第128話 マルコフ連鎖
文字数 1,007文字
オブライエンはこう言うが、自身に重ねている。
「こと基礎力ということでは積み上げがものを言いますが、彼の発想はまさにマルコフです」
レオンとオブライエンは、コンドルが設計した北伊勢邸で紅茶を飲んでいる。
「メシヤくんも決して基礎を疎かにしているわけではないわ。彼の学習スタイルは総当たりだもの。あの子は面白そうなものに飛びつくと言うよりも、なんでも飛び込んでいって面白いことに変えてしまうところがあるの」
研究対象は、森羅万象といったところか。
「絵や楽器のレッスンに関しては、とにかく始めてみることですからね。あれをやってからでないとこれは出来ないなどと言い訳しているあいだに、短い人生は終わってしまいます」
レオンは星の数ほど才能に溢れる人物を見てきたが、それを発揮できずに生涯を閉じた人物も、これまた数多く見送ってきた。
「わたしは統計の使い方が悪用されている気がしてならないの。否定のエビデンスに使われるきらいがあるのだけれど、不可能なことは勿論ある。ところが、可能だけれどそれを覆い隠すために、もっともらしい数字を並べて大否定する。嫌というくらいね」
オブライエンを煙たがる組織は数知れず。
「天気予報は統計そのものですが、気象技術を投入した場合、データは意味をなさなくなります。ここ数年の天気がコロコロ変わるのはそのためです」
スポーツでも、予想できない展開が増えている。
「サイコロの目が出る確率にも通じるわね。どの目が出る確率も6分の1のハズだけれど・・・」
「博打を打つ人間はそんなことを考えないでしょうね」
次の目に何が出るかは、いままで何百回振っていようと統計とは無関係だと考える。
「メシヤくんが教えてくれるのは、いままでひどい人生だったからといって、これからも同じように不幸な人生が続くわけじゃない、ということね」
マルコフ連鎖の考えならその通りである。
「そうですね。ただし、マルコフ連鎖はその1個前の事象に影響されます。何も変えようとしなければ、そのまま不遇な人生を送るでしょう」
「その点はムッシュに感謝してもしきれないわ。メシヤくんが立ち直れたのも、あなたがいてくれたおかげですもの」
レオンは、壮大なことを思い描いているわけではない。状況に身を任せるしかできない境遇は、人生においてめぐりめぐってくる。
(助けられたのは、他ならぬ私のほうですよ)