■川勢田 宗太

文字数 5,928文字

「いってらっしゃいやし! 若!」
「だ~か~ら、その言い方はやめろって何度も何度も……」

 俺はボストンバッグを抱えながら頭を抱えた。

 遠山組4代目組長、川勢田泰造。それがうちの親父。我が家はいわゆるヤクザってやつだ。

 ま、そんな家系だったから、俺もお決まりのように高校まではグレていたが……8つ年下の妹が口うるさく、そのせいで更生した。というか、せざるを得なかった。妹の絵夢は13歳。家がヤクザだろうがまったく意に返さず、中学校では風紀委員を務めているしっかり者だ。

 絵夢が生まれたとき、俺は8歳。めちゃくちゃかわいい妹にベタぼれした俺は、存分に甘やかした。

 ……が、絵夢も近所のババアたちや幼稚園で、家がヤクザだからだといじめられた。その経験は俺もあるからよくわかる。

 俺はそれにブチ切れてグレたけど、絵夢は違った。あいつはこう考えたんだ。『親は親、私は私だ』と。それから細かいところまできちんとするようになった。

 『隙を見せたらヤクザの娘だから』と文句を言われる。だったらきちんとした人間になればいい。もちろん自分の兄にもそれを強要した。『兄さんもガキじゃないんだから、ちゃんとした大人になりなさいよ』。今までかわいくて守ってきた天使にこの言われよう。兄としての威厳なんてまったくない。情けなさ過ぎる……。

 そういうわけでグレてた俺は、妹の見本になるように心がけるようになった。全然できなかった勉強もしっかりして、大学に受かった。もともとガタイがよかったほうなので、大学ではアメフト部にスカウトされ、真面目に取り組んだ結果、なんだか知らんがキャプテンを任されてしまった。

「武さんも雅さんも、兄さんのことを『若』って呼ばないでくれませんか」
「お、お嬢! ですが……」
「私のことも『お嬢』と呼ばないでください。それで、兄さん。時間は平気なの? キャプテンが遅刻したら示しがつかないわよ」
「あ、いけねぇ! じゃあな!」

 俺は急いで駅まで走る。今日からしばらくの間、俺たちアメフト部はアメリカに行くんだ。短期留学して親善試合っていうのをやるらしい。なんでも2年前に卒業した先輩が、向こうの大学にコネクションがあって、ぜひ試合をしようという話になったとか。どうやら酒の席だったみたいだから、酔った勢いっていうのもあるかもしれないけどな。

 経費の関係で、今回は女子マネージャー不在だ。男ばっかりでむさくるしくてしょうがないが、たまにはそれもいい。中には向こうの大学で、チアリーダーをゲットする! とか息巻いてるやつもいるくらいだし、面白いことが起きるならそれでいい。

 親善試合が終れば、観光だ。大学をサボってアメリカ旅行なんてラッキーだよな。旅行中の単位は、『部活での休講』ってことで、特別に単位をもらえるし。まぁ、その分、練習や試合がないときは英会話の授業を受けさせられるらしいけど、それでもお遊びみたいなもんだろ。

 俺たちはわいわいと賑やかにサンフランシスコ行きの飛行機に乗り込んだ。

 空港に着くと俺らはフラフラだった。いわゆる時差ボケってやつだ。とりあえず寝たい……。滞在中は寮を用意してくれていると聞いているが、そこまで案内してくれる人がいないと困る。一応、大学生だと言っても英語が得意なやつは少ないし……。

 俺はみんなに言って、ガイドらしき人間を探す。

「川勢田さん! あれじゃないですか?」

 後輩が指さした先には、『日政大学アメフト部様』と書かれたボードを持っている小柄な……いや、俺が190あるから、日本人の男は大抵そうなってしまうんだが、アジア系の青年がいた。

「あの、ケンブリッジ大学の?」
「うん。みんなをお迎えにきた、神谷で~す」

 神谷という男は、まだ20行ってないくらいか。俺より若く見える。へらっと笑う顔を見ても軟弱そのもの。こいつもアメフトなんかするのか?

「……あ、オレは通訳兼案内役なんだ。あと、キミたちの英会話の授業を担当する。ちょうど事務の人に頼まれちゃって。Prof.神谷は暇でしょ? って」

「……え? あんた、教授なのか!?」
「ええ、まぁ。本当の教授が不在の間、代理でやってるだけだけどね」

 マジかよ……。こんなやつがケンブリッジの教授って、ありえねぇだろ。俺だけじゃない、チームのみんながざわつく。

 だが神谷は特に気にせずバスへと俺たちを案内した。

 初日はレセプションということで、向こうのアメフトチームと立食パーティーだ。なんとか片言の英語と日本語でやりとりするが、さすが欧米人はでかい。俺くらいで中くらい。体格差がありすぎる。これで明日から合同練習だの、親善試合しても勝てっこなさそうだ……。

 いや、ここは日本人の小柄さを利用して……。パーティーの料理を皿にのせたまま、俺はどうやったらチームが勝てるかを考えていた。そこで声をかけてきたのが神谷だった。

「ど~っすか? 川勢田サン。楽しんでます?」
「……まぁ」
「もっとうちの大学の生徒とも会話してくださいよ。みんな楽しみにしてたんですよ? 侍だの忍者が来るって」
「はは、冗談でしょ」

 この神谷っていう男もつかめないな……。若いのに教授って。

「神谷さんはおいくつなんですか?」
「オレ? 19だよ。大学はもう相当前に卒業しちゃってるんだけどさぁ」

 19って、俺と3つ違うのかよ! しかも年下!? 細かく話を聞いてみると、なんでも神谷は天才児だったことで、小学生の時に日本からここの大学に飛び級で入学したらしい。しかも首席卒業だったっていうじゃないか。ありえない。

 ……なんか無性に腹が立つな。別に神谷が悪いヤツっていうわけじゃない。こいつに何の罪もない。ただ、俺が卑屈なだけなんだと思う。俺の家はヤクザだ。だから小さい頃から人は俺や妹たちを勝手に迫害してきた。だけどこいつは反対だ。ちやほやされて育ったんだろうな。どいつもこいつもこいつを天才扱いして。そして今じゃ教授だ。

「ちっ」

 よくわかんねーけどムカつく。俺は料理を取りに行く振りをして、神谷から離れた。

 翌日。合同朝練が終わると、英会話の授業だ。俺たちは朝から動いていたせいで眠いし腹もへっていた。イライラが溜まっているところに、座学。これなら案外普通に大学へ行ってるほうが楽だったかもしれない。

 俺もうとうとしながら神谷の話を聞いていたら、突然。

「……You're incompetent.もしこう言われたら、川勢田サンだったらどう返す?」

「え……?」

 聞いてなかった。なんて言った? こいつ。数人はわかったのか、目を丸くしている。なんだよ……神谷のやつ、何を言ったんだ?

「ちょっと、今のは言い返さないとダメだよ? じゃ、次行こう!」

 授業は普通に続けられていく。俺の他にも眠そうだったやつや腹を鳴らしていたやつにも神谷は質問する。俺は何を聞かれたのか気にはなったが、疲れでいつの間にか眠ってしまっていた。

 ようやく昼飯だと思って食堂に行くと、向こうのアメフト部のヤツらが挨拶してきたHello!とかHey!とかだったらわかる。片言だけど、昼の練習も頑張ろう的なことを話していた。

 ……が、俺たちとすれ違った後、なぜか向こうのチームは大笑いしていた。なんだよ、一体。微妙に感じ悪いな。ムッとしていたら、チーム最年少の補欠だったやつが俺に耳打ちした。

「キャプテン、俺、英語得意で、ある程度ならリスニングできるんスけど……」
「なんだよ」

「今日の神谷の授業、眠ってたり腹鳴らしてたやつを当ててたでしょ。そのとき神谷が出した質問、みんなをバカにしたようなものばっかだったんです」

「……は!?」

「例えば、キャプテンは無能なやつだとか、脳筋野郎は勉強もできないとか……。さっきすれ違った向こうのチームも、そう言ってました。きっと神谷から聞いたんじゃないですか?」

 その話を聞いた俺は、頭に血がのぼるどころか、沸騰した。ふざけんな! 確かにガタイも欧米人よりはちっこいやつが多いし、英語もできないやつばっかかもしれねぇ。だけど、わざわざ日本から交流しにきてやったのに、その態度はねぇ!

「神谷! いるか!!」
「川勢田サン?」

 何かあったらここにいると前に聞いていた研究室へ怒鳴りこむと、神谷と向こうのキャプテンがコーヒーを飲んでいた。俺は構わず、神谷のむなぐらをつかむ。

「てめぇ、どういうことだ! 俺だけならともかく、メンバーまでバカにしたようなことばっかり言ってきたんだってな!?」

「でも、キミたちには通じなかったんだからいいじゃない」

 俺が怒っているのを見た向こうのキャプテンは、さっさと研究室を出ていく。逃げる気かよ……余計に許せねぇ。だったら!

「俺たちは親善試合で短期留学してんだ。だったら……試合で白黒つけようじゃねぇか!」
「そうすればいいよ」
「てめぇも出るんだよ!」
「は!?」

 神谷は驚いて変な声を出す。教授だろうが、チームに入ってなかろうがそんなの関係ねぇ。こいつが引きこもっても、絶対引きずり出して……俺たちの怒りをぶつける!! 神谷だけじゃない。向こうのチーム全体に!

 飯をがっつり食って休み、夕方。
 俺たちは余裕綽々の向こうのチームをにらんでいた。一応、約束通り神谷も出てきている。ただし、試合にはやはり出られないから、審判でとのことだった。

 だけどただ審判をやらせるわけがない。ここまで来たら全員まとめて血祭りだ。

「ユナイテッド・アルバトロスVSフォークス!」
 
 コイントスをするとレディ・フォー・プレイ。

 相手チームのほうにはかわいいチアガールがたくさんいるが、そんなの目に入れてる場合じゃない。

 試合開始すると、俺たちはそれを放棄して神谷に突進する。

「え、え!? ちょ、ちょっと!?」
「てめぇ、俺たちをよくもバカにしてくれたなぁ!?」

 ……やべぇ。自分でも止められない感覚。絵夢にたしなめられるようになる前の、やさぐれてた俺に戻っていく。
 止めに入ろうとする相手チームも関係ねぇ。全員まとめてぶっ殺してやる!

「はははっ!! 舐めてんじゃねぇぞ、おらぁ!!」

 ヘルメットをぶん投げると、相手に投げつける。チームメイトが神谷の髪を引っ張っぱると、俺は思い切り頬に拳を入れた。歯が折れたのか、白い塊が飛ぶ。
 俺のことをバカにするやつぁ、ぜってぇ許せねぇ! ダチやツレものこともだ!! 全員殺して……!!

 後ろから何か固いもので殴られる。その衝撃で俺は気を失い、ようやく動きが止まった。

 目が覚めたのは次の日の朝。病院でだ。俺たち日政大学のアメフト部は、今夜アメリカを立つ。短期留学という話だったが、今日の乱闘試合でおじゃんだ。チームメイトがいうには、向こうのチームにケガ人はほぼなし。神谷だけが俺にボコ殴りにされたようだった。キレた俺は周りが見えなくなる。どうにかこっちのチームも軽症で済んだようだが、最低だ。俺は、最低だった頃の自分に戻っちまったのか。

 こうして俺のしょっぱい短期留学はあっさりと幕を閉じた。そして当然ながら、妹から嫌というほど説教され、もう二度とキレないと約束させられた。この事件のせいで、部は活動休止。俺はキャプテンを不本意な形で辞めさせられた

 それから大学を卒業後、大手住宅メーカーの営業職に就き、若干25歳という最年少で主任になった。怒りを仕事にぶつけるようにしたんだ。イラついたらとりあえず動く。考える。相手に会いに行く。そんなことを繰り返していたら、いつの間にか主任に抜擢された。

 周りからは一目置かれる存在になれた。だけど……俺はまだできる。もっと大きな会社で、働きたい。できれば、海外。アメリカに本社があるところ。

 あれから英語は特に勉強した。スラングも完璧だ。言われたらその場で倒す。もちろん身体も鍛えた。銃を突きつけられてもなぎ倒せる。もちろん銃火器の扱いも問題ないし、刃物はもともと使っていたものがある。

 アメリカのデカい会社で、対等に働く。これが俺の復讐だ。

 しかし忙しい中転職活動するのは大変だ。ただでさえ主任だからやることは多いってのに……。
 そんなさなか、家に手紙が届いていた。

「兄さん、なんかEPIC社から手紙が」
「EPIC社?」

「……歯が折れたときの痛みは忘れられないねぇ~」
「それ、差し歯なのか?」
「ま~ね。でも川勢田サン、ず~っとオレのこと恨んでたみたいだよ。アメフトできなくなっちゃったしね」

 ユウキと朝メシを食ってるとき、なんとなく川勢田さんの話になった。川勢田さんの元いた会社のテレビCMが流れていたのだ。だけど不思議なのは、ユウキが川勢田さんをなんであおったのかってこと。

 こいつのことだ。川勢田さんがヤクザの息子だとか、キレやすいとか事前に調べはついてたはずなのに。

「ウチのチームのキャプテン、アメリカのEPIC社と関係ある会社の息子でさぁ。ちょっとからかってやれって言われてたんだよね」
「それだけで、んなアホなことしたのか?」
「あのね、コネって大切なんだよ? オレはもとからこの会長の座を狙ってたからね。懇意にさせていただかないとって。会長の席のためだったら、川勢田の命だって安いモンだよ。オレの歯もね」
「……お前らしいな」

 俺はユウキの作った朝メシを食いながら納得する。今日のメシはフレンチトーストとスクランブルエッグ、トマトジュースと牛乳、サラダだ。ユウキはなんでもできるんだよな。
 料理もうまい。俺は料理できないからな。できてたらカップ麺しか食わなくて救急車で運ばれたなんてことはない。
 
 川勢田さんはみんなを生きて帰そうと、自分が犠牲になった。自分で警察を呼ぶと言って走って……。

「ヤクザの息子なのに警察へ行こうとしてたのもちょっと笑えるよね」

 ユウキも自分の作ったものを食べながら笑う。でも納得はいった。川勢田さんが大手住宅メーカーの主任という役席を捨ててまでEPIC社に勤めたいと志願した理由が。

「さて、今日の予定はど~だっけ?」
「瑞希さんが来るだろ」

 食べ終えたものをシンクに置くと、インターフォンが鳴る。

「会長、おはようございます」
「おはようございます、瑞希さん。今日の予定は?」
「キャットがアンダーベースの件で打ち合わせしたいと。時間は捻出してあります」
「そ、わかった~。じゃ、歯磨いていくね~」

 ユウキがのんびり言うが、俺は急いでネクタイを締める。

 瑞希さんは俺たちの住むマンションのエレベーターで地下へ。駐車スペースには真っ赤なアルファロメオ。運転手は瑞希さんだけど、これはふたりで選んだ車だ。

 ――赤は俺たちの色だから。
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