第56話 真夏の果実よ
文字数 1,098文字
「さあ、焼き入れるわよ!」
マリアが若鮎を串刺しにしている。彼女は、はちきれんばかりに健康であった。
メシヤも手際よく支度する。モタモタしてヤキを入れられたらたまらない。
「スイカ割り、風流ですわ」
竹樋の流しそうめんをやったばかりだが、夏の定番に並び称される。
目隠しをした上に丸太棒を構えて前進する。五個も用意できないので二つだけだが、先陣を切ったエリはなんなくクリアした。野生児の勘である。
次はメシヤの番だ。視界が消えてしまっては、感覚だけが頼りである。メシヤは武道の鍛錬というよりも別のことを考えていた。
(ルッキズムとは隔離された世界だな・・・)
ショート動画全盛の時代だが、小説はルッキズムから一番遠いメディアである。
周りが手を叩いたり声を掛けるのはOKなので、ガイドに従う。
ぐるぐる回っても、やっぱりスイカが好きだ。
一発目は川石を叩いた。イエスが目標との距離と方角の差分を的確に指示し、軌道修正したメシヤは、二発目で標的をかち割った。
「いヤ~、こうして食べるスイカは格別だネ!」
志村けんばりの早食いを披露するエリ。
「肉と魚を食べた後はこういうのが欲しくなるな」
イエスは種を器用に吐き出す。
(イエスさま、りんご以外も食べれるようになったのかしら?)
「バナナジュースもあるよ」
用意の良いメシヤ。
「とても美味しいですわ、メシヤさま」
バナナシェイクにも出来る。
「バナナジュースってさ、黄色いともっと感じが出るのにね」
オレンジジュースやブドウジュースはそのものの色をしているが、バナナは皮をむけば真っ白である。
「ワインもぶどうの皮ごとなら赤紫だけド、バナナの場合は白ワインみたいなものだからネ」
「それだ!」
メシヤがバナナの皮ごとミキサーに掛けた。調べると、皮には豊富な栄養素と免疫作用のあることが分かった。
「これで見事、黄色い鮮やかなバナナジュースになるといいのですが」
期待のまなざしのレマである。
ミキサーが止まる。
「メシヤ、よく頑張ったわね」
ポンとすれ違いざまに肩を叩くマリア。
「お前は悪くないぞ」
「メシヤ、ナイストライだヨ」
これはなんと形容するのか。食べ物の色には使われない画材。アッシュグレイの、飲む気の起こらない
四六時中もメシヤのことを考えているレマであるが、この一年は夢の中にいるような体験を味わっている。この夏は決して忘れられないだろう。
なにか気の利いたことを言おうとしたレマであったが、声にならなかった。