2-8

文字数 2,716文字

『キミたちもわかったかなぁ~? もう面接辞退は即刻アウトにさせてもらうから。いちいち面倒だしね。ってことで、このバーはもう鍵をかけた。キミたちは面接合格者を出さない限り、ここから出られない』
「な……っ!」
「もうイヤよ!! 誰か助けて!!」
また目の前で人が殺され、りえかさんは大パニックだ。
就活生は自分。試験官も自分たち。俺たちは人をひとり選んで、集団で殺人を行っている。
この就職試験は一体なんなんだ……。
ミスターEPICの正体は? それにEPIC社とは……。
考えれば考えるほどわけが分からなくなる。
EPIC社は夢と希望と幻を見せるグローバルワンダーランドの運営会社。
だが、それは表面的なものだった。
実際のEPIC社はいとも簡単に人を殺す。しかも大がかりな方法で。まるでグローバルワンダーランドで行われているショーみたいだ。
俺たちは筆記試験を通過して呼び出されただけ。
EPIC社に殺される理由なんてないはずだ。なのになんで……?
りえかさんは相変らずガチガチと歯を震わせている。
しかし他のメンバーは平静を保っていた。それが俺には不気味だった。

「あんたたち、なんでそんなに平気なんだよ……」

「もう人がひとり死んだ時点で僕たちは巻き込まれているんだ。だったらこの面接に合格するしかない。怯えている場合か」

御堂に同意したのはキャットだった。

「そーだよ! せっかくEPIC社に入れるチャンスなんだよ? EPIC社に入れば、きっと面白いことをやらせてもらえるはずだしね!」

キャットは終始変わらず笑顔だ。今の状況を完全に楽しんでいる。
本当にこいつ、頭平気か? 人が死んでいるこの面接すら『面白い』と言っているんだ。

「面白いとは思いませんが、多少の犠牲が出ても仕方がないと思います。私たちは自分の人生をかけて、面接に来ているんですから。EPIC社に入社できれば、上役に牙をむかない限り、仕事人生は安泰です」

瑞希さんまで……。シナガワたちが『多少の犠牲』? 人の命を軽く見やがって……!

確かに就職っていうのは、自分の人生の一部をかける出来事かもしれない。だけどかける人生は一部であって、命まではかけられない。それに、かけていることも俺は知らなかった。

きっとシナガワもそうだ。不採用になっただけで死ぬなんて、思いもしなかったはずだ。

そんな冷徹な3人とは違い、ミホさんと東さんは少しばかり不安を感じ始めてきたようだ。
ミホさんはさっきから落ち着かないのか、うろうろとフロアをうろついている。

東さんはいくら飲んでも酔わないと言っていたが、もうすでにウイスキーの瓶は10本以上空になっている。足元も危うい。

東さんをじっと見ていたら、俺も飲みたいのかと思ったのか声をかけてきた。

「お前さんもやっぱり飲みたいか? 死んでいったヤツらに献杯しよう」

その誘いに、俺は――。

「いえ、やっぱり飲めません」
「こんなときだから飲むんだろ?」
「こんなときだから飲まないんですよ。東さんもそろそろ控えたほうがいいと思いますよ」
「俺は死ぬまで飲む! むしろ飲まずして死んだ方が悔いも残るからな!」

またストレートか……。この人、面接うんぬんよりもアル中で運ばれたりしないよな。
呂律も回らなくなってきたみたいだし……。目の前で人が殺されて、素面でいられない気持ちはわかるけど、このおっさんだって不採用者を決めたひとりだ。こんな飲んだくれがどうして残っているのかいささか不思議でもあるが、次くらいにはもしかしたら……。

いや、考えるのはやめておこう。

もう辞退することはできない。不採用者を出さないことも、ここから逃げ出すことも無理だ。
……いや、待てよ。こういうときこそ冷静になれ。御堂たちとは違う具合に。

相手はカメラで室内を監視している。ってことは、一瞬俺たちが映らなくなったら……?

例えばどこかに隠れて、バーに誰もいなくなったら、ミスターEPICは焦るはずだ。きっとバーの鍵を開けて、男たちを送りこむ。

こっちは男3人、女4人。合計7人。何人来るかはわからないけど、みんなで作戦を立てて店内に罠などを仕掛けておけば、なんとか倒せるのでは……?

御堂とキャットと瑞希さんが協力してくれるかは博打だが、とりあえず隠れられるところだけでも探してみるか?

それかもう少しみんなの様子をうかがってみようか?

俺はもう一度店内をよく見渡す。隠れられるところか。

テーブルの下は丸見えだな。バーカウンターの下ならどうだ? ……カメラが近いな。音声も拾うから、音で隠れていることがバレてしまうかも。

「松山~、お前さんも付き合ってくれよ」

東さん、また俺に酒を勧めやがって……って。

「何に話しかけてるんですか」
「ん? あれ? お前さん、そっちにいたのか」

東さんが話しかけていたのは、壁際に置かれていたガスボンベとガスマスクだった。
相当酔ってるな。ま、確かに酔ってたらこれが人に見えなくもないか?
……そうだ。これをどかしたら……。

「やっぱ無理か」

隠れられるようなところはやっぱりない。トイレという選択肢もないことはないが、ひとりしか入れないしな。他の手を考えるか。

『バーのカメラの死角に隠れて倒す』。

この俺の案をみんなが受け入れてくれるかどうかが問題だよな。

御堂もキャットも瑞希さんも、平気で人を裏切る。ミホさんもだ。彼女は人を裏切るどころか相手を陥れようとするし……。東さんに関しては、俺の考えを話したところでちゃんと行動できるかどうか。あの人はかなり酔いすぎている。同じようにちゃんと行動できるか不安なのがりえかさんだ。彼女も正直頼れない。

みんなが一致団結しないとこの作戦は成功しない。

「今のところ成功確率0%だな。この考えはやっぱりボツだ」

俺はため息をついて頭を抱えた。
さて、この事態をどうやって乗り切ればいいんだ。
時間だけが過ぎていく気がする。

またミスターEPICから質問されるんだろうか?
それならそろそろテレビに何か映るはずだけど……。

「……いや……いや……」
「りえかさん?」
「もう私、こんなところにいたくないっ!」

りえかさんは立ち上がると、ドアへ向かって走り出す。

「無駄よっ! ここには鍵が……」

「黙ってよ! 黙ってっ!! あなただって私を陥れようとしてるんでしょ! その手にはのらない!」

ミホさんが止めようとしたが、りえかさんは彼女を思い切り突き飛ばした。

「っ!」

ミホさんは背中を床に打ち付ける。頭は打ってなさそうだが、かなり痛がっていて起き上がれない。

りえかさんはそのまま入口のドアを開けようと必死だが、ガチャガチャ音が鳴るだけだ。
鍵以外にも外から板でも打ち付けられてるのか?

開く気配は……そのときだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み