3-1

文字数 1,317文字

「う……うん」

 僕が気づくと、すでに伊藤は動いていた。

「シロ、起きたか?」
「うん……、してやられたって感じ。伊藤は睡眠薬、効かなかったの?」
「まあな。毒物とかそういうのには耐性がついてるから。それでもちょっとは効いて寝ちゃったけど……。でも参ったよ。ふたりの下の名前からファイルを漁ってみたんだけど、名前の漢字がわからないし、名字も不明だから」

「やっぱり僕の力が必要だった、ってわけ?」

「ああ。オレができることは資料の分別までだよ。ふたり協力しないと、この試験はクリアできないってことだ」

 伊藤はどさりと僕の前に資料を置く。

「これが『ヒロアキ』と『ユウキ』って名前の人たちの履歴書。やってくれるか?」

 その質問の答えに、僕は躊躇した。
 どうせ人は死ぬ。だったら今でもいいんじゃないか? どうせ僕は生きていても暇つぶしをするだけだ。楽しい出来事なんて、何もない。生きてGWLを出たところで何もならない。

「伊藤はEPIC社に勤めたいの?」
「……それより出ることが大事だろ?」
「僕は別にここで死んでもいい」
「正気か!?」
「正気だよ」

 僕は別に死んでもいい。でも、伊藤は生きたいのかなぁ。伊藤がもし、EPIC社に勤めたいっていうのなら、僕は……。

「シロ」
「何?」
「主君が見つかった」
「……は?」

 今、そんなことをここで言うか? っていうか、主君ってユウキさんかヒロアキさんか? どっちも感化されるような人間じゃなかったと思うが……。ふたりにあるものと言うと、常軌を逸するような人格だってものだけだぞ?

「ユウキさんもヒロアキさんも、ろくでもない人間だと思うけど?」
「ふたりじゃない。オレの主君は……シロだ」
「は!? 僕!?」

 突然の告白に僕は驚く。伊藤の主君が僕って。僕が何をしたっていうんだ。
相変わらず伊藤は僕のことを巻き込む。全くもって迷惑な話だ。

「なんで僕なのさ。いいところなんてないでしょ……」

「オレの初めての『親友』だから。親友には死んでほしくない。だから、主君に『なってもらう』」

「意味がわからないんだけど」

「オレはこれからお前を生かすために生きる。オレがお前の生きる動機になってやるから、そう簡単に命を捨てないでくれないか?」

「伊藤が『僕が生きる動機』って……」
「不満か?」
「…………」

 僕は唇を尖らせた。こいつが僕の生きる動機? なんだ、その共依存みたいな関係。『親友だから』って、親友なの? 僕ら。僕は少なくても伊藤のことが嫌いなんだけど。

 ああ、何となく伊藤が嫌いな理由が自分でもわかった。こいつはまっすぐだからだ。陽キャだからっていう理由だけじゃない。僕みたいに拗らせて、ひん曲がった根性をしていないからだ。それが、多分……うらやましいんだ。

「ぷっ」
「やっと笑った」

 吹き出すと、こんな状況にも関わらず伊藤は僕の頭をなでた。その手から伝わる気持ち。温かく、何とも言えない気持ち悪い心地よさ。こんな感情、初めてだ。

「まぁ僕もヒキニート暮らしを堪能するには生きて出ないといけないわけだし? 今だけやってやってもいい」

「そう来なくっちゃな」

 僕は軽く気合を入れると、履歴書のファイルに手をかざし始めた。残留思念の読み取り開始だ。
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