3-2

文字数 4,160文字

「そ、それは……キャストを『殺す』って意味?」

 あかりさんがびくびくしながらMs.EPICにたずねる。

『うん。さっき見た通りにね。できそうかな?』

 みんなは顔を見合わせ合う。この中のひとりが舞台に立って人を殺す……。

「で……できるわけありませんっ!」

 私はイスから立ち上がり、大声で言った。できるわけがない。私に人を殺すなんて。他のみんなだってそうでしょう? 私の意見に同意してくれる人がいてくれる。立ち上がって否定してくれる人は絶対いると思った。少なくても雫は……。

「……雫?」
「ご、ごめん、ミフユ。あたし……死にたくないからさ。それに、見ず知らずの人だったら、まだマシだし……」

 雫、そんな……。

 親友に裏切られた私は、心臓をえぐられたような気持ちだった。なんで?

 ずっと一緒にいたのに。このバイトだって、一緒に応募したのに! せめて他には誰かいな
いの? 私の意見と同じ人は。罪のない人間を殺すことをどうも思わないの!? 

 あかりさんはすでに死んだ目をしている。蓮史郎くんは耳を抑えてうつむきながら、ぼそぼそとつぶやく。

「死にたくない、死にたくない、死にたくない……」

 あかりさんも蓮史郎くんもダメだ……そうだ、駆さん! さっき色々考えていたのなら、何
か思いついたことがあるかも!

「駆さん! 何か考えはありませんか!?」

 最後の頼みの綱と思って呼んだ彼は、腕を組んで小さく笑った。

「うーん、ごめんね。やっぱり何も思い浮かばなかった。それに、ちょっと気になることが
あってね――Ms.EPIC!」

『……突然呼ばないでよね。何よ』

「例えば、なんだけどキャストじゃなくて、例えば……この中のひとりを殺してもOKってことになるかなぁ?」

 今度はあかりさん以外のメンバーが駆さんのほうを一斉に向く。何を考えてるっていうの!? この中のメンバーを殺すなんて。大体、この中に駆さんが恨むような知り合いなんているわけ? 男性陣はみんな初対面なはず……あ。まさか。

「シュウヘイくん。だから僕は君を殺す。じゃないとEPIC社との取引がうまくいかない。というか、ショップ希望だったのにアクターへ回されるなんていうのは予想外だった。そこのところはどうなの? Ms.EPIC」

 何言ってるの? この人は。EPIC社との取引? 意味が分からない。私は再度パソコンのMs.EPICを見つめる。するとため息をついてこう言った。

『牧野駆サンだっけ? アンタか。人身売買の仲介人は』

 人身売買? 仲介? イケメンで優しそうなこの人が? みんなも驚いたようで信じられないという顔をしている。名指しされたシュウヘイさんも立ち上がる。すると、ポケットから手帳を取り出した。

「警察だ」
「やっぱりね。あれだけ現場検証を細かくしてたらすぐわかったよ」

 微笑んだままの駆さんとは違い、シュウヘイさんはにらんだままだ。

「Ms.EPIC。やっと見つけたぞ。EPIC社の犯罪の一部を。殺人ショーに人身売買か。逮捕するだけの十分な証拠は集まった。あとはすでに運送されてしまった江頭郁乃の死体を見つければ完璧だ」

「け、警察!? よかった~。シュウヘイさんがいれば、帰れる!」

 私が安心して胸をなでおろしていると、画面の中の女性は笑った。

『ちょっと待ってよ。本気で無事に帰れると思ってるの? アタシが一声かければ、ここのショーのキャストが来るんだよ?』

「応援を呼ぶ。携帯をもう一台持っていてな。位置情報も本部はキャッチしているはずだ」

 シュウヘイさんはみんなに携帯を見せる。しかし画面をよく見てみるとおかしい。電源はONになっているし、光っているのだが、電波が入っていない。

 私はシュウヘイさんを見て真っ青になった。応援が来ることはない。ここには電波が通っていないからだ。私が顔面蒼白になっていることに気づいたシュウヘイさんは、携帯を確認する。

「ちっ」

 携帯を投げ捨てると、駆さんが立ち上がった。

「グローバルワンダーランドで人身売買が行われている。アレ、みんな都市伝説だと思ってるかもしれないけど……僕たちブローカーが実際子どもを誘拐して、海外に売りつけてるんだよね。ねぇ、Ms.EPIC。でも、打ち合わせと違うから、こっちは焦ったよ。僕はショップ店員希望だったんだよ? アンダーベース担当じゃ、人身売買の仲介はできない」

『ごめん、ごめん。その前にタレこみが入ってね。警察が潜入捜査してるって。アンタだったらその人物を探して、始末してくれると思ったんだよね』

 駆さんは胸から拳銃を取り出すと、カチャリと音をさせてシュウヘイさんに向けた。

「困ったな。オプション料金をもらわないと」

 シュウヘイさんも胸元を軽く探っている。多分取り出すのは拳銃。だけど、その前に駆さんは取り出す前にシュウヘイさんの右肩を撃ち抜く。乾いた発砲音が劇場にこだますると、ガタガタ震えていた蓮史郎くんがびくりと身をすくめる。

「くっ……」

 肩から血を出しているシュウヘイさんだが、ようやく拳銃を抜くと駆さんに向けた。

「お前は生かしたまま逮捕する!」
「ん~、でも、お仲間はシュウヘイくんのこと見捨ててたみたいだけど?」
「何……?」

 シュウヘイさんの顔色が変わる。Ms.EPICは、パソコン内から音声を再生させた。

『シュウヘイのやつにも困ったよな。EPIC社の事件に触れるなんて……殺されるだけだ。ああ、俺? 関わりたくないね。EPIC社は闇が深すぎる。一刑事にどうかできるもんじゃない。応援として呼ばれても行けない。あとから上層部にクビを切られるだけだしな』
「……」

 今のって、警察内部の? 上層部にクビって、もしかしてEPIC社に関連しているのは、警察の上層部もなの? 応援も最初から寄越す気なんてなかった。だったらシュウヘイさんは……。

 利き腕を打たれたシュウヘイさんだが、左手で駆さんを狙う。

「できれば生きて逮捕したかったが……仕方ない」
「撃てる? 左手で。ああ、もう撃てないかなぁ?」

 駆さんはゆっくりシュウヘイさんに向かって歩き出す。もう一度発砲音がすると、今度は左肩から血を流すシュウヘイさん。シュウヘイさんの拳銃を取り上げると、駆さんは自分のホルダーにしまった。

「こっちはお前の情報をしっかり入手していた。なのに仲間に裏切られるなんてな」
「大丈夫、せいぜい楽に逝かせてあげるよ」
「……こんな場所で会いたくなかった……慶介」
「はぁ? 何言ってるんだか」

 3発目。シュウヘイさんの頭に弾丸が撃ちこまれると、劇場内は静かになった。拳銃から立ち上る硝煙と、火薬の匂い。それと客席にも飛び散った血。

 私はひざが笑ってしまい、イスに座りこむ。刑事だったシュウヘイさんも殺された。駆さんはEPIC社の仲間で人身売買組織の人間。

 ――私たちはどうなるの? いつもなら私をかばってくれる雫も、うつむいて涙を流している。蓮史郎くんはさっきと変わらない。身体を縮こませて耳を塞いでいる。あかりさんは呆然自失だ。

 駆さんはシュウヘイさんの胸ポケットを漁ると、警察手帳やバッジを調べる。

「……嘘、だろ? 偶然じゃなかったのか……?」

『牧野駆、いや……本名は村田慶介だっけ? その刑事さ、面白いことにアンタの幼なじみだったみたいだよ。本名は松浦シュウヘイだったかな。だから生きて捕まえるなんてのたまわっていたのかもね?』

「くそっ! EPIC社は知ってたんだな!?」

 駆さん……いや、村田慶介は悔しそうにイスを蹴ると、シュウヘイさんの亡骸に近づいてつぶやく。

「お前……なんで刑事になんてなってたんだよ。いや、僕がブローカーになってたのがいけなかったのか。こんな再会、したくなかったのに……」

 村田はシュウヘイさんにすがるようにしていたが、キャストが死体を片付けに来る。バッチだけ自分のポケットにしまうと、死体を運ぶキャストを見送る。目は真っ赤だ。

 ……もう嫌だ。誰かを殺さないと生きて帰れないなんて。この研修はまだ続くのだろうか? 逃げることも助けを呼ぶこともできない。シュウヘイさんが殺されたことはショックだったけど、村田がシュウヘイさんを殺してくれなかったら、ステージ上で誰かがキャストを殺さなきゃいけなかった。

 ――私は最悪だな。人を殺したくない。でも、人を殺さないと自分が生きられない。だから、他人が手を汚すのを待っているんだ。雫だって、きっとあかりさんや蓮史郎くんだって、生き残るためなら人を殺していたと思う。

 突然吐き気をもよおし、私は劇場の隅で嘔吐した。多分緊張してのことだろう。それでもまだ安心することはできない。軽く扉を押してみるが、やっぱり開く気配はない。

 仕方なく自分の座っていた席に戻る。雫とは話をしていない。できなかった。私が人を殺したくないと言ったのに対して、雫は自分が死にたくないからと人を殺すことを肯定した。

 さっき、村田が知らなかったとは幼なじみのシュウヘイさんを殺したとき、雫はどうおもったんだろう。

 私たちも同じ幼なじみだ。この先、殺し合うことがあるかもしれない。そうしたら雫は私を殺す? 私は雫を殺せるの? 自分でもわからず、頭が痛くなる。 

 村田以外の私たち4人は、ずっと席に座ったままだ。そんな私たちに村田は声をかけた。

「ねぇ、今見つけたんだけど冷たいお茶があるよ。飲まない?」

 視線の先には確か紙コップと小さな冷蔵庫がある。その中にお茶のペットボトルがあるのだろう。

 だけど誰も席を立とうとはしなかった。村田は殺人を犯した。しかも人身売買の仲介をする人間。もしまた何かあれば、容赦なく人を殺すだろう。誰も反応しないことに、村田は自嘲した。

「だよね。人を殺した人間のこと話なんて聞きたくないよね……。そりゃ僕は堅気なんかじゃない。殺しだって初めてじゃないよ。だけどね、シュウヘイを殺したことはショックだったんだよ? 大事な幼なじみだったからね」

 眉毛を八の字にする村田を見て、私は自分と雫のことを考えた。村田とシュウヘイさんなんかより、私たちはずっと強い絆でつながれている。もしどちらかがどちらかに殺されてしまったなら……きっとショックで立ち直れないだろう。

 私たちが死ぬときは一緒だ。
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