■EPIC-Night-

文字数 26,117文字

 風間純一郎と柊浄見は、川勢田絵夢とともに遠山組の門を叩いた。絵夢の連れてきた客なので、組員はただ頭を下げて通すだけ。3人はそのまま組長で絵夢の父親である川勢田辰之進の前に座った。

「なんだ、絵夢。ずいぶん年の離れた友人を連れてきたな」
「父さん、このふたりは兄さんの死についてよく知ってらっしゃる方よ」

 唐突な娘の言葉に、辰之進は眉をひそめる。絵夢の兄・川勢田宗太は、敵対関係にあった同門組に殺害され、一時期は抗争にまで発展した。父親である辰之進は、ようやく息子の死を受け入れようとしていたのを娘に突然邪魔され、言葉を失くした。今更何を。大きな抗争を起こし、組員も逮捕された。それは娘も知っていたはずだ。

「あのバカの何を知っているというのだ。あいつは組も継がず、堅気になった。それなのに……そんな息子を殺したのが同門のだ」

「兄さんを殺したのは、同門組じゃない。EPIC社よ。父さんもよくご存知なのでは?」
「EPIC……?」

 絵夢が『EPIC社』の名を出した途端、目つきが変わる。ドリームクラッシャー代表を務めている純一郎はすでに知っていた。遠山組がEPIC社と関わりがあるということを。それもただならぬ関係だ。

「父さんには秘密だったけど、兄さんは転職しようとしていたの。EPIC社にね。でも、そこには夢も希望もなかった。それどころか、悪魔が住んでいたのよ」

 絵夢が口を閉じると、純一郎が辰之進に頭を下げ、再度挨拶した。

「風間純一郎と申します。姓は違いますが……御堂家の血筋のものです」
「御堂? 議員のか。そんなお偉いさんの息子が、どうしてうちに来た」

「御堂家は、EPIC社の裏稼業を潰すための組織を率いています。『ドリームクラッシャー』という。今の代表は私です」

 それでも辰之進は表情を変えない。腕を組んだまま、険しい顔だ。純一郎はにらまれても話を続ける。

「宗太さんの受けた入社試験は、仕組まれたものでした。現・会長のひとりである神谷祐樹の私怨により宗太さんは殺されたんです」

「何? あのちゃらちゃらしているのが、うちのバカを恨んでいた?」

 間髪入れずにうなずき、さらに自分が持っている情報を開示する。

「ええ。神谷はアメリカにいた頃、宗太さんに暴力を振るわれた。それを根に持っていたのでしょう」

「フン、暴力なんぞ大したことないだろう。神谷はずいぶん器が小さい」

 少し間を置く。川勢田が神谷に暴力を振るった原因は、神谷が暴言を吐いていたからだ。しかもそれが、EPIC社とコネがある生徒に言われたからというくだらない理由で。神谷のEPIC社の会長職に持つ執着はおかしいほどだと再度確認させられる。
 自分の起こしたような暴力沙汰。自分が仕立てた加害者までも殺害するのは異常だ。だが、その異常性が神谷の持つ性格なのだ。
 純一郎は小さく息を吸い、もう一度辰之進に向かう。

「私の弟・御堂孝之助と、DCのスパイとして紛れ込ませた船橋ミホと奉りえかも殺されました。神谷は自分が会長になる際、自分の敵になる人間をすべて消した。たったひとりをのぞいて」

「松山裕章か?」

 無言。正解だからだ。DCの代表に就任した純一郎は、神谷がEPIC社の会長の座を狙っていると知って、危機感から彼の両親を殺した。神谷は天才だ。ただ頭がいいだけなら問題はなかった。
 しかし、天才故の人格破たん。人を楽しませて、夢や希望を与えるために作ったテーマパークの会長になり、黒い商売を始めようとしていた。しかもそれは金銭目的ではない。『ただ面白そうだ』という理由からだ。人身売買や麻薬取引もあるが、一番彼がやりたがっていたのが、『アンダーベース』という人殺しのショービジネス。彼がなぜ、そんなビジネスをやりたがったのかはわからない。だが、そんなことをさせるわけにはいかないと、純一郎は立ち上がった。

 松山裕章は、神谷祐樹の小学生時代の親友だ。彼も特殊な力を持っていた。いわゆる超記憶力。一度覚えたことは忘れない。神谷はそんな松山を探し出し、引き抜いたのだ。わざわざデスゲームを体験させて。

「松山は記憶力以外は一般の……いや、むしろ引きこもり気味の青年でした。ですが、神谷の与えた刺激が忘れられなくなってしまった。つまり、宗太さんも私の送ったスパイも、松山を会長にするための生贄にされたのです」

「それが本当だとしたら、なんだ? うちのバカはもう死んでいる」
「私たちと手を組みませんか? 私も弟やメンバーを殺された。弔い合戦です」
「死んだ人間がいたとしても、それは過去だ」

 はっきりと言い切った辰之進に、不気味なほど静かに微笑みをたたえていた浄見が問いかけた。

「川勢田さんは、息子さんのことを『なかったこと』にして、未来ある敵とのビジネスのほうが大事なのですか?」

「………」

「未来があったのは、息子さんも一緒なのでは? 人の心というのは、そう簡単に割り切れるものなのでしょうか?」

「……うるさい」

「もし、EPIC社のふたりに『絵夢さんを殺してくれ。DCのメンバーだから』と言われたら、あなたは愛娘を殺せるのかしら?」

「うるさいっ!!」

 大声を出す辰之進とは反対に、浄見は口元に小さく笑みを浮かべていた。相手を揺さぶって、本心を出させる。彼女の得意な手だ。

「……父さん、私は兄さんの復讐するわ。それだけ」

「待て、絵夢! お前はEPIC社に関わるな! 宗太だけじゃなく、お前まで亡くしたら、わしは……」

 辰之進はぐっと堪えると、落ち着きを取り戻し純一郎に言った。

「……愚息の情報はありがたくいただいた。それで、どうしたい?」
「派手に戦争を起こしたいんですよ。どんなメディアの話題にもなるような、ね」

 にっこりと笑顔を浮かべる純一郎の考えはこうだ。EPIC社と遠山組が争えば、嫌でもマスコミが話題にするだろう。暴力団と夢を売るはずの大型テーマパークの戦争だ。暴力団が手を出すということは、EPIC社も裏では何かしていたとみんなが気づく。EPIC社の暗部をさらけ出すチャンスだ。
 浄見に言われた通り、絵夢はここでひとこと父に告げた。

「父さんが戦わないなら、私が戦う。死ぬ覚悟はできてるわ」
「……わかった。そこまでお前がいうなら、わしらが前に出よう」

 3人の目的は達成された。EPIC社と遠山組との抗争。DCはそれを裏で見ていればいい。
 作戦成功。すでにEPIC社はピンチに陥っている。バラバラ死体がアトラクションから発見されているんだから。あとは夢や希望あふれる幻の中に見える幸せが嘘っぱちで、真っ暗闇の中に住む悪魔と大金をはたいて遊んでいただけと世間に気づかせるだけだ。
 面子は揃えたが、遠山組が戦ってくれるならライリーの出番もない。ライリーの姉、ソフィアを殺ったのは誠之助だ。うまく騙してアメリカから呼び寄せたが、そのまま平穏に帰ってもらうこともできる。ああ、それでも彼は満足しない。EPIC社の協賛企業である四菱商事の岩崎も潰してもらおう。そうすれば完全にEPIC社はTHE ENDだ。

「組長、客人が」
「誰だ、こんな時に」
「神谷と松山です」

 純一郎、絵夢、浄見はぴくりとした。なんというタイミングだ。辰之進は平然としているが、敵同士であるDCとEPIC社がかち合うことになるとは、誰もが想像していなかった。
 廊下を歩く音がする。途中、「まだ親父は会うと言ってない!」とか「待て!」とか組員が止めようとする声は聞こえたが、新たな客人であるユウキもヒロアキも遠慮なしに部屋へと入ってきてしまった。

「やっほー☆川勢田さん!」
「すみません、組長。うちのバカが勝手に入ってしまって……って、俺もなんですけど」

 ユウキは浄見をじっと見つめ、たずねた。

「……んん~? 柊教授、ですよねぇ? 確か御堂家の専属カウンセラーもやってる……どういうことなんですかぁ~、川勢田サン。オレたち、お仕事頼んだんですけど、忘れちゃいました?」

「………」

 辰之進は黙ったままだ。それでもユウキの追及は終わらない。

「御堂家とつながりがあるなんて聞いてませんよ? どういうことなのかなぁ……これって。それと、そこのおにーさんとお嬢さんも誰なのかなぁ~?」

「女の子も見覚えがあるな……ミフユが送ってきた写真に雫ちゃんと一緒に写ってた……絵夢ちゃん、だよね?」

 絵夢は身体をびくりとさせた。辰之進も目を見開き、ヒロアキをにらみつける。

「へぇ、ミフユちゃんの友達だったら女子大生かな。なんで普通の女の子がヤクザの家にいるのかな~?」

「絵夢は関係ないっ!!」

 辰之進が怒号を上げる。一瞬しん、となったが、鋭いふたりの会長は気づいてしまった。ヒロアキはじっと絵夢を見つめ、ユウキはにやっと笑う。

「絵夢ちゃん、名字は『川勢田』なのか?」
「似てないけど、あの脳筋と兄妹ってこと? じゃあ、オレのこと、恨んでたりする?」
「………」

 絵夢は膝に置いた手をぎゅっと握り、黙って下を向く。ここでどう取り繕っても裏目に出ることはわかっている。純一郎も浄見も、絵夢と同じく沈黙を貫くしかない。しかし、それも長くは続かなかった。

「川勢田の妹と御堂家のカウンセラーが、なぜ遠山組にいるんですか? 俺たちはあなたに仕事を依頼したはずなのですが」

 ヒロアキが極めて冷静にたずねる。辰之進はヒロアキの視線を避けるように、顔を背けた。それを茶化すように笑いながら話し始めたのがユウキだ。

「ねぇ、DCって知ってるかなぁ? EPIC社をぶっ潰そう! っていうとんでもない組織なんだけど。キミたちがそのメンバーってこと、ない?」

 3人は黙ったままだったが、代わりに声を上げたのが辰之進だった。

「……神谷、松山。うちの愚息は同門組ではなく、貴様らが殺したのか?」

 ヒロアキは口を閉じた。あの日を境に自分は変わってしまった。悪い方向に。その自覚はまだある。でも、今EPIC社でユウキと一緒に危ない仕事をしているのも確かだし、それに興奮を覚えるのも間違いない。川勢田が助かってくれたら……警察を呼んできてくれたら、変わっていたのかもしれないという考えがふと頭をよぎる。
 そんなヒロアキの様子を見たユウキは、口をすぼめた。

「なんだよ、ヒロアキ! 川勢田が死んだから、今こうして刺激的な仕事ができてるのに、暗~い」

「神谷っ! 貴様っ!!」
「は~い、ストップ。組長サン、ちょっと引っこんでてくんない?」
「なんだとっ!?」
「オレの敵は遠山組じゃない。そこにいるおにーさんだから」

 先ほどから気になっていた男性。純一郎だ。ユウキは純一郎の横に立つと、肩に手を置いた。

「ねぇ、アンタがDCのトップじゃないの? 川勢田の妹を使って、遠山組とうちを争わせようと考えた。違う?」

 純一郎も組織のトップだ。びくびくするようなやわな神経は持ちあわせていない。すでにDCも何人か人を殺している。高井戸優衣のように残酷なやり方で。

「だったら何かな? 神谷祐樹くん」
「………」

 ユウキはにっこり笑ったあと、すぐ真顔に変わる。そして冷たい声で純一郎に言った。

「裏でこそこそ策略立てないで、戦争したいんならアンタが出てこいよ。正々堂々潰してやる」

 ヒロアキは驚いた。今までに見たことのないユウキの表情に。いつもへらへらしているユウキだが、今回は本気だ。
 しかし純一郎も負けてはいない。くすっと小さく笑うと、ユウキを見上げた。

「正々堂々と潰す? できるのかな? 俺たち相手に」

 腕を組むと、ユウキは純一郎に提案をした。

「GWLの閉園後、EPIC社とDCでゲームをするんだよ。本当の武器を使うゲームね」
「そんなことしてどうするっていうのかい?」

「オレとヒロアキもゲームに参加する。だから、DC側もトップのアンタとその側近たちを入れてよ。頭同士が戦えば、どっちかの組織は潰れる。……ま、後釜がいるかもしれないけど、大きなダメージにはなると思うよ?」

 浄見、絵夢は純一郎を見た。どうするのかはトップの純一郎が決めることだ。それなのに、間に入ったのは辰之進だった。

「戦うのは遠山組だ。DCは関係ない」
「う~ん。悪いけど、それは却下だなぁ。ね? ヒロアキ」

 ユウキに振られたヒロアキは、代わりに続けた。

「ゲームステージは深夜のGWL。遠山組が入って来たら、警察に不法侵入として通報します」

 それにはついむっつりしていた辰之進も笑う。

「何が警察だ。お前らだって悪事を働いてきただろう」

「それは否定しませんが、俺たちは遠山組と今後も取引を続けていきたいですから。それとも、今すぐ警察を呼びます?」

 ガタリと障子が開くと、そこには大勢の武器を持った組員たちがいた。先ほど辰之進が大声を上げたので、待機していたのだ。ヒロアキは組員たちを見渡すと、手に持っていたスマホを掲げる。すでに番号は登録されていて、画面の通話ボタンを押すだけだ。

「この番号、ご存知ですか? 警察上層部のある人の直通番号なんですよ」
「ふん、警察なんぞ怖くない。わしらを逮捕できんだろう」

「話は最後まで聞いたほうがいいと思いますよ。これは警察の上層部で、同門組から献金を受けている人間の番号なんです。要するに、彼へ電話するだけで、同門組が乗りこんでくる可能性もある」

「……お前ら、武器を置け。今、血を流すわけにはいかない」

 辰之進の言う通り、組員らは武器を廊下に置いた。それを確認すると、ユウキは再び純一郎に話しかける。

「どう? DCの代表者サン。オレたち主催のゲーム、挑戦する?」

 敵陣地に乗りこんで、戦う。罠かもしれないが、敵の懐に入ってふたりの会長を殺るチャンスだ。純一郎はまっすぐ、ユウキの目を見た。


「瑞希サン、8月31日って、GWL閉園後空いてるっけ?」
「新しいパレードの練習が入ってますね」
「それ、キャンセルしてくれますか?」

 瑞希の運転する赤い車の中で、会長コンビはDCとの1対1のゲームの準備を進める。ユウキはわくわくしているのか口笛を吹いている。その間に出す案を、ヒロアキが手帳に
まとめる。

「このゲーム、みんな楽しんでくれるかな?」
「楽しむ、か。相変わらずユウキは……」

 手帳にまとめた内容を見直し、ヒロアキはため息をついた。ユウキのゲーム案はやっぱりイカレてる。それでもよく考えられてはいた。これならEPIC側の被害は最小限だ。パッとアイディアが出せるところはさすがユウキ。
 ゲームに出るメンバーはヒロアキとユウキのふたりの会長と、キャット。それとなぜか瑞希。協賛企業の四菱の岩崎と岡も面子に含まれている。アンダーベースからはミフユと誠之助。

「しかし、こんなメンバーよりも、もっと戦えるやつを選んだほうがいいんじゃないか?」

 ヒロアキがユウキにきくと、首を振った。

「正々堂々とって言ったじゃん。だから相手にもきちんと誠意を見せないとねぇ~」

「でも瑞希さんとかキャットは戦えないだろ? 岡はともかく岩崎だって……そもそもあのふたりは協賛企業だぞ?」

 運転している瑞希は、後ろに座っているヒロアキの顔も見ずに答える。

「会長。私は会長よりも先にEPIC社に入社しています。この意味は分かっていらっしゃいますか?」

 ああ、とヒロアキはつぶやいた。なるほど。自分も体験した、あの就職試験を彼女はひとりでクリアしたのだ。咄嗟の判断はできるということか。
 キャットはヒロアキと一緒に就活試験を受けているが、最後まで生き残った。御堂とりえかは死んだが、彼女だけ生きている。ということは、キャットも危険を乗り切る力があるということだ。
 だが、四菱のふたりは協賛企業のメンバーとは言え、関係ないのでは? それに岡は遠山組の人間だ。最悪、岩崎を裏切ってDC側につくかもしれない。そうユウキに言うと、「わかるでしょ~?」と笑った。

「岡は岩崎につくよ」
「なんか根拠はあるのか?」
「ない。勘」

 結局勘か、とヒロアキは呆れた。だが、岩崎と会うときにいつもバックに立っている岡は、完全に番犬だ。飼いならされたといったところか。親父への恩よりも新しい飼い主への情が勝ったんだとも思える。

 アンダーベースを使うと大きな戦いになってしまう。個人戦を狙うならゴースト・ホームがぴったりだ。先月ゴースト・ホームで出たゴミは処分したが、まだオープンはしていない。あそこを使う、最後のゲーム。それならあそこでゲームをした人間を使ったほうが有利なのかもしれない。そのための協賛企業か。

「楽しみだね! 8月31日」

 ユウキは子どものようにはしゃぐ。ヒロアキはユウキよりは落ち着いていていたが、やはり相棒。不謹慎なのに、同じようにわくわくしていた。


 ――8月31日。
 純一郎の元に、絵夢を介して送られてきた招待状には、『ゴースト・ホームにてお待ちしております』とメッセージが添えられていた。

 近くの倉庫に集合していたDCメンバーにもそれを伝える。GWLの地図を見ても、ゴースト・ホームというアトラクションはない。一度中に入ったことがある誠之助が位置を教える。

「ドリームゾーンの端にある、建設中の建物だよ。実際には中もほとんどできあがってるんだけど、今はまだ試運転中。……という口実で、殺人ゲームが行われている。ソフィもここで死んだ」

 自分の武器の手入れをしていたライリーが、動きを止める。
 誠之助は、ゴースト・ホームの内部についても詳しく説明を始めた。

「中はデスマスクの回廊、死者の入り口、ヘルズ・ダイニング、ダンスルームの4部屋に分かれてる。前にここでゲームが行われたときは、ひとりずつ脱落者がいた」

「それって、あたしたちを争わせようとしてるってこと!?」

 苗が声を上げるが、誠之助は首を振った。

「いや、今回は違うみたいだ。会長たちが何を考えてるのかはわからないけど……」
「仕方ない。誠之助はできるだけ会長のそばにいて、情報を流してくれ」
「了解。スマホをずっと通話にしておくから」
「それじゃ……出撃だな」

 ありあ、苗、晃も自分の武器を持つ。絵夢も父親に内緒で出てきた。覚悟は全員で来ている。
 各自に招待状に入っていたアフター10パスポートを1枚ずつ配る誠之助。彼は今回、EPIC側につくことになっている。ミフユの暴走を止められるのが彼だけだからだ。もちろんただ敵側にいるわけじゃない。元々誠之助はDCのメンバーだから、スパイとして仕事をする。

 アフター10パスポートは非売品だ。GWLは22時閉園。それ以降のゲストという意味になる。10枚以上入っていたということは、何人敵が来ても負けないというEPIC社側の意思表示だろう。
 決戦は本日22時。浄見はいつも通りの黒いワンピースだったが、他のメンバーは動きやすい服装だ。自分が殺るか、殺られるか。準備は整った。

「それじゃ、行くぞ」

 純一郎が音頭を取ると、全員が立ち上がる。倉庫を出ると月がきれいに輝いている。これが最後に見る月にならないように、各自心の中で願った。


 DCのメンバーよりも一足先にゴースト・ホームに入ると、誠之助は今度、EPIC社側の打ち合わせに参加する。

「キャット、そっちは頼んだ。準備は万端だな?」
「もっちろ~ん! ボクの腕を見てびっくりしないでね?」

 誠之助が合流したときには、どう動くかは決定していたらしい。確かに誠之助はスパイと言っても下っ端だ。少しでも情報多くの情報を得ないと……と、焦る。

「すみません! オレ、もしかして遅刻でしたか?」
「いや、来た順に持ち場の指示を出していただけだ」

 ヒロアキは顔色ひとつ変えずにそう答えた。そして、他のメンバーと同じように、誠之助にも指示を出す。

「狩野は、俺たちと一緒にゴースト・ホームの最後の部屋で待機」
「え?」

 アンダーベースで殺人ショーを行っており、即戦力になるはずの自分が待機? 訝しげにユウキを見ると、いつもの調子で背中を叩かれた。

「それだけキミのこと、信用してるってこと! オレたちふたりは頭よくても強くないからね。護衛係、頼んだよ!」

 そういうことか。だったら最高の位置だ。みんながもし危ない目にあっていたら、ふたりを殺して解放できる。一番手の届きやすい場所。
 誠之助はふたりを心の中であざ笑った。天才、天才ともてはやされていても、本当の危機には気づかないアホ。本当の天才は……御堂家の自分だ。

 御堂の血を受け継ぎ、兄弟の中でのランクは4位だが、実際のNo.1は自分。完璧に他人の人格をコピーできる自分だ。死んだ蓮史郎になり、シリアルキラーに変身するのはたやすいし、孝之助のマネをして難しい卒論を書くことだってできる。

 ユウキやヒロアキはただ勉強ができるだけの無能だ。このふたりを倒して、GWLを乗っ取る。ユウキのせいで汚れ、夢も希望も、その幻さえも見ることができなくなったテーマパークを、またみんなが笑顔になれる場所に戻すのだ。自分みたいに何人も人を殺した悪人でも、夢を見ることができるように。

「そうだ、誠之助! オレらの護衛だけじゃ暇だと思うから、ゲストが到着したら出迎えてやってくれる?」

「出迎え? もしかして……」

 その場で殺してしまえとでも命令する気か? だとしたらもう、誠之助がスパイということがバレている。不安に思っても顔には出さない。ユウキの次の言葉を待つと、小さなバッチを10個渡された。

「敵さん、何人で来るかはわかんないけど、10個で十分でしょ。これをつけてあげて。発信機になっていて、どこにDCの面子がいるかわかるからさ」

 頭がキレるのは確かみたいだなと、誠之助は渡されたバッチを見つめる。

「……この発信機は声も拾えるんですか?」
「ああ。俺たちとキャットのパソコンで位置確認はできるし、無線で全員に音声が聞こえる」

 ユウキの代わりにヒロアキが説明する。この発信機は少し厄介かもしれない。ゴースト・ホームを出ると、誠之助は持っていたメモ帳に走り書きをする。……これでDCのメンバーに、発信機の存在を知らせることができる。
 時間は22時5分前。
 EPIC社の人間にバレないように、キャストの顔になると、誠之助は兄たちを迎えにゲートへと向かった。


 その頃、富田班は、GWLのミライゾーンの植え込みに隠れていた。22時。次々にゲートへ向かう人々を見送り、最後の清掃班が通り過ぎるのをひたすら息を殺して待つ。

 富田班の狙いはゴースト・ホームだ。

 ちょうど1カ月前、手塚が潜入していた四菱商事の人間がそこで数名殺された。麻薬取引から足を洗おうとした先代の会長は、こともあろうか新しくできたアトラクションで、かかわった人間の粛清を行った。そして素性を隠して新入社員を演じていた孫息子・岩崎成道が会長となったのだ。

「夏場ですから、さすがに死体は処分したでしょう」

 手塚が主任の富田葉摘にささやくと、葉摘もうなずいた。

「そうね。でも、血痕や毛髪、皮膚の欠片が残っているかも。そのためにアマが鑑識から道具を借りてきてくれたんだし」

 最年少の新任刑事・天宮が頭をかく。彼はエリートコースの人間だが、現場を経験したいと申し出て、今は富田班にいる。

「お前、射撃は必ず外すけど、コネと頭のよさだけは本当に頼れるよ」
「いやあ……」
「褒めてねーぞ」

 手塚の先輩刑事である仁科が天宮を茶化すと、青葉が冷静につっこんだ。

「しかし……娘には絶対こんな話できないな。いつも『行きたい!』っておねだりされるが、親として血なまぐさいテーマパークなんぞ連れて来たくない」

 愚痴ったのは長谷川という妻子持ちの刑事だ。
 GWLは小さい子どもからお年寄りまで、幅広い層から人気のテーマパーク。日本以外の海外からも多くの客が訪れるので、いつも混雑はしているが、夢を与える素晴らしい場所だと遊びに来た人々は口をそろえる。

「GWLでバラバラ死体が発見されたときも、ショッキングだったが……殺人事件、それも多数の人間が惨殺されている場所だなんて、おぞましい」

「長谷川さんがそう言うのはわかる。だから、犯人の痕跡を探しに来たんじゃない」
「見つかるといいですね、主任」

 手塚と葉摘は、バラバラ死体が落ちてきた瞬間を偶然見ていた。それにふたりは同じ刑事だった松浦修平の無念を晴らしたいと思っている。だからこそ、他の刑事たちよりも犯人を捕まえたいという気持ちが強かった。
 人通りがなくなり、しばらく。富田班はこっそりと植え込みから出た。警備員の見回りも終わり、テーマパーク内はがらんとしている。
 そのとき、偶然何かが震える音がした。

「……っ、すまない」
「青葉~!? もう、しっかりしてよ! スマホはサイレントにしておいて」

 葉摘が注意すると、青葉はスマホを確認した。その様子を見ていた手塚は、珍しいこともあるなと少し驚く。
 青葉は手塚の先輩だ。硬派で仕事に対する姿勢も真面目。ただ少し口は悪い。そんな彼がスマホを鳴らすなんて……。なんだか不吉な予感がする。

「さ、行きましょ。ゴースト・ホームに」

 葉摘が指揮を執る。手塚は頭を振って不吉な予感を忘れようとした。


 時を同じく。DCの面々……純一郎、絵夢、晃、苗、ありあ、浄見、ライリーの7人は、ゲートに最後に残っていた亡霊のような気味の悪いやせ細ったキャストにチケットを見せ、園内へと入っていた。

「お待ちしていました! DCのみなさん」

 入口のすぐ手前にいたのは、仲間の誠之助。だが、ここは敵地。誰が見ているかわからないし、防犯カメラもある。誠之助はあくまでもGWLのキャストとして振る舞う。純一郎も、他のメンバーも、誠之助の存在に驚いたフリをする。

「オレはキャストの狩野誠之助です。『EPICなゲスト』のみなさんに、これを」

 誠之助は全員に、ユウキに渡されたバッチをつけていく。最後に純一郎のバッチをつけると、先ほど書いたメモを渡して目で合図する。スマホで会話を聞いていたと思うが、念のためだ。

「……それではゴースト・ホームでお待ちしております! Have a good night!」

  立ち去る誠之助を見送ると、純一郎はメモを確認する。それにはバッチについている発信機についてと、こちら側の声は筒抜けだということが書かれていた。
 純一郎もメモを取り出すと、みんなに注意を促す文章を書き、回す。それを呼んだメンバーはこくんとうなずいた。

「キャストの案内なしってことは、ここからすでに戦いは始まっているのかもしれない」
「あの会長に言わせたら、『ゲーム』ってところか?」

 晃は学生のときから愛用していた、バタフライナイフを取り出す。他のみんなもいつ敵が襲ってきてもいいように、武器を準備する。
 最年少のありあが武器を出すのに苦労していると、苗が声をかけた。

「ありあちゃん、今出さなくていいよ。ありあちゃんが武器を使えるのは1回だけなんだから。相手に手の内を見せないように、武器は最後まで隠し持っておいたほうがいいよ」

「苗ちゃん……うん、わかった」

「そういう苗さんも、すごい武器を持ってきたのね。遠山組で扱いやすいものを準備してもよかったのに」

 ドスを持った絵夢が、苗の武器を見てつぶやくと、苗は武器を選んだ理由を語った。

「おじいちゃんがよく庭木を剪定するのに使ってたの。あたしも手伝わされてたから、それで扱いやすいっていうか。それに好きなアニメでもヒロインが持ってたし!」

「それより浄見さん。何も武器を持ってきてないんですか?」

 純一郎がたずねるが、浄見はその問いかけには答えず、ただ笑みを浮かべているだけだ。

「大丈夫ですよ。みなさんの足手まといにはなりませんから」

 そのとき、ギュオオン! と大きな音が鳴った。ライリーの持ってきたチェーンソーの音だ。武器にしては派手すぎるし、音で居場所もわかってしまう。最初、この武器を持っていくと言ったライリーにみんなはやめたほうがいいと諭したが、結局話を聞いてもらえなかった。彼曰く、一番手に馴染んだ武器らしい。
 ライリーも、死んだソフィアと同じく麻薬カルテルの人間だ。姉のソフィアは交渉などが仕事だったが、ライリーは主に敵の拷問をしていた。そのとき使っていたのが、チェーンソーだったのだ。

「ソフの敵を討つだけじゃありまセン。ただ殺すだけじゃなく、最高に苦しみながら死んでもらいマス!」

 今日はサングラスをしていないので、目の下の涙のタトゥーが見える。これは死んだ姉を思って入れたものだ。そこまで姉を思っているのなら、彼の思うがままにやらせるのがいいと純一郎は判断した。

 警戒しながら園内をまっすぐ突っ切って、ドリームゾーンに向かう。この行き方が、一番早くゴースト・ホームに着く。その分、敵の妨害があるのではと心配だったが、ドラゴンキャッスルを抜けたあとも何も起こらなかった。
 杞憂だっただろうか? と純一郎が気を抜いた瞬間、チュンッ! と何かが頬をかすめた。その横のアトラクションの壁には穴。硝煙も。

「みんな気をつけろ! スナイパーがいるぞ!!」

 全員、純一郎の声でしゃがむ。これは厄介だ。相手はどこから撃ってきている? 辺りを見回す。多分だが、高くてこちらの様子が見えるところに犯人はいる。このドリームゾーンで一番高い建物は……。

「晃さん、スノードームだ!」
「わかった」

 純一郎が指示を出すと、晃だけがグループを離れ、走ってスノードームに向かう。
 晃はスノードームの外側に階段がないかを探すと、縄梯子がかかっているのを見つけた。それを使い、屋根の上に出ると、そこには金髪の少女がキャンディをくわえて待っていた。

『キャット! そっちに誰か1名向かったよ~』
「ユウキサン、遅いって。もう到着しちゃってるよ。ボク、狙撃銃しか武器ないんだけど」
「……残念だったな。お前に恨みはないが、死んでもらおう」

 先ほどから手にしていたバタフライナイフをカチカチしながら、キャットに近づく晃。それでもキャットは物怖じしない。

「どうした? 逃げないのか?」
「ボクの役目は一応果たしたし」

 何のことだ? 晃はナイフでキャットを狙いながら不審に思っていると、肩をすくめながら話し出した。

「ボクの役目は何人かの人間をこっちにおびき寄せるってだけ。ま、誰かに弾を当ててもよかったけどね。まんまとハマッて、ひとり脱落させたし?」

「俺が脱落したってことか? ふん、お前を殺してみんなに合流すれば問題ない」
「へぇ? できるの?」
「お前の武器はその狙撃銃だけなんだろう? だったらこちらの勝ちだ」
「確かに狙撃銃しかないんだけど……」

 晃はじりじりとキャットに歩み寄る。キャットは怯える様子もなく、その場所から動かない。殺されると諦めているのか? しかし余裕の表情だ。だったら武器を持っていないというのが嘘だとか? でも、それを取り出そうとしようともしていない。
 あと数歩で彼女に到達する。念のため持ってきていたジャックナイフも取り出すが、顔色ひとつ変えない。何があるんだ? なんでそんな余裕なんだ! 焦った晃は、大きく一歩進んだ。そのとき、足に何かがひっかかった。

「うわああっ!?」

 盛大に前へ倒れた途端、屋根が抜ける。晃はそのままスノードームの中へと落ちていった。
 確かにキャットは狙撃銃しか武器を持っていなかった。が、スノードームの屋根の一部を薄くしておいたのだ。その前に張ってあったピアノ線で足を取られて転ぶと、そのまま地下まで落下していくという寸法だ。大規模な落とし穴といったところだろう。

「ヒロアキサーン。ひとり沈めたよ~。動かないから気絶してるのかも。どうする?」
『他のメンバーはこっちに来ている。キャット、気をつけてそいつの回収を頼む』
「りょ~」

「ユウキ、こっちは順調だ。屋根に落とし穴なんて、金かけたな」
「まぁね。スノードームは改修作業しなきゃいけなかったから、ついでだよ」

「……それで、ミライゾーンのほうには警察が侵入してるとか? しかもここへ来るみたいだって」

 ゴースト・ホームの一番奥の部屋でワインを飲んでいたふたりだが、先ほど入ってきた連絡を聞いたヒロアキは、視線をユウキに向けてどうするか意見を求める。

「大丈夫だよ。考えてみて? オレらはゴースト・ホームで新アトラクションの完成を喜び祝杯をあげてる。武器を持ってうろついている危ないやつらは、DCのほうじゃん? 警察とかち合ったら、潰し合ってくれる……そうでしょ?」

「なるほどな。そのほうがこっちも手間がかからなくていい。さすがユウキだな」

 ヒロアキとユウキはもう一度グラスをかかげ、乾杯する。
 それを聞いていた誠之助は、ポケットに入れていたスマホをちらりと見た。兄たちは今の話をちゃんと聞いていてくれただろうか?


 誠之助流した情報はきちんと兄に届いていた。またメモを取り出すと、警察が来ていることをみんなに教える。すると浄見が何か書きこんだ。

『私とありあちゃんが行くのはどうかしら? 丸腰に見えるし、子どもがあんな武器を
持ってるなんて、誰も気づかないわ』

 浄見とありあを見ると、純一郎はこくんとうなずいた。

「浄見さん、お願いします。ありあも」
「大丈夫だよ! ジュンくん。頑張ってくる!」

 こうして浄見とありあは、ミライゾーンへと向かった。

「よし、俺たちはゴースト・ホームへ急ごう」

 DCのメンバーがバラバラになっていく。これもEPIC社側の計画通りなのか? 純一郎は冷静になるよう努める。今一緒にいるのは、絵夢と苗、ライリーだ。晃は大丈夫だろうか?

 連絡がないということは、まさか……。いや、最悪の事態を考えるのはまだ早い。それに、戦いに犠牲はつきものだ。自分たちはこの戦いを続けなくてはならない。あの会長ふたりを殺し、夢も希望も、その幻さえも見ることができなくなったテーマパークを、またみんなを笑顔にする場所に戻す――。
 それと、死んだ親族たちへの餞。あの世に逝った家族たちのために、犯人たちを地獄へ落とすのが目的なのだから。


「夜のテーマパークって不気味ですね。あの影も、人影に見える……」
「しっ、手塚。あれは本物の人影だわ」

 ミライゾーンからドリームゾーンへと向かっていた富田班は、さっとアトラクションの裏手に隠れる。富田班の前を通ったのは、真っ黒いワンピースを着た女性と、小さな女の子だった。

「ゆ、幽霊!?」
「そんなわけないだろ」

 天宮がびびっているのを、仁科が小さく笑う。確かにあれは人だ。でも閉園して、警備員も見回りを終えたあとなのに、なぜこんなところに母子が? 不気味なのは変わらない。

「どうするんだ? 主任」

 青葉が葉摘を見る。他のメンバーもだ。葉摘は少し考えたのち、結論を出した。

「一般人ならこちらで保護すべきだわ。それにもしかしたら……EPIC社に捕まっていて、逃げてきた人たちかも」

 立ち上がると、葉摘はふたりの前に出て警察バッチを見せる。

「待って! 私たちは警察です。あなたたち、もしかしてEPIC社に捕まっていた……」

 葉摘が質問を始めると、手塚ら他の刑事もアトラクション裏から出てくる。
 その瞬間だった。浄見は太ももに装備していた拳銃2丁を全員に向ける。ありあは浄見の背に隠れた。

「え……?」

 銃を向けられた葉摘はうろたえる。彼女をかばうように前に出たのは、手塚をはじめとした富田班の面子だった。

「刑事さん、私たちの邪魔をしないでいただきたいの。今、私たちは復讐を実行している
最中。申し訳ないのですが、EPIC社を調べるなら、また日を改めていただけません?」

「……あなた、誰? 復讐って……一体何が行われてるの?」

 発砲音が響いた。質問しただけなのに、浄見は容赦なく地面を撃った。これは警告だ。刑事たちも拳銃を取り出そうと、スーツに手をかける。

「ともかく、あなたたちをゴースト・ホームには行かせない。行きたいのなら、私たちを倒すことね」

「主任、手塚! 行けっ!!」

 長谷川が叫んだ。それを合図に、ふたりは走り出す。浄見の正体はわからないが、今、殺人があったゴースト・ホームで、また事件が起こっている。人が殺されるかもしれない。だとしたら、止めなくては。

「行かせないと言ったでしょう!」
「あんたの相手は俺たちだ!」

 仁科と天宮が拳銃を取り出そうとした一瞬。浄見のほうが速く、ふたりの頭を的確に撃ち抜いた。倒れたふたりに、青葉が近寄って呼吸を確認する。

「う、嘘だろ……」
「ちっ、ふたり逃してしまったようね」
「あんた、どうかしてるだろう! こんな小さな女の子の前でっ!」

 浄見に怒号を浴びせたのは娘を持つ長谷川だった。それでも浄見は顔色ひとつ変えないで、ずっと微笑を浮かべている。
 青葉が拳銃を抜くと、長谷川が同時に浄見に向かって走りこむ。乾いた音が2回園内に響くと、カチャリと音がした。浄見が銃を落とすのを見計らい、長谷川はありあを抱きしめた。

「お嬢ちゃん、もう大丈夫だ」
「……おじさんは、なんでわたしを助けようとしたの?」

 大きくため息をつくと、長谷川はありあの頭をなでる。

「おじさんにも君くらいの娘がいるんだよ」

「わたしにも、浄見さんくらいのお母さんがいたの。そのお母さんはEPIC社に殺された。警察にも訴えたけど、何もしてくれなかった。でも、その復讐を今、仲間がしてくれてるの。だから……」

 バッグの中から出てきた、ありあが持つには明らかに大きすぎる銃を見て、長谷川はびくりとする。

「おじさんは邪魔しないで」

 ありあはその銃を長谷川のあごの下に突きつけ、引き金をひいた。頭は吹き飛ばされ、ありあ自身も血まみれになる。それと同時に右肩が痛む。ありあの武器が一度しか使えない理由は、肩が外れるとわかっていたから。血と涙を流しながら、ありあは浄見を見つめた。
 浄見も銃を落としているし、ありあももう武器を使えない。
 青葉はふたりをじろりと見つめると、はぁとため息をついて拳銃をしまった。

「あんたらふたりだけなら、俺が逃がしてやる」


「ここがゴースト・ホームか……」

 純一郎たちの目の前には、まだオープンしていないアトラクションがある。その証拠に、全体がGWLのキャラクターが描かれたビニールシートで覆われていた。
不気味な庭を通り過ぎると、大きな扉。鍵はかかっていない。EPIC社の悪魔たちが、今か今かと待っているのだ。

「入るぞ」

 扉を開けると、ギィと耳障りな音がした。新築なのに扉の音が聞こえるのは、演出の都合上か。

「……まったく。協賛企業ってだけで、こんな仕事までやらなきゃいけないのかな」
「文句を言うな。持ちつ持たれつの関係だろう」

 薄暗い部屋の中、しばらくして目が慣れると、そこに大柄な男とスーツを着た細身の青年がいるのがわかる。

「……ナルミチ、客人だ」
「うん、銀二。わかってるよ」
「銀二って、岡さん!?」

 絵夢が驚いても、銀二は平然としていた。

「お嬢……。すみません、親父には謝っておいてもらえますか」

 一応銀二にも、遠山組から連絡が行っていた。それでも銀二は、遠山組ではなくナルミチを選んだ。ユウキの勘は当たった。

「ナルミチにギンジ……? OK,OK! Let’s have fun!」

 大声とともに、チェーンソーの音が響く。ライリーだ。四菱商事の岩崎ナルミチ会長とその番犬・岡銀二も武器を取る。ナルミチは居合用の刀で、銀二はドス。しかし相手はチェーンソー。さすがにナルミチは及び腰になる。

「チェーンソーって、アホなの? 無茶苦茶すぎだよ。これだからアメリカ人は……」
「俺のドスもお前の刀も折れるかもしれねぇな」

 チェーンソーの音がうるさい中、純一郎と残りの面々は先の部屋へと急ぐ。ライリーは姉の敵をひとりで討ちたいと言っていた。本当に姉のソフィを殺したのは誠之助だ。だから、ここで彼が殺されても問題はないし、ナルミチと銀二を殺せばその事実は封印される。

 こそこそと純一郎たちが次の部屋へ入ると、銀二はナルミチをあごで促した。

「……ライリー・ウッドさん……ですよね?」
「ブシは人を斬る前に名を名乗るのカ?」

 ナルミチが構えているのを、ライリーはにらみつける。

「……僕たちがお姉さんを殺したと思ってるんだったら、誤解ですよ」
「Ha! そのジョーク、つまらないネ」
「いやぁ……参ったな。話、かみ合わない」

 ナルミチは銀二に助けを求める。「お前は……」と呆れた様子で頭をかきながら、ドスを軽く持った銀二が、本題を切り出す。

「ソフィを殺したのは狩野誠之助ってEPIC社のキャストだ。まぁ、説明すると長くなるんだが……お前らはロス・セレイタスのメンバーだろ? ソフィの死は、四菱の先代が仕組んだ罠だったんだ。ちなみにその先代も、もういない。俺が殺った」

「セイノスケ……? God damn you! They set me up!」
「うわっ! 危ないっ!!」

 真っ赤になったライリーは、チェーンソーを振り回し始める。最早ナルミチと銀二を襲うというよりも、無差別攻撃だ。銀二がナルミチの頭をがしっと押さえると、その上をチェーンソーが走る。

「クレイジーすぎるよ……どうする? 話、わかったのかな」
「とりあえず、狩野誠之助に合わせて白状させるしかないんじゃないか?」

 仕方なくナルミチは、最後の部屋にいる会長ふたりに連絡する。

「こっちじゃ手に負えなさそうだから、そちらに向かいます」
『げ、マジ? ……ま、いいか。待ってるよ~』
「よし、行くぞ」
「Wait!」

 ちょうどいい具合に、チェーンソーの歯が装飾に使われていた布を噛んだ。このままふたりは裏道を通り、最後の部屋まで逃げる。物騒なチェーンソー男・ライリーも、そのあとを追った。


 第2の部屋に入った純一郎たちを待ち構えていたのは、スーツ姿のメガネの女性。彼女は見覚えがあった。いつも自分が適当に営業しているおでん屋台の常連。酒を飲んでは愚痴を吐く彼女だ。

「ここで瑞希さんにお会いするとは思いませんでした。瑞希さんも戦えるんですね」
「ジュンさん!? な、なんでこんなところに……え、まさかDCの代表って……」
「俺ですよ。いつもグテグテになっているところしか見ていないので、なんか新鮮ですね」

 冷静沈着で、ロボットのような瑞希が取り乱す。それでも仕事は仕事だ。こほんと咳払いをすると、いつも通り、会長秘書の顔に戻る。

「私の相手はDC代表と女の子ふたりですか」
「いや、女性相手に3対1は卑怯だよ。絵夢、苗。先に行ってて。すぐ追いつく」
「……追いつけるかしらね」

 絵夢と苗は純一郎を気にしつつも、次の部屋へ移動する。瑞希はそれを止めもせず、ただ純一郎を冷たい眼差しで見つめていた。
 バタンと扉が閉まると同時に、何かが純一郎の首をかすめた。壁にはいくつかの手裏剣が刺さっている。

「……なんですか、この武器は」

 壁から手裏剣を抜き、まじまじと見つめる純一郎に、少し頬を赤らめながら瑞希はつぶやいた。

「時代錯誤かもしれないけどね。うちの祖父は変人で、小さい頃一緒に忍者の修行をさせられてたのよ」

「じゃ、会長に言われて暗殺なんかも?」

「昔はね。今のバ会長たちには命令されなくなったわ。秘書としての仕事が忙しくなったからかしらね」

「EPIC社の秘書なんて、大変でしょう?」
「慣れれば問題ないわ。ただあのバカふたりはまったくいつもいつも……」

 瑞希はいつの間にか純一郎のペースに落ちていた。おでん屋台で愚痴っていたときと同じように、純一郎は笑顔で瑞希の話を聞く。しばらくガタガタぼやいていたが、瑞希もハッとした。

「……御堂純一郎! あなたにはここで死んでもらいます」
「へぇ? お得意の忍術で、ですか?」
「くっ……うるさいっ!」

 今度はくないが飛んでくる。さすがの純一郎も避けるので精一杯だ。忍者の修行が嘘か誠かはわからないが、確かに急所に当たるように投げてくる。
 武器を投げ終えると、瑞希は肩で息をしていた。これでもう攻撃は終わりだろう。そう油断したが、瑞希は小刀を取り出す。

「しぶといわね。ここまできたら確実に仕留めるわよ。あなたもいい加減、武器を出したらどうなの?」

 そう言われると同時に、ベルトのホルダーに入れておいた拳銃を取り出し、1発無言で撃った。

「……これでいいですか?」

 純一郎は笑顔のままだ。突然だったので、瑞希もびくりとする。拳銃と小刀。瑞希は少し焦る。こうなったら隙をついて首を狙うか。
 じりじりとふたりは向かい合う。どう相手に近づくか。そのとき、部屋をショートカットする裏道をドタドタと走る足音が聞こえた。今だ、と瑞希は純一郎に詰め寄る。

「これでゲームオーバーですね」
「……そうでしょうか?」
「ふん、言いたいことはそれだけ?」
「いえ。まだ言ってないことが」
「死ぬ前に聞いてあげるわ。今まで愚痴を聞いてもらったお礼に」

 こほんと咳払いをすると、純一郎は小刀を持ったままの瑞希を抱きしめ、耳元でささやいた。

「好きですよ。かわいい瑞希さんが。全部終わったら迎えに来ますから」
「え……っ!?」

 瑞希が驚いて硬直している隙をついて、純一郎は隣の部屋のドアの前に走る。

「隙あり、でしたね。俺、本気ですよ。『御堂』姓で呼ばれたのも嬉しかったし……。だから、待っててくださいね」

「嘘でしょ!? ちょ、ちょっと!!」

 30代。恋だのなんだのとは縁がない。この会社にいる限り、恋愛なんて無理だと諦めていたのに、よりによって敵対組織の代表に告白された瑞希は、その場にへたりこんだ。


 絵夢と苗が扉を開けると、そこにいたのは見知った人物だった。

「松山観冬……?」
「川勢田絵夢……ちゃん?」

 ミフユと絵夢は、同じ高校でクラスメイトだった。絵夢はもともと口数が少なく、明るいタイプではなかったのだが、ミフユの幼なじみで想い人だった箭内雫が声をかけてから交流が始まった。しばらくは3人仲良くしていたが、ミフユと雫がEPIC社のアルバイトの申し込みをしてから事情は変わった。
 絵夢は兄をEPIC社に殺されている。そのため、ミフユと雫がアルバイトの面接をうけると言ったとき、止めた。しかしふたりはアンダーベースのデスゲームに巻き込まれてしまい、ミフユは雫を殺した。
 ミフユだけ生き残り、絵夢は察した。彼女が雫を殺したことを。ミフユも、雫が絵夢と仲良くしていたから一緒にいただけだったので、ふたりは自然に離れた。

「あなたが松山ミフユね!」
「……もしかして、苗ちゃん? 雫の従妹の」

 絵夢と苗は武器を取り出した。絵夢は兄が昔譲りうけたドス、苗は大きな鉈だ。それを見たミフユは真っ青になる。何人もの人間を殺しているはずなのに、意外な表情を見せられたふたりはびっくりする。

「ふたりは……なんで私を殺そうとしてるの?」
「そんなの決まってるじゃない! 雫ちゃんを殺したからだよっ!」

 苗が大声で叫ぶ。絵夢はただ黙ってその様子を見ていた。絵夢自身、直接ミフユに恨みはない。恨みがあるのはミフユの兄だ。ミフユの兄にダメージを与えられるなら、彼女を殺しても構わない。その程度の殺意。本当に殺すなら、ミフユの兄のヒロアキだ。

「ふうん……苗ちゃん、雫のこと好きだったんだ。川勢田ちゃんも」
「大好きだったよ! いつもあたしのこと、気にかけてくれてて!」
「……じゃあ、殺さないとね!」

 ミフユの地雷を苗は踏んだ。感情がスイッチすると、蓮史郎から奪った光るナイフを取り出す。ふたりも武器を構える。同じ女子大生、ミフユと絵夢の力の差はあまりない。とはいえ、相手は殺人ショーのメインアクターだ。殺しに慣れているのはミフユ。でも、絵夢ひとりじゃない。鉈を持った苗もいる。
 しかし雫のことになると、ミフユは変わる。素早く苗の頭をつかむと、髪を引っ張りのど元に赤い線を引いた。

「大きい武器なんて持ってるからだよ!」
「うっ……絵夢さんっ!」
「松山さん、苗さんを離して!」
「イヤ。ふたりは雫にたかる蠅でしょ? 早く退治しないとね。きれいな雫に、蠅なんて!」

「武器を下ろしなさいっ!!」

 部屋にドタドタと入ってきたのは、葉摘と手塚だった。ドリームゾーンから走ってゴースト・ホームに着くと、扉が開いていた。第1の部屋にも第2の部屋にも人はいなかった。瑞希もあのあとすぐに裏道を使って逃げた。
ふたりはそのまま誰とも会うことなく、第3の部屋まで進んだのだ。
 葉摘は拳銃を構えたまま、目を見開いた。

「……苗!? なんであんた、こんなところに!?」
「お姉ちゃん!!」

 その場にいた全員が驚く。富田葉摘と富田苗は姉妹だ。葉摘はもう一度、ミフユに向かい直る。

「もしかして……雫ちゃんを殺したの、あなた?」

「殺したんじゃない。私の大切な宝物にしただけだよ。今もドラゴンキャッスルで雫は眠ってる。きれいなままでね」

「主任、どういうことですか? 妹さんがなんでここに……それと雫って誰ですか?」

 手塚も拳銃を構えながら小声で葉摘にたずねると、静かに葉摘は答えた。

「雫は私の従妹よ。私は……EPIC社に大事な人をふたりも殺されてるの」

 ひとりは松浦修平。GWLに潜入していた富田班の刑事だ。葉摘が彼を好きだったのは知っていた。だが、従妹も殺されていたなんて……。しかも、こんな女の子に? 冷や汗が垂れる。

「……よく見ると、あんたのお姉さん、雫に似てる……。雫も大人になったら、あんな感じになってたのかなぁ? ふへへっ……」

 不気味な笑い声をあげるミフユを、嫌悪感をむき出しにしてにらむ葉摘。苗もどうにかしてミフユの腕の中から逃げようともがく。手塚と絵夢はミフユを囲み、いつでも攻撃できるように構えている。

「雫の大人になった姿も見たかったな……。そうだ! お姉さんを殺して雫と一緒に冷凍保存しよう! ごめん、あんたにはもう用ないわ」

「きゃあっ!」

 ミフユは苗を蹴り飛ばすと、すっと音もなく葉摘の前に現れ、ナイフを腹に刺した。

「………かはっ」

 葉摘のスーツに黒いシミが広がっていく。ぐったりと身体から力が抜けていく様子を、ミフユは嬉しそうに見つめている。プツンと切れたのは、手塚だ。

「あー、失敗。心臓をえぐれなかった」
「このガキっ……!!」
「スイッチします――身長約180cm、男性。武器、拳銃」

 ミフユの感情のスイッチがまた始まる。しかし彼女が分析し終わる前に、手塚は動いていた。無表情でミフユの脚を撃つ。頭や身体を撃つと、葉摘にも致命傷を与えてしまうかもしれない。脚ならまだ助かる。それでも殺人モードのスイッチが入ったミフユに、痛みはほぼ感じないようで、葉摘をゆっくり下ろすと足を引きずりながらナイフを振りかざしてくる。 

 手塚はミフユに向かって一発撃った。だが、それは肩をかすめただけだった。集中して彼女の頭を狙おうと思っても、目の前には若い女の子たちがいる。この子たちにトラウマを植え付けるわけにはいかないという甘い考えが頭をよぎった。
 その間にミフユは、手塚の前に移動していた。キラキラ光るナイフが自分の胸を狙う。

「ちくしょうっ!!」

 パン、パン、パン!! と連続で引き金をひく。狙いは定まっていなかった。それでもミフユの肩と腕、腹部に命中した。がくり、と身体が崩れ落ちる。
 手塚はミフユの息を確認した。……まだ生きている。自分の好きな女性の大事な人間をふたりも殺した少女だ。殺しても問題ない。銃を静かにミフユのこめかみに当てる。

「……ダメよ……手塚。彼女は生かして……EPIC社の暗部を暴くの……」

 その言葉で拳銃をゆっくりと下ろした。すると苗が姉に飛びついてきた。

「お姉ちゃん! 大丈夫!?」
「あんたのほうこそ……何してたのよ……それと、そこの子。松山ミフユを殺しちゃダメ」

 持っていたドスでミフユの頸動脈を切ろうとしていた絵夢が、倒れている葉摘のほうを向く。

「……苗、あんたは彼女を連れて、逃げなさい。なんでこんなとこにいるのか知らないけど、うちの班のやつらがそのうち来るから。……手塚」

「葉摘さん……あんたも優しすぎるんですよ。こんなガキ、殺したってよかったのに」
「手塚まで殺人犯にはしたくないから。もう誰も失いたくないのよ……」

 ちっ、と舌打ちすると、手塚は苗に命令した。

「妹とガキ! お前は葉摘さんをここから連れ出せ! 俺はEPIC社の悪玉を逮捕する!」


「はぁはぁ……もう、なんでこんな目に合うんだよ……」
「どれもこれも先代のせいだろ」

 ナルミチと銀二が裏道を使って最後の部屋へ入ると、優雅にワインを飲んでいた会長ふたりと誠之助が待っていた。

「お疲れ~! いやあ、笑った、笑った! ロス・セレイタスってスマートな殺しをすると思ったんだけどさ~、まさかチェーンソーを持ってくるとはね!」

 少し酔っているのか、ユウキは四菱のふたりを見て大笑い。それを呆れ顔でたしなめるのがヒロアキだ。

「ふたりにも協力してもらってるのに、笑いすぎだ、バカ。大体、ロス・セレイタスは死体の顔にZなんて刻むイカレたやつらだ。あんなのかわいいもんじゃねえか? それに……そろそろ来るぞ」

 ヒロアキの予想通り、ドルンドルンというチェーンソーの音がこちらに向かって来る。ライリーだ。
 誠之助はポーカーフェイスを保ちながらも、まずいと感じていた。ナルミチと銀二に、ソフィを殺したのが自分だということをバラされている。ライリーはきっと、DCにハメられたと思っているだろう。かといって、ここから逃げるわけにもいかない。発信機の話し声を聞いて、他のメンバーがやられたのも知っている。DCで残っているのは純一郎と自分だけだ。その兄も、そろそろここへくるはずだ。EPIC社のふたりを粛清するために。

「Yeeeehaaaaw! セイノスケ! 覚悟はいいカ!?」
「……あれ、おくすりキマッてない?」
「まぁ、麻薬カルテルだからな」

 四菱のふたりは、完全に客側になっている。ターゲットが自分たちから誠之助に移ったから、すっかり安心している。

「……EPIC会長、神谷、松山! ここでお前らを始末する!」

 次に現れたのは純一郎だ。誠之助は少しだけホッとした。兄がいれば、まだライリーを説得するか、ふたりがかりで殺すこともできる。ただ問題もある。ユウキとヒロアキが丸腰な
わけがない。このふたりはDCを潰すつもりだ。となると、最悪ライリーとユウキ、ヒロアキが手を組んで、3対2になるかもしれない。
 ドルドルと絶好調でチェーンソーを構えるライリー。純一郎と誠之助は視線で合図する。誠之助が立っているのは、ユウキの横だ。最悪、持っているナイフで彼だけは殺すことができる。ヒロアキは純一郎が銃で撃ってくれれば、敵はライリーひとりになるはず。
 EPIC側が妙にリラックスしているのに違和感を覚えつつ、純一郎は銃を向けた。

「おっと、御堂家の息子サン。もうひとりゲストが来るんだよね~。ちょっと待ってくれる?」

 後ろの扉が大きく開かれる。そこから現れたのは、手塚だった。

「え!? た、田楽!? なんでこんなところに!?」

 驚いたのは、ナルミチだ。手塚はついこの間まで、ナルミチの不出来な先輩として、彼の指導を行っていた。ナルミチからすれば、本当に『なんでこいつが!?』状態。手塚は胸ポケットから警察バッチを取り出した。

「――警察だ」
「うそ、あの社内女性人気ワースト1で、彼女持ちのくせに合コン魔の田楽先輩が!?」

「岩崎! 数年間の内定調査で、お前の会社の麻薬取引のことなんてすでに把握してたんだよ!」

「ふうん。だってさ、銀二」
「知ってた」
「なら言ってよ……」

 ナルミチと銀二が緩くて適当な会話をしていると、ユウキが2回手を叩いた。

「はいは~い! これで役者はそろったかな~」

 ワイングラスを置くと、ふたりの会長が立ち上がる。こいつらは丸腰なのか? 近くにいた誠之助も、ふたりが武器をいじっていたのを見ていない。もしかしたら小型の拳銃を持っているかもしれない。それにどうもふたりからは緊張した感じが読み取れない。
 DC、警察、麻薬カルテル、そして大規模テーマパーク・GWLを運営するEPIC社とその協賛企業。確かに役者はそろっている。

「セイノスケ! You'll be in the bloody! HAHA!」
「お前ら、全員逮捕だ!」

 ライリーと手塚が大声で叫ぶ中、純一郎は誠之助に目配せした。

『神谷ユウキを殺れ』

 スッとナイフを取り出し、ユウキの首につきつけようとした瞬間。

「あ~、狩野。キミ、スパイなんだって?」

 誠之助のうしろには、銀二が立っていた。手にはドスがある。下手に動けない。

「なんで……」
「俺たちを侮るな。天下のEPIC社だぞ?」

「そうそう☆コピー人間のキミとは大違い。狩野って、御堂や阿久野がいないとなにもできないもんね!」

「そ、そんなこと……! オレは殺れる!」
「EPIC社もここまでだっ!」
「動くな! 全員逮捕……」
「セイノスケェェェ!!」

 誠之助、純一郎、手塚、ライリーが一斉に襲いかかろうとする。

「銀二」
「わかってる、ナルミチ」

 四菱のふたりとユウキ、ヒロアキはガスマスクをかぶる。

「それじゃ、みなさん! また遊びに来てね~♪」

 ヒロアキが隠し持っていた銃で天井の印を撃ち抜くと、室内にガスが充満する。ガスマスクをしていなかった人間はしばらく咳き込んでいたが、そのうち意識を失った。
最後に見たのは、笑顔で手を振るユウキの姿だった。


 ――朝が来た。
 葉摘が目覚めたのは病院のベッドの上。刺されたところが痛み、あれは悪夢じゃなかったんだと感じた。

「葉摘さんっ!」
「……手塚? みんなは?」

 私服の手塚は、死んだ富田班のメンバーのバッチを無言で見せた。本当はすぐに返さないといけなかったのだが、葉摘に知らせるまで自分の手元に置いていたのだ。

「死体は海浜倉庫の中から発見されました。大量の麻薬と一緒にね。青葉さんだけ、行方をくらましています。多分、犯人の身代わりにされたんでしょう。俺たちは、EPIC特別捜査課を下ろされました。葉摘さんにも、しばらくしたら辞令が出るかと」

「……そう」
「苗ちゃんはなんとか逃げ切って、家にいますよ」
「もうひとりの子は?」

「彼女は遠山組の娘で……警察と今、身柄引き渡しの件でバトッてます。結局俺も、倉庫で助けられて……しばらく入院してたんですよ」

「あーあ、私たち、一体なんだったのかしらね?」

 もう一度目を閉じる葉摘の手を、手塚は躊躇なく握った。

「EPIC特別捜査課は外されましたけど……俺たちが警察官なのは変わりません。みんなの代わりに、これからも俺は捜査していきます」

「あなたらしいわね」
「葉摘さんは?」
「ちょっと、『主任』でしょ」
「いいじゃないですか」
「そうね……退院したら、私もあなたについて行くわ」

 手塚と葉摘は互いに視線を合わせると、亡くなった仲間に黙とうした。
 生き残っている裏切り者がいたとも知らず――。


「あなたの目的はなんなのかしら?」

 浄見はありあを抱きしめながら、笑顔を崩さず青葉にたずねた。

「俺はEPIC社の人間だ。警察に潜入してたスパイってところか。あんたら、DCの人間だろ?」

「だったらなあに? 私たちを逃がして、恩を売る気?」
「柊浄見、あんたはともかく……俺はそっちの嬢ちゃんに話がある」
「……わたしに?」

 青葉はありあに近寄ろうとしたが、浄見がうしろに隠す。仕方なくその場にしゃがんで視線を合わせると、青葉は打ち明けた。

「お前の母親・奉りえかは、DCにハメられて殺されたんだ。お前が恨むのはEPIC社じゃない。DCだ。柊浄見、あんたもそのことは知ってたんだろ?」

 黙り込む浄見を見たありあは、そっとスカートから手を離して後ずさる。

「私は……ありあちゃんを苦しめないように、怒りの矛先を作っただけよ」
「お得意の催眠だか心理学だかを使ってか。まあいい。だったら、最後まで責任取ったれ」
「……どうやって?」
「あんたが母親になるんだ。ありあのすべての記憶を消してな。幸せな結末だ」

 話を聞いた浄見は、後ろに下がったありあの目をじっと見つめる。それを満足そうに、青葉は眺めていた。


 スマホが震えた。こんなときに冗談じゃない! そう思いながら、誠之助は通話ボタンを押す。

「なんだよ! 純一郎兄ちゃんっ! こっちは超ヤバいんだからねっ!」
「HAHAHA! Let’s play!  セイノスケ!」

 誠之助は北海道の広い大地で、チェーンソー男に追いかけられていた。もちろんチェーンソー男というのは、ライリーだ。

「ライリーのやつ、しつっこいっ! ヤク中で、目イッちゃってるし! なんでオレ、こんな目にあってんの!? 助けてよ!!」

「そう言われてもなぁ~……俺も絶賛連行中だよ?」
「誰? ジュンさん」

 電話口で聞こえたのは女性の声。純一郎は瑞希のスポーツカーで、沖縄を走っていた。誠之助は大きなため息をつく。弟を捨てて、女と逃亡中!? ふざけんな!

「かわいい弟でしょ! 迎えに来いっ!」

「イ・ヤ。やっと御堂家の呪縛から解けたんだしなぁ。孝之助と蓮史郎を失ったのは残念だけど、ふたりの分人生謳歌しないともったいないよ。晃さんだって骨折したけど、そこで知り合ったナースと結婚するっていうし? それに誠之助も、もう誰のコピーもしなくていい。自由の身なんだから」

「ライリーに襲われてて、自由も何もないだろっ!」
「まぁ頑張れ! じゃ、また!」

 電話はそこで切れた。

「いいの? 弟くん」
「いいの。それよりも俺たちの未来について考えようよ。瑞希さん♪」
「……しょうがないわね」

 瑞希は純一郎を監視するという名目で、完全にバカンスを楽しんでいた。
 EPIC社に入って、ようやく手に入れた心からの休みだ。しかも一緒にいるのは自分を理解してくれるいい男。
 もともと瑞希としては、敵も味方もなかった。会社のためにゲームに参加していただけだ。純一郎にも敵意はない。だから……。

「こき使われてたんだし、もう素に戻ってもいいわよね」

 髪をまとめていたゴムをうしろの座席に捨てると、南国の風に吹かれた。


 こうしてDCというEPIC社の敵は自然消滅した。ついでにこちらを嗅ぎまわっていた警察たちも。
 ゲームの結末を考えたのは、ユウキだ。やっぱりトリッキーなやつだなと思いながらも、夕刊を読む。特に内容に変わったことは載ってない。少し前に、刑事が麻薬絡みの事件で大勢死んだということくらいだ。

「ほら、夕飯。できたよ~」
「今日は和食か。いいよな~、焼き鮭に味噌汁」

 相変わらず、ふたりはEPIC社で会長を務めている。問題があるとしたなら、ミフユが現在入院しているということくらいだ。しかし、もうしばらくすれば退院する予定である。

「ミフユちゃん、退院後もアンダーベースで働くの?」

「実はさ……あいつ、今回のことが色々ショックだったらしくて、雫ちゃんの記憶が抜けちまったんだよ。それもごっそりと。だからこのまま、引退させる」

「そっか~。もったいない。いいアクターだったんだけどなぁ~」
「その代わり……おっと、話をしようと思ったら」

 ヒロアキがスマホに出る。相手はキャットだ。

『ちょっとヒロアキサン! こっちはキャパオーバーだよ! 瑞希サンも休暇中だし……人手増やしてって、何回言ってると思ってるの!?』

「あー……そのうちな。それと、アンダーベースのバイト管理、頼んでたよな。またメインキャストが抜けるから、新しいメンバー補充しておいてくれ」

『はぁ!? ちょ、ちょっと聞いてないっ……』

「……騒がしい」
「うわ、ヒロアキひどっ!」
「じゃあユウキが聞いてやれよ」
「イヤ。それより、久々に飲もうよ! 何にする~!?」

 ユウキは小さなワインセラーの中から、どれにするか品定めをしている。

「じゃあ、シャンベルタン」
「おっけー! 外で飲もう!」

 グラスとワインを持つと、バルコニーに出る。目の前にはドラゴンキャッスル。
 ヒロアキとユウキが住んでいるマンションからGWLはよく見える。今もちょうどパレードが行われているのがわかる。
 ユウキは栓を抜くと、グラスにワインを注ぐ。

「これからも最高に楽しんでいこうね!」
「ああ、この素晴らしく悪夢のようなテーマパークでな」

 ふたりがグラスをかかげると、ちょうど花火が打ちあがる。ヒロアキとユウキはにやりと笑うと、これから始める新しいゲームに期待で胸を膨らませる。

 ――グローバルワンダーランド。ここは夢と希望と幻の国。その正体は、現実と絶望と狂気の国だ。そこで遊ぶふたりの青年は、創造者であり、悪魔でもあった――。
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