第50話 足で稼ぐ違和感と挑発

文字数 2,053文字

 ジムからのメールを受け取ったジャスティンは早朝から動き出す。
 焦燥に駆られた訳でもなく、口元を緩め事件そのものを楽しんでいた。

 その日ジャスティンは本署に出勤して電脳捜査課を訪れた。
 あらゆる情報がここに集積され各捜査員に配信されているからだ。
 配給のタブレットで検閲できる情報は事件に関するものだけ。
 関連のない情報はセキュリティの関係で外部から所得することはできない。
 直属の上司の承認と電脳捜査課の承諾があって初めて自身のタブレットにダウンロードすることができる。

 ジャスティンが真っ先に目をつけたのはスタッカートとESCメディアカンパニーとの繋がりだった。
 スタッカートの金融情報会社は主に証券取引をインターネットで行う会社だ。
 インターネットの発展性に目をつけたスタッカートはいち早くウェブやモバイル端末での取引を可能にした。
 その迅速性がは市場に改革をもたらす。
 目まぐるしい速さで市場が適応し、特許を所得した彼の会社は瞬く間に成長を果たした。
 今あるインターネットによる証券取引のほとんどが彼の二番煎じか改良系だと言われている。

 ふたつの会社の繋がりと言えばウェブに特化したサービスと技術である。
 分野は違えども今の情報化社会の基盤を築いている。
 両社が自然に惹かれあうことは不思議ではないだろう。

 ジャスティンが電脳捜査課に掛け合っていた頃、コトリーは彼の指示でスタッカートの会社近辺を洗っていた。
 ESCメディアカンパニーの社屋からほど遠くはないところにスタッカートの本社ビルがある。
 ちょうどビジネス街の中心に位置するところだった。
 界隈はクリスマス休暇でお休みのようだが金融は眠らない。
 幾人かの社員の出入りが確認された。

 スタッカートが営む本社ビルには多くの企業がテナント利用をしている。
 そびえ立つビルは霞がかかりそうなほど天に伸び最上階がスタッカートの根城だ。
 コトリーは玄関先にズラッと並んだ企業の看板と案内板を眺め眉間にシワを寄せた。
 1階フロアには終日オペレーターが鎮座しておりコトリーの挙動を監視している。
 アポイントのない来客が上に上がれることはないだろう。

 コトリーは玄関付近でタブレットを片手に企業看板を眺めた。
 一見不審に思われる行動だったがそれは計算だった。
 ほどなく案内係りからの連絡で警備員がかけつける。
 コトリーは含み笑いを堪えて彼らを出迎えた。

「どう言ったご用件で?」丁寧な口調の厳つい警備員が低い声で迫ってきた。
 コトリーは動じることもなく、「仕事できている」とだけ答えて警備員を無視した。

「失礼ですが……」

 警備員が引き下がらない様子だったので彼の言葉を遮るようにコトリーはタブレットを見せた。
 ID証明書を見せると警備員は言葉を止めて沈黙する。
 そして一呼吸置いて「近くで何か事件が起きましたか?」と訊いた。

「……」警備員の問いかけを無視してコトリーは看板を眺める。
 警備員は余計な言葉は発さず、コトリーの挙動を窺っていた。

「いやなに、物騒な事件があっただろ。その件で上から色々と言われているんだよ」

「ひょっとして例の発砲事件ですか?」

「おお、それだよ」

「でも現場はこの辺じゃなかったですよね?」

「ああ」コトリーは無粋な態度を崩さずに含みを持たせる。

 警備員は「ウチのビルに容疑者でもいますか?」と軽口を叩いた。

「なに、それを調べているところさ」

 警備員はそれ以上突いて来ることもなく、「正式な令状がないとご案内は出来かねますが……」と言う。

 コトリーはニヤリと笑って、「分かっているよ。これから先も色んなところを回らないといかんからな。地図に載っていない会社が星の数ほどある。まずは下調べの段階だよ」と答えた。

「そうですか……。てっきり的を絞っているのかと思いましたよ」

「ふふ……」コトリーは不敵に笑いながら警備員を見る。
 そして腕章と制服のロゴを視界に入れて、彼の勤務先が「カーヴォンス警備」であることを確認した。
 さらに口元が緩む。
 警備員はあえて口を噤みコトリーの細部を観察し始めた。

「じゃあ、失礼するよ」コトリーはそう言って警備員の肩をポンと叩く。

 踊るような後ろ姿に警備員の眼孔が鋭く突き刺さる。
 コトリーは隣のビルへと歩いていき、また同じように看板を眺めながらタブレットしブツブツと小言を唱えるふりを続けた。

 警備員は玄関フロアーの外に出て、じっと彼の後ろ姿を眺める。
 そして、おもむろに無線で連絡を入れた。
 ノイズ混じりの返事が返ってきた後、警備員はビルの中に消えていった。

*****

 絡まる糸を解く術に近道などない。
 骨を掴めば解き放たれるか。
 去りゆく刑事を見下ろして老人は呟く。
 獣たちが僅かな臭いを嗅ぎつけたようだ、と。

(第51話につづく)
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