1ー4

文字数 2,354文字

 昼休み、伊藤は僕と学食に来ていた。

「伊藤くんは……普段何してるの?」
「オレ? 一応忍者だからな。山に籠って忍術の修行だよ。だから高校は通信制にしたんだ」

 忍者なんて、僕をからかってるのか? でも、心を読んでもそんなことは考えていないみたいだ。だからこそ余計に僕はこんがらがっていた。

「忍者って、何?」

「何って聞かれても……。主君に仕える草の者だよ。オレの家系は代々御庭番とかやっててさ。じいちゃんがいまだに現役で、忍術を教えてくれるんだよね」

 御庭番の家系と聞き、僕は少し飲み込んだ。つまり、こいつもなんだかんだ言って僕と一緒で「訳アリ」ってことか。

「君も将来は忍者になるの? 忍者って仕事、聞いたことないけど」

 意地悪く聞いてみたら、今日の日替わり定食のハンバーグを食べながら伊藤は案外現実的な答えを返した。

「そりゃあね。基本的にはみんな秘書とかSPとか企業スパイとか、そういう仕事に就いてる。『忍者』って仕事じゃなくて、忍術を利用して仕事してるって感じかな」

「ふうん……」

 変わってるな、と思ったが、自分も『超能力者』という肩書で飯を食っている家系なので人のことは言えない。伊藤はご飯をフォークですくって食べながら、僕に尋ねる。

「それより、なんでお前縮地なんて使えるの? 結構オレ、マスターするのに修行したんだぜ?」

「えーと……」

 こいつに話して大丈夫だろうか? 心を読んでもこいつの場合、裏表がない。深層心理と思考も合致している。だからこそこいつがわからない。信用していいものだろうか。

 でもま、どうせスクーリングの間だけだ。嘘をつくのも面倒くさい。どうせ信じやしない。

「さっきのは縮地じゃなくて……テレポーテーションなんだ」
「へ? テレポーテーションって……お前、超能力者なの!?」
「え、あ、うん……まぁそんなところ」
「すっげぇ!! オレ、山に籠ってたから超能力者に会うの始めてだよ!」
「声が大きい……」
「ごめん、ごめん」

 声のトーンを注意しながら、僕はミートソースパスタを口に運ぶ。信じやがった、こいつ。ってことは、単純バカなのか? それとも世間知らずすぎるのか? 自分が言うのもなんだけど、超能力者が現実にいると思ってるなんて、頭の中お花畑か?

「テレポーテーション以外にはどんな力が使えるの?」
「サイコキネシスとかテレパシーとか、透視とか……あとは残留思念を読み取ったり」
「じゃあ、就活には困らなさそうだな」
「就活?」
「オレら、3年じゃん。オレは就活するんだよね。シロは大学に行くの?」
「いや……まだ考え中だけど。っていうか、『シロ』って何」
「つくもって『白』って書くんだろ? だったらシロって呼んでもいいかなーって」

 距離感0だな、こいつ。まずいのに関わったかもしれない。

 だけど、就活か……。僕は進学の道も就職の道も考えていなかった。進学は最小限の勉強しかしていないから、今更受験なんて無理だと思う。就活については一応力と親のコネがあるから、仕事とお金には困らないだろう。する必要がない。

「伊藤……くんは」
「要でいいよ」

「ごほん、『伊藤』は就活するって、どんな職種に行くの? 忍者なんでしょ? 親のコネとかないの?」

 意地悪く聞くと、伊藤は困ったのかあごに手をやった。

「うーん。それがさぁ、うちの家系は『コネ禁止』なんだよね。努力して職に就けって考えで。それに、俺自身もできることなら尊敬できるような主君に仕えたい」

「主君って、時代錯誤な」
「時代錯誤かもしれないけど、主君がいたほうが楽だよ?」
「……どういう意味?」
「会社のトップより、部下のほうが楽ってこと。責任取らなくていーじゃん」
「はは……」

 確かにそれはそうかもしれないな。苦笑いしながらパスタを食べる。

 案外この伊藤という人間は、単純バカというわけでもなさそうだ。うちの父なんかは一応コンサル会社の社長という肩書を持っている。たまにミスをすると、逆恨みして襲われることもあった。そういう意味ではトップよりもその下で働いている『社員』のほうが楽なのだ。
 会社の運営を考える必要もない。

「そういうお前は?」
「僕?」
「就職か、進学か」
「……しばらくはニートでいいかなと」
「えぇ~!? つまらなくないか? 普段家で何してんの」
「……寝てる」
「寝てる!? それって、いつも力を使いすぎるようなことをしているから……とか?」
「違う。やることがないから寝てる」
「それって人生の無駄遣いじゃね!?」

 人生の無駄遣いって言われてもな。

 僕は最小限の力ですべてのことをしてきている。はっきり言って、高校なんて通わなくてもいいんだ。学校の勉強なんて、先生の思考を透視してテスト問題を知ってしまえば余裕。体育だって、体を動かすことは面倒くさいけども超能力を使えばそんなことをする必要がない。

「僕のやることなんてないから。夢も希望もないんだよ。超能力が使えたらわりとなんでもできるから」

「なんでもできるから何もできない、何もしないって変な話じゃないか?」

 何気なく言われた伊藤の言葉にピクリと眉を動かす。

「……じゃあ、どうすりゃいいって言うんだよ」
「人生なんてどうせ死ぬまでの暇つぶしなんだから、何かしてみたら? ってこと」
「何かって?」

「オレの場合は就活だけど。そうだ! 放課後さ、ここの学園の就活相談センターに行ってみない? その『何か』が見つかるかもしれないよ」

「うーん……」

返事を濁しているうちに、伊藤はハンバーグを平らげる。

「とりあえず行ってみようよ、時間はあるんだろ?」

 何かが見つかるかも、か。僕には時間がある。使いきれないほどの死ぬまでの時間が。その中の1時間や2時間くらい、こいつに付き合ってやってもいいかな。時間は山ほどあるんだから。
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