第17話 旅の恥は豚捨て
文字数 1,533文字
「ホントだ、イエスくんもスーパーで買い物なんてするのね」
北伊勢高校期待の星、十九川イエス。文武両道、名門十九川家御曹司とくれば、もてないハズはない。女生徒たちは遠巻きに見つめていたが、気を遣い立ち去った。
(メシヤの中華スープはウチでも飲みたいんだよな)
イエスはお袋の味を知らずに育った。
「なになに、①濃い口醤油②料理酒③オイスターソース④創味シャンタン⑤味の素⑥ラード⑦酢⑧ホワイトペッパー⑨ネギ、と」
メモ帳片手に食材をカゴに入れていくイエス。
「ほとんど揃ったんだが、ラードだけ見つからないな」
専門店には置いてあるだろうが、一般的なスーパーではほとんど見掛けない。せいぜい牛脂くらいだろう。
「おう、メシヤ悪いな」
すぐ電話するイエス。
「ラードはどこで手に入るんだ?」
「ああ、このへんじゃ無いよね」
中華スープにラードは欠かせない。イエスがなんとか聞き出そうとする。
「【寄せ鍋にとじ豚】へ行くといいよ」
ラードだけのつもりが、ついつい他のものにも目が行く。チャーシューもゲットしてご満悦のイエス。
「お帰りなさい、若さま」
イエスの本宅には食事係が何人もいるが、今日は自分で作るように話してある。
「珍しいなイエス。お前が厨房に立つとはな」
父の広忠もやって来た。
「建築と料理は通じるところがあると思いましてね」
「我が家のメニューでは不服か? お前のデカい図体も栄養士の苦心惨憺の賜物だぞ」
確かにその通りである。決してヘルシーなメニューしか出て来ない訳ではないし、味気ない訳でもない。ただ、自分が食べたいと思ったものをその日に食べれないということが、フラストレーションの溜まる原因となっていたのである。
「父上、そう言わずに見ていてくださいよ」
元来器用なイエスである。手つきも様になっている。
「水500CCと」
さきほど購入した食材を足していくイエス。
「すでに食欲をそそる匂いだな」
時間の掛からないのが魅力だ。沸騰したころ、火を消し、刻んであったネギを投入した。
「完成です」
「いただこう」
レンゲを一口すすると、広忠は眉をひそめた。
「イエス、こりゃだいぶ薄いぞ」
イエスも続けてすする。
「本当ですね。レシピ通りの分量なのですが」
イエスは濃い口醤油と創味シャンタンをメッソで投入した。
「さっきよりはよくなったが、まだ物足りないな」
「ですね」
名古屋は濃い味付けというが、本社が名古屋にある十九川工務店の二人も名古屋舌であった。
食材すべて少量ずつプラスし、やっと二人の満足いく中華スープとなった。
「ははは、これだな。ワシも中華料理店でチャーハンに付いてくるスープを、どんぶりで飲みたいときがあるよ」
「私もです」
「父上、自信が付きました。チャーハンも作りますのでお待ちください」
創味シャンタンかウェイパーを入れると、チャーハンは格段に美味くなる。
「さっきのこれが役に立つな」
チャーシューを細かくして、中華鍋に投入した。他の具は玉子とネギのみ。黄と緑が食卓に彩りを添える。
「おいおい、こいつは美味いぞ。チャーハンの素なんぞ使わなくとも、ヘタな店よりよっぽど出来がいい」
イエスの筋がいいのは、メシヤの料理を日頃食べているせいだろう。
「ありがとうございます。ただ、メシヤのには及びませんね。食材は大して違わないはずなのですが・・・」
家庭で料理の不満を口にしようものなら、戦争が勃発するだろう。そんなに文句があるのなら、自分で作ってみるとよい。料理は屁理屈をこねまわすより、よっぽど高度な脳トレである。
食べてくれた人に、美味しいと言ってもらえる幸せ。腹がふくれていれば、怒る気にもならない。文化的な食は、平和に近づく第一歩である。