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文字数 1,333文字

 僕は途方に暮れていた。カレーなんて、作ろうと思えば簡単に作れると思っていた。一応できた。だけど、なんだ、これ。

「シロ、ご飯できた?」
「……伊藤、出前にしない?」
「いや、今日は『シロの作ったカレー』でしょ?」

 伊藤は嫌味なほどにこにこしている。
 ヒロアキさんもユウキさんも鬼だ。他人同士で同居なんて。ここの会社にプライベートはないのだろうか。
 伊藤は料理ができる。僕はできない。できないけど、伊藤は『家事は分担』とか言い出した。そんなの、各自でやればいいじゃん。なんで『一緒に食事』までしないといけないんだ。勝手に自分の分だけ用意すればいいものを……。
 白米は米と水を計って入れれば間違いなく炊ける。炊飯器に任せられる。しかしカレーは別だ。レトルトでいいと思ったのに、伊藤は僕をスーパーに引っ張っていき、野菜から用意させた。
 なんだ、これ。カップルの同棲か? 伊藤は僕を主君として見ているけど、主君に食事の用意をさせるか?

「オレは、シロに世間一般の人の生活ができるようになってほしいんだよ。主君たるもの従者より優れていないくちゃね!」
「世間は広いから、レトルトで済まして一生を終える人もいる。コンサルしてる親を見てたからわかる」
「……できない言い訳はやめようね?」
「…………」
「それで、カレーはできたの?」
「まずくても文句言わないでよ」
「もちろんだよ。シロが初めて作ったものなんだから!」 

 僕ができあがったご飯にカレーをよそうと、それを伊藤が運ぶ。ふたり分用意できたら、いただきますだ。
 伊藤がスプーンでカレーを口に運ぶ。
 くっ……緊張するな。こんな些細なことで。
 小学校のときの調理実習は、嫌だったから毎回休んでいた。そのツケが回ってくるとは、計算外だった。リズさんみたいに未来予知能力もあればよかったのに……。

「…………」

 伊藤は無言だけど、心は読める。ニンジンもじゃがいもも……皮を剥くのか。しかもじゃがいも芽には毒があると。隠し味にチョコレートや粉末コーヒーを入れると美味、と。

「あっ、心読んだ?」
「僕に嘘はつけないからね?」
「ともかく、今思った通りだから、次からは気をつけてね?」
「っ! 僕が心を読むってわかって……?」
「まあな!」

 やられた。先の先を読まれたってことか。伊藤はリズさんみたいに未来予知なんてできないのに、僕の心情は一番に理解してしまう。

「洗い物はオレがするよ。作ってもらったからな」
「ギブアンドテイクだね」
「あのねぇ……そういうんじゃないよ。シロはもっと、人間の情というものを知ろう?」
「人殺しを厭わないお前に言われたくない」
「いや、それお前もだから。そういうケンカ腰なの、よくないぞ?」
「…………」
「不愉快になると、無言になるー。ま、いいよ。少しずつ打ち解けてくれれば。その代わり、オレも態度とか悪いことあるかもしれないけど、おあいこな?」

 伊藤はカレーを全部食べてくれた。しかも、感想は「なんだかんだうまくできたじゃん!」だった。
 ――こいつとだったら、ちょっとはうまくやれそうかもしれない。これから多分、長い付き合いになるんだろうし、僕も少しは頑張ってみるか。

 頑張ることとは無縁だった僕の、ちょっと頑張る話がこれから始まるんだ。
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