■カトリーヌ・マリア・戸叶(キャット)

文字数 2,101文字

 夏の騒がしい季節がようやく終わった。EPIC社のオフィスで、ボクはパソコンに向かい作業をしていた。

 アンダーベースのチケットの販売とアルバイトのシフトのまとめってところか。夏の企画が大成功したおかげで、あれかたパスポートはどんどん売れて行った。だけど同じくらい問題なのは、このショーが表立ってしまわないかということ。たくさんのパスポートがはけるってことは、その分大勢が見るってことだからね。

 ボクはそのためにセキュリティの強化や、顧客情報の管理……要するに素性調査をしていた。

「よう、キャット」
「ヒロアキサン。おはよ」
「チケット売れてる~?」
「ユウキサンも……。売れてるよ、順調に」

 画面に視線を向けつつ、俺たちの質問に答える。口にはいつも通り棒付きキャンディーだ。
タンッ! と意識高めにエンターキーを押すと、ようやくこちらへ向いた。

「ねぇ、ヒロアキサン。ボクの借金はあといくら残ってるの?」
「7790億ってとこだな」
「ちぇ~っ、働けど働けど借金返済できないなんて」
「こっちはタダ働き要因がいて、助かってるよ☆」

 ボクはハーバード出の天才児で、いろんな仕事を任せられるから、会長たちからすると便利な人間なんだよな。

「なぁ、キャットはなんでEPIC社のハッキングなんてしたんだ? その賠償額が8000億って」

 ヒロアキサンがユウキサンにたずねる。そっか、ヒロアキサンは知らないんだな。ボクがユウキサンにしでかしたこと。

「本人に聞いてみたら?」

 ボクは一仕事終わったからか、コーヒーをごくりと飲んでいた。

「ボクがなんでハッキングしたのかって? そりゃあいろいろあったからだよ」

 ……本当はハッキングをしたかったんじゃない。ボクはただ、グローバルワンダーランドが好きだったんだ。

 ボクは10歳の頃、渡米した。日本の勉強は東都大学レベルまで楽勝。正直やることなんてなかったし、アメリカ人のパパと日本人のママが、優秀だったボクをアメリカの大学に飛び級入学させてくれたんだ。ボクの専攻は機械工学。パソコンで何かするの、好きだったから。

 でも、友達はずっとできなかった。まだ10歳だったからっていうのもあるけど、ボクはスクールカーストの下部にいた。アメリカのスクールカーストの頂点にいる、ジョックスが仕切っていた。パソコンオタクのボクは、ギークと呼ばれていた。

 同い年の友達もいなかったし、ボクはいつもひとりでパソコンとにらめっこしていた。趣味はネットサーフィン。自分の腕を試すように、色々な会社や組織のシステムに侵入した。例えば軍事施設のシステムにハッキングしてみたり。

 そんなとき。大学のみんなが、グローバルワンダーランドに遊びに行くという話をしていた。当然ボクは誘われていない。大規模テーマパークだよね。

 ボクには一緒に行ってくれる友達もいない。パパもママも忙しそうだし、連れて行ってもらえそうもない。だからボクは、パソコンの中で、動画や写真を見ながらグローバルワンダーランドをひとりで楽しんでいた。そして、運営を行っているのがEPIC社というのを知った。

 ほとんど表舞台に出ない会社だ。ボクは気になって、EPIC社について調べた。ただ、ちょっと調べるくらいじゃ何も面白い情報なんて出て来ない。……そう言えば、ジョックスのやつらの中に、EPIC社と関係があるやつがいたな。面白い。だったらEPIC社の内部情報を漏えいさせてやろう。普段ボクらやスクールカースト下のやつらをバカにしてるから、その報復だ。個人情報をバラされたら、あいつどんな顔するかな~? 超楽しみ!!

 ボクは社員名簿やアトラクションの設計図、その他もろもろの情報をハッキングして、ニヤリと笑っていた。悪いことをしたなんて思っていない。ただ、面白いことをしたいって思っただけ。だけどあとからニュースで見たら、損害額8000億だって……。でもボクなら平気なはず。きっとボクまでたどりつくことなんて絶対ない。

 そう余裕だったのに。

「キャットの悪事を見逃すわけないじゃん! っていうか、そのときシステム周りを担当してたのがオレだったんだよねぇ。オレもパソコン得意だから。その責任を負わされたけど、持ち前の強運でなんとかなったって感じ? それにこいつを利用すれば、タダ働きさせられると思ってね」

 そうだったんだ……。あっちゃ~、運悪かったなぁ。ユウキサンにがシステム担当してて、恨みをかったってことか。最悪。もし他の人だったら、気づかずに終わったのかもしれないのに。だから彼はボクをゲームに参加させたんだ。『特別枠だから』なんて甘い言葉でのせて。

「で、キャット。アンダーベースの打ち合わせの件なんだけど」
「あ~、はいはい」

 ボクは資料を持って会長ふたりと秘書の瑞希サンとともに会議室に入る。
 はぁ、確かに面白いことができるって思って入社希望はしたけどさぁ……。面白い毎日も過ごしてるけどさぁ……。この3人に一生頭が上がらないのだけは勘弁してほしいな。

 ま、今は様子見。借金を返したその暁には……もぉ~っと面白いことをやらかしてやる! このEPIC社でね!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み