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文字数 2,472文字

「今日は私服でいいんだよね?」

 それでも念のためと、私はこの間雫が着ていたような白いカッターシャツで待ち合わせ場所にいた。

「ま、その格好なら平気っしょ。それに何も指定はなかったし、だいじょぶじゃない? もしかしたら向こうでコスチュームを渡されるのかもしれないよ」

 7月31日。私たちは初めての研修に緊張しつつも、どんなことをやるのか楽しみでしょうがなかった。

 あれから雫は、グローバルワンダーランドのことやEPIC社のことをかなり調べたらしい。

 HPに載っていた、アルバイト経験者の言葉を雫から聞く。どうやらグローバルワンダーランドのバイトはかなり大変らしい。それは最初からわかっていた。

 だが、その経験は就職活動でかなり有利に働くとも書かれていた。それに、バイトを含むすべての社員は割引が効き、年間パスポートが安く買えたり、グッズの値引きもしてもらえるらしい。
 他にも新アトラクションができたら真っ先に乗れるとか、新しいお菓子も試食会という名目でタダで食べられると聞いた。

「それ、最高だね!」
「でしょ! だからさ~、あたし、ミフユに感謝してんだよ? ミフユが言い出しっぺだもんね。今回のバイトは」
「えへへ……」

 雫に褒められた私は、顔が熱くなるのを感じる。すると、いつものように雫は私の頭をなでてくれた。本当に優しくて、心地いいんだよね……。

 駅に着くと、さっそく集合場所になっているチケットブースの横に向かう。そこにはスレンダーで身長の高い女性ふたりと、カッコイイ大人の男性とメガネのお兄さん、私たちと年が近そうなチャラチャラした男の子がいた。

「あの~、みなさんグローバルワンダーランドのバイトの方ですか?」

 雫がたずねると、カッコイイ人がうなずいた。

「うん。グローバルワンダーランドというか……EPIC社のバイトだよ」

「暑いのに待たせないでよねっ! ……にしても、ずいぶんちっちゃい女の子じゃない? あかりなんて170あるのに!」
「……へ?」

 私は自分のことを『あかり』と呼んだ、日傘を持ったスレンダーな女性を見つめる。彼女はなぜか機嫌を損ねたらしく、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

「わ、私、何かしたかな?」

 雫に聞くが、首をかしげるだけだ。もうひとりの、『あかりさん』と同じようにスレンダーで身長の高い女性がたずねる。

「あの……みんなは一応、アクター志望なんだよね?」
「あ、アクター!?」

 私と雫、そしてイケメンとメガネのお兄さんが声を上げる。

 アクターって、着ぐるみに入ったり、パレードでダンスを踊ったり、ショーに出たりするあの……!?

「私はショップ希望で……雫もだよね?」
「う、うん……どーいうこと?」
「僕もショップ希望だったんだけどな」

 イケメンのお兄さんも首を捻る。私はちょっとホッとした。この男の人も同じショップ希望なんだ……。頬が熱いなと感じていたら、雫につっこまれた。

「ちょっと、ミフユ! イケメンが一緒だからって喜ばない!」
「ご、ごめん」
「……俺は……清掃員希望だったんだけど」

 メガネの男の人がぼそっとつぶやく。もしかしてこの研修はパーク全体の研修で、色んな職種の人がいるのかな? そう思っていたら、パークガイドのコスチュームを着た女性がこちらに向かって走ってきた。

「みなさん、こんにちは! 本日はGWLの研修へようこそお越しくださいました!」

 みんなを案内してくれる人物が現れて、全員が安心する。

 しかし、ガイドさんは私たちにパソコンと1dayパスポートを渡すと『Have nice day!』と言って去ってしまった。……え!? これってどういうこと!? みんなはパソコンを手にした男の人に目をやる。

「どうやらチャットがつながっているみたいだ。まだ画面には誰もいないけど」
「ちょっと! 誰かいるならさっさと出てきなさいよ!! あかり、疲れちゃうじゃない!」
「すみません、みなさん……あかりちゃんは短気なので」
「短気って……失礼でしょ!? 郁乃のくせにっ!!」

 さっきから高飛車なあかりさんは、一緒に来たらしい郁乃さんと呼んだ女性を叱る。あんまりいい気はしないな……。みんなそう思ったようで、空気が淀む。

「まあまあ! ここはとりあえず自己紹介しない!? 名前がわかんなかったら、ナンパもできねぇし?」

 私たちと年齢が近そうな男の子が、雰囲気を和ませようと必死だ。私と雫はお互い視線で合図して、自分たちの名前を名乗った。

「松山ミフユ……ショップ希望です」
箭内(やない)雫! 同じくショップ希望!」
「オレは阿久野蓮史郎(あくの・れんしろう)。いちおーストリートダンスしてて、アクター希望! で、他のみんなは?」
「……清掃員希望の浦辺シュウヘイ」
「僕は牧野駆。ショップ希望だよ」

 残りの女性たちは、みんなが自己紹介したので渋々といった感じで口を開いた。

「坂下あかり。当然アクター希望よ」
「江頭郁乃です。あかりちゃんとは同じダンススクールで……アクター希望です。よろしくお願いしますね」

「やっぱみんな希望が違うんだな。今日は合同研修なのかもしれない」

 駆さんがつぶやくと、シュウヘイさんは興味なさそうな……というか、面倒くさそうな顔をする。それを蓮史郎くんがおちょくる。

「あっれ~!? もしかしてシュウヘイさん、研修めんどいとか思ってた!?」
「……そりゃ思うだろう。俺は単なる清掃員だぞ。園内を掃除するだけだと思っていたのに、なんで研修なんて……」
「シュウヘイくん、清掃員は園内をくまなく知っていないとまずいだろ? そのための研修じゃないのかな?」
「……ちっ」

 駆さんが間に入っても、シュウヘイさんはだるそうだ。

「それより早く出てきなさいよ! パソコンの向こうのヤツっ! あかり、ダンスのレッスンに遅れたくないんだから!」

「す、すみません、みなさん」

 傍若無人なあかりさんに、ずっと低姿勢な郁乃さんは対称的だ。
 私たちが騒いでいると、ようやくパソコンの向こうから人が出てきた。

『……ん? 始まったの? はぁ~、面倒くさいけど、命令ならしょうがないよねぇ』
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