EX3 商人と自警団長の話

文字数 1,726文字

「ここですか、しゃべるリビングアーマーが出たという館は」

 エドは相変わらず笑みを浮かべて言う。
 エド・チェインハルト。
 チェインハルト商会の会長を務める男だ。

 自警団長のラッカムが、彼の言葉に答えた。

「ええ。あまり近寄らないでくださいよ。なにかあっても責任は取れません」

 エドは肩をすくめる。

「大丈夫ですよ。自分の身くらいは自分で守れます」
「……どうだか」
「おっと、聞こえてますよ」
「聞こえるように言ったんだよ」

 ラッカムは左目でエドを睨みつける。
 右目は眼帯で覆われていた。

「異変があった場所を視察したいってのはわかるよ。あんたにとっては金になる」

 エドの運営するチェインハルト商会は、冒険者ギルドとつながりが強い。
 多くの冒険者が利用するアイテムのほとんどは商会の商品だ。
 ダンジョンやモンスターの情報提供も、商会が担っている。

「けど」
 ラッカムは眉をひそめた。
「護衛も連れず、俺と二人で来たいってのがわからない」
「仕方ないでしょう? バルザックさんは出陣の準備でお忙しいですし」

 バルザックはここら一帯の領主だ。
 いま、脱走した人犬族を捕まえるため、兵を準備している。

 その、バルザック言うところの『犬狩り』にはエドもついていく予定だ。
 ラッカムも自警団の何人かを連れて参加させられる。

 自警団の方の手配は、部下のオードにさせているが――。

(胸くそ悪い仕事だ)

 ラッカムは内心唾を吐く。

 本来、逃亡者の捕獲など自警団の仕事ではない。
 だが、自警団の運営には、領主の資金提供が必要だ。
 自警団がなければ、街の安全は保てない。
 それくらいに、いまは世情が不安定だった。

「あの館」

 エドが話しかけてくる。

「あの館について、あなたはどのくらいご存知ですか?」

「……世界中のダンジョンの入り口に建ってる謎の館だろ。大昔からあって、朽ちはするのに、完全に壊れることはない。壊すこともできない。作った人間に関しては、いろんな噂が飛び交って、なにが本当かわかりゃしない」

「そうですね……」

 エドは、かすかに笑い声をあげた。

「けど、最近、その製作者の正体が分かりつつあるんですよ」
「なんだって?」
「原初の魔法使いヘルメスです」

「……はっ」

 ラッカムはバカにするように息を吐いた。

「そりゃ、たくさんある噂の中のひとつじゃねえか。よく聞く話だ」
「ええ。でもね――おや?」

 エドはなにかを言いかけて、やめた。
 ラッカムが不審に思い、彼の視線をたどると、

「……おいおい、マジかよ」
「館からモンスターが溢れてくるとは、珍しいですね」

 館の扉を食い破って、大量の大ネズミ――バッドラットが現れた。

「ちっ……あんたはさっさと逃げな」

 ラッカムは剣を抜きながら言う。
 あの数――やっかいだが、対処できなくはない。

 が――エドは逃げるどころか、逆に前に出た。

「お、おい!」
「ご安心を。先ほど言ったでしょう? 自分の身くらいは自分で守れると」


「ファイア!」


 巨大な火の玉が生まれた。
 鍛冶屋の炉のような灼熱が、館から出ようとしていたバッドラットを包み込む。

 大ネズミたちは、鳴き声を上げる間もなく消し炭に変わる。

「――もう出てこないようですね」

 エドは平然とした顔で言う。
 ラッカムは息をのんだ。

「あんた――魔法使いか」
「ええ。手慰みですがね」
「そんなレベルじゃねえよ……あんた、冒険者にでもなればいいのに」
「はは。ダメなんですよ。私が目指すものは、冒険者では手に入れられない」
「?」

 エドの目に、一瞬だけ真剣な光が宿った。
 ラッカムにはそう見えた気がした。

「ところで」

 エドが言ってくる。

「ひとつご相談なんですがね」
「あ? なんだ」
「手を組みませんか? あなたも乗り気ではないのでしょう? 『犬狩り』には」
「どういうことだ……」
「なに、そのままの意味ですよ」

 エドは、笑みを浮かべて告げた。

「人犬族を、あの領主の下から解放しませんか」
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