Childhood Days
文字数 17,391文字
今日はクリスマスだ。
僕の通っている私立の小学校も、本日から冬休みに入る。普通の子どもだったら大喜びの一日だと思うが、僕は違った。
僕の家は、代々政治家の家系。祖父も父も。母は違ってある大きな企業の社長令嬢だったみたいだが、3人ともクリスマスは外出。後援会のクリスマスパーティーに参加すると聞いている。
僕はひとりお留守番だ。後援会のクリスマスパーティーに行ってもつまらないし、父や母と一緒に挨拶周りに行っても子どもは邪魔だ。
「お待たせしました、坊ちゃん」
家政婦の真鍋さんと運転手の天野さんが僕を迎えてくれる。小学校からの帰りは、いつも車だ。そのほうが安全だということで。僕を狙う誘拐犯などから身を護るためらしい。
家に帰ってもむなしい。真鍋さんがきっとご飯の用意はしてくれるだろうし、ある程度僕の機嫌も取ってくれるとは思うんだけど、それは仕事だからだ。ひとりでクリスマスを過ごすのと変わりない。車窓を見ながらため息をつくと、真鍋さんがにっこりと笑って言った。
「坊ちゃん、今日はクリスマスでしょう? おじい様とお父様に、坊ちゃんひとりでも寂しくないようにと、お屋敷でパーティーを開こうと提案してくださったんですよ」
「クリスマスパーティー? 父さんたちは家に?」
「残念ながらみなさんは後援会のパーティーに行かれますが、『お友達』が待っていますよ」
「は? 友達?」
僕はつい露骨に嫌な顔をした。正直なところ、小学校で友人と呼べる人間はいない。塾でも。友達、なんて言って、どうせ親たちの取り巻きの子だろう。子どもを集めれば仲よく楽しく過ごせると思うなら大間違いだ。その集められた子どもたちも、親に近づく取り巻きみたいに、僕におべっかを使ってくるかもしれない。だったらひとりで過ごしたほうがマシだ。
くだらない。
「それってもう、決定事項なんですか?」
「あら、坊ちゃんはパーティーお嫌い? クリスマスのために、ナニーが来るのに」
「……そこまで子どもじゃありません」
ナニーが来るってことは、真鍋さんのことだ。きっと早々に自宅へ帰り、家族とクリスマスを過ごすのだろう。ずるいな、大人は。自分の都合のいいように脚色して発言するんだから。
しばらくすると、品川の一等地にある大きな白い家が現れる。ここが、僕の家だ。
着替えを済ますと、僕はさっそく冬休みの宿題に取りかかった。それと塾の勉強も。冬休みの宿題はさっさと終わらせて、ライバルを倒すために塾の勉強をする。クリスマスだろうがなんだろうが、関係ない。
僕がダイニングで勉強をしていると、真鍋さんがノートと教科書を取り上げる。
「ちょっと、何をするんですか? 勉強中なのですが」
「坊ちゃん、言ったでしょう? 今日はクリスマスパーティーをするって。クリスマスツリーを出すの、手伝ってください。あとでみんなで飾りつけを……」
本気か? 僕ははっきり言って、相当ないい子だと思うぞ。クリスマスパーティーもしなくていい、プレゼントもいらない。自ら進んで勉強をする。なのに、なんでそんな遊びに時間を費やさなくちゃいけないんだ。
むすっとしていたら、真鍋さんはにこにこしながら僕の手を引いて2階へ上る。
「そんな顔なさらないでください。坊ちゃん、勉強だけじゃなくて遊びも大事なんですよ。うまく遊ぶことも覚えないと、政治家にはなれませんよ?」
「遊ばなくて結構。僕は……」
そのとき、インターフォンが鳴った。お客か? 真鍋さんがパタパタと玄関まで急ぐ。モニター越しに確認すると、鍵を開けた。
「あらあら、お待ちしてたんですよ~。柊さん」
「すみません。バス停から少し迷ってしまって」
黒いコートに白いマフラーを巻いた若い女性が顔を見せる。その足元には、3人の子ども。泊りがけだからか、リュックサックを背負っている。全員男で、僕より年上そうなのがひとりと、年下っぽいのがひとり。幼稚園くらいのガキがひとりいた。こいつらとクリスマス中は一緒なのか……はぁ。
「坊ちゃん! みなさんがおいでになりましたよ!」
真鍋さんに言われて、僕は渋々階段から降りてくる。どんなに嫌な客でも、今日の僕はこの家の主人だ。きちんと挨拶しなくては。
「……僕は御堂孝之助です。お寒い中ようこそいらっしゃいました。どうぞ、お入りください」
本当は回れ右してご帰宅ください、など言えやしない。一応、彼女らは父が呼び寄せたんだ。形式的にもパーティーごっこをしなければ、親たちの顔に泥を塗る。真鍋さんも僕の態度を見て、安心したようだった。
女性と子どもたちは家へ入ると、上着を脱ぐ。黒のワンピースか。なんだか映画に出てくるヒロインみたいだ。ナニーとしてきた彼女は、確かに美人だし若い。悪い気はしない。
「私は柊浄見です。今日と明日、よろしくね? コウくん」
「こ、コウくん!?」
こんな呼び方されるの、初めてだ……。みんなからは『孝之助』とか『坊ちゃん』とか呼ばれることしかなかったのに。
柊さんは、子どもたち3人に自己紹介するように言った。
「風間純一郎。コウくんよりは年上かな。よろしく」
純一郎ことジュンくんは、12歳だと言った。僕より4つ上か。まだ小学生だとは言っていたけど、落ち着いている。フードのついた上着を羽織っていて、ポケットに手を入れている。
その後ろから顔を出したのは、黄色いパーカーに水色のズボンを履き、片方の足首のところを折って短い丈にしている、チャラチャラした子だった。
「ちーっす! コウっていうの~? オレ、蓮史郎! 阿久野蓮史郎! レンって呼べってお姉ちゃんが!」
お姉ちゃん? ああ、柊さんのことか。それにしてもレンくんは騒がしいな。彼は僕より2つ下。6歳で、小学校2年生らしい。
最後にひょこっと顔を出したのが、最年少の子だ。
「あ、あの……ボク……」
「おい、セイ! きちんと自己紹介しないと! 何ビビってんだよ」
「ボク……狩野誠之助」
名乗ると、また柊さんのスカートの裏に隠れてしまった。狩野くんの服装はぶかぶかな灰色のスエットっていうのか? 僕からしてみたらパジャマみたいなものだけど、身なりに興味がないのかもしれない。
「セイくんは恥ずかしがりやみたいだね。今日は仲よくしてほしいな、コウくん」
「うん……」
しめるようにジュンくんが手を差し伸べる。握手ってことだよな。ここまできたら仕方がない。僕は彼としっかり握手をした。
「それでツリーなんですけど、まだ出してなくって」
「大丈夫です。私とみんなで出しますので、真鍋さんはお料理をお願いできますか?」
「ええ! 喜んで」
真鍋さんは僕を含む子どもを全員柊さんに預けると、さっさとキッチンへ行ってしまった。
「さ、みんなでツリーを出しましょう! コウくん、どこにしまってあるかわかる?」
「わかります……けど」
「へぇ~!! ツリーって、どんだけでかいの!? やっぱコウん家、でかいし、ツリーもでかいの!?」
レンくんはともかく声がでかくてテンションも高い。それをジュンくんは苦笑いしながら見ている。セイくんは相変らず柊さんのそばだ。
「レンくん、あんまり声がでかいとコウくんの迷惑だよ。ね?」
「……別に」
小さくつぶやくと、ジュンくんは僕の顔をむにっとつねった。
「ひゃっ!?」
「はは、ごめんね。あんまりにも無表情だったから。いきなり俺らが押しかけてきて気分が悪いのはわかるけどさ、クリスマスなんだし、もっと明るく行こうよ。俺も君に笑ってて欲しいしね」
「……だからってつねることはないだろう。一番年上なのに」
「ふふっ、ジュンくんはコウくんの笑顔が見たいのよ。仏頂面してたら、サンタさんも逃げちゃうわよ?」
「サンタなんて……」
非現実的だ、と言いかけて止めた。ジュンくんとレンくんがまずい! って表情をしたからだ。ふたりの視線の先には、セイくんがいる。
「え? ……サンタさん、来なくなるの?」
柊さんにたずねるセイくん。そうか。彼はまだ幼いから、サンタを信じてるんだ。僕がそれに気づくと、ジュンくんとレンくんはほっとしたような顔をした。危なかった……。
僕のフォローをするように、ジュンくんはセイくんの頭をなでて言いきかせる。
「大丈夫だよ。サンタさんはきっと来るから」
「そ、そうだよ! っていうか、もし来なかったら、オレしばく! プレゼントなしなんて、嫌だよな、コウ!」
レンくんにふられた僕も、慌ててうなずく。
「もちろんだよ! 僕だって、頼んだ参考書がもらえなかったらって思うと……」
「え? 参考書?」
「う、うん」
ジュンくんが目を丸くすると、レンくんも笑い出す。
「ははっ! 嘘だろ~!! コウすげぇ~!! クリスマスに参考書って、頭いいんだな! オレはね、ちなみに新しいダンス用のシューズ!!」
「へぇ、レンくんはダンスをやってるんだ」
「オレ、将来ダンスやりてー! って思ってて!!」
ジュンくんとレンくんが楽しそうに話をしていると、柊さんも会話に混ざる。
「ジュンくんはサンタさんに何をお願いしたの?」
「俺は……ゲームかな。新しいソフトが出たから」
ジュンくんは年相応のものを欲しがっている。レンくんも好きなものだし……僕の『参考書が欲しい』っていうのは、やっぱりおかしいのかな。残りのセイくんは何が欲しいんだろう。
あまり慣れ合うつもりはなかったけど、僕は声をかけてみることにした。
「……セイくんは……サンタさんに何を頼んだの?」
「え、えっと、ボクは……きれいなもの」
「きれいなもの?」
あまりにも漠然とした答えに、こっちが困ってしまう。僕の参考書というプレゼントが、まだ普通にあり得ると思えるくらいだ。
「具体的には?」
「きれいなものならなんでも……」
「コウ! きっとセイは『むよく』ってやつなんだよ! セイ、いいものもらえるといいな!」
「う、うん!」
へぇ、無欲か。ま、セイくんを見ているとそんな感じだ。プレゼント談義も悪くない。
普段、ほとんど同年代の友達と話をしない僕だけど、こうやって一緒に何かおしゃべりする時間って言うのも……その、悪くはないな。入口で突き返したいと思っていた気持ちが、だんだんと薄らいでいく。ジュンくんはみんなをまとめてくれる優しい兄といった感じだし、レンくんは騒がしいけどムードメーカーだ。セイくんも引っ込み思案ではあるけど、
なんというか、守ってあげなくてはと思ってしまう。
「コウくん、ツリーは?」
「ここのクローゼットに入ってます」
「では、みんなで協力して運びましょう!」
僕たち子ども4人は、柊さんに言われた通りツリーをリビングへ運ぶと、さっそく飾りつけを始めることにした。
「うおー! すげー!! でかっ!!」
天井近くまであるツリーに、レンくんは大はしゃぎ。セイくんも目を丸くしている。
「うちのは片付けるのが大変だからって、棚の上に飾れるくらいの大きさだよ」
ジュンくんも嬉しそうだ。
毎年ツリーの飾りつけなんて、お客が来るときに真鍋さんがちゃっちゃとやってしまうから、僕自身もみんなでするのは初めて。かわいいモールやオーナメントを下からバランスよくつけていく。上の部分は身長の高いジュンくん担当だ。
「星、きれい……」
「じゃ、セイくんつける?」
てっぺんの星は、セイくんがつけることになり、ジュンくんが彼を肩車する。星がつけ終わると完成。
「すごいな……」
僕は思わずつぶやいた。いつもはこんなツリーに感動なんてしないのに、自分たちの手で飾りつけすると、やっぱり楽しいしやりがいもある。
「なんだよ~、コウ! 自分の家のっしょ? なんで驚いてるの」
「べ、別にいいだろう? こんなことするの……初めてだったから」
レンくんにからかわれた僕は、真っ赤になる。それを見たジュンくんも目を見開く。
「初めてだったの? 意外だなぁ」
「で、でも……ボクも初めてだったから、その……楽しかった」
セイくんがジュンくんの後ろから顔を出してつぶやく。そのとき真鍋さんが、食事の準備ができたと声をかけた。
今日の夕食はローストチキンとオムライス、サラダにシチューだ。
「うおー! 超豪華!!」
「クリスマスらしいね」
「おいしそう……」
僕としてはこういう食事はわりと慣れていたので感動はそんなになかったけど、みんなが喜んでくれるのなら……ちょっと嬉しい。
「肉、にく~!」
「レンくん、そのまえにいただきますでしょ?」
柊さんに言われて、僕らは食事に手を合わせ、「いただきます」と声をあげる。飲み物はシャンメリー、デザートはブッシュ・ド・ノエル。クリスマスらしい食事を思う存分楽しむと、柊さんは僕らに提案した。
「ねぇ、食べ終わったらみんなでゲームをしない?」
「ゲーム?」
彼女のいうゲームとは、イス取りゲームのことだった。食事を済ませて後片付けを手伝うと、少し食休みしてからイスを並べた。僕らは4人だから3つだ。ダイニングからリビングに運ぶと、柊さんが音楽を用意する。
「何の曲を使うんですか?」
「グローバルワンダーランドのパレードの曲よ。『ウサギー・マーチ』って曲名だったかしら」
柊さんはコンポにCDを入れる。
グローバルワンダーランドか。僕は行ったことがない。混んでるし、親たちは僕を遊びに連れ出してくれるほど暇じゃない。
「俺も行ったことはないな。あそこは迷子になるから危ないって母さんが」
「オレも! みんなの話を聞いて、行きてー! って思うんだけどさぁ、『遊園地に行く暇があったら勉強しろ!』とか言われちゃって」
「ぐろーばるわんだーらんどって?」
なんだ。みんな行ったことないんだ。僕は安心した。みんなうちとは違って、普通の家庭みたいな感じだから、てっきり一度は行ったことがあると思った。まぁ、セイくんに関しては、年齢的に早いのかもしれない。
柊さんはみんなをまとめると、ルールを説明する。イス取りゲームにルール説明なんてないが。
「いい? 音楽が止まったらイスに座ってね。最初はこのルールで行きましょう」
「は~い!」
全員が返事をすると、ゲームスタートだ。音楽に合わせて、僕らはイスの周りを歩く。
「はい、ストップ!」
音楽が止まると同時に、僕とジュンくん、レンくんがイスに着く。セイくんは一番小さいこともあってか、さっそくゲームオーバーだ。
「ふ、ふぇ……ぼ、ボク……ボク……」
「あらあら、泣かないの。セイくん。2回目はハンデをつけましょうね」
柊さんがそう言ってセイくんをあやす。そのときちょうど、片付けが終わった真鍋さんが、柊さんに声をかけた。
「じゃあ私、今日は帰らせてもらいますね。あとは柊さん、よろしくお願いします」
「はい、お疲れ様です。それではゲーム再開しましょうね~!」
イス取りゲームは単純だ。身体が大きい人か、運動神経がいい人間が勝つ。僕は2回戦で敗退してしまった。勉強は得意だけど、運動はちょっと……だから。レンくんは運動神経が相当いいみたいだ。ダンスをやっているだけある。ジュンくんはやっぱり最年長だけあって、手加減していても勝ってしまう。この回の優勝はジュンくんだった。
「さて、では2回目のゲームだけど……ここからは少しルール変更しましょう」
「ルール変更?」
「ええ」
柊さんは笑顔だが、子どもだった僕たちは彼女の笑顔に見事だまされていたんだ。
「2回目からは、イスに座れなかった人のプロフィールを私がお話ししちゃいま~す」
「プロフィール? どういうことですか?」
「ほら、みんなは今日初めて顔を合わせたでしょ? クリスマスが終わっても、みんな仲良く遊べるように、お互いのことを知っていた方がいいと思って」
「ふーん、いいんじゃん?」
「そうだね。俺もまだ、みんなのことをよく知らないし」
レンくんとジュンくんも賛成なら、ここで水を差すのも悪い。僕もうなずくが、セイくんはよくわからないといった顔をしている。
「ぷろふぃーるって?」
「自己紹介……つまり、自分のことを話すってことだよ」
僕が簡潔にセイくんに説明すると、こくんと頭を縦に振った。
「みんなのこと、ボクも知りたい……」
「それなら決まりね」
柊さんが手を1回叩く。2回目からのルールは、
・座れなかった人は柊さんに紹介される
・セイくんはハンデとして、1回戦は勝ち進める
「わかった? では2回目、スタート!」
柊さんは楽しそうな声を上げた。
楽し気な音楽が響き渡り、また途中で止められる。2回目、第1回戦の敗者は……。
「僕!?」
悔しさのあまり、つい大声を出してしまった。イスに座ったレンくんは、ふふんと鼻で笑うと僕にいじわるを言う。
「へっへ~ん、オレ、勉強はできないけど、こういうのは得意だからね! コウももっと運動しろって!」
くそ、年下のくせに……。下唇を噛むと、柊さんが笑顔で間に入る。
「こらこら、ケンカしないの。それじゃ、コウくんのプロフィールと得意なことでも教えちゃおうかな?」
「柊さん、僕の得意なこと知ってるんですか?」
「まあね! 私はみんなのことならなんでも知ってるんだから!」
そう言って柊さんはぐっと拳を作る。もしかしたら前もって僕らのデータを仕入れているのかもしない。子どもを預かるんだし、それくらいしていてもおかしくはない。
「コウくんは5月4日生まれのおうし座A型。得意なことは勉強! 学年で一番頭がいいのよね」
「そのまんまだね」
「こら、レンくん!」
レンくんがつぶやくのをジュンくんがいさめる。……プロフィールってこんなものか。所詮若い女性だ。きっと子守り役っていうのもバイトか何かだろう。まあいい。この程度のことを紹介されたところで、恥ずかしくもなんでもない。僕が学年一の秀才なのも本当のことだし。
「性格は自分にも人にも厳しいタイプ。ちょっと頑固かしら?」
「それを他人から言われる筋合いはありません」
一日二日しか一緒にいない人間に、そこまで言われたくないとむくれると、みんなはなぜか笑った。
「本当に頑固だな! コウ」
かえってレンくんは僕の反論がツボだったようだ。悔しいことこの上ない。
僕は次に負ける人間を、円の外で待つ。2回戦からはセイくんも加わるが……当然というかやっぱりというか。負けたのは彼だった。
「セイの得意なことなんてあんの?」
「うぐっ……」
レンくんは相変らずだな。先ほどから悪ふざけが過ぎる。僕はつい、セイくんをかばった。
「レンくん。セイくんは一番年下なんだから、あんまりいじめるような真似はしないほうがいい。年上として情けないとは思わないのか」
「……コウくんって、話し方が先生みたいだね」
意外なところからツッコミが来て、僕も口をつぐむ。ジュンくんはどっちの味方なのだ。
「それではセイくんのプロフィール。1月26日生まれのみずがめ座、B型。幼稚園では大人しくていい子なのよ」
「………」
セイくんは黙ったままだ。大人しくていい子というよりも、自分の意見をはっきり言えない気が弱いタイプと言った方が正しいだろう。
「得意なことだけど……モノマネがうまいのよね」
「へぇ。どんなものの真似ができるの? 犬とかかな?」
ジュンくんがたずねると、セイくんは大きく息を吸い、鋭い目つきに変わる。そしてニヤリと笑うと僕らを驚かせた。
「うっわ! マジでモノマネできると思ってんの!? オレのモノマネなんて大したもんじゃないし~?」
「え!? ちょ、マジで!? 今のオレの真似だよね!?」
僕たち3人は開いた口が塞がらなかった。今のはレンくんの真似……。テンションもそのまんまだったけど、表情や声まで一緒だった。モノマネってレベルじゃない。これは、コピーだ。僕が学年一の秀才なんてことより、彼のモノマネのほうがすごい。勉強なんて誰だってできる。それに、僕はまだライバルにすら勝ってない。セイくんはセイくんしかできないものを持っている。
「すごいな、セイくんは」
ジュンくんもセイくんを褒める。一番年下だし、誰かの後ろにずっと隠れていたから僕は侮っていた。彼はすごい。
「さあて! 次はジュンくんとレンくん、どちらが自己紹介する番かしら?」
また軽快な音楽が部屋に響く。柊さんは小さく微笑むと、手元の停止ボタンを押した。
「げっ! マジかよ~。ジュン兄の勝ちって」
「ごめんね、レンくん」
「それではレンくんのプロフィールと得意なこと……。2月15日生まれのみずがめ座B型、学校ではお調子者っていわれてるわね」
「お調子者ってか、明るくて楽しいって言ってよ。お姉ちゃん」
柊さんにもビシッと文句を言うレンくん。だが、その顔は笑っている。……やっぱりお調子者だ。
「得意なことはダンスを中心に身体を動かすことよね?」
「まぁね~! ちなみにこんなこともできるよん♪」
レンくんはイス取りゲームに使っていたイスの背もたれに手を置くと、その上で逆立ちしてみせた。この特技もすごいだろう。小さいときに観に連れて行ってもらった、中国雑技団の演技かってくらいだ。
パッと手を離して、床に足をつくと、レンくんは人差し指で鼻の下をかく。
「……ま、今はもうひとつハマッてることがあるんだけどね」
ぼそりと言うと、僕たち敗者席に座る。ハマッてること? なんだろう……。少し興味はあったけど、レンくんが大きな声で言わなかったってことは、大したことじゃないんだろう。
「ところでジュンくんが優勝しましたけど……彼のプロフィールは聞けないんですか?」
「あ、それな! ジュン兄のことだけ何も知らないって、差別ですぅ~」
僕が柊さんに問いかけると、レンくんも口を尖らせて抗議する。ぱっと見た感じ、ジュン君は普通の小学生に見える。欲しいプレゼントもゲームだっていうし。一番年上だけあって、落ち着きもある。それでも、ひとりだけ何も知らないのはつまらない。
「そうねぇ、じゃあジュンくん。あなたは自分で自己紹介してもらおっかな?」
「はい……って、改めて言われると緊張するな」
うなずくとジュンくんはぺこりとお辞儀をした。
「えっと、俺の誕生日は8月11日でしし座のAB型。学校では普通……かな」
「ふふっ、そういうけど知ってるのよ? ジュンくんは人をまとめるのがうまいから、いつもリーダーにされちゃうの」
「嫌がらせじゃねーのー?」
レンくんの言葉に、柊さんは首を左右に振る。
「人望ってやつかしらね。みんなジュンくんを頼るのよ」
「や、やめてって、柊さん」
人望かぁ……。もしかしたら、ジュンくんみたいな人が、本当は政治家にむいているんじゃないかな。僕は祖父や父が政治家だし、将来はきっとその仕事を継ぐ。勉強はできるけど、人望がなかったら、票は得られない。僕が目指すべき存在は、ジュンくんみたいな人なのかもしれない。
「で、でも……なんとなく、ジュンお兄ちゃんの近くにいるの、イヤじゃない……」
人見知りのセイくんにもそう言われるんだから、人柄なんだろうな。
「ねーねー、次のゲームは?」
柊さんにレンくんが催促する。今度のゲームに負けた人は、家族構成について紹介されることになった。そんなことを知られたところでなんだって感じではあるけど、少し興味はある。
何回も言うが、僕の家系は代々政治家。大人たちが留守の間、僕と遊ぶように仕向けられたこの子どもたちの親は、僕の親とどう関係があるんだろう。
最初は僕の御機嫌取りに来たとばかり思っていたけど、ジュンくんやレンくんは遠慮なしだし、セイくんは僕に声をかけようともなかなかしてくれない。純粋に、後援会の面子のお子さんを連れてきたのか? それでもちょっと納得できない。
3回目のゲームも、1回戦目はセイくんはお休み。2回戦目からの参戦だ。そして、また1回戦負けしたのは僕。ジュンくんとレンくんにはやっぱり勝てない。身体が大きいのと運動神経バツグンなふたりには歯が立たない。僕もハンデをもらいたいくらいだけど、レンくんは年下だし、僕の威厳というものがなくなってしまう。
「さて、御堂孝之助くんの家族構成だけど……おじいさんとお父さんは政治家、お母さんは社長令嬢だったのよね」
「ええ。今日は全員、後援会のパーティーに出ていますが」
「お父さん……」
……なんだ? 僕の家族構成が発表されると、なぜか3人ともうつむいてしまった。何か変なところがあるというのか? 確かにうちは政治家の家系だけど、それ以外はいたって普通の家だと思ったんだが。
しかし、その考え自体が凝り固まった子どもの思想だと、すぐ気づかされることとなった。
2回戦で負けたのは、またセイくん。セイくんの家族構成はどんなだろう。引っ込み思案なところを見ると、なんとなくだけど強いお姉さんがいそうな感じだ。
「狩野誠之助くんのご家族は、銀座で働くお母さんひとりなのよね」
「……うん」
え……。そうだったのか。セイくんにはお父さんがいない。だから僕の家族構成を聞いたとき反応したんだ。それを聞いたジュンくんは黙り込んでしまう。その雰囲気を破ったのがレンくんだった。
「暗くなるなって! オレとジュン兄との勝負がまだついてないんだから! 今度はぜってー負けねぇんだからな!!」
「俺だって負けないよ?」
ほっ……少し安心した。このままだったらみんな、クリスマスとは思えないような暗い空気のままで過ごさなくてはいけなくなったところだった。
「では、3回戦目スタート!」
もう聞きなれてきた『ウサギー・マーチ』だが、止まるタイミングはわからない。柊さんもふたりの様子をうかがっている。レンくんはじっとジュンくんを見据える。――そのとき。
「もらった!」
「そうはいかないよっ!」
座ろうとしたジュンくんのイスを、自分のほうへと向けて飛び乗る。レンくんの勝ちだけど、これはラフプレーじゃないのか!? ジュンくんは尻もちをついて痛そうだ。
「これは反則でしょう」
僕が口を挟むと、柊さんは笑顔で首を振った。
「いいえ。強いものが勝つ。これはどんなゲームや勝負でも同じ。どんな手を使っても勝たなくては意味がないの。今回はレンくんの勝ちよ」
「それは……おかしくないかな」
ジュンくんも文句をいうが、柊さんは笑みを崩さず僕らに残酷な事実を突きつける。
「どんなに汚い手を使おうが、裏で悪さをしようが、自分の席を守り続けることができなければ単なる負け犬なのよ。あなたたちには今日、そのことを教えに来たの」
「え、ちょ、ちょっと、お姉ちゃん。どーいうこと?」
さすがにズルをしたレンくんも青ざめる。柊さんの言っていることは、僕らが知っている教師や優しい大人がいうことではない。これが厳しい現実。祖父や父を見ているから少しは理解できるけど……。
「だから、負けたのはジュンくん。あなたも家族は母親だけ。コウくんのお父さんの第一秘書だった人なのよね」
「………」
ジュンくんは呆然と立ち尽くしたままだ。
僕たちは勝たなくてはいけないのか? 今までのゲームは気楽なものだったのに、一気に和やかな空気がピリッと変わる。柊さんは一体何者なんだ? 僕らに厳しいくて汚い現実を教えに来たって。
「ね、ねぇ! オレだけ家族構成言わないの、やっぱり不公平だよ!」
「……レンくんがそう思うなら、自分で言いなさい」
笑顔は変わらないのに、口調は少しきつくなる。レンくんはイスから立ち上がって、自分から家族の話をした。
「オレも母子家庭ってやつなんだけど……母さんは有名な舞台女優なんだ。だからオレもダンスやりたくって」
「よく話してくれたわね」
パチパチと柊さんは拍手をするが、僕ら子どもは違和感を持っていた。何かがおかしい。このイス取りゲームも、柊さんという存在も。柊さんは腰に手を当てると、もう一度僕らに言って聞かせた。
「いい? このイス取りゲームは社会の縮図よ。あなたたち4人はライバル。どんな手段を使っても、イスを奪わなくてはいけないの。……自分のためにね」
そう言うと、柊さんは持ってきた赤くて大きなカバンを取り出す。
中に入っていたのは――。
「みんな、じゃんけんをして、好きな武器を選んでちょうだい」
「え? 武器?」
柊さんは4つの武器をカバンから出した。拳銃にナイフ、大きな注射と小刀……。子どもである僕らにこんなものを持たせて何をするっていうんだ? 狂気の沙汰としか思えない。
まさか僕らを殺し合わせようとでもしているとか?
僕は急いで家の電話を取ろうとした。僕ら子どもをどうにかしようとする女性が家にいる。しかし柊さんは僕よりも速足で電話までたどりつくと、電話線を抜いた。
「コウくん、これは『ゲーム』よ。武器だって使っても安全だし、心配はいらないわ。いい!? みんな」
柊さんはまた手を叩くと、僕らに恐怖の宣告をした。
「次のイス取りゲームは、選んだ武器を使ってイスを守ってね。これは、あなたたちの親が出した課題。あなたたち4人のトップを決める戦いなのよ」
「4人のトップって?」
僕がたずねると、他の3人も柊さんに問いかけた。
「なんで俺ら4人なんだ?」
「意味わっかんねぇよ! オレたち4人、どういう関係なのかも知らないし!」
「武器……こわい」
こほんと咳払いを軽くすると、柊さんは笑顔で僕らに言った。
「コウくんにはお父さんがいるけど、他の3人はお母さんだけの母子家庭……どうしてかわかる?」
「!!」
ジュンくんは何かに気づいたようだ。それを横目で見た柊さんが最終宣告をする。
「ジュンくんとレンくん、セイくんのお父さんも、コウくんと同じお父さんなのよ」
「――え」
僕の父と3人の父親が一緒ってことは……まさか、僕らは本当の兄弟ってことなのか!?
「え? うちの父さんは死んだって、母さんが!」
レンくんが声を荒げると、セイくんは意味がわからないというように目をきょろきょろさせる。ジュンくんだけは一番年上だったせいか、冷静だ。ふたりに自分たちの親のことを言いきかせる。
「俺も父親は死んだって言われていたけど、それは母親がそう言ってただけだ。それに――今日、ここへ連れてこられたことが一番の証拠だと思う」
「ジュンくんはお利口ね。そう、今日あなたたちを引きあわせたのは、御堂家のポスト争いをさせるためだったから」
御堂姓は僕だけだ。跡取りは僕だけだと思っていたのに、ポスト争いだって? 僕が青ざめていると、目の前の女性は詳しく説明し始める。
「御堂家にはNo.1からNo.4まで地位があるの。No.1は正式な跡取り。将来は政治家になるべき人物。No.2は御堂家が仕切っている、ある組織の会長になる。No.3は上のふたりの手足となり、スパイ活動を行う。No.4は全体の補佐と調整……さあ、あなたたちはどの地位になるかしらね?」
「それで……武器を持って戦わせる気ですか?」
「あなたたちのお父様たちの命令です。それでは音楽をかけるわよ。それと、セイくんは今度からハンデはないわ」
「え!?」
正々堂々とぶつかりあえってことか。だとしたら心底くだらないゲームだ。
「柊さん、御堂の跡取りは僕だ。そう教育されてきたし、このようなゲームは……」
「ゲームに参加しないなら!」
大声を出され、びくりとする。柊さんはずっと表情を変えず、にこにこと笑ったまま残酷な言葉を口にした。
「ゲームに参加しないなら、その場で私があなたたちを殺します。無能な人間は御堂家に必要ありません」
冗談だろう? 僕たちを殺すなんて……。笑顔の柊さんだが、目は据わっている。これは本気なのか?
「さあ……早くじゃんけんを」
柊さんはカバンの中から小型の拳銃を取り出し、上に向かって威嚇射撃した。パンッ! と大きな音が響き、天井に穴が開いた。穴の周りは焼け焦げていて、煙が出ている。これは本物だ。柊さんも本気なんだ。
「やろう、じゃんけん」
ジュンくんの声で、僕らはじゃんけんをした。勝ったのは、ジュンくん、レンくん、僕、セイくんの順だ。イス取りゲームの順とそんなに変わらないが、仕方ない。僕らはひとつずつ武器を手にする。ジュンくんは拳銃、レンくんはナイフ、僕は小刀。そしてセイくんは注射器だ。
武器を持つと、冷や汗が垂れる。自分が持っているものは、人を傷つけるものだ。3人を傷つけたくはない。みんなも気持ちは一緒みたいだけど、戦わなくてはいけないんだ。手を抜いたらきっと、柊さんに殺される。
「それでは音楽をかけるわよ。よーい、スタート!」
僕らはじりじりとイスの近くを回りながら、様子をうかがう。プチンと曲が止まると、全員がイスに飛びこうとした。
「どけっ! ジュン兄」
「レンくん、邪魔だ!」
ジュンくんとレンくんが争う中、僕はセイくんの身体に小刀を向けた。
「ゴメン、セイくん!」
「う、うわああ!」
刺そうとした瞬間、彼の持っていた注射器の針が、腕に刺さった。何かわからない薬品が、体内に流れる。まさか僕は、ここで死ぬのか……?
聞こえたのは、柊さんの宣言。
「1回戦目で脱落したのはコウくんです!」
冗談じゃない、僕は……御堂家の跡取りで……。
身体がしびれて動けない僕を、柊さんは抱っこしてわきへと移動させる。
「大丈夫よ、死ぬような薬じゃないから。一時的に身体の動きを止める注射なの」
そんなことはどうでもいい。今までひとりっ子の跡取り息子として育てられてきたはずなのに、その座は一瞬で奪われた。しかも今までずっと負けていた、小さな子どもに引きずり降ろされて。僕は……僕の存在価値は?
僕の心情を無視して、2回戦が始まる。セイくんの武器は1回使い切りだから、新しい注射器と交換だ。3人は互いの顔をにらむ。
音楽が流れると、カチッカチッと引き金を軽く爪で弾く音がする。ジュンくんだ。レンくんもナイフをくるくる回している。その中で、セイくんだけ違和感があった。
先ほどまでびくびくしていた彼じゃない。ニヤリと笑い、ジュンくんとレンくんを交互に見ながら注射器を握っている。まるで獲物を狙っているかのようだ。
音楽が止まると、3人はイスを取るより先に、戦闘態勢に入った。レンくんは一番弱かったセイくんをナイフで襲う。それに便乗したジュンくんが、拳銃でセイくんの肩を撃とうとした。が、小学生が拳銃なんて簡単には扱えない。弾は撃ったが当たらなかった。その上、反動で尻もちをつく始末。
「セイ、ここまでだ!」
セイくんに馬乗りになったレンくんが、ナイフを突きつける。
「それはこっちのセリフだよ」
「!?」
脇腹に隙ができたレンくんに、注射針を刺す。
「うっ……」
レンくんも僕と一緒でその場所でくらりと倒れる。2回戦の勝敗は決まった。ジュンくんとまさかのセイくんが最終戦だ。
残されたイスはひとつ。音楽に合わせてふたりは回る。だけど、ふたりはお互いの顔を見つめあっている。イスを取る気なんてないんだ。相手を倒すことを考えている。
プツッと音楽が切れると、ジュンくんは今度こそ狙いを定めてセイくんを撃つ。だが、また外れ。
「くそっ!」
何回も撃つが、セイくんはそれをひょいひょいと避ける。そのうち弾切れになり、カチカチと鳴る引き金の音が空しく響いた。
「あっはは! ジュンくんの負け、だね~☆」
「あの話し方レンくんの……」
セイくんの話し方は、レンくんそっくりだった。さっき言ってたモノマネ。まさかセイくんは、レンくんの『モノマネ』をして生き残ったってことなのか!?
「う、嘘だろ……」
「これで御堂家の息子さんたちの順位は決まりましたね」
柊さんはコンポからCDを取ると、僕らの順位を改めて発表した。No.1の正式な跡取りはセイくん。No.2のジュンくんは会長候補No.3レンくんはスパイ。No.4の僕は、みんなのサポート……。
今まで御堂家の跡取りとしてしっかりやってきたのに、なんで僕がサポートなんてしないといけないのだ。そもそも3人は正式な御堂家の人間ではない。父と暮らしているのはこの僕だ。僕こそが跡継ぎに相応しい!
「……お姉ちゃん」
もとに戻ったセイくんが、柊さんのスカートを引っ張る。
「ボク、モノマネは得意だけど……手本になる『誰か』がいないとマネできないんだ。1番は誰かのマネ、できないでしょ? ボク、困るよ……」
そうか。セイくんはレンくんのマネをしてジュンくんに勝ったんだ。運動能力までコピーできるっていうのはすごいけど、だったらオリジナルのレンくんが一番強いってこと? でも、レンくんはレンくんの真似をしたセイくんに負けている。だったらジュンくんがトップに立てばいいのか?
「年齢的にも一番上だから、ジュンくんが跡継ぎに一番いいってこと?」
それに首を振ったのは、ジュンくん本人だった。
「いや……コウくん。所詮僕らは御堂家の人間じゃない。やっぱり正式な跡継ぎとしてふさわしいのは、君だ」
「でも……僕より君たちのほうが優秀だ」
「だからだっつーの!」
僕の肩を抱いて笑ったのが、レンくんだった。
「オレは運動神経いいし、ダンスもやりたいから跡継ぎって言われても困る。それに、政治家ってさ、自分に能力がなくても、優秀な人材を周りに置いて能力をカバーするじゃん!
キミにぴったりだと思うけど?」
「セイくんはいいの?」
聞くと、小さくうなずいて、また柊さんの後ろに隠れた。
「それでは決定ということで。コウくん、あなたは将来、すべてを背負う立場に。ジュンくんは御堂家の裏の仕事のトップを。レンくん、スパイの仕事は大変かもしれないけど、あなたに向いていると思うわ。セイくんは……誰かが欠けたとき、そのフォローを完璧にしてね」
こうして長かったイス取りゲームは終わった。時計を見ると、もう23時だ。せっかくのクリスマスなのに、僕らは精神的にきついゲームに心底参っていた。僕たち4人が異母兄弟だったなんて……。それだけでも辛い真実なのに、さらに柊さんは僕らを戦わせた。血をわけた兄弟だとわざわざ知らせてから。
「もう嫌だ。こんなクリスマス」
最初に音を上げたのは、意外にも最年長のジュンくんだった。
「プレゼントとか、もうどうでもよくなったよね」
レンくんもその場に座り込んでつぶやく。
「ボク、どうすればいいの?」
セイくんは今にも泣きだしそうだ。
今夜のつらい記憶を消せたら、どんなに楽だろう。でも、記憶を消すなんて真似はできっこない。僕らが兄弟ということも変わらない。決まったばかりの肩書も。僕らの将来は、もう変わることはない。
僕もため息をついてうなだれる。すると、柊さんは謎の薬を僕らの前に出した。
「……今日あった辛いことは、新しい記憶で上書きしてしまいましょう。この薬を飲んで」
スプーン1杯に液体をこぼすと、それをみんなの口に入れる。……甘い。なんだろう、この薬……頭がふわふわしてきた……。
「みんなは生き別れていた4人の幸せな兄弟。クリスマス、久しぶりに再会したあなたたちは、みんなで話し合って、将来自分が就く仕事を決める……楽しい談話はいつまでも続く。あなたたちは本当に仲のいい兄弟だから……」
柊さんの声が遠くに聞こえる。僕らはいつの間にか、眠りに落ちていた。
――翌日。
「な~、こっちのほうがイケてね?」
「僕はこれのほうがいいと思うが。兄さんはどう思う?」
「そうだなぁ。上着は蓮史郎、中に着るのは孝之助の服がいいと思うよ」
「ねぇねぇ、本当にボク、変じゃない?」
朝起きると、僕と蓮史郎は、ふたりで誠之助の服を見立てていた。気になっていたのだ、灰色の服が。どうもお洒落じゃない! と蓮史郎が言い出し、自分の持ってきた服を何枚か誠之助にあてがっていて、それに僕も口出しをする。
蓮史郎の服は、少しチャラチャラしているんだ。それに原色が多く、誠之助には派手すぎる。それに比べて僕の持ってきた服は、落ち着いていると自分では思っている。が、蓮史郎には「じじくさい」と言われてしまった。
そこで、どっちのセンスがいいかを純一郎兄さんにチョイスしてもらっていたところだ。
「……お兄ちゃんたちに選んでもらった服着たけど……似合ってる?」
遠慮しがちに誠之助がたずねると、純一郎兄さんはうなずいた。
「ああ、バッチリだよ」
「てか、オレが選んだんだからパーフェクトでしょ!」
「僕も選んだんだ。間違いはない」
「ありがとう。お兄ちゃんたち」
服を着替えたら、クリスマスツリーの下へとみんな急ぐ。昨日はみんなでクリスマスプレゼントについて、色々話したな。誠之助はまだサンタを信じているみたいで、僕がつい本当はいないと言おうとしたところ、純一郎兄さんと蓮史郎に口止めされた。
「サンタさん~、サンタさん~♪」
嬉しそうに階段を下りていく誠之助を見て、僕はホッとした。あのときうっかりサンタ不在説を口走っていたら、きっと大泣きしていただろう。
クリスマスツリーの下には、名前の書かれたカードとともにプレゼントが置かれていた。
「『蓮史郎くんへ』。これオレんだ! うおー! ダンスシューズだ! よっしゃー!!」
「僕も欲しかったゲームが入っていたよ。孝之助は?」
「参考書が何冊か。希望通りでよかった。それで、誠之助のプレゼントは……」
誠之助は不思議なことを言っていたっけ。『きれいなものが欲しい』って。漠然としているから、プレゼントを用意する真鍋さんは困っただろうな……。
誠之助は小さな箱の包み紙を開け、箱を開く。中に入っていたものは――。
「ちょうちょだ」
青く光る蝶。これは確かレテノールモルフォとか言ったな。図鑑で見たことがある。
「標本か。よかったな」
「うんっ!」
誠之助がうなずくと、柊さんが朝食の準備ができたと声をかける。真鍋さんは今日、昼から来る予定だ。
朝食が済んだら、兄さんも蓮史郎も誠之助も自分たちの家に帰る。3人は僕の兄弟だし、将来も仲よく御堂家の仕事をやるって決めている。御堂家の仕事はひとことで片付けられるような簡単なものではない。だから、僕らは大人になるまでバラバラに暮らすことにしたのだ。
帰る時間になると、僕はみんなと約束した。また来年のクリスマスも、みんなで集まると。再来年も、その次も。クリスマスは兄弟そろって過ごす。ひとりずつ指切りすると、笑顔で手を振った。こんな楽しいクリスマス、僕は初めてだったから――。
「孝之助兄さんは本当にクリスマスが好きだったよね」
「蓮史郎もな。今は俺たちふたりきりになってしまった」
今、御堂家にいるのは、ドリームクラッシャーの代表である純一郎と、EPIC社のアンダーベースで仕事をしている誠之助のふたりだけ。
純一郎は誠之助に前から思っていたことを話す。
「誠之助、お前は死んだ孝之助と蓮史郎のコピーになれ。御堂家を継ぐのはお前だ」
「それはわかってるけど……オレはどうやら蓮史郎兄さんのほうに似てるみたい。蓮史郎兄さんの仕事……もうしばらく続けてもいいかな? まだ猶予はあるでしょ? オレはまだ大学生なんだから」
誠之助は持っていたペーパーナイフを見てうっとりしていた。
やっぱり自分は、きれいなものが好きだ。きれいで、残酷なものが――。
僕の通っている私立の小学校も、本日から冬休みに入る。普通の子どもだったら大喜びの一日だと思うが、僕は違った。
僕の家は、代々政治家の家系。祖父も父も。母は違ってある大きな企業の社長令嬢だったみたいだが、3人ともクリスマスは外出。後援会のクリスマスパーティーに参加すると聞いている。
僕はひとりお留守番だ。後援会のクリスマスパーティーに行ってもつまらないし、父や母と一緒に挨拶周りに行っても子どもは邪魔だ。
「お待たせしました、坊ちゃん」
家政婦の真鍋さんと運転手の天野さんが僕を迎えてくれる。小学校からの帰りは、いつも車だ。そのほうが安全だということで。僕を狙う誘拐犯などから身を護るためらしい。
家に帰ってもむなしい。真鍋さんがきっとご飯の用意はしてくれるだろうし、ある程度僕の機嫌も取ってくれるとは思うんだけど、それは仕事だからだ。ひとりでクリスマスを過ごすのと変わりない。車窓を見ながらため息をつくと、真鍋さんがにっこりと笑って言った。
「坊ちゃん、今日はクリスマスでしょう? おじい様とお父様に、坊ちゃんひとりでも寂しくないようにと、お屋敷でパーティーを開こうと提案してくださったんですよ」
「クリスマスパーティー? 父さんたちは家に?」
「残念ながらみなさんは後援会のパーティーに行かれますが、『お友達』が待っていますよ」
「は? 友達?」
僕はつい露骨に嫌な顔をした。正直なところ、小学校で友人と呼べる人間はいない。塾でも。友達、なんて言って、どうせ親たちの取り巻きの子だろう。子どもを集めれば仲よく楽しく過ごせると思うなら大間違いだ。その集められた子どもたちも、親に近づく取り巻きみたいに、僕におべっかを使ってくるかもしれない。だったらひとりで過ごしたほうがマシだ。
くだらない。
「それってもう、決定事項なんですか?」
「あら、坊ちゃんはパーティーお嫌い? クリスマスのために、ナニーが来るのに」
「……そこまで子どもじゃありません」
ナニーが来るってことは、真鍋さんのことだ。きっと早々に自宅へ帰り、家族とクリスマスを過ごすのだろう。ずるいな、大人は。自分の都合のいいように脚色して発言するんだから。
しばらくすると、品川の一等地にある大きな白い家が現れる。ここが、僕の家だ。
着替えを済ますと、僕はさっそく冬休みの宿題に取りかかった。それと塾の勉強も。冬休みの宿題はさっさと終わらせて、ライバルを倒すために塾の勉強をする。クリスマスだろうがなんだろうが、関係ない。
僕がダイニングで勉強をしていると、真鍋さんがノートと教科書を取り上げる。
「ちょっと、何をするんですか? 勉強中なのですが」
「坊ちゃん、言ったでしょう? 今日はクリスマスパーティーをするって。クリスマスツリーを出すの、手伝ってください。あとでみんなで飾りつけを……」
本気か? 僕ははっきり言って、相当ないい子だと思うぞ。クリスマスパーティーもしなくていい、プレゼントもいらない。自ら進んで勉強をする。なのに、なんでそんな遊びに時間を費やさなくちゃいけないんだ。
むすっとしていたら、真鍋さんはにこにこしながら僕の手を引いて2階へ上る。
「そんな顔なさらないでください。坊ちゃん、勉強だけじゃなくて遊びも大事なんですよ。うまく遊ぶことも覚えないと、政治家にはなれませんよ?」
「遊ばなくて結構。僕は……」
そのとき、インターフォンが鳴った。お客か? 真鍋さんがパタパタと玄関まで急ぐ。モニター越しに確認すると、鍵を開けた。
「あらあら、お待ちしてたんですよ~。柊さん」
「すみません。バス停から少し迷ってしまって」
黒いコートに白いマフラーを巻いた若い女性が顔を見せる。その足元には、3人の子ども。泊りがけだからか、リュックサックを背負っている。全員男で、僕より年上そうなのがひとりと、年下っぽいのがひとり。幼稚園くらいのガキがひとりいた。こいつらとクリスマス中は一緒なのか……はぁ。
「坊ちゃん! みなさんがおいでになりましたよ!」
真鍋さんに言われて、僕は渋々階段から降りてくる。どんなに嫌な客でも、今日の僕はこの家の主人だ。きちんと挨拶しなくては。
「……僕は御堂孝之助です。お寒い中ようこそいらっしゃいました。どうぞ、お入りください」
本当は回れ右してご帰宅ください、など言えやしない。一応、彼女らは父が呼び寄せたんだ。形式的にもパーティーごっこをしなければ、親たちの顔に泥を塗る。真鍋さんも僕の態度を見て、安心したようだった。
女性と子どもたちは家へ入ると、上着を脱ぐ。黒のワンピースか。なんだか映画に出てくるヒロインみたいだ。ナニーとしてきた彼女は、確かに美人だし若い。悪い気はしない。
「私は柊浄見です。今日と明日、よろしくね? コウくん」
「こ、コウくん!?」
こんな呼び方されるの、初めてだ……。みんなからは『孝之助』とか『坊ちゃん』とか呼ばれることしかなかったのに。
柊さんは、子どもたち3人に自己紹介するように言った。
「風間純一郎。コウくんよりは年上かな。よろしく」
純一郎ことジュンくんは、12歳だと言った。僕より4つ上か。まだ小学生だとは言っていたけど、落ち着いている。フードのついた上着を羽織っていて、ポケットに手を入れている。
その後ろから顔を出したのは、黄色いパーカーに水色のズボンを履き、片方の足首のところを折って短い丈にしている、チャラチャラした子だった。
「ちーっす! コウっていうの~? オレ、蓮史郎! 阿久野蓮史郎! レンって呼べってお姉ちゃんが!」
お姉ちゃん? ああ、柊さんのことか。それにしてもレンくんは騒がしいな。彼は僕より2つ下。6歳で、小学校2年生らしい。
最後にひょこっと顔を出したのが、最年少の子だ。
「あ、あの……ボク……」
「おい、セイ! きちんと自己紹介しないと! 何ビビってんだよ」
「ボク……狩野誠之助」
名乗ると、また柊さんのスカートの裏に隠れてしまった。狩野くんの服装はぶかぶかな灰色のスエットっていうのか? 僕からしてみたらパジャマみたいなものだけど、身なりに興味がないのかもしれない。
「セイくんは恥ずかしがりやみたいだね。今日は仲よくしてほしいな、コウくん」
「うん……」
しめるようにジュンくんが手を差し伸べる。握手ってことだよな。ここまできたら仕方がない。僕は彼としっかり握手をした。
「それでツリーなんですけど、まだ出してなくって」
「大丈夫です。私とみんなで出しますので、真鍋さんはお料理をお願いできますか?」
「ええ! 喜んで」
真鍋さんは僕を含む子どもを全員柊さんに預けると、さっさとキッチンへ行ってしまった。
「さ、みんなでツリーを出しましょう! コウくん、どこにしまってあるかわかる?」
「わかります……けど」
「へぇ~!! ツリーって、どんだけでかいの!? やっぱコウん家、でかいし、ツリーもでかいの!?」
レンくんはともかく声がでかくてテンションも高い。それをジュンくんは苦笑いしながら見ている。セイくんは相変らず柊さんのそばだ。
「レンくん、あんまり声がでかいとコウくんの迷惑だよ。ね?」
「……別に」
小さくつぶやくと、ジュンくんは僕の顔をむにっとつねった。
「ひゃっ!?」
「はは、ごめんね。あんまりにも無表情だったから。いきなり俺らが押しかけてきて気分が悪いのはわかるけどさ、クリスマスなんだし、もっと明るく行こうよ。俺も君に笑ってて欲しいしね」
「……だからってつねることはないだろう。一番年上なのに」
「ふふっ、ジュンくんはコウくんの笑顔が見たいのよ。仏頂面してたら、サンタさんも逃げちゃうわよ?」
「サンタなんて……」
非現実的だ、と言いかけて止めた。ジュンくんとレンくんがまずい! って表情をしたからだ。ふたりの視線の先には、セイくんがいる。
「え? ……サンタさん、来なくなるの?」
柊さんにたずねるセイくん。そうか。彼はまだ幼いから、サンタを信じてるんだ。僕がそれに気づくと、ジュンくんとレンくんはほっとしたような顔をした。危なかった……。
僕のフォローをするように、ジュンくんはセイくんの頭をなでて言いきかせる。
「大丈夫だよ。サンタさんはきっと来るから」
「そ、そうだよ! っていうか、もし来なかったら、オレしばく! プレゼントなしなんて、嫌だよな、コウ!」
レンくんにふられた僕も、慌ててうなずく。
「もちろんだよ! 僕だって、頼んだ参考書がもらえなかったらって思うと……」
「え? 参考書?」
「う、うん」
ジュンくんが目を丸くすると、レンくんも笑い出す。
「ははっ! 嘘だろ~!! コウすげぇ~!! クリスマスに参考書って、頭いいんだな! オレはね、ちなみに新しいダンス用のシューズ!!」
「へぇ、レンくんはダンスをやってるんだ」
「オレ、将来ダンスやりてー! って思ってて!!」
ジュンくんとレンくんが楽しそうに話をしていると、柊さんも会話に混ざる。
「ジュンくんはサンタさんに何をお願いしたの?」
「俺は……ゲームかな。新しいソフトが出たから」
ジュンくんは年相応のものを欲しがっている。レンくんも好きなものだし……僕の『参考書が欲しい』っていうのは、やっぱりおかしいのかな。残りのセイくんは何が欲しいんだろう。
あまり慣れ合うつもりはなかったけど、僕は声をかけてみることにした。
「……セイくんは……サンタさんに何を頼んだの?」
「え、えっと、ボクは……きれいなもの」
「きれいなもの?」
あまりにも漠然とした答えに、こっちが困ってしまう。僕の参考書というプレゼントが、まだ普通にあり得ると思えるくらいだ。
「具体的には?」
「きれいなものならなんでも……」
「コウ! きっとセイは『むよく』ってやつなんだよ! セイ、いいものもらえるといいな!」
「う、うん!」
へぇ、無欲か。ま、セイくんを見ているとそんな感じだ。プレゼント談義も悪くない。
普段、ほとんど同年代の友達と話をしない僕だけど、こうやって一緒に何かおしゃべりする時間って言うのも……その、悪くはないな。入口で突き返したいと思っていた気持ちが、だんだんと薄らいでいく。ジュンくんはみんなをまとめてくれる優しい兄といった感じだし、レンくんは騒がしいけどムードメーカーだ。セイくんも引っ込み思案ではあるけど、
なんというか、守ってあげなくてはと思ってしまう。
「コウくん、ツリーは?」
「ここのクローゼットに入ってます」
「では、みんなで協力して運びましょう!」
僕たち子ども4人は、柊さんに言われた通りツリーをリビングへ運ぶと、さっそく飾りつけを始めることにした。
「うおー! すげー!! でかっ!!」
天井近くまであるツリーに、レンくんは大はしゃぎ。セイくんも目を丸くしている。
「うちのは片付けるのが大変だからって、棚の上に飾れるくらいの大きさだよ」
ジュンくんも嬉しそうだ。
毎年ツリーの飾りつけなんて、お客が来るときに真鍋さんがちゃっちゃとやってしまうから、僕自身もみんなでするのは初めて。かわいいモールやオーナメントを下からバランスよくつけていく。上の部分は身長の高いジュンくん担当だ。
「星、きれい……」
「じゃ、セイくんつける?」
てっぺんの星は、セイくんがつけることになり、ジュンくんが彼を肩車する。星がつけ終わると完成。
「すごいな……」
僕は思わずつぶやいた。いつもはこんなツリーに感動なんてしないのに、自分たちの手で飾りつけすると、やっぱり楽しいしやりがいもある。
「なんだよ~、コウ! 自分の家のっしょ? なんで驚いてるの」
「べ、別にいいだろう? こんなことするの……初めてだったから」
レンくんにからかわれた僕は、真っ赤になる。それを見たジュンくんも目を見開く。
「初めてだったの? 意外だなぁ」
「で、でも……ボクも初めてだったから、その……楽しかった」
セイくんがジュンくんの後ろから顔を出してつぶやく。そのとき真鍋さんが、食事の準備ができたと声をかけた。
今日の夕食はローストチキンとオムライス、サラダにシチューだ。
「うおー! 超豪華!!」
「クリスマスらしいね」
「おいしそう……」
僕としてはこういう食事はわりと慣れていたので感動はそんなになかったけど、みんなが喜んでくれるのなら……ちょっと嬉しい。
「肉、にく~!」
「レンくん、そのまえにいただきますでしょ?」
柊さんに言われて、僕らは食事に手を合わせ、「いただきます」と声をあげる。飲み物はシャンメリー、デザートはブッシュ・ド・ノエル。クリスマスらしい食事を思う存分楽しむと、柊さんは僕らに提案した。
「ねぇ、食べ終わったらみんなでゲームをしない?」
「ゲーム?」
彼女のいうゲームとは、イス取りゲームのことだった。食事を済ませて後片付けを手伝うと、少し食休みしてからイスを並べた。僕らは4人だから3つだ。ダイニングからリビングに運ぶと、柊さんが音楽を用意する。
「何の曲を使うんですか?」
「グローバルワンダーランドのパレードの曲よ。『ウサギー・マーチ』って曲名だったかしら」
柊さんはコンポにCDを入れる。
グローバルワンダーランドか。僕は行ったことがない。混んでるし、親たちは僕を遊びに連れ出してくれるほど暇じゃない。
「俺も行ったことはないな。あそこは迷子になるから危ないって母さんが」
「オレも! みんなの話を聞いて、行きてー! って思うんだけどさぁ、『遊園地に行く暇があったら勉強しろ!』とか言われちゃって」
「ぐろーばるわんだーらんどって?」
なんだ。みんな行ったことないんだ。僕は安心した。みんなうちとは違って、普通の家庭みたいな感じだから、てっきり一度は行ったことがあると思った。まぁ、セイくんに関しては、年齢的に早いのかもしれない。
柊さんはみんなをまとめると、ルールを説明する。イス取りゲームにルール説明なんてないが。
「いい? 音楽が止まったらイスに座ってね。最初はこのルールで行きましょう」
「は~い!」
全員が返事をすると、ゲームスタートだ。音楽に合わせて、僕らはイスの周りを歩く。
「はい、ストップ!」
音楽が止まると同時に、僕とジュンくん、レンくんがイスに着く。セイくんは一番小さいこともあってか、さっそくゲームオーバーだ。
「ふ、ふぇ……ぼ、ボク……ボク……」
「あらあら、泣かないの。セイくん。2回目はハンデをつけましょうね」
柊さんがそう言ってセイくんをあやす。そのときちょうど、片付けが終わった真鍋さんが、柊さんに声をかけた。
「じゃあ私、今日は帰らせてもらいますね。あとは柊さん、よろしくお願いします」
「はい、お疲れ様です。それではゲーム再開しましょうね~!」
イス取りゲームは単純だ。身体が大きい人か、運動神経がいい人間が勝つ。僕は2回戦で敗退してしまった。勉強は得意だけど、運動はちょっと……だから。レンくんは運動神経が相当いいみたいだ。ダンスをやっているだけある。ジュンくんはやっぱり最年長だけあって、手加減していても勝ってしまう。この回の優勝はジュンくんだった。
「さて、では2回目のゲームだけど……ここからは少しルール変更しましょう」
「ルール変更?」
「ええ」
柊さんは笑顔だが、子どもだった僕たちは彼女の笑顔に見事だまされていたんだ。
「2回目からは、イスに座れなかった人のプロフィールを私がお話ししちゃいま~す」
「プロフィール? どういうことですか?」
「ほら、みんなは今日初めて顔を合わせたでしょ? クリスマスが終わっても、みんな仲良く遊べるように、お互いのことを知っていた方がいいと思って」
「ふーん、いいんじゃん?」
「そうだね。俺もまだ、みんなのことをよく知らないし」
レンくんとジュンくんも賛成なら、ここで水を差すのも悪い。僕もうなずくが、セイくんはよくわからないといった顔をしている。
「ぷろふぃーるって?」
「自己紹介……つまり、自分のことを話すってことだよ」
僕が簡潔にセイくんに説明すると、こくんと頭を縦に振った。
「みんなのこと、ボクも知りたい……」
「それなら決まりね」
柊さんが手を1回叩く。2回目からのルールは、
・座れなかった人は柊さんに紹介される
・セイくんはハンデとして、1回戦は勝ち進める
「わかった? では2回目、スタート!」
柊さんは楽しそうな声を上げた。
楽し気な音楽が響き渡り、また途中で止められる。2回目、第1回戦の敗者は……。
「僕!?」
悔しさのあまり、つい大声を出してしまった。イスに座ったレンくんは、ふふんと鼻で笑うと僕にいじわるを言う。
「へっへ~ん、オレ、勉強はできないけど、こういうのは得意だからね! コウももっと運動しろって!」
くそ、年下のくせに……。下唇を噛むと、柊さんが笑顔で間に入る。
「こらこら、ケンカしないの。それじゃ、コウくんのプロフィールと得意なことでも教えちゃおうかな?」
「柊さん、僕の得意なこと知ってるんですか?」
「まあね! 私はみんなのことならなんでも知ってるんだから!」
そう言って柊さんはぐっと拳を作る。もしかしたら前もって僕らのデータを仕入れているのかもしない。子どもを預かるんだし、それくらいしていてもおかしくはない。
「コウくんは5月4日生まれのおうし座A型。得意なことは勉強! 学年で一番頭がいいのよね」
「そのまんまだね」
「こら、レンくん!」
レンくんがつぶやくのをジュンくんがいさめる。……プロフィールってこんなものか。所詮若い女性だ。きっと子守り役っていうのもバイトか何かだろう。まあいい。この程度のことを紹介されたところで、恥ずかしくもなんでもない。僕が学年一の秀才なのも本当のことだし。
「性格は自分にも人にも厳しいタイプ。ちょっと頑固かしら?」
「それを他人から言われる筋合いはありません」
一日二日しか一緒にいない人間に、そこまで言われたくないとむくれると、みんなはなぜか笑った。
「本当に頑固だな! コウ」
かえってレンくんは僕の反論がツボだったようだ。悔しいことこの上ない。
僕は次に負ける人間を、円の外で待つ。2回戦からはセイくんも加わるが……当然というかやっぱりというか。負けたのは彼だった。
「セイの得意なことなんてあんの?」
「うぐっ……」
レンくんは相変らずだな。先ほどから悪ふざけが過ぎる。僕はつい、セイくんをかばった。
「レンくん。セイくんは一番年下なんだから、あんまりいじめるような真似はしないほうがいい。年上として情けないとは思わないのか」
「……コウくんって、話し方が先生みたいだね」
意外なところからツッコミが来て、僕も口をつぐむ。ジュンくんはどっちの味方なのだ。
「それではセイくんのプロフィール。1月26日生まれのみずがめ座、B型。幼稚園では大人しくていい子なのよ」
「………」
セイくんは黙ったままだ。大人しくていい子というよりも、自分の意見をはっきり言えない気が弱いタイプと言った方が正しいだろう。
「得意なことだけど……モノマネがうまいのよね」
「へぇ。どんなものの真似ができるの? 犬とかかな?」
ジュンくんがたずねると、セイくんは大きく息を吸い、鋭い目つきに変わる。そしてニヤリと笑うと僕らを驚かせた。
「うっわ! マジでモノマネできると思ってんの!? オレのモノマネなんて大したもんじゃないし~?」
「え!? ちょ、マジで!? 今のオレの真似だよね!?」
僕たち3人は開いた口が塞がらなかった。今のはレンくんの真似……。テンションもそのまんまだったけど、表情や声まで一緒だった。モノマネってレベルじゃない。これは、コピーだ。僕が学年一の秀才なんてことより、彼のモノマネのほうがすごい。勉強なんて誰だってできる。それに、僕はまだライバルにすら勝ってない。セイくんはセイくんしかできないものを持っている。
「すごいな、セイくんは」
ジュンくんもセイくんを褒める。一番年下だし、誰かの後ろにずっと隠れていたから僕は侮っていた。彼はすごい。
「さあて! 次はジュンくんとレンくん、どちらが自己紹介する番かしら?」
また軽快な音楽が部屋に響く。柊さんは小さく微笑むと、手元の停止ボタンを押した。
「げっ! マジかよ~。ジュン兄の勝ちって」
「ごめんね、レンくん」
「それではレンくんのプロフィールと得意なこと……。2月15日生まれのみずがめ座B型、学校ではお調子者っていわれてるわね」
「お調子者ってか、明るくて楽しいって言ってよ。お姉ちゃん」
柊さんにもビシッと文句を言うレンくん。だが、その顔は笑っている。……やっぱりお調子者だ。
「得意なことはダンスを中心に身体を動かすことよね?」
「まぁね~! ちなみにこんなこともできるよん♪」
レンくんはイス取りゲームに使っていたイスの背もたれに手を置くと、その上で逆立ちしてみせた。この特技もすごいだろう。小さいときに観に連れて行ってもらった、中国雑技団の演技かってくらいだ。
パッと手を離して、床に足をつくと、レンくんは人差し指で鼻の下をかく。
「……ま、今はもうひとつハマッてることがあるんだけどね」
ぼそりと言うと、僕たち敗者席に座る。ハマッてること? なんだろう……。少し興味はあったけど、レンくんが大きな声で言わなかったってことは、大したことじゃないんだろう。
「ところでジュンくんが優勝しましたけど……彼のプロフィールは聞けないんですか?」
「あ、それな! ジュン兄のことだけ何も知らないって、差別ですぅ~」
僕が柊さんに問いかけると、レンくんも口を尖らせて抗議する。ぱっと見た感じ、ジュン君は普通の小学生に見える。欲しいプレゼントもゲームだっていうし。一番年上だけあって、落ち着きもある。それでも、ひとりだけ何も知らないのはつまらない。
「そうねぇ、じゃあジュンくん。あなたは自分で自己紹介してもらおっかな?」
「はい……って、改めて言われると緊張するな」
うなずくとジュンくんはぺこりとお辞儀をした。
「えっと、俺の誕生日は8月11日でしし座のAB型。学校では普通……かな」
「ふふっ、そういうけど知ってるのよ? ジュンくんは人をまとめるのがうまいから、いつもリーダーにされちゃうの」
「嫌がらせじゃねーのー?」
レンくんの言葉に、柊さんは首を左右に振る。
「人望ってやつかしらね。みんなジュンくんを頼るのよ」
「や、やめてって、柊さん」
人望かぁ……。もしかしたら、ジュンくんみたいな人が、本当は政治家にむいているんじゃないかな。僕は祖父や父が政治家だし、将来はきっとその仕事を継ぐ。勉強はできるけど、人望がなかったら、票は得られない。僕が目指すべき存在は、ジュンくんみたいな人なのかもしれない。
「で、でも……なんとなく、ジュンお兄ちゃんの近くにいるの、イヤじゃない……」
人見知りのセイくんにもそう言われるんだから、人柄なんだろうな。
「ねーねー、次のゲームは?」
柊さんにレンくんが催促する。今度のゲームに負けた人は、家族構成について紹介されることになった。そんなことを知られたところでなんだって感じではあるけど、少し興味はある。
何回も言うが、僕の家系は代々政治家。大人たちが留守の間、僕と遊ぶように仕向けられたこの子どもたちの親は、僕の親とどう関係があるんだろう。
最初は僕の御機嫌取りに来たとばかり思っていたけど、ジュンくんやレンくんは遠慮なしだし、セイくんは僕に声をかけようともなかなかしてくれない。純粋に、後援会の面子のお子さんを連れてきたのか? それでもちょっと納得できない。
3回目のゲームも、1回戦目はセイくんはお休み。2回戦目からの参戦だ。そして、また1回戦負けしたのは僕。ジュンくんとレンくんにはやっぱり勝てない。身体が大きいのと運動神経バツグンなふたりには歯が立たない。僕もハンデをもらいたいくらいだけど、レンくんは年下だし、僕の威厳というものがなくなってしまう。
「さて、御堂孝之助くんの家族構成だけど……おじいさんとお父さんは政治家、お母さんは社長令嬢だったのよね」
「ええ。今日は全員、後援会のパーティーに出ていますが」
「お父さん……」
……なんだ? 僕の家族構成が発表されると、なぜか3人ともうつむいてしまった。何か変なところがあるというのか? 確かにうちは政治家の家系だけど、それ以外はいたって普通の家だと思ったんだが。
しかし、その考え自体が凝り固まった子どもの思想だと、すぐ気づかされることとなった。
2回戦で負けたのは、またセイくん。セイくんの家族構成はどんなだろう。引っ込み思案なところを見ると、なんとなくだけど強いお姉さんがいそうな感じだ。
「狩野誠之助くんのご家族は、銀座で働くお母さんひとりなのよね」
「……うん」
え……。そうだったのか。セイくんにはお父さんがいない。だから僕の家族構成を聞いたとき反応したんだ。それを聞いたジュンくんは黙り込んでしまう。その雰囲気を破ったのがレンくんだった。
「暗くなるなって! オレとジュン兄との勝負がまだついてないんだから! 今度はぜってー負けねぇんだからな!!」
「俺だって負けないよ?」
ほっ……少し安心した。このままだったらみんな、クリスマスとは思えないような暗い空気のままで過ごさなくてはいけなくなったところだった。
「では、3回戦目スタート!」
もう聞きなれてきた『ウサギー・マーチ』だが、止まるタイミングはわからない。柊さんもふたりの様子をうかがっている。レンくんはじっとジュンくんを見据える。――そのとき。
「もらった!」
「そうはいかないよっ!」
座ろうとしたジュンくんのイスを、自分のほうへと向けて飛び乗る。レンくんの勝ちだけど、これはラフプレーじゃないのか!? ジュンくんは尻もちをついて痛そうだ。
「これは反則でしょう」
僕が口を挟むと、柊さんは笑顔で首を振った。
「いいえ。強いものが勝つ。これはどんなゲームや勝負でも同じ。どんな手を使っても勝たなくては意味がないの。今回はレンくんの勝ちよ」
「それは……おかしくないかな」
ジュンくんも文句をいうが、柊さんは笑みを崩さず僕らに残酷な事実を突きつける。
「どんなに汚い手を使おうが、裏で悪さをしようが、自分の席を守り続けることができなければ単なる負け犬なのよ。あなたたちには今日、そのことを教えに来たの」
「え、ちょ、ちょっと、お姉ちゃん。どーいうこと?」
さすがにズルをしたレンくんも青ざめる。柊さんの言っていることは、僕らが知っている教師や優しい大人がいうことではない。これが厳しい現実。祖父や父を見ているから少しは理解できるけど……。
「だから、負けたのはジュンくん。あなたも家族は母親だけ。コウくんのお父さんの第一秘書だった人なのよね」
「………」
ジュンくんは呆然と立ち尽くしたままだ。
僕たちは勝たなくてはいけないのか? 今までのゲームは気楽なものだったのに、一気に和やかな空気がピリッと変わる。柊さんは一体何者なんだ? 僕らに厳しいくて汚い現実を教えに来たって。
「ね、ねぇ! オレだけ家族構成言わないの、やっぱり不公平だよ!」
「……レンくんがそう思うなら、自分で言いなさい」
笑顔は変わらないのに、口調は少しきつくなる。レンくんはイスから立ち上がって、自分から家族の話をした。
「オレも母子家庭ってやつなんだけど……母さんは有名な舞台女優なんだ。だからオレもダンスやりたくって」
「よく話してくれたわね」
パチパチと柊さんは拍手をするが、僕ら子どもは違和感を持っていた。何かがおかしい。このイス取りゲームも、柊さんという存在も。柊さんは腰に手を当てると、もう一度僕らに言って聞かせた。
「いい? このイス取りゲームは社会の縮図よ。あなたたち4人はライバル。どんな手段を使っても、イスを奪わなくてはいけないの。……自分のためにね」
そう言うと、柊さんは持ってきた赤くて大きなカバンを取り出す。
中に入っていたのは――。
「みんな、じゃんけんをして、好きな武器を選んでちょうだい」
「え? 武器?」
柊さんは4つの武器をカバンから出した。拳銃にナイフ、大きな注射と小刀……。子どもである僕らにこんなものを持たせて何をするっていうんだ? 狂気の沙汰としか思えない。
まさか僕らを殺し合わせようとでもしているとか?
僕は急いで家の電話を取ろうとした。僕ら子どもをどうにかしようとする女性が家にいる。しかし柊さんは僕よりも速足で電話までたどりつくと、電話線を抜いた。
「コウくん、これは『ゲーム』よ。武器だって使っても安全だし、心配はいらないわ。いい!? みんな」
柊さんはまた手を叩くと、僕らに恐怖の宣告をした。
「次のイス取りゲームは、選んだ武器を使ってイスを守ってね。これは、あなたたちの親が出した課題。あなたたち4人のトップを決める戦いなのよ」
「4人のトップって?」
僕がたずねると、他の3人も柊さんに問いかけた。
「なんで俺ら4人なんだ?」
「意味わっかんねぇよ! オレたち4人、どういう関係なのかも知らないし!」
「武器……こわい」
こほんと咳払いを軽くすると、柊さんは笑顔で僕らに言った。
「コウくんにはお父さんがいるけど、他の3人はお母さんだけの母子家庭……どうしてかわかる?」
「!!」
ジュンくんは何かに気づいたようだ。それを横目で見た柊さんが最終宣告をする。
「ジュンくんとレンくん、セイくんのお父さんも、コウくんと同じお父さんなのよ」
「――え」
僕の父と3人の父親が一緒ってことは……まさか、僕らは本当の兄弟ってことなのか!?
「え? うちの父さんは死んだって、母さんが!」
レンくんが声を荒げると、セイくんは意味がわからないというように目をきょろきょろさせる。ジュンくんだけは一番年上だったせいか、冷静だ。ふたりに自分たちの親のことを言いきかせる。
「俺も父親は死んだって言われていたけど、それは母親がそう言ってただけだ。それに――今日、ここへ連れてこられたことが一番の証拠だと思う」
「ジュンくんはお利口ね。そう、今日あなたたちを引きあわせたのは、御堂家のポスト争いをさせるためだったから」
御堂姓は僕だけだ。跡取りは僕だけだと思っていたのに、ポスト争いだって? 僕が青ざめていると、目の前の女性は詳しく説明し始める。
「御堂家にはNo.1からNo.4まで地位があるの。No.1は正式な跡取り。将来は政治家になるべき人物。No.2は御堂家が仕切っている、ある組織の会長になる。No.3は上のふたりの手足となり、スパイ活動を行う。No.4は全体の補佐と調整……さあ、あなたたちはどの地位になるかしらね?」
「それで……武器を持って戦わせる気ですか?」
「あなたたちのお父様たちの命令です。それでは音楽をかけるわよ。それと、セイくんは今度からハンデはないわ」
「え!?」
正々堂々とぶつかりあえってことか。だとしたら心底くだらないゲームだ。
「柊さん、御堂の跡取りは僕だ。そう教育されてきたし、このようなゲームは……」
「ゲームに参加しないなら!」
大声を出され、びくりとする。柊さんはずっと表情を変えず、にこにこと笑ったまま残酷な言葉を口にした。
「ゲームに参加しないなら、その場で私があなたたちを殺します。無能な人間は御堂家に必要ありません」
冗談だろう? 僕たちを殺すなんて……。笑顔の柊さんだが、目は据わっている。これは本気なのか?
「さあ……早くじゃんけんを」
柊さんはカバンの中から小型の拳銃を取り出し、上に向かって威嚇射撃した。パンッ! と大きな音が響き、天井に穴が開いた。穴の周りは焼け焦げていて、煙が出ている。これは本物だ。柊さんも本気なんだ。
「やろう、じゃんけん」
ジュンくんの声で、僕らはじゃんけんをした。勝ったのは、ジュンくん、レンくん、僕、セイくんの順だ。イス取りゲームの順とそんなに変わらないが、仕方ない。僕らはひとつずつ武器を手にする。ジュンくんは拳銃、レンくんはナイフ、僕は小刀。そしてセイくんは注射器だ。
武器を持つと、冷や汗が垂れる。自分が持っているものは、人を傷つけるものだ。3人を傷つけたくはない。みんなも気持ちは一緒みたいだけど、戦わなくてはいけないんだ。手を抜いたらきっと、柊さんに殺される。
「それでは音楽をかけるわよ。よーい、スタート!」
僕らはじりじりとイスの近くを回りながら、様子をうかがう。プチンと曲が止まると、全員がイスに飛びこうとした。
「どけっ! ジュン兄」
「レンくん、邪魔だ!」
ジュンくんとレンくんが争う中、僕はセイくんの身体に小刀を向けた。
「ゴメン、セイくん!」
「う、うわああ!」
刺そうとした瞬間、彼の持っていた注射器の針が、腕に刺さった。何かわからない薬品が、体内に流れる。まさか僕は、ここで死ぬのか……?
聞こえたのは、柊さんの宣言。
「1回戦目で脱落したのはコウくんです!」
冗談じゃない、僕は……御堂家の跡取りで……。
身体がしびれて動けない僕を、柊さんは抱っこしてわきへと移動させる。
「大丈夫よ、死ぬような薬じゃないから。一時的に身体の動きを止める注射なの」
そんなことはどうでもいい。今までひとりっ子の跡取り息子として育てられてきたはずなのに、その座は一瞬で奪われた。しかも今までずっと負けていた、小さな子どもに引きずり降ろされて。僕は……僕の存在価値は?
僕の心情を無視して、2回戦が始まる。セイくんの武器は1回使い切りだから、新しい注射器と交換だ。3人は互いの顔をにらむ。
音楽が流れると、カチッカチッと引き金を軽く爪で弾く音がする。ジュンくんだ。レンくんもナイフをくるくる回している。その中で、セイくんだけ違和感があった。
先ほどまでびくびくしていた彼じゃない。ニヤリと笑い、ジュンくんとレンくんを交互に見ながら注射器を握っている。まるで獲物を狙っているかのようだ。
音楽が止まると、3人はイスを取るより先に、戦闘態勢に入った。レンくんは一番弱かったセイくんをナイフで襲う。それに便乗したジュンくんが、拳銃でセイくんの肩を撃とうとした。が、小学生が拳銃なんて簡単には扱えない。弾は撃ったが当たらなかった。その上、反動で尻もちをつく始末。
「セイ、ここまでだ!」
セイくんに馬乗りになったレンくんが、ナイフを突きつける。
「それはこっちのセリフだよ」
「!?」
脇腹に隙ができたレンくんに、注射針を刺す。
「うっ……」
レンくんも僕と一緒でその場所でくらりと倒れる。2回戦の勝敗は決まった。ジュンくんとまさかのセイくんが最終戦だ。
残されたイスはひとつ。音楽に合わせてふたりは回る。だけど、ふたりはお互いの顔を見つめあっている。イスを取る気なんてないんだ。相手を倒すことを考えている。
プツッと音楽が切れると、ジュンくんは今度こそ狙いを定めてセイくんを撃つ。だが、また外れ。
「くそっ!」
何回も撃つが、セイくんはそれをひょいひょいと避ける。そのうち弾切れになり、カチカチと鳴る引き金の音が空しく響いた。
「あっはは! ジュンくんの負け、だね~☆」
「あの話し方レンくんの……」
セイくんの話し方は、レンくんそっくりだった。さっき言ってたモノマネ。まさかセイくんは、レンくんの『モノマネ』をして生き残ったってことなのか!?
「う、嘘だろ……」
「これで御堂家の息子さんたちの順位は決まりましたね」
柊さんはコンポからCDを取ると、僕らの順位を改めて発表した。No.1の正式な跡取りはセイくん。No.2のジュンくんは会長候補No.3レンくんはスパイ。No.4の僕は、みんなのサポート……。
今まで御堂家の跡取りとしてしっかりやってきたのに、なんで僕がサポートなんてしないといけないのだ。そもそも3人は正式な御堂家の人間ではない。父と暮らしているのはこの僕だ。僕こそが跡継ぎに相応しい!
「……お姉ちゃん」
もとに戻ったセイくんが、柊さんのスカートを引っ張る。
「ボク、モノマネは得意だけど……手本になる『誰か』がいないとマネできないんだ。1番は誰かのマネ、できないでしょ? ボク、困るよ……」
そうか。セイくんはレンくんのマネをしてジュンくんに勝ったんだ。運動能力までコピーできるっていうのはすごいけど、だったらオリジナルのレンくんが一番強いってこと? でも、レンくんはレンくんの真似をしたセイくんに負けている。だったらジュンくんがトップに立てばいいのか?
「年齢的にも一番上だから、ジュンくんが跡継ぎに一番いいってこと?」
それに首を振ったのは、ジュンくん本人だった。
「いや……コウくん。所詮僕らは御堂家の人間じゃない。やっぱり正式な跡継ぎとしてふさわしいのは、君だ」
「でも……僕より君たちのほうが優秀だ」
「だからだっつーの!」
僕の肩を抱いて笑ったのが、レンくんだった。
「オレは運動神経いいし、ダンスもやりたいから跡継ぎって言われても困る。それに、政治家ってさ、自分に能力がなくても、優秀な人材を周りに置いて能力をカバーするじゃん!
キミにぴったりだと思うけど?」
「セイくんはいいの?」
聞くと、小さくうなずいて、また柊さんの後ろに隠れた。
「それでは決定ということで。コウくん、あなたは将来、すべてを背負う立場に。ジュンくんは御堂家の裏の仕事のトップを。レンくん、スパイの仕事は大変かもしれないけど、あなたに向いていると思うわ。セイくんは……誰かが欠けたとき、そのフォローを完璧にしてね」
こうして長かったイス取りゲームは終わった。時計を見ると、もう23時だ。せっかくのクリスマスなのに、僕らは精神的にきついゲームに心底参っていた。僕たち4人が異母兄弟だったなんて……。それだけでも辛い真実なのに、さらに柊さんは僕らを戦わせた。血をわけた兄弟だとわざわざ知らせてから。
「もう嫌だ。こんなクリスマス」
最初に音を上げたのは、意外にも最年長のジュンくんだった。
「プレゼントとか、もうどうでもよくなったよね」
レンくんもその場に座り込んでつぶやく。
「ボク、どうすればいいの?」
セイくんは今にも泣きだしそうだ。
今夜のつらい記憶を消せたら、どんなに楽だろう。でも、記憶を消すなんて真似はできっこない。僕らが兄弟ということも変わらない。決まったばかりの肩書も。僕らの将来は、もう変わることはない。
僕もため息をついてうなだれる。すると、柊さんは謎の薬を僕らの前に出した。
「……今日あった辛いことは、新しい記憶で上書きしてしまいましょう。この薬を飲んで」
スプーン1杯に液体をこぼすと、それをみんなの口に入れる。……甘い。なんだろう、この薬……頭がふわふわしてきた……。
「みんなは生き別れていた4人の幸せな兄弟。クリスマス、久しぶりに再会したあなたたちは、みんなで話し合って、将来自分が就く仕事を決める……楽しい談話はいつまでも続く。あなたたちは本当に仲のいい兄弟だから……」
柊さんの声が遠くに聞こえる。僕らはいつの間にか、眠りに落ちていた。
――翌日。
「な~、こっちのほうがイケてね?」
「僕はこれのほうがいいと思うが。兄さんはどう思う?」
「そうだなぁ。上着は蓮史郎、中に着るのは孝之助の服がいいと思うよ」
「ねぇねぇ、本当にボク、変じゃない?」
朝起きると、僕と蓮史郎は、ふたりで誠之助の服を見立てていた。気になっていたのだ、灰色の服が。どうもお洒落じゃない! と蓮史郎が言い出し、自分の持ってきた服を何枚か誠之助にあてがっていて、それに僕も口出しをする。
蓮史郎の服は、少しチャラチャラしているんだ。それに原色が多く、誠之助には派手すぎる。それに比べて僕の持ってきた服は、落ち着いていると自分では思っている。が、蓮史郎には「じじくさい」と言われてしまった。
そこで、どっちのセンスがいいかを純一郎兄さんにチョイスしてもらっていたところだ。
「……お兄ちゃんたちに選んでもらった服着たけど……似合ってる?」
遠慮しがちに誠之助がたずねると、純一郎兄さんはうなずいた。
「ああ、バッチリだよ」
「てか、オレが選んだんだからパーフェクトでしょ!」
「僕も選んだんだ。間違いはない」
「ありがとう。お兄ちゃんたち」
服を着替えたら、クリスマスツリーの下へとみんな急ぐ。昨日はみんなでクリスマスプレゼントについて、色々話したな。誠之助はまだサンタを信じているみたいで、僕がつい本当はいないと言おうとしたところ、純一郎兄さんと蓮史郎に口止めされた。
「サンタさん~、サンタさん~♪」
嬉しそうに階段を下りていく誠之助を見て、僕はホッとした。あのときうっかりサンタ不在説を口走っていたら、きっと大泣きしていただろう。
クリスマスツリーの下には、名前の書かれたカードとともにプレゼントが置かれていた。
「『蓮史郎くんへ』。これオレんだ! うおー! ダンスシューズだ! よっしゃー!!」
「僕も欲しかったゲームが入っていたよ。孝之助は?」
「参考書が何冊か。希望通りでよかった。それで、誠之助のプレゼントは……」
誠之助は不思議なことを言っていたっけ。『きれいなものが欲しい』って。漠然としているから、プレゼントを用意する真鍋さんは困っただろうな……。
誠之助は小さな箱の包み紙を開け、箱を開く。中に入っていたものは――。
「ちょうちょだ」
青く光る蝶。これは確かレテノールモルフォとか言ったな。図鑑で見たことがある。
「標本か。よかったな」
「うんっ!」
誠之助がうなずくと、柊さんが朝食の準備ができたと声をかける。真鍋さんは今日、昼から来る予定だ。
朝食が済んだら、兄さんも蓮史郎も誠之助も自分たちの家に帰る。3人は僕の兄弟だし、将来も仲よく御堂家の仕事をやるって決めている。御堂家の仕事はひとことで片付けられるような簡単なものではない。だから、僕らは大人になるまでバラバラに暮らすことにしたのだ。
帰る時間になると、僕はみんなと約束した。また来年のクリスマスも、みんなで集まると。再来年も、その次も。クリスマスは兄弟そろって過ごす。ひとりずつ指切りすると、笑顔で手を振った。こんな楽しいクリスマス、僕は初めてだったから――。
「孝之助兄さんは本当にクリスマスが好きだったよね」
「蓮史郎もな。今は俺たちふたりきりになってしまった」
今、御堂家にいるのは、ドリームクラッシャーの代表である純一郎と、EPIC社のアンダーベースで仕事をしている誠之助のふたりだけ。
純一郎は誠之助に前から思っていたことを話す。
「誠之助、お前は死んだ孝之助と蓮史郎のコピーになれ。御堂家を継ぐのはお前だ」
「それはわかってるけど……オレはどうやら蓮史郎兄さんのほうに似てるみたい。蓮史郎兄さんの仕事……もうしばらく続けてもいいかな? まだ猶予はあるでしょ? オレはまだ大学生なんだから」
誠之助は持っていたペーパーナイフを見てうっとりしていた。
やっぱり自分は、きれいなものが好きだ。きれいで、残酷なものが――。