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文字数 2,914文字
『みんな~、ちょっと休憩入れよっか? そろそろお腹へってきたんじゃない? お昼ご飯食べてないよねぇ? ショーの練習も空腹じゃうまくいかないでしょ?』
急に聞こえてきた、胸糞悪くなるくらいの明るい声。Ms.EPICだ。
そういえば食べていない。でも、ふたりも殺された状態で、殺人犯と一緒に食事なんてできない。食欲も当然ない。
しかもこのあとも研修は続く。村田はシュウヘイさんを殺した。しかし私と雫、あかりさんと蓮史郎くんはまだ。全員が人を殺さないと、解放されない。
それでもキャストたちは、私たちの前に大きなテーブルを置くと、そこに料理を並べた。
『あ、ちなみにこれはドラゴンキャッスルレストランで出されるフルコースだからね。普段だったら絶対食べることができない料理を楽しんでよ。アタシからのサービスってことで☆』
ドラゴンキャッスルレストランは、園内の中心にあるドラゴンキャッスル内にある超高級レストランだ。城の高い位置にあり、そこから園内が見渡せる。しかもお客は一日一組しか取らないという、GWLマニア憧れのレストランだ。
温かいスープにパン、色鮮やかなオードブルに魚料理、肉料理、デザートのスイーツが大きなテーブルにドンと置かれているが、村田さん以外食べようとしない。きっとみんな私と同じ。食べたくない、食べられない状態なんだろう。
そう思っていたのだが、隣の席からカチャリと食器と皿がぶつかる音が小さくした。見ると、雫がスープに口をつけていた。
「雫……?」
「ミフユも食べた方がいいよ。あたしたちは監禁されてるんだ。次、いつ食事が出るかわからない。だったら食べた方がいいでしょ。隙をついて逃げるにしても、体力がないと逃げられないんだから」
雫の言う通りだ。次、いつ料理が出て来るかなんてわからない。それかもう二度と出てこないで誰かが餓死するまで待つ、なんてことをさせられるかもしれない。空腹すぎて動けなくなるのも嫌だ。
スープ、オードブルと食べ進めていく。魚は多分舌平目だろう。味の感覚はわからない。味を感じるよりも、食べ物……栄養を摂らないと。そして肉料理を目の前にする。……骨付きのステーキ。さすがに人が死んだ現場で焼き加減がレアな赤さが残った肉を食べるのは気持ち悪いけど、食べないと。
「……ん?」
牛肉にしては身が締まっている気がする……。気のせいだろうか。パンもすべて食べ終えると、蓮史郎くんとあかりさんも何とか食べきれたようだ。
「ううっ……ひっく」
突然泣き出すあかりさんは、誰にというわけではなくひとりぼそぼそ話し始めた。
「郁乃だったら……きっとこのレストラン、行きたかったんだろうな……ごめん、本当にごめん……」
GWLマニアの郁乃さんだったら、確かに喜んだだろうな。一番に死んでしまった彼女が殺された原因は、『GWLマニアだったから』だ。あかりさんを殺そうとして、この神隠しの噂を利用しようとしたのは失敗に終わってしまったが。
郁乃さんのことを思い出し、また胃の中に入れたものを吐き出してしまいそうになる。ファルカタで右首から左の腹部まで裂かれ、血飛び散る。磔にされた足にも、血が垂れて……。
シュウヘイさんも、頭に穴が開いていた。脳みその欠片が床にまだ残っている。
――今思い出しちゃダメだ。今は生き残ることを考えないと。食事を済ました村田は、Ms.EPICにまた問いかけた。
「あのさ、僕はEPIC社と組織の仲介役だよ? しかもオプションとして刑事ひとり殺害した。なのに、なんでまだここに閉じ込められてるのかな。僕だけでも出してくれない?」
『できないね』
「……へぇ」
Ms.EPICは何を考えているんだろう。村田ひとり劇場を出ることは確かに許せないけど、同じところに居られるのも不安だ。相手は拳銃を持っている。誰かを殺そうとすれば簡単に殺してしまうだろうし、EPIC社とつながりがあるってことは、向こうの命令で私たち全員を始末するのも可能だ。
Ms.EPICの陽気で不愉快な声はまだ止まらない。
『ところでさっきの料理、おいしかった? メインディッシュは江頭郁乃のステーキ。普通の肉と違ってたでしょ?』
「うっ!!」
私は部屋の隅でもう一度吐く。あの骨付きステーキは……郁乃さん!? あ、あり得ない!私……人を食べたってこと!? 嘘だ、嘘だ!
「もう嫌……こんなの……」
もう一度吐くと、目からは涙がこぼれてくる。なんで……? 私はただ、雫と一緒にアルバイトがしたかっただけなんだ。夢と希望が溢れるこのテーマパークで。毎朝見ていた。グローバルワンダーランドに行くのを楽しみに、目をきらめかせて駅のホームに降りていく子どもたちを。
「……あ、あ……ぐっ……?」
「あかりさん?」
雫があかりさんの様子がおかしいことに気づく。私もあかりさんのほうを見ると、首をひっかいている。郁乃さんのステーキだってわかったから? いや、違う。苦しそうにしているし、泡を吹いている。目も白目をむいている。まさかっ!
『そうそう! 言ってなかったんだけど、ひとりだけ料理に遅効性の毒を混ぜておいたんだ。これじゃいつまで経っても殺しを始めそうもない。だからひとり減らして、やる気を出させてあげたってわけ』
「ちょっと待て」
さっきまで笑顔だった村田が、今の話を聞き顔色を変える。
「まさか……僕の食事にも毒が入ってた可能性があったってこと?」
『まあね。キミもシュウヘイサンと同じだったの。気づかなかった?』
シュウヘイさんと同じ……ってことは、村田も組織に裏切られた? だから自分が人身売買の仲介だと名乗っても、解放されなかったんだ。
「はは、嘘……だろ?」
乾いた笑い声。そのまま村田はひざをつく。
『キミがこれから選べる道はたったひとつ。この研修に最後まで残って、アンダーベースのアクターになることしかない』
「いや……もうひとつある」
村田は勢いよく立ち上がると、先ほど持っていた拳銃を私たちに向けた。
「きゃああっ!!」
私は雫とともに壁際へ押しやられる。村田は何をする気なの!? もしかして、やけになって全員殺すつもりなんじゃ……!
パンッ! と一発天井に向けて威嚇射撃をすると、村田は私たちのほうへ寄ってくる。私と雫は劇場内を逃げ回る。バラバラになってステージの上まで逃げるが――。
「あっ!」
緊張していてうまく走れなかった私は、血の跡で足を滑らせる。そんな私に、村田が馬乗りになる。
「シュウヘイによろしく言っておいてよ」
「い、いやっ……いや! 雫っ!!」
「……」
撃たれる! と思い目を閉じたが、私の上に重いものが倒れた。何が起きたの? いつまで経っても発砲音はしない。静かに目を開けてみると……。
「え……村田? ……うわあっ!!」
目を剥いて首から血を流している村田が私の上に乗っている。勢いよく村田を突き飛ばすと、私は壁際の雫がいるほうへと逃げた。
先ほどまで拳銃を向けていた村田が、何でいきなり殺されているの? 犯人はおのずとわかる。雫のわけがない。だとしたら……。
「……うるさいよ。最高のゲームが、台無しじゃん?」
「れ、蓮史郎くん?」
急に聞こえてきた、胸糞悪くなるくらいの明るい声。Ms.EPICだ。
そういえば食べていない。でも、ふたりも殺された状態で、殺人犯と一緒に食事なんてできない。食欲も当然ない。
しかもこのあとも研修は続く。村田はシュウヘイさんを殺した。しかし私と雫、あかりさんと蓮史郎くんはまだ。全員が人を殺さないと、解放されない。
それでもキャストたちは、私たちの前に大きなテーブルを置くと、そこに料理を並べた。
『あ、ちなみにこれはドラゴンキャッスルレストランで出されるフルコースだからね。普段だったら絶対食べることができない料理を楽しんでよ。アタシからのサービスってことで☆』
ドラゴンキャッスルレストランは、園内の中心にあるドラゴンキャッスル内にある超高級レストランだ。城の高い位置にあり、そこから園内が見渡せる。しかもお客は一日一組しか取らないという、GWLマニア憧れのレストランだ。
温かいスープにパン、色鮮やかなオードブルに魚料理、肉料理、デザートのスイーツが大きなテーブルにドンと置かれているが、村田さん以外食べようとしない。きっとみんな私と同じ。食べたくない、食べられない状態なんだろう。
そう思っていたのだが、隣の席からカチャリと食器と皿がぶつかる音が小さくした。見ると、雫がスープに口をつけていた。
「雫……?」
「ミフユも食べた方がいいよ。あたしたちは監禁されてるんだ。次、いつ食事が出るかわからない。だったら食べた方がいいでしょ。隙をついて逃げるにしても、体力がないと逃げられないんだから」
雫の言う通りだ。次、いつ料理が出て来るかなんてわからない。それかもう二度と出てこないで誰かが餓死するまで待つ、なんてことをさせられるかもしれない。空腹すぎて動けなくなるのも嫌だ。
スープ、オードブルと食べ進めていく。魚は多分舌平目だろう。味の感覚はわからない。味を感じるよりも、食べ物……栄養を摂らないと。そして肉料理を目の前にする。……骨付きのステーキ。さすがに人が死んだ現場で焼き加減がレアな赤さが残った肉を食べるのは気持ち悪いけど、食べないと。
「……ん?」
牛肉にしては身が締まっている気がする……。気のせいだろうか。パンもすべて食べ終えると、蓮史郎くんとあかりさんも何とか食べきれたようだ。
「ううっ……ひっく」
突然泣き出すあかりさんは、誰にというわけではなくひとりぼそぼそ話し始めた。
「郁乃だったら……きっとこのレストラン、行きたかったんだろうな……ごめん、本当にごめん……」
GWLマニアの郁乃さんだったら、確かに喜んだだろうな。一番に死んでしまった彼女が殺された原因は、『GWLマニアだったから』だ。あかりさんを殺そうとして、この神隠しの噂を利用しようとしたのは失敗に終わってしまったが。
郁乃さんのことを思い出し、また胃の中に入れたものを吐き出してしまいそうになる。ファルカタで右首から左の腹部まで裂かれ、血飛び散る。磔にされた足にも、血が垂れて……。
シュウヘイさんも、頭に穴が開いていた。脳みその欠片が床にまだ残っている。
――今思い出しちゃダメだ。今は生き残ることを考えないと。食事を済ました村田は、Ms.EPICにまた問いかけた。
「あのさ、僕はEPIC社と組織の仲介役だよ? しかもオプションとして刑事ひとり殺害した。なのに、なんでまだここに閉じ込められてるのかな。僕だけでも出してくれない?」
『できないね』
「……へぇ」
Ms.EPICは何を考えているんだろう。村田ひとり劇場を出ることは確かに許せないけど、同じところに居られるのも不安だ。相手は拳銃を持っている。誰かを殺そうとすれば簡単に殺してしまうだろうし、EPIC社とつながりがあるってことは、向こうの命令で私たち全員を始末するのも可能だ。
Ms.EPICの陽気で不愉快な声はまだ止まらない。
『ところでさっきの料理、おいしかった? メインディッシュは江頭郁乃のステーキ。普通の肉と違ってたでしょ?』
「うっ!!」
私は部屋の隅でもう一度吐く。あの骨付きステーキは……郁乃さん!? あ、あり得ない!私……人を食べたってこと!? 嘘だ、嘘だ!
「もう嫌……こんなの……」
もう一度吐くと、目からは涙がこぼれてくる。なんで……? 私はただ、雫と一緒にアルバイトがしたかっただけなんだ。夢と希望が溢れるこのテーマパークで。毎朝見ていた。グローバルワンダーランドに行くのを楽しみに、目をきらめかせて駅のホームに降りていく子どもたちを。
「……あ、あ……ぐっ……?」
「あかりさん?」
雫があかりさんの様子がおかしいことに気づく。私もあかりさんのほうを見ると、首をひっかいている。郁乃さんのステーキだってわかったから? いや、違う。苦しそうにしているし、泡を吹いている。目も白目をむいている。まさかっ!
『そうそう! 言ってなかったんだけど、ひとりだけ料理に遅効性の毒を混ぜておいたんだ。これじゃいつまで経っても殺しを始めそうもない。だからひとり減らして、やる気を出させてあげたってわけ』
「ちょっと待て」
さっきまで笑顔だった村田が、今の話を聞き顔色を変える。
「まさか……僕の食事にも毒が入ってた可能性があったってこと?」
『まあね。キミもシュウヘイサンと同じだったの。気づかなかった?』
シュウヘイさんと同じ……ってことは、村田も組織に裏切られた? だから自分が人身売買の仲介だと名乗っても、解放されなかったんだ。
「はは、嘘……だろ?」
乾いた笑い声。そのまま村田はひざをつく。
『キミがこれから選べる道はたったひとつ。この研修に最後まで残って、アンダーベースのアクターになることしかない』
「いや……もうひとつある」
村田は勢いよく立ち上がると、先ほど持っていた拳銃を私たちに向けた。
「きゃああっ!!」
私は雫とともに壁際へ押しやられる。村田は何をする気なの!? もしかして、やけになって全員殺すつもりなんじゃ……!
パンッ! と一発天井に向けて威嚇射撃をすると、村田は私たちのほうへ寄ってくる。私と雫は劇場内を逃げ回る。バラバラになってステージの上まで逃げるが――。
「あっ!」
緊張していてうまく走れなかった私は、血の跡で足を滑らせる。そんな私に、村田が馬乗りになる。
「シュウヘイによろしく言っておいてよ」
「い、いやっ……いや! 雫っ!!」
「……」
撃たれる! と思い目を閉じたが、私の上に重いものが倒れた。何が起きたの? いつまで経っても発砲音はしない。静かに目を開けてみると……。
「え……村田? ……うわあっ!!」
目を剥いて首から血を流している村田が私の上に乗っている。勢いよく村田を突き飛ばすと、私は壁際の雫がいるほうへと逃げた。
先ほどまで拳銃を向けていた村田が、何でいきなり殺されているの? 犯人はおのずとわかる。雫のわけがない。だとしたら……。
「……うるさいよ。最高のゲームが、台無しじゃん?」
「れ、蓮史郎くん?」