第143話 味見と下見
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マリアが厨房を覗いた。
「うん。目分量で自信はあるんだけど、最終チェックの意味でもね」
大きな間違いを食い止めるためにも、この一手間は惜しみたくない。
「見るという漢字が使われていますが、目だけではないのですよね。全体の雰囲気を掴み取る作業と言いますか」
料理は躰を作る源であるので、全身全霊で取り組むのが筋だ。
「味見は早く食べたいってのもあるけどネ!」
エリはしょっちゅう味見をしようとする。
「まあ、エリの舌は確かだからね。僕と好みも似てるし」
メシヤが銀のエンゼル缶を一振りし、フィニッシュした。
「土曜の午後を思い出す味ね」
前髪は切りすぎないように。
「肉野菜炒めはこうでないとな」
ヘルシー志向の薄味が嫌いなイエス。ライスも特盛りだ。
「お子様の野菜嫌いはこの料理でだいぶ軽減されるのではないでしょうか」
嫌いなものは無理して食べなくて良いという教えが、無制限に拡大している。
ボディメイクのタンパク質が重視されるのは
「ポパイのほうれん草もバカにできないヨ」
食べる前に缶詰をつぶせるのも大したものだが。
「イエスくんは下見の重要性をよく話してるわよね」
マリアが話題を
「料理の味見は仕上げ前の作業で、建築の下見はとっかかり前に行うものだが、これをやるのとやらないのとでは全然違うんだ」
作業自体は軽微なことだが、これを甘く見ると後々痛い目を見る。
「可能ならの話だけど、サッカーや野球の試合もスタジアムの下見はしたほうが良いんだよね。
刑事が住民にどんな些細なことでも構いませんと聞き込みをするのと似ている。そうした微細な感覚が勝利を呼び込むこともある。
「そうですわね。下見に行くこと自体は面倒かもしれませんが、それをするだけでその後の流れがスムーズになることを思えば、余りあるほどのお釣りが返って来ますわ」
試合が始まる前に、勝負は決している。
(メシヤの事前情報と実際のメシヤは大きく違ったヨ。これは嬉しい誤算かナ)