてならない」
「はは……、ご名答。だが、証拠はない。違和感ってやつだろ」
「そうです」
「彼はね、ジョセフ・ゴールドマンと言う。今でこそ大人しいんだが、彼は元……、いやひょっとしたら今もかも知れないが裏の世界の住人なんだ。本署なら詳しい奴も多いし、分署だと二階の例の部屋の連中は特に詳しい。ジャスティンは、『こんなところに潜んでいたとはと驚いた』と零していた。彼のこれまでの人生を考えると普通に運転手をしているなんてことは考えられないそうだ」
「まだ憶測の域も違和感の域も出ていませんよ」
「まあ聞け。彼がESCに出入りしていることを詳細に調べるとある警備会社の存在が浮かんできた」
「カーヴォンス警備ですね」
「そうだ。そのカーヴォンス警備をさらに詳細に調べるといろんなことがわかる。一流企業にどんどん進出していて、ビル警備はおろかボディガードも兼任している。今では子会社がホームセキュリティもしている。ただその広がり方が不思議でな」
「どういうことです?」
「多発しないんだよ」
「意味がよくわかりませんが……」
「そうだな。例えばこの珈琲店は他の都市にも展開されるチェーン店だ。企業が成長して、そして増えるときは複数の地域で同時に増えるだろ」
「ええ」
「だがカーヴォンスの取引先はそうではない。ひとつの取引先が決まるとかなりの歳月を経てからまたひとつ増えていく。そう言った業態もあるからそれ自体がおかしいとは思わない。経営感覚としては目先を追っていないという点においては優秀だし堅実だ。だが不思議なのは、カーヴォンス警備は常に上場前の企業に展開し、その後その企業が成長を遂げて上場すると言うケースが多発している。相当会社を見る目があるのか、あるいは人脈を得ての紹介なのか分からないがその精度は凄まじい」
ジムはコトリーの饒舌についていくのがやっとだった。
ESCの成長の影にカーヴォンス警備の力があるとでもいうのだろうか。
警備会社が経営コンサルタントでもしている?
拙い知識がジムの脳をかき混ぜていく。
「まあ人脈による紹介の線が濃厚だがな。金持ちには次に金持ちになる奴がわかるのかもしれない。そして、そこにカーヴォンスを紹介するとか、そんなところだろう。ただ問題なのはジョセフの経歴とのミスマッチなんだ」
「そのジョセフの過去は知りませんがそんなに無茶苦茶なことをする人物なのですか?」
「まあ、話すと切りがないからな。ウチの署でも彼が原因で何度かトップが替わっている」
「例の部屋関係ですか?」
「そう、由々しき癒着ってやつだよ」コトリーは話し疲れたのか内ポケットから煙草を取り出した。
「いいか?」
「どうぞ」
コトリーは窓も開けずに煙草に火をつける。
瞬く間に煙が充満したが、ふたりは気にも止めずに会話を続けた。
ふと気づけば格好の煙幕になっている。
漂う煙に意志はないはずだが、フロントガラスの煙幕が何かを描こうとしているように思えた。
*****
嗜好の灯火に意志などありはしない。
心模様が意味を見つけるだけだ。
カフェテラスで無人になった席を眺めながら老人は呟く。
絡まる糸が一本であるとは限らない、と。
(第68話につづく)