65 バラバラⅢ【左脚と商人】

文字数 1,455文字

〈この街が滅ぶ?〉

 冒険者ギルドの地下の廊下。
 そこを歩く、チェインハルト商会の会長だという男の言葉に、俺はそう返した。

〈地震でか?〉
「いえ、地震は大した問題ではありません」

 エドは笑みを絶やすことなく言う。

「正確には、あれは地震ではありませんしね」
〈は?〉

 いやいやいや。
 あれが地震じゃなくてなんだよ。
 確かに、同時に魔響震も起こってたけどさ。

 俺の別パーツは現在も崩れた建物をバッチリ見てる。
 どう考えても地震だ。

「この街の成り立ちをご存知ですか?」

 俺の疑問をよそに、エドは勝手に話を始めた。

〈いや、知らないけど〉

 異世界の郷土史なんて知るわけがない。

 エドは、地下道を歩きながら語り始めた。

「――かつて、この辺りには、小さな集落しかありませんでした」

「――ある時、そこへ年老いた巨竜が降り立ち、そのまま亡くなりました」

「――竜の膨大な魔力は、集落にいた人々に、絶大な力を与えました」

 なんか、そんな話、ロロコがしてたな。

 この世界では、死んだ魔物が持つ魔力が近くにいる者に吸収される。
 その蓄積が冒険者としての経験値になる。
 自分が倒してなくても、巨竜の魔力は、近くの村人をレベルアップさせたわけだ。

「その冒険者集団が、このバリガンガルドの街と冒険者ギルドの始まりとされています」

 まあもっとも、とエドは肩をすくめる。

「ギルドの始まり、とされる伝説は他にもいくつかあるのですけどね」

 まあ、伝説ってのはそんなもんだよな。

「――ですが、巨竜の話は史実であったようです」

「――竜は自ら穴を掘ってその身を横たえ、息を引き取った」

「――長い年月をかけて、その穴は湖となりました」

 それが、街の南にあるライレンシア湖か。
 興味深い話だけど、こんな時に聞いてもなぁ……。

〈それがどうしたってんだ?〉

 俺の問いは無視して、エドはさらに言ってくる。

「霊獣、という言葉はご存知ですか?」

 何度か聞いた覚えがあるな。
 えーっと……。

〈ちゃんとした定義は知らないけど、言語を理解してるモンスター、みたいなやつだろ〉

「そうですね、人間と意思疎通が可能な魔物を、総じて霊獣と呼びます」

 エドは頷きながら言う。

「――霊獣は、魔物の中でも特に魔力が多い……正確には、身体を構成する組織のうち、魔力の比率が高い存在です」

「――長く生きることで、衰えた身体機能の多くが魔力によって賄われるようになり、やがて、肉体の一部も魔力にとって代わる」

「――そして、このような変化は、生きている間に起こるとは限りません」

「――肉体的には滅びたはずの魔物の死骸……そこに、空気中の魔力が蓄積し、少しずつ霊獣化していく。そして」


「――数百年の時を経て、復活する」


 俺は息を飲んだ。

〈――ドラゴンが蘇るってのか?〉

 エドは頷いた。

「そうです。魔響震はその前兆でしょう。地震も、ドラゴンの胎動と考えられます」
〈じゃあ、キャノントータスの暴走は……〉
「ドラゴンから逃げているのでしょうね」

 エドは足を止めた。
 目の前には扉がある。
 彼はそれを開けながら言った。

「伝説では、その巨竜は、七つの街を滅ぼしたと言われています。噂話に尾ひれがついているとしても、少なくとも人間に好意的とは思えない」

 なんてこった。

 敵が亀から竜にランクアップしちまったぜ。
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