16 犬耳娘のロロコちゃんは魔法を使えるようです

文字数 2,360文字

〈…………〉
「…………」

 リビングアーマーの俺と、犬耳犬しっぽの少女はしばし無言で見つめ合っていた。
 少女は、うーん、12歳くらいかなぁ。
 顔立ちが日本人とは違うし、そもそも獣人は成長の仕方が全然違うかもしれない。
 獣人っていう言い方をするのかどうかは知らんけど。

「…………(じーっ)」

 しかしこの子、めっちゃ見てくるな。
 怖がってる様子はない。

〈えっと……〉
「わ」

 え、なになに?

「しゃべった……」

 しまった。
 リビングアーマーは普通しゃべらないんだよな。
 待てよ。
 この子は俺がリビングアーマーだって知らないかもしれない。
 冒険書書代わりみたいな腕輪も持ってないし。
 じゃあ、前の作戦どおり鎧着たドワーフ設定で通してみるか――。

「モンスターなのにしゃべれる……霊獣なの?」

 普通にモンスターってバレてるー!

〈え、な、なんで俺がモンスターだって思うのかな?〉
「さっきの声が聞こえてたので」

 ああ、ですよねー。
 さっき遭遇した人間たちが、めっちゃ大声で叫んで逃げてったもんな。
 ちくしょう。

〈あ……でも、モンスターって知ってるのに、君は俺のこと怖くないの?〉
「ちゃんと会話できてるから」

 おおお!
 この子いい子だ!
 いままでの人間なんて、話しかけたら逃げてったのに!
 地獄に仏ならぬ、ダンジョンに犬耳っ娘だぜ!

「どうしたの? 泣いてる?」
〈え、なんでわかるの?〉
「なんとなく」

 まあ、泣いてるっていっても、気分的に泣きそうってだけなんだけど。
 鎧から涙ができるわけもないし。
 この子、それがわかったの?
 すごくね?

「それに」
〈ん?〉
「あなた、見た目が強そうじゃないから。私でも勝てそう」
〈…………〉

 たしかにね!
 いまの俺は胴体パーツなしのちびっこリビングアーマーですからね!
 目線の高さ、この子と変わらんくらいだもん!

 ……まあいい。
 警戒されたり逃げられたりされるよりはマシだ。

〈ところで……えっと、君、名前は?〉
「わたし? わたしはロロコ」
〈ロロコはなんでこんなところにいるんだ?〉
「さっきの人たちから逃げてきた」

 ……やっぱりか。

 さっき遭遇した人間ふたりは、逃げた『クソ犬っころ』を探してた。
 てっきり領主さまの飼い犬かなんかかと思ったけど、違ったらしい。

 なーんか、あまり楽しくない事情がありそう。

〈さっきの人たちは何者?〉
「領主さまの部下。わたしたちをみはる仕事をしてる」
〈わたしたち?〉
「人犬族のみんな。鉱山で働かされてる」

 なるほど……だんだん飲み込めてきたぞ。

〈じゃあ、ロロコはそこから逃げて、追われてるってことか〉
「逃げてるのは、みんな。わたしたちはおとり」
〈……どういうことだ?〉
「うんと――」

 ――つまり、こういうことらしい。
 人犬族たちは、領主のもと、鉱山で無理やり働かされていた。
 で、ある日脱走が計画された。
 何人かが囮になって、見張りの人間をダンジョンへ誘い込む。
 その間に全員が逃げ出す、という手はず。

〈――って、そりゃひどい!〉
「? なんで」
〈なんでって……だって君はまだ子供じゃないか!〉
「子供だけど、わたしは魔法が使えるから、大人より、むしろ安全」
〈魔法を使えるのか……いや、それにしても〉

 ロロコは本気で不思議そうに俺を見てくる。
 俺がいきどおっている意味がわからないらしい。

 なんなんだ?
 この世界ではそれが普通なのか?

〈それで……君はこれからどうするんだ?〉
「ダンジョンの出口に向かう。みんなと合流する」
〈出口!〉

 やったぜ!
 ようやくこの暗闇からおさらばできる!

 この子が使う出口ってことは、そこそこ安全ではあると思うし。
 大ネズミの集団に襲われるみたいなこともないだろう。

「? 一緒に行く?」
〈行く行く!〉

 超行くぜ!

〈そうと決まったらさっそく移動しようぜ〉
「あ」

 あ? あってなんだ?
 俺の後ろを見てるねロロコちゃん?
 なんかいるの?

 くるっ。

〈ぎゃああああああああ!〉

 巨大なクモが俺たちの目の前にいた。
 あのダンゴムシと同じくらいのサイズ。
 つまり、自動車くらいはある。
 なんでこんなのがこんな近くにくるまで気づかなかったんだっ。

 ん?
 けど、思ったより平気だな。
 きもっ!とは思ったけど、そんな怖い気はしない。
 これが恐怖耐性の効果かな?

〈ロロコ、下がって〉

 俺はロロコを守るように前に立つ。
 と思ったら、ロロコがさらに俺の前に立った。
 え? あれ?

「大丈夫。こいつくらいなら」

 ロロコは両手を前にかざした。
 巨大クモが移動しながら、牙のような歯をガチガチと合わせて威嚇してくる。

 ひゅっ!

 前の脚二本を振り上げて、ロロコに攻撃!
 危ない!

 しかし、ロロコは動揺することなく――


「ファイア!」


 そんな短い叫び声。
 同時に、彼女の目の前に、豪炎が発生する。

 うお、すげえ。
 鎧の俺でもチリチリと熱を錯覚しそうになる強烈な炎だ。
 それが、一瞬で大グモを包み込んだ。

 ――ジャアアアアアアアアアア!?

 なにが起こったのか、本人も理解していないかもしれない。
 大グモはあっという間に黒焦げになってしまった。

 そして。
 そんな凄まじい炎を生み出した犬耳っ娘は。
 まるで態度を変えず入ってくる。

「ね? 大丈夫だったでしょ」
〈お、おう……〉

 まあ、これは確かに、おとりになっても平気かもしれないな……。
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