EX8 盗賊とエルフの国の話

文字数 2,036文字

「兄貴、やっぱ戻りましょうよぅ」

 ヴェルターネックの森のなか。
 あたりを不安げに見回しながらさまよい歩く男たちがいた。

 人数は四人。
 一人がリーダー格らしく、ちょっと立派な服装だ。
 と言っても、似たり寄ったりのボロ布ではあったが。

 リーダー格らしい男は、兄貴と呼んできた相手にぶっきらぼうに返す。

「戻ってどうするんだよ」
「そりゃあ、謝れば、許してくれますって」
「空き巣に入った上、牢を脱走したことをか?」

 実質なにも盗る前に捕まってしまったし、脱走の際に誰かを傷つけたわけでもない。
 それでも刑罰が厳しい土地なら、死罪もありうる。

「やっぱ盗賊なんて無茶だったんだよ……」

 別の男がぼやく。

 それに同意するように、最後の一人が頷いた。

「魔力がなくて冒険者になれないからってなぁ」
「こうやってさまよってるんじゃ冒険者と変わらないもんなぁ」
「だいたい、あの変な建物に入ったのがまずかった」
「ああ。喋るリビングアーマーなんてのがいて」
「やっぱ町のほうが安全だって話になって」
「空き巣に入った街の自警団の団長が、あのラッカムだもんな」
「たまったもんじゃねえよ」

「……言っとくがな」

 と、二人の部下の会話に、リーダーが青筋を浮かべて呻く。

「あの建物でリビングアーマーなんて見つけたのはおめえらだからな!」

 そう言われた部下の二人は顔を見合わせながら、

「だってあん時は兄貴が」
「そうだぜ、なんとしても金目のものを見つけてこいって言うから」

「あーうるせえうるせえ! おい」

 とリーダーはもう一人の部下に言う。

「街道はどっちなんだ」
「そんなのわかりませんよぅ」
「なんでわかんねえんだっ。お前マッパーだろ」
「マッパーだからって、来たことない場所で、どこに何があるかわかるわけないじゃないですかぁ」
「くそっ」

 リーダーは腹立ち紛れに足元の石を蹴飛ばした。

 ――ゲコゲコ。

「ん?」

 石が飛んでいった草むらが揺れて、のそりと。

 巨大なカエルが姿を現した。

「ぎゃあああ!」
「魔物だあああああ!」
「なななななんでダンジョンでもないのに!」

「おおお落ち着けお前ら! たかがカエルぐらい同時にかかればなんとか――」

 ――べしゃ!

 じゅうううううううう……。

 とカエルが吐いた毒液が足元の草を溶かしていく。
 それを見て、盗賊たちは一斉に青ざめる。

「逃げろおおおお!」
「待ってくれ兄貴いいいいい!」
「置いてかないでくれええ!」
「うわあああああ!」

 情けない悲鳴をあげながら、盗賊たちはひたすら走り続ける。

◆◇◆◇◆

 そうしてひたすら森をさまよい歩き、数日が経った。
 時には動物を狩り。
 時には木の実をかじり。
 時には魔物に襲われて。

「お、俺はもうだめだよぅ」
「バカ言え! 諦めるんじゃねえ!」
「俺ももう限界だ……」
「くそっ、冗談じゃねえぞ」
「俺もダメだ。集落の幻が見えてきた……」
「しっかりしろ! 集落なんかどこにも――ん?」

 と、リーダーは顔を上げる。

「む、村だ……」

 幻ではなかった。
 森が途切れた先に、それなりの規模の集落があった。

「おいお前ら、ここで休んでろ。いま水と食料を分けてもらってきてやる」

 一番体力の残っているリーダーは、単身村へと向かって歩いていく。

 よそ者に快く分けてもらえるとは限らない。
 だが、仲間のためなら、たとえ奪ってでも手に入れる。
 その決意を固めて、彼は懐のナイフを握りしめた。

 ――もう二度と、あんな目に遭うのはごめんだからな。

 一瞬だけよぎる過去。
 飢えて死んでいく家族の顔を思い出し、すぐにそれを振り払う。

 そして彼は村に踏み込んだ。

 井戸の近くに村人が数人いた。
 彼は、まずは穏やかに声をかけようとして――。

「きゃっ!?

 彼を見て、村人が悲鳴を上げた。

 ――エルフだと!?

 その尖った耳や特徴的な顔立ちから、すぐにそう分かった。

 ――マズい。エルフは排他的だし、人間を嫌ってる。食料なんか分けてもらえるはずがねえ。

 彼はとっさに判断して、手近にいる女エルフを人質にしようと決める。

 懐からナイフを抜き放ち、反対の手で女を捕まえようと――

「しまっ……」

 足元の石に躓いてバランスを崩した。
 空腹でなければ避けられただろうミス。

 態勢を立て直そうとした時には手遅れだった。
 彼はそのまま地面に倒れ伏す。

 そして。

「なんだ!」
「何事だ!」

 さっきの悲鳴を聞きつけたのだろう。
 村の奥から男エルフたちが駆けつけてきた。

 ――くそ、まずったな……。

 彼は歯噛みする。

 部下たちが見つからなければいいが……と願いながら。

 最後の緊張の糸が切れ、彼は意識を失った。
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