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文字数 1,715文字
9月1日――。
今日から私は高校だ。友達が「おはよう」と声をかけてくれる。もう雫の元気な声が聴けないのは寂しいけど、雫は私と一緒にいる。
あの心臓の血を身体中に塗った日。私たちはようやくひとつになったんだ。もう絶対離すことはない。雫は私のものだから。
「……おはよう、松山さん」
「あ、川勢田ちゃん! おはよう」
「……バイト、結局どうしたの?」
「うん、休み中はずっとだったから疲れちゃってさぁ~……。休み明けも土日とか祝日みたいに人が来る日は入ってって言われてるんだ」
私がそう返すと、川勢田ちゃんは顔を真っ青にさせる。
「どうかした?」
「あの……松山さん、それは……『ちゃんとした仕事』なの?」
「ちゃんとしたって……ああ! 心配いらないよ。雑用を押しつけられたりしてないって。ちゃんとみんなから仕事を教えてもらったりしてるし! それに後輩も入ったから教えることもあるんだけど……なんとか頑張ってるよ。だいじょぶ、だいじょぶ!」
「そう、ならいいけど」
川勢田ちゃんは逃げるように教室へ向かう。……変な子。雫と一緒にいたから話しかけていたけれど、私から話しかけることはもうないだろう。
夏休み明けで、友達と話していたら、あっという間にホームルームの時間になった。教室に先生が入ってくるが、何か浮かない顔だ。先生は教卓に手をつくと、口を開いた。
「残念なお知らせだ。箭内が……転校することになった」
事情を知らないクラスメイトが、私の肩を叩く。
「どうしたの、雫」
「あ、うん。急なことだったんだけどさ。夏休み中に引っ越すって。誰にも言わないでっていわれてて……」
EPIC社からはそう言えと命令されていた。
みんなが会えない雫に、私だけ会うことができる。それはすごい優越感だった。もうみんなは雫の姿を見ることはできない。でも私だけは、純白のドレスを着て眠っている彼女に会える。話だってできる。心の中でだけど。
ただ気になっていたのは、おばさんだった。雫の家はシングルマザーだった。キャットはおばさんについて、「ただ長い旅行に出てもらう」と言っていた。
旅行……。その言葉が意味するものがわからない。殺されていないといいけど。だって、殺されていたら……あの世で娘の雫と会っているかもしれない。ううん、雫はあの世なんて信じられないような場所にはいない。私のそばに、この身に宿っているんだから。
雫が学校に来なくても、誰も気にしない。引っ越したことを寂しがる友達は何人かいた。女の子だけじゃない。男の子も。雫は明るい性格だし、姉御肌だったから、みんなの人気者だった。だから私はひとり占めしたかったんだ。
松山ヒロアキ。雫がいう『出来のいいお兄ちゃん』は偽物だ。本当はだらしなくって、ひとりで生活したところで救急車のお世話になるほどダメ人間。そんなダメ人間のくせに、他人には『すごくよくできるお兄ちゃん』だそうで。そんなのウソなのにね。
雫もだまされていたんだよ。お兄ちゃんなんかに雫を取られたくない。私は「比較されたくないから」といってお兄ちゃんを遠ざけたけど、本当は雫を守るため。他の男子を奪ったのだって、雫が変な男にひっかからないようにしただけ。それなのに雫は私のことをあんなに恨んで……。
いや、違う。『恨み』と『愛情』は紙一重だ。私のことを憎めば憎むほど、私のことが気になってしょうがなくなる。私のことを考えずにはいられなくなる。だから彼女は私を殺すために、わざわざ履歴書をすり替え、私を殺すために策略を巡らせてくれたんだ。
これは最高のプレゼントだ。雫は私のことを本当に愛してくれていた。私が穢れないように、蓮史郎くんを殺してくれた。雫は私ができないことを、いつも進んで代わりにやってくれた。私の、私だけのお姉ちゃん。私は窓際の誰もいない席を見つめる。
そのうちあそこの机とイスは、片付けられてしまうだろう。それでも私はずっと覚えているから。あなたと一緒に過ごした毎日を。そしてこれから永遠にふたりで過ごすのだ。EPIC社……グローバルワンダーランドで。
まるで眠り姫みたいだね。雫は活発だったけど、今眠っている姿はお姫様そのものだもん。
今日から私は高校だ。友達が「おはよう」と声をかけてくれる。もう雫の元気な声が聴けないのは寂しいけど、雫は私と一緒にいる。
あの心臓の血を身体中に塗った日。私たちはようやくひとつになったんだ。もう絶対離すことはない。雫は私のものだから。
「……おはよう、松山さん」
「あ、川勢田ちゃん! おはよう」
「……バイト、結局どうしたの?」
「うん、休み中はずっとだったから疲れちゃってさぁ~……。休み明けも土日とか祝日みたいに人が来る日は入ってって言われてるんだ」
私がそう返すと、川勢田ちゃんは顔を真っ青にさせる。
「どうかした?」
「あの……松山さん、それは……『ちゃんとした仕事』なの?」
「ちゃんとしたって……ああ! 心配いらないよ。雑用を押しつけられたりしてないって。ちゃんとみんなから仕事を教えてもらったりしてるし! それに後輩も入ったから教えることもあるんだけど……なんとか頑張ってるよ。だいじょぶ、だいじょぶ!」
「そう、ならいいけど」
川勢田ちゃんは逃げるように教室へ向かう。……変な子。雫と一緒にいたから話しかけていたけれど、私から話しかけることはもうないだろう。
夏休み明けで、友達と話していたら、あっという間にホームルームの時間になった。教室に先生が入ってくるが、何か浮かない顔だ。先生は教卓に手をつくと、口を開いた。
「残念なお知らせだ。箭内が……転校することになった」
事情を知らないクラスメイトが、私の肩を叩く。
「どうしたの、雫」
「あ、うん。急なことだったんだけどさ。夏休み中に引っ越すって。誰にも言わないでっていわれてて……」
EPIC社からはそう言えと命令されていた。
みんなが会えない雫に、私だけ会うことができる。それはすごい優越感だった。もうみんなは雫の姿を見ることはできない。でも私だけは、純白のドレスを着て眠っている彼女に会える。話だってできる。心の中でだけど。
ただ気になっていたのは、おばさんだった。雫の家はシングルマザーだった。キャットはおばさんについて、「ただ長い旅行に出てもらう」と言っていた。
旅行……。その言葉が意味するものがわからない。殺されていないといいけど。だって、殺されていたら……あの世で娘の雫と会っているかもしれない。ううん、雫はあの世なんて信じられないような場所にはいない。私のそばに、この身に宿っているんだから。
雫が学校に来なくても、誰も気にしない。引っ越したことを寂しがる友達は何人かいた。女の子だけじゃない。男の子も。雫は明るい性格だし、姉御肌だったから、みんなの人気者だった。だから私はひとり占めしたかったんだ。
松山ヒロアキ。雫がいう『出来のいいお兄ちゃん』は偽物だ。本当はだらしなくって、ひとりで生活したところで救急車のお世話になるほどダメ人間。そんなダメ人間のくせに、他人には『すごくよくできるお兄ちゃん』だそうで。そんなのウソなのにね。
雫もだまされていたんだよ。お兄ちゃんなんかに雫を取られたくない。私は「比較されたくないから」といってお兄ちゃんを遠ざけたけど、本当は雫を守るため。他の男子を奪ったのだって、雫が変な男にひっかからないようにしただけ。それなのに雫は私のことをあんなに恨んで……。
いや、違う。『恨み』と『愛情』は紙一重だ。私のことを憎めば憎むほど、私のことが気になってしょうがなくなる。私のことを考えずにはいられなくなる。だから彼女は私を殺すために、わざわざ履歴書をすり替え、私を殺すために策略を巡らせてくれたんだ。
これは最高のプレゼントだ。雫は私のことを本当に愛してくれていた。私が穢れないように、蓮史郎くんを殺してくれた。雫は私ができないことを、いつも進んで代わりにやってくれた。私の、私だけのお姉ちゃん。私は窓際の誰もいない席を見つめる。
そのうちあそこの机とイスは、片付けられてしまうだろう。それでも私はずっと覚えているから。あなたと一緒に過ごした毎日を。そしてこれから永遠にふたりで過ごすのだ。EPIC社……グローバルワンダーランドで。
まるで眠り姫みたいだね。雫は活発だったけど、今眠っている姿はお姫様そのものだもん。