2-11

文字数 5,451文字

東さんの死体が袋に入れられると、部屋はガスを中和するための薬剤が撒かれた。それでも心配だったのでガスマスクを外していなかったが、キャットは勝手に脱いでしまった。

「お、おい、キャット! 大丈夫か!?」

「ちょっとツンとするけど、平気じゃない? 喚起もよくしたし……っていうかさ、ボクがこんな重いボンベ、いつまでも背負っていられると思う!?」

確かにそうだよな。俺や他のメンバーは大人だが、キャットは子どもだし、身長も低い。ボンベを背負っていたら、動けない。

でも、彼女が思い切った行動に出てくれたおかげで、俺たちもようやくガスマスクを取ることができた。
あんまり大きく呼吸はできないが、それは仕方ないか。

身動きが自由に取れるようになると、ミホさんはりえかさんのえりをつかみ、壁に身体を押しつけた。

「なっ……」

「あんたのせいよ!! また人が死んだのは! あんたがドアをガチャガチャやったから……ガスが発生した! 違う!?」

「ち、違う……私のせいじゃない、私のせいじゃ……」

「あんたのせいじゃなかったら、誰のせいよ! 気が弱いフリしてれば、誰かが助けてくれるとか思ってるんじゃないの!? 川勢田さんみたいに!」

「うっ……」

誰もミホさんを止めなかった。

止めるだけ無駄だと思っていたというのもあるが、確かに東さんが死んだのはりえかさんが原因だったからだ。

彼女はその前の質問にも答えられなかった。ミホさんがりえかさんを責めるのはしょうがない。止めに入ったら、今度は彼女の怒りがこちらに向くだけだ。

そうだ……このままなら、また質問があって失敗しても、りえかさんを落とすことで……って、俺は何を考えてるんだ!

くそっ、もう何が正しくて、何が間違えてるのかわかんねーよ! 俺は生きたい。生きてここを出たい。でも、その望みも薄いのかもしれない。自問自答しても答えはわからない。

「今度はあんたが死ぬ番よっ!! ミスターEPIC! 彼女を不採用にしてっ!! ここにいる全員、そう思ってるに違いないわっ!!」

ミホさん、勝手にそんなことを言いやがって……。

彼女の自分本位な考え方にいら立ちを覚えるが、それを止めたのはミスターEPIC本人だった。

『船橋ミホサン、だいぶ熱くなってるねぇ~。でも、オレやキミの一存で、りえかさんを不採用にすることはできないよ。次の試験をクリアしてもらわないとね』

ピッ、と部屋の隅にあったプリンターの起動音がなると、ガーッと紙が数枚出てくる。どうやらバーの外から送ってきているようだが、なんだ?

「……な、何? り、履歴書?」

近くにいたりえかさんが用紙の束を見る。
俺も自分のものを確認すると、名前と住所などの連絡先、学歴が書かれていた。

「しかしこれはどういうことだ。僕は履歴書などEPIC社に提出していない」
「私もだわ」

御堂と瑞希さんが考え込んでいるが、キャットはそれを嘲笑った。

「何考えてるのさ。こんなのちょっと調べればすぐわかることでしょ? っていうか、そもそも勝手に面接の案内を送られてきてるんだから」

それもそうか。EPIC社の力を使えば、住所と名前から出身学校や在籍している場所なんて簡単に割り出すことができるのだろう。
一般人が太刀打ちできるような会社じゃないからな。

『キミたちは面接官でもあるんだからね。この学歴を参考に、誰が一番この企業に相応しくないか、選んでよ。時間は同じ、30分ね! ではではスタート!』

学歴を参考にって……結局は大学名で不採用者が決まってしまうってことなのか!?
テレビ画面にはまた30:00の文字。くそっ、また始まっちまったのかよ!

「明早大学に慶中大、東都大学。それだけじゃない。ハーバードやMITまであるわね」
「あ、ハーバードはボクだかんね!」

キャットが自ら名乗り出るが、誰も反応しない。

日本の大学だったら東都大が一番かもしれないが、ハーバードやMITに勝てるかというと……。それに、今回はこれを参考に誰が一番EPIC社に相応しくないかを選ぶことになってるんだ。よく考えないと……また、誰かが死ぬ。

「あれ? 明早、慶中、東都、ハーバード、MIT……これで5人分だよな。あと1校はどこだ?」
「……県立坂上商業高校ね」
「!」

びくりとしたのはりえかさんだ。その瞬間を、ミホさんは見逃さなかった。

りえかさん以外の全員は大卒……。しかも出身大学で誰を落とすかといったら、安直に決められない。だとしたら、自然に不採用になるのは……。

「り、りえかさんしかいないわよ! 学歴を参考にしたら、高卒の彼女で決まりでしょ!?」

ミホさんが勝ち誇ったように声を上げる。

だが、なぜか誰も彼女に同意するものはいなかった。俺もだ。

理由は自分でもわからない。ただ、腑に落ちない点がある。ミホさんと当事者であるりえかさん以外は、それに薄々気づいていたようだ。

「………」
「………」
「なによ! 御堂くんも伊藤さんも黙っちゃって! これはもう決定よ!」

「オバさん、ちょっと変だと思わない? ボクたちに渡されたのは学歴だけ。確かに日本は学歴社会だし、一番低い学歴の人間を落とすのが正解かもしれない。でも、ミスターEPICがそんな安直な問題、出すと思う?」

「ガキ、貴様は奉りえか以外に落とすべき人間がいるというのか?」
「それはわかんないけど……」

御堂に責められ、キャットはしゅんとする。
でも、言いたいことはわかる。

「俺もキャットの意見と同じだ。ミスターEPICは『学歴を参考に』って言った。『学歴が一番低い人間を不採用にしろ』とは言っていない!」

俺が言い切ると、またみんなは口を閉じてしまった。
何が答えなんだ? 学歴を参考に……どうしろっていうんだ。

「……学歴だけで人を落とすんですか? 高卒がそんなに悪いことなんですか! 私は卒業してからずっと、モデルの仕事一本で頑張ってきたのに、それを評価してくれないんですか!?」

今までミホさんに言われっぱなしだったりえかさんが、今度は声を荒げる。
モデルの仕事か……。俺はあんまり詳しくないけど、見方を変えたら、他のみんなが大学で遊んでいる中、一生懸命仕事に打ち込んでたっていう風にも取れるよな。

まぁ、御堂も瑞希さんも遊んでいたようには見えないけど。キャットはどうかわからん
ないし。

「ミホさん、高卒の私を責めるってことは、あなたはたいそうな大学に通われたんでしょうね? どちらの大学出身なんですか?」

「あ、あたしは……」

なんだ? ミホさん、さっきまで威勢がよかったのに、小声になって……。
名前が出ている大学は、どこも自信を持っていい大学だと思うんだが……。

「あたしは……MITよ」
「え、MIT!?」

俺はびっくりして思わず声に出してしまった。
ミホさん、そんな大学出てたのかよ!! 悪いけどまったく見えねぇ……。
どうみてもお水のお姉さんなのに。だから人は見かけで判断しちゃいけないってことなのか。
だが、それに疑問を呈したのがキャットだった。

「えー、本当に? 嘘くさいなぁ~。確かにEPIC社はボクやりえかさんの学歴を見事調べてたみたいだけど、もしかしたらオバさんだけにはコネかなんかあって、MIT卒ってことにしてもらったのかもよ?」

「あ、あたしは本当に……!」

「コネ、というのもあり得ない話ではないな。疑う余地はあるだろう。だが、船橋ミホだけではない。この中の全員が疑わしい。もしかしたらEPIC社が送りこんだスパイという可能性もあるのだし」

「考えられますね」

御堂の意見に瑞希さんも賛同する。本当にこのメガネコンビは……。

しかし、この学歴、偽物なのかも……。

いや、でもそんなわけがない。ここに書かれている俺の大学も間違いはないし、キャットも肯定している。御堂と瑞希さんがコネを使っている可能性もあるけど……りえかさんだって高卒だって認めてるんだ。

ここで偽物の学歴を出したところで何になる? 

ミスターEPICが一番学歴の低い相手を落とすつもりじゃなければ、偽物にしたところで意味がない。これはやっぱり本物だ。

キャットはハーバード。俺の大学もあってるし、御堂や瑞希さんも何も言ってこないから、このふたりがコネを使ってなければ合致していると考えた方が自然だ。

まぁ、改ざんがされているとしたら、りえかさんとミホさんだけど、りえかさんはあの取り乱し方を見れば商業高校で間違いなさそうだし、ミホさんも自分で書類を改ざんしていたならもっと自信を持って「あたしはMITよ!」と胸を張って言うだろう。だけど違う。なぜか言いにくそうに打ち明けた。

「う~ん……」

これが本物だったとしたら、ミスターEPICは俺たちに何をさせたいんだ?

「む……いいか?」
「なんだよ、御堂」
「この学歴を見れば、勉強ができる人間はすぐわかる。だが、わかることはそれだけだろうか」
「何よ、他に何があるって言うの?」

ケンカ腰になっているミホさんにも動じず、御堂は淡々と続ける。

「学校名だけでその人物が企業に相応しくないか判断するのは難しい。しかし……逆を返せば、学歴は立派なのに人間的に問題がある人物、というのも浮き彫りになるのではないだろうか」

「そっか! ミスターEPICは上っ面な学歴じゃなくて、本質的な『人』を選ばせようとしてたのか!」

「いちいち面倒な……最初からそう私たちに問いかければいいものを」

冷静・無表情だった瑞希さんが珍しくぶうたれる。
確かに回りくどいやり方だ。

だが、これでよくわかった。
人を蹴落とすという行為は、何度経験しても慣れない。ましてやここで不採用者を出すということは、死人も出る。

できれば落としたりしないでなんとかみんなで助かりたいが、全員協調性は0だし、他人を出し抜くことしか考えていない、人間らしからぬ輩たちだ。
俺がみんなで逃げることを提案したところで、反対する人間も出てくるだろう。

しかし、そんな人間らしからぬヤツらの中で、最初っから一番大きな声を上げて自分だけが生き残ろうとしていた最悪な女がいる。

俺以外のヤツらもそのことに気づいていて、一斉に彼女を見る。

「な、何よ……なんなの? あたしの何が悪いっていうのよ! あたしが何言ったっていうの? りえかに問題があったのは本当のことでしょ? 別に追い詰めたりするつもりなんかなかった! キャバクラに勤めてたのだってお金が必要だっただけ。それに人と話すことが好きだから! 偏見よ!」

「……MIT出身の船橋ミホさん」

今まで押され気味だったりえかさんが、ミホさんに向き直る。
先ほどまでの怯えていた表情とは裏腹に、鋭い眼差しだ。

「あなたのお仕事には興味ありませんし、悪いことだともまったく思いません。でも、ひっかかるんです。なぜ海外の名門大学を出たあと、研究職に就かなかったんですか? そっちの方が安定しているでしょう? お金が必要だったらなおさらですよ。それに……コネクション作りにもなるじゃないですか。人とコミュニケーションを取ることが好きだったなら、そこでコネを作って将来的に利用した方が成功できる……私だったらそう考えます」

「そうだな。船橋ミホにはやはり違和感がある」
「御堂くんっ!?」

「アメリカの特殊な大学を出ているのならば、就職だって引く手あまただろう。それに、今回のEPIC社の面接にも受かっているくらいなのだから、優秀な頭脳を持ちあわせているはず。自分に就職の意思がなくても、周りが放っておくか? 彼女に声をかけなかった会社は、見る目がない。そう考えた上で、あえて彼女に声をかけなかったのなら……」

「っ……!」

御堂もミホさんを落とす気なのか。
瑞希さんとキャットも視線はミホさんに向いているが、ふたりも落とす気なのかな。
御堂の言葉……俺にはわからない。何が正解で何が不正解なのか。

ミホさんの学歴は大したものだ。だけど、確かに今回の面接を見ていると、彼女が悪人にしか思えない。まっとうな人間が、ハナからひとりの人間を非難するなんて。でも、りえかさんの態度が気に障ったのもわかる。それにイラつく気持ちも理解できてしまう。

くそ、自分の意見も見えなくなった。みんなが腹黒すぎて、誰を信じればいいんだ。それとも誰も信じちゃいけないのか。

俺は無言を貫くことにした。みんなの意見を聞いてからでも遅くはないだろう。

みんながどう思っているか……。それを客観的に見て、自分の答えを出しても遅くはないだろう。

すっかり口を閉じてしまっていたミホさんだったが、黙っていたら自分が不利になるだけだ。それに気づいたらしく、また声を張り上げる。

「も、もちろんキャバをやる前は普通に働いてもいたのよ!? 生保とか、スーパーとかでも」
「学歴ゴミになっちゃってるじゃん……MITがもったいなさすぎ……」

キャットが呆れたような顔をする。生保もスーパーも工学とはほとんど関係ないよな……。なんでそんな選択をしてたんだ、ミホさん。こっちの方が頭が痛くなりそうだ。

「あたしの元いた居場所はとある人間に奪われてしまったのよ! 学校を出てから、あたしはある業界でしっかり働いていた! それはある女が飄々と……っ!!」

「元いた場所? それは研究機関などか?」

御堂の質問を無視して、ミホさんは語り続ける。

「華やかで、あたしの能力を最大限に引き出せるところだと思った! あたしにようやくステージライトが当たったと思った!! なのに……くっ」

「ミホさん、私、実はあなたのこと、知ってるんですよ……?」

「!!」
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